「得手に帆を上げて」  -6ページ目

「チェンジング・ブルー:気候変動の謎に迫る」by 大河内直彦

地球温暖化問題に対して、第四紀における気候変動がどのように解明されてきたかという気候学の
歴史も含めて解説されている。

思いっきり端折ってポイントだけ抜粋すると:

■地球に入射する太陽エネルギーは変化すること、そしてこの事が過去の氷期と間氷期といった
 機構状態を生み出す重要な原因である。

■気候変動が数十年という短い時間軸でも起こり得る。過去、気候が「ジャンプ」した記録がある。 

特にこの2番目が重要で、昨今の二酸化炭素の増加を起因とした温暖化現象に密接に関わっている。

「過去100年間に人類が放出した温室効果ガスが、地球温暖化を引き起こしていると我々が
 証明できないという事実はさして重要な事ではない。むしろ赤外線を吸収するガスを大気に
 加えることにより、我々の気候に対してロシアン・ルーレットで遊んでいることが問題なのだ。」


クリーンテックの世界にいると現在進められているスマートグリッドの便益をどうしても
コストメリットや効率の点から見てしまいがちだが、本当の出発点はこの地球の環境問題である、
ということを再認識させてくれる。各理論が分かり易く解説されており、文系の人間でも
読みやすいと思う。かなりお勧めできる良書だと思う。


チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る/岩波書店

¥3,024
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「中原の虹 1~4 by 浅田次郎」

「蒼穹の昴」の続編であり、清朝の末期を描いた小説。
春児、西太后など前作からの登場人物も多く、「蒼穹の昴」でハマった人にはたまならない。
今作で初登場した人物も一人一人が物語の中でしっかりとした役割を与えられ、よくこれだけの数の
登場人物をうまく整理して描き出せたものだと感心する。更にそうした登場人物たちが、
末期の清国という舞台の上で前作からの登場人物と絡むからたまらない。

清国の末期だけではない。清の建国まで遡り、愛新覚羅氏の一族の物語を描いている。
清国の成り立ちと終わり。その対比を鮮やかに描く様が実に見事だ。

名作はそこで描かれている場面のイメージが読んでいてくっきりと浮かんでくることや、
登場人物が自分に向かって話しかける様な錯覚に陥るときがあるが、「中原の虹」は
ヌルハチやダイシャンら愛新覚羅の勇者たちが駆る騎馬の光景、嘶きがくっきりと脳裏に浮かんできた。
前作でも乾隆帝が中興の祖として描かれており、帝と西太后とのやり取りが物語に
アクセントを加えていたが、本作での愛新覚羅の勇者たちの物語はそれを遥かに上回っていた。
「わが勲は民の平安」としたダイシャンの思想が建国期から崩壊に至るその時まで清朝の血脈に
刻まれていたことが、この本を通じて描かれていて、胸が熱くなった。ここまで感情移入できる本は久しく
出会っていなかったと思う。

そう、「中原の虹」を傑作にしているのは、登場人物一人一人が持っている「熱」なんだだと思う。
その熱は清国崩壊から新時代に至る時代の荒波の中で、「天命」を果たそうとする人間の意志なんだと思う。
自分よりも大きなもののために必死で生きる様が何とも清々しい。
こうした登場人物一人一人が発する熱が、重なり合って本書をスケールの大きな傑作にしていると思う。
このブログを見た人にも是非薦めたい。


中原の虹 (1) (講談社文庫)/講談社

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中原の虹 (2) (講談社文庫)/講談社

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「グロースハッカー」by ライアン・ホリデイ

結構ベンチャーの巷で話題になった本らしいので読んでみた。
著者の主張の中で2つほど目を引いたものがあったので、以下に引く。

① グロースハックは製品発表の数週間前に始まるのではなく、製品の開発・設計フェーズから始まる。

旧来のValue Chainだと開発・設計→生産→マーケティング→プロモーション→サポートとなるこの順番を変え、
最初からマーケティングやプロモーションを念頭に置いて、開発を進めろ、と言っている。
つまり製品開発とマーケティンを別のプロセスとして行う方法はもう古いと提唱しており、
もしグロースハックがもう少し主流になってきたらやがてマーケティング本部や開発本部などと言う従来の組織体制にもインパクトが出てくる主張だと思う。

ちなみにこの考え方は僕がビジネススクールで習った「Backward Marketing Research」の考え方に
似ている。この概念は下記リンク参照(http://www.rockresearch.co.nz/blog/2007/08/16/going-forward-with-backward-market-research/)
簡単に言うと、マーケティングリサーチを行う前にリサーチ結果がどの様にインプリされるか、
先にイメージをし、リサーチが明らかにすべきデータを特定してからリサーチを行え、としている。
要はデータを取ってからインプリの示唆を探すより、先にインプリの仮説を立ててからデータを集める方が効率的だ、と言っており、こちらも従来のリサーチのプロセスの順番を変えている。
グロースハックもBackward Marketing Researchも仮説ドリブンでROI重視の手法だと思う。

②グロースハッカーは伝統的なマーケティング戦略(ブランディングやマインドシェアなど)を放棄し、
検証・追跡・測定が可能なものだけを用いる。

これもグロースハックとBackward Marketing Researchの共通点で、どちらも定量可能なデータのみに意思決定の基準を求めている。勢い、統計の知識が必要とされ、僕も統計ツールとか色々学ばされた記憶がある。
今風に言うとデータ・サイエンティストが活躍する領域だと思う。

余談だが、この統計というものについて、日米には大きな差があると思う。これは個々人の統計学のスキルだけを言っているのではなく、例えば政府が整備しているデータ群の充実ぶり(謂わばインフラ的なもの)も含めてだ。ビッグデータ時代やそれを扱うデータ・サイエンティスト、そしてそれらを生かしたうえで企業活動を行うグロースハックの到来に備えて地道に力を蓄えてきたアメリカと相変わらず「暗黙知」という言葉が重視される日本とでは、今後さらに大きな差が開いていくと思う。

「青い蜃気楼・小説エンロン by 黒木亮」

確か10年位前にハードカバーの「虚栄の黒船」というタイトルで読んだ記憶がある。
2001年度の電力部分自由化を扱った(「電力市場の参入者」http://ameblo.jp/yt25/entry-11729159087.html)
を読んでみてエンロンが辿ってきた道のりをもう一度ちゃんと頭の中で整理したいと思い、
文庫本になった本書を再び手に取ってみた。

電力自由化で先行した米国では、価格要求だけでなく、固定価格での供給、供給期間の長期化など
様々な顧客のニーズが生まれた。ここら辺のくだりは2016年に自由化を迎える日本にも直接
応用できるビジネス・ニーズだと思う。自由化の歴史をサッチャー政権下の英国から遡って
丁寧に説明してくれるので、頭に入ってきやすい。

そして本書がまず明らかにしているのは、そうした時代のニーズを最も積極的に答えようとした
エンロンという企業の表の顔である。例えばガス銀行というコンセプトを考え出したのもエンロンだ。
これは銀行が受け入れた預金で資金プールを作り融資を行うように、多数の生産者から買付けて
ガスのプールを作り、顧客の個別ニーズに合わせた様々な形態、とりわけ長期かつ固定価格で
ガスを卸売しようとするアイデアだ。日本でも太陽光発電を中心に企業が電源確保に勤しんでいるが、
こうした電源を玉と見做し、需要家に販売しようとしている、昨今の日本企業の動きを見ると、
10年後に違う国でそのビジネスモデルがコピーされるほど、革新的なビジネスモデルだったと思う。

そして皮肉なことにそうしたエンロンの革新性こそが、裏の顔を呼び起こす直接のきっかけになったことを本書は
明らかにしている。エンロンのビジネスモデルは仕入れが肝で、顧客に対して長期固定価格でガスを供給
するためにはガス生産者から長期固定価格でガスを買い付ける必要があった。
その為にエンロンが創出した仕入れ契約がVPP(Volumetric Production Payment)で、これによりエンロンは
ガス生産者に対して前渡金を支払うことで一定期間固定価格でガスを買い付けることが出来るようになった。
その一方でこの前渡金負担を軽減する必要に迫らた。そしてその対応策として編み出されたのが、
後にエンロンの病巣となるSPEを作り、そこにVPP契約を移し、VPP契約が生み出す収益を担保に
資金調達をするというスキームだ。このスキームが生まれた背景は純粋なビジネス上の理由だった。

勿論、本書はその後、一線を越えたエンロンが最終的に3500ものSPEを作り、
内部崩壊に至った様子まで描いている。一部の幹部が不正を主導し、それに反対する抵抗勢力を
どんどんパージしていく様も克明に描かれている。

革新性と表裏一体の不正。エンロン問題はこの両極を併せ持っており、これから自由化を迎える
日本と日本企業にとって、非常に示唆に富むケーススタディだと思う。本書はその両面を丁寧に描いており、
大変興味深く読めた。前回読んだ時はさしたる印象を持たなかったが、黒木亮は非常に細部まで取材をしており、専門家となった今読んでみても色々と勉強になる。電力自由化を2年後に控え、
こうした良書は色々な人に読んでもらいたい。


青い蜃気楼―小説エンロン (角川文庫)/角川書店

¥660
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「勝負心 by 渡辺明」

将棋棋士、渡辺明の本。

渡辺明については一般的にはあまり知られていないと思うので、若干補足するが、
史上4人目の中学生棋士からキャリアをスタートし、20歳で将棋界最高位の竜王になり、
先日失冠するまで9連覇を成し遂げた棋士で、羽生善治と互角に渡り合う(26勝26敗)男だ。
ここ数年は羽生対渡辺戦は将棋のゴールデンカードとして注目されている。

史上初の7冠王を成し遂げ、天才の名をほしいままにしてきた羽生善治のちょうどライバル的な
位置づけにある。また羽生が43歳、渡辺が29歳と将棋界の世代交代を占う意味でも、注目される男である。

天才で感覚的な羽生に対して、同じく天才でありながら、超現実主義の渡辺、といった具合に
色々対比される。まえがきにもあるが、本著はその渡辺が将棋という勝負の厳しさと奥深さ、
そして勝負を制するために必要な心構え、すなわち「勝負心」について思うままに筆を進めている。

結論から言うと、非常に面白く、深く、しかし軽妙な文章運びなのでスラスラ読める。
ともすれば生意気と誤解されがちな渡辺だが、本書を通して伝わってくる印象は違う。
非常に頭の回転が速く、確固たる自分の価値観を持ち、善悪の判断にフェアな男の姿が
浮かび上がってくる。好感度がうなぎ登りで、1月の王将戦に羽生と渡辺のどちらを応援したら
良いかかなり悩んでしまう。

本章の中では渡辺の勝負に対する率直な思いが語られていて非常に印象に残る。
以下に特に気に入った箇所を引く。

■ 結局、「今の自分」が「この先の自分」を決めるのだ。余力のある30代を送ると、
  仮に40代になって成績が落ちた時、「いや、これまで実力を出し切っていないからだ。
  自分はまだやれる」と錯覚してしまうかもしれない。だからこれから迎える30代は
  とにかく全力を尽くそうと思う。

■ 将棋界最高峰の竜王戦で羽生さんと戦えたことは棋士として最高の幸せだった。

■ 棋士はどんな局面に直面した場合でも、最善手を発見する感覚が発達している。
  その能力は棋士人生で数々の修羅場を経験して自ずと築かれていくものだ。
  こういう技術は鍛錬の蓄積によって初めて身につくものだ。日頃から突き詰めて考える
  努力があってこそ、最善手を指す正解率が高まる。~中略~
  強い人の将棋は本筋の連続で、差し手の数々が実に美しい。棋譜を並べることで、こうした
  正しい駒の方向性が自然と身につく。この繰り返しによって常に本筋を選ぶ感覚が磨かれる。

■ 大事なのは仮に偉大な先輩の言動や考え方でも、自分が納得できなければ従う必要は無い、
  という事だ。もし受け入れるなら、十分に納得したうえでそうすべきだ。そうでなければ、
  その考えや言葉も自分自身のものとならないからである。

■ 私は過去をあまり振り返らない。大事なのは未来であって、現状での最善を求めることだからだ。
  その前向きな姿勢こそ、チャンスが巡ってきた時にそのチャンスをしっかりと掴む事を可能にする。

本書を通じて、羽生善治への深い尊敬の念が伺える。実は勝負に対する姿勢や考え方といった、
ものより渡辺明が羽生善治に抱く、感情の方が僕には印象深かった。

正直言うと、僕は今までライバルと呼べる存在を持った事がない。
密かにこれは僕のコンプレックスだ。周りの環境のせいでもないと思う。
ビジネススクールでは世界中から集まった優秀な人間と交流する機会に恵まれた。
感心した人はいる。その才能に敵わないと思った人もいる。

卒業後、何社かのベンチャー企業に携わる事が出来、その中で大成功した人はまだいないけど、
注目を浴びる経営者たちには何人も会った。一緒に仕事をした人もいる。自分より優れている点を多く
持っている人たちだという事は感じる。けれどもそうした思いが敬意にまで至ったことはない。
それはやはり自分の方に原因があるのだろう、と思う。

本書は渡辺明の羽生善治への敬意、媚びるわけではなく競争者としての自分を高めてくれる存在
としての羽生善治への敬意が至る所に垣間見える。
そしてライバルに出会えた人生を送っている渡辺明の幸せを痛感する。
「羨ましい」、とシンプルに感じた。 

勝負心 (文春新書 950)/文藝春秋

¥788
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「電力市場の参入者 by 日本電気協会新聞部」

2000年3月の電力自小売り自由化を機に他企業が新規参入をしたが、それらの企業の中で
代表的な4社(イーパワー、イーレックス、エンロン・ジャパン、エネット)の電力小売市場に
対する参入戦略、更なる自由化に向けての課題提起などを纏めた形になっている。
非常に専門的な内容なので万人受けの本ではないが、その筋の人間にとっては非常に参考になる。

エネットは未だに自由化の旗手として業界の最先端にいるし、イーレックスの池田さんは
その後エナリスを起業しとして上場までこぎ着けた時代の寵児でもある。
またエンロンはあのような転落をしてしまったが、それでも自由化の時代を先取りした
ビジネスモデルは現在でも一定の示唆を含んでいると思う。


電力市場は2016年の全面自由化に向けて、更に新規参入が増えてくるだろうが、その際にも
過去にたどった市場の変遷、先行した企業がどのように立ち上がっていったのか、というケーススタディを、
ちゃんとストックしておくのは重要だと思うので、個人的には色々勉強になった。


電力市場の参入者 (電気新聞ブックス)/日本電気協会新聞部

¥945
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「人間の土地 by サン・テグジュペリ」

「星の王子様」で有名なサン・テグジュペリが、自らの郵便飛行士としての8編の様々なエピソードを綴った物語だ。
ちなみに「星の王子様」の舞台設定は本書の中に収められている「砂漠のまん中で」での遭難体験が原典になっているらしい。

本書は全8編にわたって大自然と向き合う時に垣間見える人間の尊厳について書いている。
テグジュペリにとって人間の尊厳とは責任と向かい合う事だと説いている。

「彼の真の美質はそれではない。彼の偉大さは自分の責任を感ずるところにある。自分に対する、
 郵便物に対する、待っている僚友たちに対する責任。
 ~中略~
 人間であるということは、とりもなおさず責任を持つことだ。人間であるということは、
 自分には関係がないと思われるような不幸な出来事に対して忸怩たることだ。
 人間であるということは、世界の建設に加担していると感じることだ」

「たとえ、どんなにそれが小さかろうと、僕らが、自分たちの役割を認識したとき、
 はじめて僕らは幸せになりうる」

「精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる」

こうした責任感こそが、人間の勇気や偉大性の源泉だとテグジュペリは言っている。
サハラ砂漠に不時着し、渇きに耐えながら三日間歩き続け、ついには生還を果たした、
その奇跡の背景には強い責任観念があったことをテグジュペリは強く意識している。

全編を通じて強いヒューマニズムの訴えがなされており、ストレスの多い日常の中に
清涼感をもたらせてくれる良書だと思う。「人間の土地」とはまたうまいタイトルをつけたものだ。

人間の土地 (新潮文庫)/新潮社

¥580
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「インフェルノ by ダン・ブラウン」

ロバート・ラングドンシリーズの四作目。

「天使と悪魔」と「ダ・ヴィンチ・コード」は文句なく☆5つの傑作だったが、
前作「ロスト・シンボル」は駄作とすらいえる出来栄えで、☆3つがせいぜい。
期待と不安が入り混じったような気持ちでさっそく読んでみた。

結論として、面白いが、世界的ベストセラーには程遠い、☆4つといったところか。
確かに面白い。金曜日夜から読み始めて土曜の夜に上下巻とも読み終えてしまう。
英語ではこういう本を「Page turner」というがまさにそんな感じの本だった。

ただ何か物足りない。「天使と悪魔」や「ダ・ヴィンチ・コード」のような、
一分たりとも本から目を離せない、というような夢中感には程遠い感じだ。

テーマとなっている中世の古典と現代にまで存続する秘密結社(「天使と悪魔」では
ガリレオとイルミナティ、「ダ・ヴィンチ・コード」では聖書とオプス・デイ)とストーリーの
絡みが今一つ弱い。前2作はそれこそ、これでもかと言う位、古典の謎解き、薀蓄が
ストーリーと関連付けられていて、そこに秘密結社が絡んで、最高に面白かった。

一方、「インフェルノ」は題材こそ、ダンテの「神曲」という古典を使っているが、
いまいちストーリーがこの題材をうまく掘り下げられていないような気がする。
「大機構」に至っては神秘のベールのかけらも感じられない。
更に「ウィルス」を総督の墓の下でばらまく、というのは「反物質」を「聖ペテロ」の墓で
爆発させる、というプロットと全く同じ気がする。

と、かなり辛口になってしまったが、やはり期待の大きさの裏返しと言うもの。
ポジティブに評価できるところもある。一番大きなところでは「地球の人口問題」と
「遺伝子工学」という現在の2つの世界的な問題を主題に置いているところだろう。

若干ネタバレになるが、人口がこのまま増え続けると地球の生態系のバランスが破壊され、
人類は生存できなくなるという説に対する解として敵役が到達した結論が、遺伝子操作による
人類の不妊化だ。なにやらとてつもなく恐ろしい陰謀だが、本書ではここまでドラスティックな
手段を取るかは別として一刻も早く、人類は真剣に「人口問題」とその解の1つとしての
「遺伝子工学」に対する議論を始めるべきだと唱えているように見える。

この種の問題は倫理という問題と相まって非常に扱いが難しい。
そして人間は本能的にこうした厄介な問題から目をそらすようにできている。
「否認」という言葉で知られるこの本能的な防御を下げ、一刻も早く人類全体の問題として
対応策を考えるべきだ、というメッセージをダン・ブラウンは敵役(それも途中までの話で
最後は何だか憎めない奴という感じになった)の言葉を通じて読者に訴えかけているように思えた。


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「Yコンビネーター by ランダル・ストロス」

YコンビネーターとはITベンチャーに少額投資(2万ドルで株式の7%を取得)を実行し、助言を与え、
VCなどが投資する次のステージまで到達する間ベンチャーを育成をする、というモデルの
インキュベーション会社で、本書はそのプログラムを長期間取材したノンフィクションだ。

YCは2005年から2010年までに投資した208のベンチャーのうち、最も評価額の高い21社の
評価額の合計は47億ドルになるインキュベータのお手本ともいえる存在だ。

本書はプログラムへの応募、入学、期間中の開発、そしてデモデーという開発したプロダクトを
投資家にお披露目し、その後の資金調達の道筋をつける、というイベントまで一通り、
順繰りに紹介している。その中で、主催者のポール・グラハムを中心とするYコンビネーターの
パートナーと起業家たちとのやり取り、卒業生からのアドバイス、ベンチャー企業の様々な事例紹介がふんだんに紹介されている。その中には共同ファウンダーとの人間関係、
プロダクト開発の苦難、営業活動、ピボットなどベンチャーに携わるものであれば
誰もが通る道のりが描かれており、最後まで面白く読めた。

本書は起業家のケーススタディ集のような性格もあるので、僕のようなインキュベータや
投資家サイドの人間より、むしろ起業家のほうが色々示唆があるのではないか?
色々な事例をざっくり知っておくという事はいつかの時に判断の参考になることが多々ある。
「引き出し」、というもので、本書はそうした引き出しを多く持つ一助になると思う。


Yコンビネーター シリコンバレー最強のスタートアップ養成スクール/日経BP社

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「こころ」by 夏目漱石

言わずと知れた後期三部作の最終作。
確か高校時代の課題図書で読んだのが最初だった記憶がある。
その時の衝撃は言葉には表せないほどで、「こころ」は「ノルウェイの森」と並んで
僕の10代の考え方に最も大きな影響を与えた本だと思う。

20年経って読む。「こころ」はどんな読書感を与えてくれるのだろうか?
と期待していたのだが、相変わらず人間心理をこれでもか、というほど深堀していた。
とにかく繊細で複雑な人間のこころの在り方が見事に描写されていて、読んでいて楽しい。


「Kの来た後は、もしかすると御嬢さんが私よりもKの方に意があるのではなかろうかという疑念が
 絶えず私を制するようになったのです。果たして御嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、
 この恋は口へ出す価値のないものと私は決心していたのです。恥を掻かせられるのが辛いなどと
 いうのとは少し訳が違います。こっちで幾ら思っても、向うが内心他の人に愛の眼を注いでいる
 ならば、私はそんな女と一緒になるのは嫌なのです。世の中では否応なしに自分の好いた女を
 嫁にもらって嬉しがっている人もいますが、それは私達よりよっぽど世間ずれした男か、
 さもなければ愛の心理が良く分からない鈍物のする事と、当時の私は考えていたのです」

「私は一層思い切って、有りのままを妻に打ち明けようとしたことが何度もあります。
 私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。
 純白なものに一滴でも印気でも容赦なく振りかけるのは、私には大変な苦痛だったと解釈下さい。
 
「すると夏の暑い盛りに、明治天皇が崩御しました。その時私は明治の精神が天皇に始まって
 天皇に終わったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に
 生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが激しく私の胸を受けました。」

文学や映画などはその国の文化を映す鏡という側面があるが、「こころ」でも行間に
垣間見える深い人間心理は日本人のメンタリティを映し出していると思う。そしてこの
描写が鮮やかで、深いために漱石は国民的作家と言われるようになった、と高校の国語の先生が
言っていたのを思い出した。

話は逸れるが、そもそも夏目漱石の前後期三部作を読んでみようと思ったのは、
この「日本人の心」を再確認することにあった。国際的な環境でビジネスで携わっていると
ともすれば、謂れのない批評に晒される時がある。僕にとって一番腹に据えかねるのが、
「日本人というより、アメリカ人だよね」という例のアレだ。英語をしゃべれる人間に対する
嫉妬が根強いこの国では、常套句のように言われる。
あまり詳しくは書けないが、最近このような不快な僕は経験をした。

僕にとって漱石の書に触れ、ともすれば国際間のコミュニケーションの中で薄れていく
「日本人の心」を再確認するために、前期・後期三部作を読もうと決めたわけだ。

読破した今、また日本人の心を取り戻せたかどうかは分からない。
あとは実践の中で、無意識のうちに、漱石が描いた場面や心理が浮かび上がってくるに
違いない。英語を自在に操り、日本人の機微をちゃんと弁える人間になろう、
そしてギャフンと言わせてやろう。それはリベンジと同時に、自分自身の成長でもある。



こころ (新潮文庫)/新潮社

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