「得手に帆を上げて」  -4ページ目

「はじめの一歩を踏み出そう by マイケル・E・ガーバー」

西原エネルギーもお陰様で四期目に入って、振り返りの意味も込めて、起業系の本で有名なので読んでみた。
本書では事業を立ち上げようとする人は3つの人格を持っているとしている。すなわち「起業家」、
「マネージャー(管理者)」、「職人」の3つの人格だ。そして結論として企業を成長させるには、
「職人」の人格を極力抑え、「起業家」と「マネージャー」にマインドセットを持っていく必要があると言っている。

この辺りの考察は非常に鋭く、僕も自分を振り返って見た時に「職人」に留まっている自分を強く意識した。
印象的な下りを幾つか引く。


■起業家は「事業が成功するにはどうするべきか?」を考え、職人は「何の仕事をするべきか?」を考えている。

■起業家にとって会社とは顧客に価値を提供する場所である。その結果、利益がもたらさられる。
 職人にとって、会社とは自己満足のために好きな仕事をする場所である。その結果として
 収入がもたらされる。

■起業家は、最初に会社の将来像を確立したうえで、それに近づくために、現状を変えようとする。
 一方で職人は不確実な将来に不安を抱きながらも、現状が維持されることをただ願っている。

■起業家は自分の描く将来像から逆算して現在の自分の姿を決めるが、職人は現在の自分を基準に
 将来の自分を決めてしまう。

あまりに現在の自分の姿が「職人」のそれに重なってしまって、若干凹んでしまった。
だからロバート・キヨサキのキャッシュフロー・クオドラントで「Self-employed - 自営業者」
に留まって、いつまで経っても右側のクオドラントに移れないんだと気付いた。
http://ameblo.jp/yt25/entry-11916328227.html


西原エネルギーが顧客に提示できる価値は何だろうか?その価値を増やしていくには
何をしたら良いのだろうか?こうした「起業家」が自らに問いかけるべき事を僕は長らく
避けてきた。そして不確実な将来に不安を抱きながら、現状維持を何気に悪くないオプションだと
思っていたりした。
新年も明けたことだし、「事業の価値」と「成長のためのTo Do整理」を早速始めたい。


はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術/世界文化社

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「ブラックアウト by マルク・エルスベルク」

本書のプロットを簡単に紹介すると10日間に及ぶヨーロッパの大停電を描いたパニック小説だ。
ヨーロッパの電力網は他国間で相互に接続されているグリッドなため、最初はイタリアから
始まった停電が他の国々に拡大していく。そんな最中、主人公であるハッカーが
スマートメーター内に見慣れないコード番号が表示されていることに気づき、この大停電が
サイバーテロである事を見抜き、その対策方法をハッキングしていく、というもの。

上下1000ページになる分厚い小説だったが、かなり面白かった。
内容自体は典型的なパニック小説だが、強奪などの人々のパニックや、大量に起こる家畜や
農業の被害、適切な治療が出来なくなった病院での尊厳死の問題など、停電がもたらすで
あろう様々な二次災害まで丁寧に描いているので、読み物として面白かった。
特に下巻は1日で読んでしまったほど。

僕もスマートグリッドの業界に身を置いているが、セキュリティーという負の側面もちゃんと
理解したうえで、スマートグリッドへの移行を支持したい。
そういう意味でも、いろいろ考えさせてくれる小説だった。


ブラックアウト 上 (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)

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「坂の上の雲1~8」by 司馬遼太郎

司馬遼太郎の代表作である、「坂の上の雲」。
ずっと読みたい本のリスト上位にあったのだが、ズルズルと時が過ぎていたところ、意を決して読んでみた。

あらすじをざっと紹介すると、明治維新後、近代国家の仲間入りを果たすべく富国強兵に励む日本。
必死の外交努力もむなしく、日露戦争に至る。そしてその日露戦争でじり貧になりながらも
なんとかロシアに勝利する過程を描いた物語だ。とかく「坂の上の雲」は明治の明るいイメージ
というか国家が隆興していく躍動感とともに語られることが多い。

「世界史の上で、ときに民族というものが後世の想像を絶する奇跡のようなものを演じることがあるが、日清戦争から日露戦争にかけての十年間の日本ほどの奇蹟を演じた民族は、まず類がない。日清戦争の段階での日本海軍は、海軍とは名のみの、ぼろ汽船に大砲を積んだだけといってもいいような軍艦が多く、むろん戦艦も持っていない。戦後十年の日露戦争直前には巨大海軍ともいうべきものを作り上げ、世界の五大海軍国の末端に連なるようになった。(3巻p45)」

とにかく文庫本で8冊にもなる大著だけに、日本と欧米列強の複雑な外交関係、内政事情、
日本の戦費調達に協力的だったユダヤ人などの歴史的背景、諜報の動きなどの戦略レベルの
話から、1つ1つの軍事作戦での両軍の将校の判断や動き、など戦術レベルの話まで、
ほぼ網羅的にカバーされている。日露戦争の決定版、みたいな感じだ。

正直、大著過ぎて感想も何もあったものでないのだが、「坂の上の雲」を読んで当時の日本を
取り巻く環境と現在の日本を取り巻く環境がかなり似ている事に気が付いた。それは日本が
かなり世界に比べて遅れていて、開国の必要性に迫られている事だ
今の日本と異なるのは、少なくとも当時の日本人は世界との距離感をしっかりと認識し、
差を縮める手段として開国を意識的に選択したことだ。

「維新後国をあげて欧化してしまった日本と日本人は先進国家から見れば漫画に見え、アジアの隣国から見れば笑止な、小面憎い存在としてしか見えず、どちらの側からも愛情や好意はもたれてなかった。しかし当の日本と日本人だけは、大まじめだった。産業技術と軍事技術は、西洋よりも四百年遅れていた。それを一挙にまねることによって、できれば一挙に身に着け、それによって西洋同様の富国強兵の誉れを得たいと思った。いや、誉れというゆとりのある心情ではなく、西洋をまねて西洋の力を身につけねば、中国同様の某国寸前の状態になると思っていた。日本の己の過去をかなぐり捨てた凄まじいばかりの西洋化には、日本帝国の存亡が賭けられていた(2巻、p32)。」

僕は職業柄、欧米のクリーンテック・ベンチャーと仕事をすることが多いのだが、日本が強かった
分野は追いつかれ、向こうが強かった分野は差を広げられている感を認めざるを得ない。
そんな中で、一番悔しいのは、当の日本人の意識がそこまで至らないこと。
強かった時代のノスタルジーを引きずっていたり、認識はしているが戦う意識が弱かったり、
なんだか「緩慢な衰退」を甘んじて受け入れている感じがする。

明治の日本人たちが「坂の上の雲」の向こうに何を見たのか?
司馬遼太郎は秋山好古・真之兄弟、正岡子規という物語の主人公の生きざまに重ねている。
本書の登場人物の1人である正岡子規はこう言っている。

「和歌の腐敗というのは、要するに趣向の変化がなかったからである。なぜ趣向の変化がなかったかと言えば、純粋な大和言葉ばかり用いたがるから用語が限られてくる。そのせいである。そのくせ馬、梅、蝶、菊、文といった本来シナからきた漢語を平気で使っている。それを責めると、これは使い始めて千年以上になるから大和言葉同然だという。ともかく、日本人が日本の固有語だけを使っていたら、日本国は成り立たぬという事を歌詠みは知らぬ。つまりは、運用じゃ。英国の軍艦を買い、ドイツの大砲を買おうとも、その運用が日本人の手で行われ、その運用によって勝てれば、その勝利は全部日本のものじゃ。近頃そのように思っている。固陋はいけんぞな(2巻、p317)。」

「坂の上の雲」は日本の隆興は開国とともにあったという事を再確認させてくれ、
自分の方向性が間違っていないことを再認識できた。ただ、ちゃんと注意しよう。
国際社会に出ることは日本に留まっていれば経験する必要のない事にも遭遇する。
良い事だけではない。相応のプライスを払う覚悟が必要だと思う。

日露戦争に至る外交戦でロシアが日本にとり続けた傲慢な態度に関して司馬遼太郎は苦言を呈している。

「後世という、事が冷却してしまった時点で見てなお、ロシアの態度には、弁護するところが全くない。ロシアは日本を意識的に死へ追いつめていた。日本を窮鼠にした。死力をふるって猫を噛むしか手がなかっただろう。ついでながら、ヨーロッパにむける諸国間での外交史を見ても、一強国が他の国に対する例として、ここまでむごい嗜虐的外交というものは例がない。白人国同士では通用しない外交政略が、相手が異教の、しかも劣等人種とみられている黄色民族の国となると、平気で取られるというところに、日本人のつらさがある。

~中略~

国家間における人種問題的課題は、平時ではさほど露出しない。しかし戦時というぎりぎりの政治心理の場になると、アジアに対してならやってもいいのではないかという、そういう自制力がゆるむということにおいて顔を出している(3巻、p178~179)」



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横浜国際女子マラソン!

今日は山下公園で横浜国際女子マラソン大会2014が開催されたので見に行った。
http://www.yokohamawomensmarathon.com/

5月にトライアスロンの国際大会が同じ場所で開催され、面白かったので今回も期待していた。
秋晴れの真っ青な空とひんやりとした空気が何とも心地よく、スポーツ日和といった感じ。

レース自体も最後の最後まで田中智美選手とケニアのフィレス・オンゴリ選手が競り、
ラスト100mで田中選手がスパートで競り勝つという盛り上がり方で面白かった。
3位に入った岩出玲亜選手は今日のレースで10代の日本記録を破ったらしく、
(ちなみに保持者は解説の増田明美らしい)2020年の東京オリンピックが楽しみな選手だ。

観戦中に感じたことを2つ。1つは観戦マナーの素晴らしさ。ゴール地点は氷川丸の側で、
たぶん山下公園に行ったことある人は知っていると思うがここら辺はベンチが立ち並んでいる。
ゴール前は混むので、このベンチに立ってみる人がいるのだが、ほぼ全員が靴を脱いで
ベンチに立つというお行儀の良さ。こうしたマナーの良さは世界に誇れる美点だと思う。

一方でレース後のインタビュー。1位の田中選手を讃えるのは当然として、何故2位の
オンゴリ選手をすっ飛ばして、3位の岩出選手をテレビに映すのだろうか?聞けば高校時代~実業団まで
日本に留学し、日本語もペラペラだとか。僕がアメリカの大会で2位になり、自分をすっ飛ばされて
3位のアメリカ人にテレビ取材がされたとしたら、アメリカ留学経験を持つ僕としたら、やはり寂しいと思う。

何より最後まで田中選手とデッドヒートを演じレースを盛り上げた人なんだからちゃんとフェアにリスペクト
すべきだと思う。こうした島国根性というか、国際感覚の欠如は東京オリンピックでも世界各国の人たちから
相当指摘されると思う。

ちょっとお小言調になってしまったが、天気にも恵まれ盛り上がったレースだった。
なんだかいい気分で週末を過ごせた。聞けば今大会が最後らしくちょっと寂しい。
横浜は東京に比べて家賃も安く、一方でこのような国際的なイベントが開催されるくらい都会で
Quality of Lifeがすごく高く感じられる街だ。自転車で10分でこんなイベントを見れる贅沢を噛みしめている。
来週は良い事が起こりますように。


↓スタートを待つ選手たち
スタート前の選手たち②

↓山下公園通りの紅葉の中を走る選手たち


↓テレ朝の竹内由恵アナウンサー。実物を見ると女子大生みたいな感じ。


↓秋晴れの空とバラ園と氷川丸


↓ハト

「葉隠入門」 by 三島由紀夫

「葉隠」とは江戸時代の武士、山本常朝が武士としての心得を口述したもので、
かの三島由紀夫が「私のただ一冊の本」と呼んで心酔した本だ。

葉隠を代表する中核的思想は次の四誓願に集約する。

1. 武士道においておくれ取り申すまじき事。
2. 主君の御用に立つべき事。
3. 親に孝行仕るべき事。
4. 大慈悲を起こし人の為になるべき事。

三島由紀夫によれば葉隠は3つの哲学的特色を持っているという。
1つ目は「行動哲学」としての葉隠。葉隠の主体は武士としての「自分自身の在り方」、
他人を操ったりするマキャベリの様な政治哲学とは異なる。

2つ目は「恋愛哲学」としのて葉隠。「恋の至極は忍恋と見立て申し候」の言にあるように
影の奉公を美しいとする日本の恋愛観。

3つ目は「生きた哲学」としての葉隠。葉隠の最も有名な概念に「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」
というのがある。これはそのままの意味として解釈されているようだが、僕の印象は若干違った。
むしろいつ死んでも後悔を残さぬよう、主君への不忠にならぬよう一瞬一瞬を一生懸命に生きる、という
「自分自身の在り方」を示しているように感じた。

「(以下現代語訳)
 五、六十年前までの武士は、毎朝行水をし、頭髪をそり、髪に香を付け、手足の爪を切って軽石でこすり、
 そのうえこがね草で磨いたりして、怠惰にならず、もっぱら身嗜みに気を配り、しかも武道についても
 一通りの事は一心に励んだものである。身嗜みに気を配ることは一見洒落者に見えるかもしれないが、
 それは風流心から来るのではない。今すぐにも討死だと決意をし、仮に何の身嗜みも無しに討死したら、
 普段の気の緩みも現れ、敵に馬鹿にされ、卑しまれたりするので、老いも若きも身嗜みに
 気を配ったのである。こうした事は面倒くさく、時間のかかるもののように思われるのだろうが、
 武士の仕事はこのようなものである。」

このように死を想う事で逆に生に転じる葉隠の思想を三島は「生き方の哲学」と表現した。

武士の思想、と聞けば何やら古めかしく聞こえるが、時代を超えて通じる考え方が目白押しで、
位置づけとしてユダヤ人にとってのタルムードに近いかもしれない。
特に海外に留学している学生、働いている駐在員など日本人としてのアイデンティティーを
常に問われる立場にいる日本人たちにとっては原点を確認するという意味も含め必読の書だとすら思える。

日本を海外に紹介した本で有名なのは新渡戸稲造の「武士道」と内村鑑三の「代表的日本人」だと思うが、
是非この「葉隠」もそのリストに加えたい。特に前二者がクリスチャンという曲がりなりにも
西洋文明との関わりを持った人間によって書かれたのに対し、山本常朝という江戸時代の侍によって書かれた
「葉隠」は日本古来の思想を現代に紹介する貴重な書だと思う。


葉隠入門 (新潮文庫)/新潮社

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「金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント」 by ロバート・キヨサキ

前作の「金持ち父さん、貧乏父さん」の続編にあたる。
(http://ameblo.jp/yt25/entry-11883669069.html)

映画の例に漏れず、大体、続編と言うものはオリジナルを超えられないものだが、
本作は勝るとも劣らないスゴ本だった。

先ず本書のタイトルでもあるクワドラントは収入源を四象限に分けた概念で、下図のようになる。



それぞれの特徴として:

(左半分)
Employee - 従業員
・契約に基づく雇用関係を結んでいる。このクワドラントに属する人は「安定」を求める傾向が強い。
 このタイプの人は、お金の無い状態を恐れる気持ちが出てくると、それに対する反応として
 安定・保証を求める。

Self-employed (Do it yourselfer) - 自営業者
・このタイプには独立心旺盛な人が多く、お金より、誰にも依存しない独立した状態でいる事、
 自分の好きな方法でやる自由を確保できている事、その分野で専門家として尊敬されている事、
 などの方が大事だと思っている。このタイプには医者や弁護士など高学歴な職業人が含まれる。

(右半分)
Business Owner - ビジネスオーナー
・ここに属する人はSとほとんど正反対で、本物のBはE,S,B,Iの全てのクワドラントから優秀な
 人を集めて、自分の周りを固めておきたいと思う。他人の力を最大限に引き出し、ビジネスを
 システムとして捉えて回せる人、それがこのタイプだ。

Investor - 投資家
・投資家はお金でお金を作り出す。どうやってこのクワドラントに移るか?というのが
 本作の主題となっている。


本作で実は一番印象に残ったのが「起業家にもSタイプとBタイプがある」の下りだった。

「私はよく「自分でビジネスを始めようと思っているんだ」と言う人に出会う。
 問題なのは、本当はBタイプのビジネスを始めたいと思っている人の多くが、結局はSタイプの
 ビジネスを始めることになり、右側のクワドラントに移りたいという夢を持ちながらそのまま
 左側で立ち往生してしまうことだ。その理由はそれぞれのクワドラントで成功するために
 必要な技術的能力、人間的素質が異なるからだ。」

僕の場合、確かに起業したがコンサルと言う職業、そして未だ一人会社という事を考えると
属するクワドラントはSだと思う。個人的には常に自分の事業を持ちたいと思っていて、Bの
クワドラントに移りたいと思っていた。だけど人を雇うと利益率が落ちる、インキュベーション
という技は人に教えられるものではない、とビジネスシステムを構築する手間を嫌がり、
結果としてずっとSのセグメントに居続けてきたのも事実だ。でもこうして4つのクワドラントを
俯瞰してみると、Sには留まりたくない。右のクワドラントに移りたいと思っている。

この本は実際にクワドラントの移り方について詳しく述べている。
投資家のレベルを7つに分け、先ずはレベル4の投資家を目指そう、とかテクニカルな話はさて置き、
本書が一番強調しているのは、クワドラント固有のスキルをどうやって獲得するかではなく、
クワドラントを移る際にマインドセットを入れ替える必要がある、という事だ。
それは「どう恐怖を克服するか?」というふうに置き換えても良い。

「お金に関してリスクを冒すことを考えると、私達は皆恐怖を感じる。金持ちだって同じだ。
 違うのはその恐怖をどうコントロールするかだ。大抵の人は恐怖を感じると、安全にやろう。
 リスクは侵すな、と考え始める。そんな風に考えない人、特にキャッシュフロー・クワドラントの
 右側に属する人たちはお金を失う事に対する恐怖が別の考えを生む。つまり「賢くやろう。
 リスクをコントロールする方法を学ぼう」と考える。このように恐怖と言う感情は同じでも
 そこから生まれる考えは人によって異なる。人間が異なれば考えが異なり、それが異なる行動に繋がり、
 異なる結果を生む。」

リスクをコントロールする方法には色々テクニカルな手段があるのだが、著者は究極的には
「トライアンドエラー」しかないと言っている。クワドラントの左側の人はとかく失敗を恐れる。
しかし右側の人は失敗を学習の機会と捉える。お金を張った時と張らなかった時では緊張感が違い、
必然的に得るものも違ってくると。しかし一方で失敗=破滅にならないように、最初はStart Smallで行け、
と言っている。恐怖を克服し、先ず実践してみる。これを繰り返し、クワドラントを移るために
必要なスキルとマインドセットを時間をかけて磨いていけ、と言っている。
お金をテーマとした本はとかくテクニック論に走りがちだが、本書は丁寧に理論建てしながらも
しっかり王道をキープしている。僕が著者の主張が腹落ちしたのもこうしたテクニックと
王道論のバランスの良さが大きな理由だ。

最後に金持ち父さんからの珠玉のアドバイスを引く。

「金持ちと貧乏人の唯一の違いは、暇な時間に何をするかだ」





金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント/筑摩書房

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「昭和16年夏の敗戦」 by 猪瀬直樹

本書では昭和16年に設立された総力戦研究所という機関に軍部、省庁、民間企業などから集められた30人の
若手エリート達がシュミレーションを重ねて導き出した太平洋戦争に関する予測と実際の戦争が辿った経過は
ほぼ同じものだったと主張している。具体的には総力戦研究所は次のように結論付けている。

「昭和16年12月中旬、奇襲作戦を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、しかし、物量において
劣勢な日本の勝機は無い。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。
だから日米開戦は何として避けねばならない」

この結論には軍事力のみならず、資源へのアクセス、工業力などトータルな国力の比較分析がある。

「小麦・肉・米などの食料。鉄・銅・アルミなどの工業材料。綿花・羊毛の衣料。石炭・石油・ゴムなど
二十一品目の自給能力を各国別に分析、これに比較して国力差を出してみると、自給率が高いのが、
米・ソ・独の順で、英国は帝国全体ではソ連の受給率を超すものもある。と俯瞰したあと品物別に
需給状態を比較する。アメリカは銅を除いていずれも日本の七倍以上、石油三十二倍、ソ連の六倍。
日本が三位までに顔を出すのは米・ソに次ぐ綿花だけで、あとすべての受給量は最下位にある。
結局、これら物質自給力の差が、五か国国防資源自給能力総体の優劣を決定づけると断定した。」

本書では、総力戦研究所が行ったシュミレーションと実際の政府が開戦決定へと至ったプロセスを並行して
描いている。そして、そこから太平洋戦争を「なぜ日本は大国アメリカを相手に無謀な戦争を起こしたのか?」
という視点から考察している。

本書は原因として次の事を上げている。

① 統帥権と国政の制度的欠陥

「大日本帝国憲法では統帥権は天皇の大権に属する。「神聖にして侵すべからず」だから政府は関与できない。
しかし事実上その体験を行使したのは天皇自身ではなく統帥部(大本営)であった。統帥部は政府とは別個に
(勝手にと言ってよい)作戦を発動できた。いわゆる軍部の独走とは旧憲法の欠陥により生じたものだ。
明治藩閥政権時代にはこの欠陥が露呈しなかった。山形有朋に代表される元勲らの権威が、
制度的欠陥を人為的にカバーしていたからである。東條内閣のスタートを朝日新聞は「統帥、国務、
高度に融合」と報じた。軍人宰相なら「統帥(大本営)」と「国務(政府)」の双方にニラミがきく、
と見たのだった。しかし、東條はただの官僚にすぎず、元勲山形有朋ではなかった」

② 「開戦やむなし」の集団的真理

東條内閣と統帥部の連絡会議が開かれたのは組閣から六日目の十月二十三日。国策再検討の会議は
十月三十日まで連日開かれた。一日おいて十一月一日、結論を出す連絡会議が開かれ、その結論に
従って十一月五日の午前会議が開催された。

5・15事件や2・26事件などの事件後、軍部の意向に逆らってまで、損得勘定で戦争を語れる空気ではなかった。
この事は開戦判断のベースになった「物量(特に石油)の見通し」にも影響を与えている。
この御前会議に提出した石油需給のバランス試算表が開戦の決め手になった大きな要因として
言われているが、提出した鈴木貞一企画院総裁の言葉は当時の「開戦やむなし」の雰囲気を伝えている。

「僕は腹の中では、米国と戦争して勝てるとは思ってなかったから憂鬱な気持ちで読み上げましたよ。
あの時はね、陸軍が戦争をやると言ってたが、実際に米国とやるのは海軍なんだ。海軍が決心しないと
やれない。陸軍は自分でやるんじゃないから腹が痛まない、それで勝手な事を言ってたんです。
海軍は自分でやるんだから、最終的な決断は海軍がすべきだったんだ。ところが、海軍ははっきりと言わんのだ。

海軍は一年経てば石油がなくなるので戦は出来なくなるが、今のうちなら勝てる、と仄めかすんだな。
だったら今やるのも仕方ない、とみんなが思い始めていた。そういうムードで企画院に資料を出せ、
というわけなんだな

やるかやらんかと言えば、もうやることに決まっていたようなものだった。やるために辻褄を合わせる
ようになっていたんだ。」


総力戦研究所がこの上なく未来を予測していたのに、その結論に向かってまっしぐらに開戦に至った太平洋戦争。本書のタイトルは「昭和16年の敗戦」となっているのもそこにある。
「制度的に独走を防げないような体制」、「何となくそういう雰囲気」。この2つが太平洋戦争の引き金になった
としたら昨今の日本の方向性にもかなりデジャヴ感が漂うのは気のせいだろうか?
僕は個人的には集団的自衛権どころか交戦権すら日本はあると思う(行使するかは別にして)のが、
制約が少なくなればなるほど、国の在り方や方向性に対して僕ら一般市民に課せられた責任が重いという事を
痛感する。69回目の終戦記念日。歴史から学ぶことをたくさんあると思う。

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)/中央公論新社

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「シェエラザード上・下」 by 浅田次郎

またまた浅田次郎の作。
簡単なプロットをAmazonから引く。

「昭和二十年、嵐の台湾沖で、二千三百人の命と膨大な量の金塊を積んだまま沈んだ弥勒丸。
弥勒丸引き揚げ話をめぐって船の調査を開始した、かつての恋人たち。謎の老人は五十余年の沈黙を破り、悲劇の真相を語り始めた。私たち日本人が戦後の平和と繁栄のうちに葬り去った真実が、次第に明るみに出る」

率直に感想を述べると、あまり「イケてない」てないと思う。少なくとも戦争モノだったら
著者の若作の「日輪の遺産」の方が全然印象に残った。イケてない所を色々考えたんだが、
大体次の3つくらいだと思う。

① 2000人が死んだにしては印象が軽い。

不謹慎な物言いになってしまうが、失われた命の重さがそれほど印象に残らなかった。
「日輪の遺産」では自決した女学生の命や想いの重さが際立っていたが、比してシェエラザードは
何か中途半端な印象が残った。

② 「シェエラザード」の調べの印象が薄い。

シェエラザードとはリムスキー・コルサコフによる1888年発表の交響組曲で、アラビアンナイト
の物語を題材としたもの。念のためYoutubeの音源を引いておく。



物語のタイトルになっているくらいだから、物語との関連も深いはず
だが、こちらもいまいちシェエラザードの物悲しい調べと物語がリンクしなかった。
例えば村上春樹の「ノルウェーの森」は淡々とした語り口や透明感の強い感情表現で
原曲の「Norwegian Wood」の雰囲気と見事にマッチしていた。映画も同じで「ラスト・オブ・モヒカン」と
あの美しい音楽を結びつけるファンは今なお多いのではないか。
シェエラザードはそこまで至ってない。

③ 「大東亜圏の理想を美化する」ことに警戒心を持った。

このシェエラザードの隠れた主題(恐らく筆者のメッセージだろう)は次のセリフに現れている。

「少なくともそうと信じて、自分は戦ってきた。死んでいった兵士たちも、みなそれだけを
 信じて戦ったはずだ。この戦が聖戦であると、今も信じたい。大東和共栄圏の夢を信じたい。
 我々は決して侵略したのではなく、欧米の植民地支配からアジアを開放するために戦ったのだと。
 悠久の平和のために血を流したのだと信じたい」

この手の論調は昔から多い。やれ

-曰く大東亜共栄圏は正義の戦争だった
-少なくとも理想は気高いものだった
-日本はやり方を間違えてしまった
-職業軍人たちには罪はない

と大体こんなところだろう。特に最近は「永遠のゼロ」の影響で美化に拍車がかかったような気がする。
僕も日本人の一人として共感する部分もあるのだが、だが北米で7年ほど暮らした経験から
言うと恐らくこうした考えは世界的にはほぼ通用しない。大東亜共栄圏が欧米からのアジアの
開放を謡っているのであれば、ヒトラーだってベルサイユ条約によってバラバラにされた
ゲルマン帝国の再興を目的としたという事だって成立してしまう。

独り善がりのロジックを世界から否定されると「日本人じゃないと分からないよ、この気持ちは」と言って内に
こもってしまうのが日本人の悪い癖なのだが、歴史の中の一部だけに光を当て、その部分を美化しようと
固執している限り、日本は先に進めないと思う。

現在の国際社会におけるドイツと日本の違いを考えてみるべきだと思う。
片や仇敵のフランスと組み、今やEUの盟主になったドイツと、未だに戦争認識で周辺国と諍い、
首脳会談すら組めない日本と比較してどちらが好ましい立場にいるのだろうか?

大東亜共栄圏の高い理想は今後のアジアにとっても必要だと思う。
ただその実現は過去の正当化ではなく、アジアの未来図を平和的な手段で共有していくことだと思う。
その意味でも太平洋戦争を美化する小説が最近多い中で、何故日本はやり方を間違ったのか?
こうすれば歴史はもっと好転したのではないか?そういったテーマで練った小説が出てきて欲しいと思うし、
日本の文壇はアジアにそうした見方を提唱する責任があるのではないか?


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「クラウドソーシングの衝撃」 by 比嘉邦彦、井川甲作

「ソーシャルファイナンス革命」、「みんなと幸せになるお金の使い方」に続く、クラウドサービス系の3本目。

一言で言うと「入門書に最適な一冊」という印象。章立てを見たら分かる。
クラウドソーシングに関する主要なトピックがほぼカバーされているし、説明が簡潔で分かり易い。

1章 クラウドソーシング概況
2章 クラウドソーシングサイトの類型と現状
3章 クラウドソーシングと個人
4章 クラウドソーシングと企業
5章 クラウドソーシングの問題点
6章 クラウドソーシングの展望

クラウドを介した新しいサービス(ファイナンス、アウトソーシングなど)に関する本を3冊まとめて読んでみて、
結局クラウドサービスとは「フラット化する世界」の延長線上のサービスなんだと感じた。
以前のエントリー(http://ameblo.jp/yt25/entry-11348568762.html)でも書いたが、

2000年前後から世界は全く新しい時代に突入した。
それはグローバリゼーション3.0とも呼べるもので特徴としては以下の2つ:
 1) 個人が大きく力を持つようになった
 2) 非西欧の人々も加わり、世界規模での競争になった
つまり世界は「フラット化」した。

本書でも言っている通り、クラウドソーシングの動きは、世界規模で人材のオープン化と共有化を
促進するもので、個人の労働の在り方まで変えていくインパクトを持っているので、
結局は個人のエンパワーメントに繋がるだろうし。
なるほど確かに「世界はフラット化」し続けている。もう元に戻ることはないんだろう。

だいぶ話が逸れたが、本書はクラウドソーシングの入門書としてお勧めできる良書だと思う。

クラウドソーシングの衝撃 雇用流動化時代の働き方・雇い方革命 (NextPublishing)/インプレスR&D

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「日輪の遺産」 by 浅田次郎

僕にとっては「天国までの百マイル」、「蒼穹の昴」、「中原の虹」に続く四作目。
物語のプロットは太平洋戦争の終戦間際に、200兆円に上るマッカーサー将軍の財宝を奪った旧日本陸軍が、
その財宝を日本復興の為に極秘裏に隠す、そして50年後、その財宝の在り処を記した手帳が主人公に託された。
主人公たちの探索と、当時密命を受けた日本陸軍の兵士たち、その作業に携わった勤労動員の女生徒達の物語を並行して描いていくというもの。

マッカーサーの財宝の下りはいかにもフィクションだが、終戦間際の近衛師団のクーデターなどは
「日本の一番ながい日」のようにかなり史実に忠実に再現され、その緊迫した場面を潜り抜ける描写
などはかなり楽しめた。基本的には宝探しというより、物語の登場人物たちの生き様の物語だ。
登場人物の役割づけ、彼らの想い、葛藤などが丁寧に描かれており、読ませる。

この本は「蒼穹の昴」や「中原の虹」などのように読む者を厳粛な気持ちにさせるものではない、
物語のテンポ、一つ一つの台詞回し、感情の描写なども荒削り感が正直かなりする。
ただ何とも言えない原石感を感じさせる小説だとも思う。聞けばなるほど若作らしい。

最後にやはり終戦の頃を扱った本を読むたびに背筋がピッと伸びる感じがする。
人間の想いと想いがぶつかり歴史は創られていく。軍部内にも様々な想いがあり、民間人にも
色々な想いがある。そして20人の女学生たちにも国に対する想いがあった。
人間の真剣な想いに触れると、やはり「自分は今ちゃんとやれているだろうか?」みたいな
自省の気持ちになる。もうすぐ終戦記念日。良い本に巡り合えたと思う。



日輪の遺産 (徳間文庫)/徳間書店

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