「大本営参謀の情報戦記」by 堀栄三
元大本営情報参謀として太平洋戦争中に諜報業務に携わった堀栄三による著作。
太平洋戦争の敗戦は、日本軍が事前の情報収集・分析を軽視したことに起因している、
という著者の見解を、実際の体験に基づいて述べている。
個人的に興味を持ったのは、日本軍と米軍における「戦場」の定義の差。
そしてこの「戦場」における二大武器として重んじたのが、「制空権」と「補給」。
これらの差が、戦争自体の勝敗の大きな要因になったと述べている。
広大な太平洋の島々に日本軍は兵士を布陣させ、千島―マリアナ諸島―ニューギニアを
絶対国防圏として定義したが、これを「点」とみるか、「線」と見るかが、
非常に大きな分かれ目となった。
これだけ広大な国防圏を死守するためには、各島の守備隊が連携し、そして
「補給」が適切になされなければ、つまり「線」として機能しなければ、
単なる兵隊の集まった島「点」になってしまい、国防圏の強弱が大きく損なわれる、
というもの。そしてその「線化」のもっとも重要な条件が「制空権」の確保であったが、
日本はここで決定的に米国に後れを取ってしまったというもの。
そして日本が制空権を失った原因の1つ(国力の地力など他にも原因はあるが)、
日本の軍隊の「軍の主力は歩兵なり」という日清・日露戦争を通じて培われた
考え方があるとの、こと。大陸型と海洋型の戦争の違いを考えず、歩兵主体の考え方が
日本軍の制空権の喪失に大きく影を落としたとある。
この制空権の違いは占領地域という視点で捉えると更に劇的な差になる。
歩兵が占領できる島の場合、仮にサイパン島と考えると、122平方キロメートルとなる。
一方で制空権を奪取した場合、戦闘機の行動半径 x 行動半径 x 3.14だから
仮に行動半径を1000kmとすると314万平方キロメートルと決定的な差になる。
こうして制空権を確保した米軍は日本の補給を分断し、島々に構える守備隊を
「点化」することに成功した。そして「点化」した島々は作戦遂行上、必要最低限の
島々だけを占領すれば良いので、不要な島々は放っておかれた。
実際に日本軍が配置された島々は25.そのうち米軍が上陸・占領した島はわずか8。
補給路を断たれ、「点化」されたその他の島々に駐留する日本軍は放っておかれ、
飢餓との戦いを余儀なくされた。
本書の中で米軍がまとめた太平洋戦争の日本の敗因分析を紹介しているが、
その内容が秀逸で、現代にも当て嵌まると思うので、以下に引く:
1. 軍部の指導者は、ドイツが勝つと断定し、連合国の生産力、士気、弱点に関する
見積もりを不当に過小評価してしまった(国力判断の誤り)
2. 不運な戦況、特に航空偵察の失敗はもっとも確度の高い大量の情報を逃す結果と
なった(制空権の喪失)
3. 陸海軍間の円滑な連絡が欠けて、せっかく情報を入手しても、それを役立てることが
できなかった(組織の不統一)
4. 情報関係のポストに人材を得なかった。このことは情報に含まれている重大な
背後事情を見抜く力の不足になって現れ、情報任務が日本軍では第二次的任務に
過ぎない結果となって現れた(作戦第一、情報軽視)
5. 日本軍の精神主義が情報活動を阻害する作用をした。群の立案者たちは、
いずれも神がかり的な日本不滅論を繰り返し声明し、戦争を効果的に行うために、
もっとも必要な諸準備を蔑ろにして、ただ攻撃あるのみを課題に強調した。
その結果、彼らは敵に関する情報に盲目になってしまった(精神主義の誇張)
上記の分析は60年以上の年月を経てなお、現在の日本の経済敗戦(企業の弊害)
にもそのままそっくり、当て嵌まるのではないだろうか。
特に情報感度や組織として入手した情報の扱い方、に関しては恐らく日米の企業の
もっとも目立つ差の1つだと思う。特に21世紀になりグローバリゼーションが加速したため、
情報のインプット量自体にハンディキャップが生じたため、この情報感度の差は
さらに開いている、と思う。
本書は太平洋戦争での体験記としての位置づけであるが、現在にも通じる、
そしてビジネスなど他分野への応用もきく、多くの優れた洞察が多くある良書だと思う。
大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)/文藝春秋

¥570
Amazon.co.jp
太平洋戦争の敗戦は、日本軍が事前の情報収集・分析を軽視したことに起因している、
という著者の見解を、実際の体験に基づいて述べている。
個人的に興味を持ったのは、日本軍と米軍における「戦場」の定義の差。
そしてこの「戦場」における二大武器として重んじたのが、「制空権」と「補給」。
これらの差が、戦争自体の勝敗の大きな要因になったと述べている。
広大な太平洋の島々に日本軍は兵士を布陣させ、千島―マリアナ諸島―ニューギニアを
絶対国防圏として定義したが、これを「点」とみるか、「線」と見るかが、
非常に大きな分かれ目となった。
これだけ広大な国防圏を死守するためには、各島の守備隊が連携し、そして
「補給」が適切になされなければ、つまり「線」として機能しなければ、
単なる兵隊の集まった島「点」になってしまい、国防圏の強弱が大きく損なわれる、
というもの。そしてその「線化」のもっとも重要な条件が「制空権」の確保であったが、
日本はここで決定的に米国に後れを取ってしまったというもの。
そして日本が制空権を失った原因の1つ(国力の地力など他にも原因はあるが)、
日本の軍隊の「軍の主力は歩兵なり」という日清・日露戦争を通じて培われた
考え方があるとの、こと。大陸型と海洋型の戦争の違いを考えず、歩兵主体の考え方が
日本軍の制空権の喪失に大きく影を落としたとある。
この制空権の違いは占領地域という視点で捉えると更に劇的な差になる。
歩兵が占領できる島の場合、仮にサイパン島と考えると、122平方キロメートルとなる。
一方で制空権を奪取した場合、戦闘機の行動半径 x 行動半径 x 3.14だから
仮に行動半径を1000kmとすると314万平方キロメートルと決定的な差になる。
こうして制空権を確保した米軍は日本の補給を分断し、島々に構える守備隊を
「点化」することに成功した。そして「点化」した島々は作戦遂行上、必要最低限の
島々だけを占領すれば良いので、不要な島々は放っておかれた。
実際に日本軍が配置された島々は25.そのうち米軍が上陸・占領した島はわずか8。
補給路を断たれ、「点化」されたその他の島々に駐留する日本軍は放っておかれ、
飢餓との戦いを余儀なくされた。
本書の中で米軍がまとめた太平洋戦争の日本の敗因分析を紹介しているが、
その内容が秀逸で、現代にも当て嵌まると思うので、以下に引く:
1. 軍部の指導者は、ドイツが勝つと断定し、連合国の生産力、士気、弱点に関する
見積もりを不当に過小評価してしまった(国力判断の誤り)
2. 不運な戦況、特に航空偵察の失敗はもっとも確度の高い大量の情報を逃す結果と
なった(制空権の喪失)
3. 陸海軍間の円滑な連絡が欠けて、せっかく情報を入手しても、それを役立てることが
できなかった(組織の不統一)
4. 情報関係のポストに人材を得なかった。このことは情報に含まれている重大な
背後事情を見抜く力の不足になって現れ、情報任務が日本軍では第二次的任務に
過ぎない結果となって現れた(作戦第一、情報軽視)
5. 日本軍の精神主義が情報活動を阻害する作用をした。群の立案者たちは、
いずれも神がかり的な日本不滅論を繰り返し声明し、戦争を効果的に行うために、
もっとも必要な諸準備を蔑ろにして、ただ攻撃あるのみを課題に強調した。
その結果、彼らは敵に関する情報に盲目になってしまった(精神主義の誇張)
上記の分析は60年以上の年月を経てなお、現在の日本の経済敗戦(企業の弊害)
にもそのままそっくり、当て嵌まるのではないだろうか。
特に情報感度や組織として入手した情報の扱い方、に関しては恐らく日米の企業の
もっとも目立つ差の1つだと思う。特に21世紀になりグローバリゼーションが加速したため、
情報のインプット量自体にハンディキャップが生じたため、この情報感度の差は
さらに開いている、と思う。
本書は太平洋戦争での体験記としての位置づけであるが、現在にも通じる、
そしてビジネスなど他分野への応用もきく、多くの優れた洞察が多くある良書だと思う。
大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)/文藝春秋

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「蒼穹の昴①~④」by 浅田次郎
浅田次郎といえば以前「天国までの百マイル」を読んだのですが、巷で言われているほど
良いと思いませんでした。そうした背景もあって浅田次郎から遠ざかっていたのですが、
「蒼穹の昴」は清王朝末期の動乱を題材としており、西大后や李鴻章、袁世凱の人物、
科挙など中国古来の制度などテーマ的に興味があったので、読んでみました。
結論から言います。久しぶりの面白い小説に巡り合いました。傑作と言って良いと思います。
全4巻を4日で読破しました。ページをめくる手が止まりませんでした。
清朝末期という動乱期を、物語の主人公たちがそれぞれの想いを胸に秘め、
必死に生きる姿を丁寧に描いてます。文句なく面白い小説でした。
細かいことは言いませんので、一度読んでみることをお勧めします。
面白いです!
蒼穹の昴(1) (講談社文庫)/講談社

¥660
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良いと思いませんでした。そうした背景もあって浅田次郎から遠ざかっていたのですが、
「蒼穹の昴」は清王朝末期の動乱を題材としており、西大后や李鴻章、袁世凱の人物、
科挙など中国古来の制度などテーマ的に興味があったので、読んでみました。
結論から言います。久しぶりの面白い小説に巡り合いました。傑作と言って良いと思います。
全4巻を4日で読破しました。ページをめくる手が止まりませんでした。
清朝末期という動乱期を、物語の主人公たちがそれぞれの想いを胸に秘め、
必死に生きる姿を丁寧に描いてます。文句なく面白い小説でした。
細かいことは言いませんので、一度読んでみることをお勧めします。
面白いです!
蒼穹の昴(1) (講談社文庫)/講談社

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天才の苦悶と不安
先日のNHK杯将棋の準決勝の羽生善治vs郷田真隆には強い衝撃を受けました。
NHK杯将棋史上に残る大逆転劇だったと思います。
僕は生で見ていたのですが、本当に鳥肌が立ちました。
勝負のダイジェストはYoutubeにアップされてます↓
この将棋は勝負そのものも「天才の詰み」と解説がうなったくらい、内容の濃いものだった
のですが、僕が強い印象を受けたのは、羽生善治の苦悩する姿でした。
元来、将棋棋士は感情を表に出さずに淡々と指す人が多いのですが、
羽生善治もその例にもれず、あまり感情を表に出さずに指すタイプの棋士でした。
ところが、この対局中、羽生善治がずっと悩み、苦悶しているのです。
その姿が非常に印象に残りました。
簡単に羽生善治の将棋界での足跡を振り返ってみましょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB
デビュー以来、天才の名をほしいままにし、20代で前人未到の七冠王に輝きました。
その後も20年近くトップ棋士の座を守り続けている人です。
またその言動は将棋界を超えて注目を浴びており、梅田望夫の「ウェブ進化論」での
「高速道路論」はビジネス界でも相当引用されました:
「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための
高速道路が一気にしかれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が
起きています。」
そんな天才がここまで苦悶して勝負に臨んでいる姿に強い衝撃を受けました。
そしてハイライトは7:40から「86銀」の一手に至るまでの羽生善治の表情。
苦悶だけでなく、不安という感情も見て取れます。
指す前だけでなく、指した後も自信無さ気な表情をしてます。
これが伝説の「86銀」の生の姿です。
天才の名を欲しいままにした人が、苦悶や不安に駆られる。
そして半信半疑のまま、繰り出した手が「伝説の一手」になる。
これは将棋以外の世界でも存外そんなものなのかもしれません。
正直に告白すると、独り立ちしてから相当不安に駆られることが多いです。
特に大きなお金が動くとき、相手と話していて声が震えている自分に気づき、
「俺も小さいな~」とちょっと自信を無くした事もあります。
よくドラマとかだと、数百億円のお金を自信満々に動かしているじゃないですか。
でも羽生善治の苦悶と不安の表情を見て、天才と呼ばれ続けた人でさえ、
こんな表情をするんだ、と思ったら少し勇気が出てきました。
格好つけていてもしょうがない、そんな事より最後まであがこう。
そんな前向きな気持ちになってきました。
NHK杯将棋史上に残る大逆転劇だったと思います。
僕は生で見ていたのですが、本当に鳥肌が立ちました。
勝負のダイジェストはYoutubeにアップされてます↓
この将棋は勝負そのものも「天才の詰み」と解説がうなったくらい、内容の濃いものだった
のですが、僕が強い印象を受けたのは、羽生善治の苦悩する姿でした。
元来、将棋棋士は感情を表に出さずに淡々と指す人が多いのですが、
羽生善治もその例にもれず、あまり感情を表に出さずに指すタイプの棋士でした。
ところが、この対局中、羽生善治がずっと悩み、苦悶しているのです。
その姿が非常に印象に残りました。
簡単に羽生善治の将棋界での足跡を振り返ってみましょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB
デビュー以来、天才の名をほしいままにし、20代で前人未到の七冠王に輝きました。
その後も20年近くトップ棋士の座を守り続けている人です。
またその言動は将棋界を超えて注目を浴びており、梅田望夫の「ウェブ進化論」での
「高速道路論」はビジネス界でも相当引用されました:
「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための
高速道路が一気にしかれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が
起きています。」
そんな天才がここまで苦悶して勝負に臨んでいる姿に強い衝撃を受けました。
そしてハイライトは7:40から「86銀」の一手に至るまでの羽生善治の表情。
苦悶だけでなく、不安という感情も見て取れます。
指す前だけでなく、指した後も自信無さ気な表情をしてます。
これが伝説の「86銀」の生の姿です。
天才の名を欲しいままにした人が、苦悶や不安に駆られる。
そして半信半疑のまま、繰り出した手が「伝説の一手」になる。
これは将棋以外の世界でも存外そんなものなのかもしれません。
正直に告白すると、独り立ちしてから相当不安に駆られることが多いです。
特に大きなお金が動くとき、相手と話していて声が震えている自分に気づき、
「俺も小さいな~」とちょっと自信を無くした事もあります。
よくドラマとかだと、数百億円のお金を自信満々に動かしているじゃないですか。
でも羽生善治の苦悶と不安の表情を見て、天才と呼ばれ続けた人でさえ、
こんな表情をするんだ、と思ったら少し勇気が出てきました。
格好つけていてもしょうがない、そんな事より最後まであがこう。
そんな前向きな気持ちになってきました。
「敗れざる者たち」by 沢木耕太郎
この本は1年前くらいに買って、そのまま読むのを躊躇い続けていた本。
何故か、それは「敗者の美学」を描いた本だから。
帯はこんな感じ:
「人生でただ一度だけの青春の時を勝負の世界に賭けて燃え尽きて行った者たちの姿を、
哀惜込めて描く情熱的スポーツロマン」
つい最近まで僕は大きなプロジェクトに携わっていたので、あまりに縁起悪く敬遠していた。
ようやくプロジェクトも成功裏に終わった今、この本を読んでみた。
予想通り、敗れていった者たちの知られざる話が短編形式で纏められている。
Amazonのレビューを見る限り、非常に評価が高い。
しかし僕は決してこの本を好きになれなかった。それはやはり「敗者の美化」だと思うから。
巻末の解説には、こうある。
「スポーツの目的とはかくして勝つ事では無くなる。その肉体を滅亡に至るまで、
すりへらすこと、いわゆる燃焼が目的となるのだ。滅亡の美学、または敗北の美学が
ここに完成する」
それに呼応するかのように、筆者は比喩として、明日のジョーの矢吹丈のセリフを引く。
「燃えたよ・・・・・真っ白に燃え尽きた。真っ白な灰に」
確かに勝者の栄光の陰にある、敗者の生き様にスポットライトを当ててみる事は、
物事の見方としては必要だと思う。しかし、僕はやはり勝ちにこだわりたい。
実際に文中には、勝者と敗者を分かつ微妙な、しかし確かな「差」についても述べられている。
「天才の資質を持った人間が、何故天才にならないかという問題を巡る謎なのである。
xxxは人を超越的なものに追い込んでゆくある種の飢餓感を欠いていたという見方の中に
解答があるかもしれない」
僕はもっと平たい言葉でラストワンマイルを頑張れるか?という表現にしたい。
勝者はこのラストワンマイルを走り切ったから、勝者に成れ、敗者は最後のワンマイルで
自分に負けてしまったが故に、勝負に負けた。僕はそう思う。
本書はそれを「敗者の美学」とし、敗者の哀愁や悲壮感をドラマティックに書き上げている。
しかし僕は勝者と敗者を分かつ、「1ミリの差」に拘りたい。そしてどんな状況であれ
諦めず、ラストワンマイルを走り切りたい。そう思った。
敗れざる者たち (文春文庫)/文藝春秋

¥530
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何故か、それは「敗者の美学」を描いた本だから。
帯はこんな感じ:
「人生でただ一度だけの青春の時を勝負の世界に賭けて燃え尽きて行った者たちの姿を、
哀惜込めて描く情熱的スポーツロマン」
つい最近まで僕は大きなプロジェクトに携わっていたので、あまりに縁起悪く敬遠していた。
ようやくプロジェクトも成功裏に終わった今、この本を読んでみた。
予想通り、敗れていった者たちの知られざる話が短編形式で纏められている。
Amazonのレビューを見る限り、非常に評価が高い。
しかし僕は決してこの本を好きになれなかった。それはやはり「敗者の美化」だと思うから。
巻末の解説には、こうある。
「スポーツの目的とはかくして勝つ事では無くなる。その肉体を滅亡に至るまで、
すりへらすこと、いわゆる燃焼が目的となるのだ。滅亡の美学、または敗北の美学が
ここに完成する」
それに呼応するかのように、筆者は比喩として、明日のジョーの矢吹丈のセリフを引く。
「燃えたよ・・・・・真っ白に燃え尽きた。真っ白な灰に」
確かに勝者の栄光の陰にある、敗者の生き様にスポットライトを当ててみる事は、
物事の見方としては必要だと思う。しかし、僕はやはり勝ちにこだわりたい。
実際に文中には、勝者と敗者を分かつ微妙な、しかし確かな「差」についても述べられている。
「天才の資質を持った人間が、何故天才にならないかという問題を巡る謎なのである。
xxxは人を超越的なものに追い込んでゆくある種の飢餓感を欠いていたという見方の中に
解答があるかもしれない」
僕はもっと平たい言葉でラストワンマイルを頑張れるか?という表現にしたい。
勝者はこのラストワンマイルを走り切ったから、勝者に成れ、敗者は最後のワンマイルで
自分に負けてしまったが故に、勝負に負けた。僕はそう思う。
本書はそれを「敗者の美学」とし、敗者の哀愁や悲壮感をドラマティックに書き上げている。
しかし僕は勝者と敗者を分かつ、「1ミリの差」に拘りたい。そしてどんな状況であれ
諦めず、ラストワンマイルを走り切りたい。そう思った。
敗れざる者たち (文春文庫)/文藝春秋

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「茨の木」by さだまさし
さだまさしの4作目。
簡単にあらすじを抜粋すると、次のような感じ。
「仕事を辞め、妻とも離婚した真二のもとに、喧嘩別れした兄から、突然父の形見の
ヴァイオリンが届く。難病を抱えた兄の想いをはかった真二はヴァイオリンの製作者を求め
イギリスを訪れ、そこで出会ったガイドの響子に、初恋の女性の面影を重ねる。多くの親切
な人に導かれ、辿り着いた異国の墓地で、真二が見たものは…。」
歌手としてのさだまさしは「歌詞の人」という印象が強く、歌詞の中の巧みな感情表現や比喩、
日本語の美しさに魅かれていたので期待は高かったのだが、
正直、小説としての出来は並み程度。人物描写の深みが足りず、言葉の美しさも
彼の歌ほどには際立っていない様に感じられた。
1か所だけ、印象に残った会話があった。前述の響子が旅の宿の女主人マリーに
身の上を語り始める下りなのだが、
「響子が静かにコーリッジ教授との確執について口を開いた。留学の経緯、コンクールの事、
求婚、出産、そして暴力について。時折マリーが響子の身体を抱くようにして慰めたり、
響子を安心させるように大きく頷いたりしている。言葉は心を伝えるための道具だが、
大切なのはそこで語られる言葉ではなく、互いに行き来しあう共通の心なのだ。
響子を思い遣るマリーの暖かい気遣いが真二にそう語りかけてくる。」
国際性という言葉が一人歩きする日本と言う国で特に国際性=英語という間違った
認識が広がっている気がする。内村鑑三の「代表的日本人」や吉田茂の「日本を決定した百年」
などで彼らは国際性について触れているが、言語への言及は無く、いずれも「心の在り方」
だった。「茨の木」のこの下りは登場人物の会話の一部として「共通の心」の大切さを
語りかけていた。それが小説としては些か物足りない本作に彩りを与えていたと思う。
茨の木 (幻冬舎文庫)/幻冬舎

¥680
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簡単にあらすじを抜粋すると、次のような感じ。
「仕事を辞め、妻とも離婚した真二のもとに、喧嘩別れした兄から、突然父の形見の
ヴァイオリンが届く。難病を抱えた兄の想いをはかった真二はヴァイオリンの製作者を求め
イギリスを訪れ、そこで出会ったガイドの響子に、初恋の女性の面影を重ねる。多くの親切
な人に導かれ、辿り着いた異国の墓地で、真二が見たものは…。」
歌手としてのさだまさしは「歌詞の人」という印象が強く、歌詞の中の巧みな感情表現や比喩、
日本語の美しさに魅かれていたので期待は高かったのだが、
正直、小説としての出来は並み程度。人物描写の深みが足りず、言葉の美しさも
彼の歌ほどには際立っていない様に感じられた。
1か所だけ、印象に残った会話があった。前述の響子が旅の宿の女主人マリーに
身の上を語り始める下りなのだが、
「響子が静かにコーリッジ教授との確執について口を開いた。留学の経緯、コンクールの事、
求婚、出産、そして暴力について。時折マリーが響子の身体を抱くようにして慰めたり、
響子を安心させるように大きく頷いたりしている。言葉は心を伝えるための道具だが、
大切なのはそこで語られる言葉ではなく、互いに行き来しあう共通の心なのだ。
響子を思い遣るマリーの暖かい気遣いが真二にそう語りかけてくる。」
国際性という言葉が一人歩きする日本と言う国で特に国際性=英語という間違った
認識が広がっている気がする。内村鑑三の「代表的日本人」や吉田茂の「日本を決定した百年」
などで彼らは国際性について触れているが、言語への言及は無く、いずれも「心の在り方」
だった。「茨の木」のこの下りは登場人物の会話の一部として「共通の心」の大切さを
語りかけていた。それが小説としては些か物足りない本作に彩りを与えていたと思う。
茨の木 (幻冬舎文庫)/幻冬舎

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「ツナグ」by 辻村深月
一生に一度だけ、死者との再会をかなえてくれる「使者(ツナグ)」。
親友に抱いた嫉妬心・殺意に苛まれる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員など、
それぞれの物語の主人公たちがツナグの仲介のもと死者と再会する。
それぞれの想いをかかえた主人公たちの一夜の邂逅を独立した短編形式で描き、
最後にそれまで仲介役として登場していた「使者(ツナグ)」の物語を描くことで、
それまで独立していたそれぞれの物語に繋がりを持たせている。
この本を読んでみて、やはり考えることが自分なら誰と会う事を望むんだろうか?と言う事。
生者の場合と死者の場合で会いたい人が違うんだろうか?そしてその会いたい人はその時々に
よって異なるんだろうか?一生に一度しか使えないのなら、自分はいつその願いを
適えるんだ?などなど。
「死」という重たいテーマを扱いつつ、最後は人との結びつき、そして生(者)への肯定で
結ばれているため、むしろ爽やかな読書感を感じる。なかなかの良書。
ツナグ (新潮文庫)/新潮社

¥662
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親友に抱いた嫉妬心・殺意に苛まれる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員など、
それぞれの物語の主人公たちがツナグの仲介のもと死者と再会する。
それぞれの想いをかかえた主人公たちの一夜の邂逅を独立した短編形式で描き、
最後にそれまで仲介役として登場していた「使者(ツナグ)」の物語を描くことで、
それまで独立していたそれぞれの物語に繋がりを持たせている。
この本を読んでみて、やはり考えることが自分なら誰と会う事を望むんだろうか?と言う事。
生者の場合と死者の場合で会いたい人が違うんだろうか?そしてその会いたい人はその時々に
よって異なるんだろうか?一生に一度しか使えないのなら、自分はいつその願いを
適えるんだ?などなど。
「死」という重たいテーマを扱いつつ、最後は人との結びつき、そして生(者)への肯定で
結ばれているため、むしろ爽やかな読書感を感じる。なかなかの良書。
ツナグ (新潮文庫)/新潮社

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「大統領執務室」by ボブ・ウッドワード
クリントン政権1年目の政策立案過程(特に予算案における議会との折衝)を
集中的に追っている。
率直に言って面白くない。クリントンとその周辺が選挙公約である財政赤字削減と経済政策を
めぐって、延々と内部議論を繰り返し、議会を相手に折衝を繰り返す、という内容が
最初から最後まで続いており、読み物としての起承転結が無い。
またウッドワードと言えば、例えば「ブッシュの戦争」では大統領個人の考え方、性格まで
含め克明に描き出したり、「司令官たち」ではパウエルとチェイニーの見解の相違に
フォーカスを当てたりと、人物を主題に置いた取材で鳴らしていたはずだが、本作に置いては
特に中心となる人物がおらず、また予算内容にも特段、重きを置いた論点が無く(強いて言えば、ゴア副大統領が中心となった新エネルギー税くらいか)読んでいる方にとっては、
ダラダラと交渉だけが460ページにわたり、続いていく。
またウッドワードの題材はどちらかというと外交政策の比重が多かったため、
国務省や国防総省などの高官が頻繁に出てくるイメージがあったが、今回はほぼ皆無。
国内政策(特に議会との折衝)に集中している。
1点だけ好材料としては、現在のオバマ政権でほぼ同様のこと(歳出削減の強制発動を
めぐる議会との交渉)がリアルタイムで起こっており、様々な州・選挙区の様々な利害を
巡る議会とオバマ政権との調整が類推できること、だろうか。そして政権の抱える問題も
恐らく似たり寄ったりのはず。
「ホワイトハウスのスタッフの仕事ぶりは十歳の子供たちのサッカーの試合のようだ。
だれも自分のポジションを守ろうとしない。ボールが転がっていれば、全員がそれを
目指して走り出す」
大統領執務室―裸のクリントン政権/文藝春秋

¥2,548
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集中的に追っている。
率直に言って面白くない。クリントンとその周辺が選挙公約である財政赤字削減と経済政策を
めぐって、延々と内部議論を繰り返し、議会を相手に折衝を繰り返す、という内容が
最初から最後まで続いており、読み物としての起承転結が無い。
またウッドワードと言えば、例えば「ブッシュの戦争」では大統領個人の考え方、性格まで
含め克明に描き出したり、「司令官たち」ではパウエルとチェイニーの見解の相違に
フォーカスを当てたりと、人物を主題に置いた取材で鳴らしていたはずだが、本作に置いては
特に中心となる人物がおらず、また予算内容にも特段、重きを置いた論点が無く(強いて言えば、ゴア副大統領が中心となった新エネルギー税くらいか)読んでいる方にとっては、
ダラダラと交渉だけが460ページにわたり、続いていく。
またウッドワードの題材はどちらかというと外交政策の比重が多かったため、
国務省や国防総省などの高官が頻繁に出てくるイメージがあったが、今回はほぼ皆無。
国内政策(特に議会との折衝)に集中している。
1点だけ好材料としては、現在のオバマ政権でほぼ同様のこと(歳出削減の強制発動を
めぐる議会との交渉)がリアルタイムで起こっており、様々な州・選挙区の様々な利害を
巡る議会とオバマ政権との調整が類推できること、だろうか。そして政権の抱える問題も
恐らく似たり寄ったりのはず。
「ホワイトハウスのスタッフの仕事ぶりは十歳の子供たちのサッカーの試合のようだ。
だれも自分のポジションを守ろうとしない。ボールが転がっていれば、全員がそれを
目指して走り出す」
大統領執務室―裸のクリントン政権/文藝春秋

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「ペスト」 by アルベール・カミュ
「異邦人」で有名なカミュの長編小説。
随分前に買って本棚で埃をかぶっていたこの本を引っ張り出して読んでみた。
正直言ってカミュの思考レベルが深すぎて、恐らく彼の哲学の半分程度しか
出来ていないと思うだが、自分なりの理解を纏めてみたい。
恐らくカミュはペストという不条理に対する人間の2つの異なる反応を描くことで
彼の思想を伝えたいんだと思う。
1つはパヌルー神父に代表される「不条理受け入れ派」。
男の子がペストに罹って苦悶しながら死んでいく様を見たパヌルー神父はこう言う:
「恐らく我々は、自分たちに理解できない事を愛さねばならないのです」。
そして神父はこの不条理を「神の恩寵」と呼ぶ。つまりこのペストと言う不条理は
神が人間に与えた恩寵であり、それが故にその運命に抵抗してはいけない、との
境地に至った。そして「(ペストと)疑わしき症例」により結局は死んでしまうのだが、
この死の場面の描写を見る限り、カミュの見解は明らかに見える。
もう一方はリウー医師に代表される「不条理と戦い続ける派」。
神の試練云々より人の命が奪われていく事を止めることが重要で、とにかく医者としての責務
つまり「ペストを知り、理解する」ことに心血を注ぐ。しかし現実は冷酷でそれでも、
人々は死に続け、「際限のない敗北」を余儀なくされる。そして最後、ようやくペストが
収まり、町が解放され、人間は勝利したか、と思わせるときに、リウーは奥さんの死亡を知る。
そんな不条理の中で、カミュはこう結んでいる。
「しかしリウーは一体何を勝負に勝ちえただろうか?彼が勝ち得たところは、ただ、
ペストを知ったこと、そしてそれを思い出すということ、友情を知ったこと、
そしてそれを思い出すということ、愛情を知り、そしていつの日か、それを思い出す
ことになるということである。」
日本語なのに甚だ難解な言い回しで、本当に正確にカミュの思想を理解しているかと
問われれば怪しいが、カミュが「不条理と戦い続ける」こと、その事に価値を見出している
ことは良く分かった。これ以上の深追いは止めようと思う。
この本はナチス・ドイツに対するフランスのレジスタンスの比喩や、メルビルの白鯨に
触発され書かれたといわれるが、いずれも「不条理に対する不断の戦い」をモチーフに
しており、そのラインから考えてみても、恐らくこんな感じの結論なのだろうと思う。
ペスト (新潮文庫)/新潮社

¥788
Amazon.co.jp
随分前に買って本棚で埃をかぶっていたこの本を引っ張り出して読んでみた。
正直言ってカミュの思考レベルが深すぎて、恐らく彼の哲学の半分程度しか
出来ていないと思うだが、自分なりの理解を纏めてみたい。
恐らくカミュはペストという不条理に対する人間の2つの異なる反応を描くことで
彼の思想を伝えたいんだと思う。
1つはパヌルー神父に代表される「不条理受け入れ派」。
男の子がペストに罹って苦悶しながら死んでいく様を見たパヌルー神父はこう言う:
「恐らく我々は、自分たちに理解できない事を愛さねばならないのです」。
そして神父はこの不条理を「神の恩寵」と呼ぶ。つまりこのペストと言う不条理は
神が人間に与えた恩寵であり、それが故にその運命に抵抗してはいけない、との
境地に至った。そして「(ペストと)疑わしき症例」により結局は死んでしまうのだが、
この死の場面の描写を見る限り、カミュの見解は明らかに見える。
もう一方はリウー医師に代表される「不条理と戦い続ける派」。
神の試練云々より人の命が奪われていく事を止めることが重要で、とにかく医者としての責務
つまり「ペストを知り、理解する」ことに心血を注ぐ。しかし現実は冷酷でそれでも、
人々は死に続け、「際限のない敗北」を余儀なくされる。そして最後、ようやくペストが
収まり、町が解放され、人間は勝利したか、と思わせるときに、リウーは奥さんの死亡を知る。
そんな不条理の中で、カミュはこう結んでいる。
「しかしリウーは一体何を勝負に勝ちえただろうか?彼が勝ち得たところは、ただ、
ペストを知ったこと、そしてそれを思い出すということ、友情を知ったこと、
そしてそれを思い出すということ、愛情を知り、そしていつの日か、それを思い出す
ことになるということである。」
日本語なのに甚だ難解な言い回しで、本当に正確にカミュの思想を理解しているかと
問われれば怪しいが、カミュが「不条理と戦い続ける」こと、その事に価値を見出している
ことは良く分かった。これ以上の深追いは止めようと思う。
この本はナチス・ドイツに対するフランスのレジスタンスの比喩や、メルビルの白鯨に
触発され書かれたといわれるが、いずれも「不条理に対する不断の戦い」をモチーフに
しており、そのラインから考えてみても、恐らくこんな感じの結論なのだろうと思う。
ペスト (新潮文庫)/新潮社

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「空海の風景を旅する」by NHK取材班
NHKスペシャル「空海の風景」として映像化した番組制作スタッフによる歴史紀行。
生誕の地讃岐から、密教を修行した長安、帰国後の東寺、高野山まで「空海の風景」舞台を訪ね、
その足跡を辿っている。
ここまでだと単なるドキュメンタリーの紀行記なのだが、巻頭にある「今、なぜ空海なのか?」
という空海の現代における意味の問いかけが本作にまた新しい側面を与えている。
時は2001年。アメリカ同時多発テロを受け、国家や文明という「枠」が国際紛争の中で
クローズアップされ、日本でも国粋主義の台頭が見えてきた中で、本書は「空海の風景」の
次の下りを引いている。
「空海はながい日本歴史の中で国家や民族と言う瑣々たる特殊性から抜け出して、
人間もしくは人類という普遍的世界に入り得た数少ない一人であったと言える」
つまり台頭してきた国粋主義に対するアンチテーゼとして、もう一度空海の誕生、思想、
入滅の道のりをひも解いてみようとする試みがあったと思われる。少なくとも僕はそう思って
読み進めたし、空海の「天才性」の言及の下りはグローバル精神との関連性が密に見えた。
また読んでいて非常に興味深かったのは、空海の生得の「天才性」は長安の「国際性」という
環境により初めて開花したこと。実際に本書は次のように引いている。
「唐朝は思想としての普遍性を尊び、皇帝の補佐する人材はひろく天下に求め、試験で持って
登用し、人種を問わなかった。
~中略~
人間を人種で見ず、風俗で見ず、階級で見ず、単に人間と言う普遍性としてのみ捉えたのは
この長安で感じた実感と無縁でないに相違ない。
~中略~
唐というバリアのない人種の坩堝が、空海の生来の才能に夥しい養分を注ぎ込んだと言える」
つまり「天才」は天分だけではダメで、孵化する「環境」があって初めて「天才」に
なり得るという事で、これは1200年前から現在に至るまでずっと変わっていないように思える。
例えば、当時の唐に一番近いのはやはりアメリカで、僕は8年間の北米生活を通して、
「アメリカは天才が生まれる国」だという思いを痛切に感じた。
一方で日本生まれの「天才」は小澤征爾など確かにいると思うが、海外で名声を獲得してから、逆輸入される形で日本で有名になるケースが多い様に思える。
その意味でこの空海の天才性を支えた「グローバルなメンタリティー」と「自由闊達な環境」、
という2つの事は現在の日本にそのまま当て嵌まるメッセージだと思う。
その再認識をさせてくれた本書は単なる紀行記に留まらない魅力に溢れている。
『空海の風景』を旅する (中公文庫)/中央公論新社

¥720
Amazon.co.jp
生誕の地讃岐から、密教を修行した長安、帰国後の東寺、高野山まで「空海の風景」舞台を訪ね、
その足跡を辿っている。
ここまでだと単なるドキュメンタリーの紀行記なのだが、巻頭にある「今、なぜ空海なのか?」
という空海の現代における意味の問いかけが本作にまた新しい側面を与えている。
時は2001年。アメリカ同時多発テロを受け、国家や文明という「枠」が国際紛争の中で
クローズアップされ、日本でも国粋主義の台頭が見えてきた中で、本書は「空海の風景」の
次の下りを引いている。
「空海はながい日本歴史の中で国家や民族と言う瑣々たる特殊性から抜け出して、
人間もしくは人類という普遍的世界に入り得た数少ない一人であったと言える」
つまり台頭してきた国粋主義に対するアンチテーゼとして、もう一度空海の誕生、思想、
入滅の道のりをひも解いてみようとする試みがあったと思われる。少なくとも僕はそう思って
読み進めたし、空海の「天才性」の言及の下りはグローバル精神との関連性が密に見えた。
また読んでいて非常に興味深かったのは、空海の生得の「天才性」は長安の「国際性」という
環境により初めて開花したこと。実際に本書は次のように引いている。
「唐朝は思想としての普遍性を尊び、皇帝の補佐する人材はひろく天下に求め、試験で持って
登用し、人種を問わなかった。
~中略~
人間を人種で見ず、風俗で見ず、階級で見ず、単に人間と言う普遍性としてのみ捉えたのは
この長安で感じた実感と無縁でないに相違ない。
~中略~
唐というバリアのない人種の坩堝が、空海の生来の才能に夥しい養分を注ぎ込んだと言える」
つまり「天才」は天分だけではダメで、孵化する「環境」があって初めて「天才」に
なり得るという事で、これは1200年前から現在に至るまでずっと変わっていないように思える。
例えば、当時の唐に一番近いのはやはりアメリカで、僕は8年間の北米生活を通して、
「アメリカは天才が生まれる国」だという思いを痛切に感じた。
一方で日本生まれの「天才」は小澤征爾など確かにいると思うが、海外で名声を獲得してから、逆輸入される形で日本で有名になるケースが多い様に思える。
その意味でこの空海の天才性を支えた「グローバルなメンタリティー」と「自由闊達な環境」、
という2つの事は現在の日本にそのまま当て嵌まるメッセージだと思う。
その再認識をさせてくれた本書は単なる紀行記に留まらない魅力に溢れている。
『空海の風景』を旅する (中公文庫)/中央公論新社

¥720
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「The Quest」by Daniel Yergin
本書は2011年に起こった福島原発、及びアラブの春(正確には地政学リスク上昇による、
その後の石油価格の高騰)が世界のエネルギー情勢にもたらした地殻変動と今後の
見通しについて書かれており、本のタイトルはまさに「エネルギーへのQuest」という意味。
700ページ超の大著は次の6つに章立てされている。
第1章
1991年の湾岸戦争から石油を取り巻く環境がどのように変化していったのか
第2章
エネルギー安全保障と将来の供給について。所謂石油のピークアウト論に対し、
明確に否定をしている。一方で将来のトレンドとして天然ガスの台頭に注目しており、
シェールガスもこの章で述べられている
第3章
電力について。将この章の中の「Urgency of Fuel Choice」という項は恐らく本書のメインで、
将来のエネルギーミックスについて著者の見解が述べられている。
エネルギーというものはテクノロジー、環境への影響、経済コスト、地政学リスク、
政府の規制、世論など、各種のリスクが複雑に絡み合っており、こうした状況下で1つの
エネルギー源に依存するのはリスクが高過ぎる。従って将来のエネルギー源は従来の化石燃料、
原子力、そして再生可能エネルギーのバランスの中で最適化されるべきだ、と主張している。
第4章
気候変動について。前章のエネルギーミックスに重大な影響を与えるファクターとして
気候問題が台頭してきた。気候変動については18世紀のアルプスの氷河から端を発し、
20世紀~21世紀までの世界的な議論の流れを丁寧に解説している。
第5章
再生可能エネルギーについて。太陽光や風力、バイオマスなどそのテクノロジーの成り立ち、
政策の変遷から昨今の商業的利用の拡大に至るまで解説している。これらの再生可能エネルギー
は自然の力を利用しているためどうしても発電が不安定になり、グリッドの安定化対策が
並行して必要、という点もちゃんと説明されいる。
第6章
EV、燃料電池車などいわゆるTransportation手段が従来の石油から新しいエネルギー源に
移行していく事が述べられている。
なにせ700ページで、しかも今回は原文のまま読んだのでそれなりに時間が掛かったが、
本書を通じて得られた知見は何物にも代え難いと断言できる。それくらい中身が濃い本だった。
とにかくカバーしているスコープが広く(章立てを見ても、石油、ガス、再生可能エネルギー
、EV、スマートグリッドなど盛り沢山)、しかも1つ1つが歴史的な背景まで丁寧に
説明されているので非常に全体観を捉えやすい。
著者の専門が供給サイドなので、やはりそちらの比重が高いのも事実だが、スマートグリッドは需要と供給両方の理解がないとダメなのでちゃんと供給サイドの理解も深めておく必要がある。
恐らくエネルギー論としては指折りの良書だと思うので、興味がある人には強くお薦めしたい。
最後に余談だが、日本語と英語の本を読んでいて一番痛切に感じるのが、参考文献一覧の
厚みの違い。日本のスマートグリッド本でも良書の1つだと思われる加藤敏春氏の参考文献は
4ページ。一方の「The Quest」は17ページ。これだけグローバルかつ深い洞察は17ページにも
わたる膨大な参考文献が支えているのだと痛感した。これは日本語での情報取得に慣れた
我々にも貴重な示唆だと思う。ちなみにインタビューリストは更に強烈で100名以上。
恐らく5大陸ほぼカバーされていると思われるほど多様な人にインタビューをしている。
The Quest: Energy, Security, and the Remaking o.../Penguin Books

¥1,892
Amazon.co.jp
その後の石油価格の高騰)が世界のエネルギー情勢にもたらした地殻変動と今後の
見通しについて書かれており、本のタイトルはまさに「エネルギーへのQuest」という意味。
700ページ超の大著は次の6つに章立てされている。
第1章
1991年の湾岸戦争から石油を取り巻く環境がどのように変化していったのか
第2章
エネルギー安全保障と将来の供給について。所謂石油のピークアウト論に対し、
明確に否定をしている。一方で将来のトレンドとして天然ガスの台頭に注目しており、
シェールガスもこの章で述べられている
第3章
電力について。将この章の中の「Urgency of Fuel Choice」という項は恐らく本書のメインで、
将来のエネルギーミックスについて著者の見解が述べられている。
エネルギーというものはテクノロジー、環境への影響、経済コスト、地政学リスク、
政府の規制、世論など、各種のリスクが複雑に絡み合っており、こうした状況下で1つの
エネルギー源に依存するのはリスクが高過ぎる。従って将来のエネルギー源は従来の化石燃料、
原子力、そして再生可能エネルギーのバランスの中で最適化されるべきだ、と主張している。
第4章
気候変動について。前章のエネルギーミックスに重大な影響を与えるファクターとして
気候問題が台頭してきた。気候変動については18世紀のアルプスの氷河から端を発し、
20世紀~21世紀までの世界的な議論の流れを丁寧に解説している。
第5章
再生可能エネルギーについて。太陽光や風力、バイオマスなどそのテクノロジーの成り立ち、
政策の変遷から昨今の商業的利用の拡大に至るまで解説している。これらの再生可能エネルギー
は自然の力を利用しているためどうしても発電が不安定になり、グリッドの安定化対策が
並行して必要、という点もちゃんと説明されいる。
第6章
EV、燃料電池車などいわゆるTransportation手段が従来の石油から新しいエネルギー源に
移行していく事が述べられている。
なにせ700ページで、しかも今回は原文のまま読んだのでそれなりに時間が掛かったが、
本書を通じて得られた知見は何物にも代え難いと断言できる。それくらい中身が濃い本だった。
とにかくカバーしているスコープが広く(章立てを見ても、石油、ガス、再生可能エネルギー
、EV、スマートグリッドなど盛り沢山)、しかも1つ1つが歴史的な背景まで丁寧に
説明されているので非常に全体観を捉えやすい。
著者の専門が供給サイドなので、やはりそちらの比重が高いのも事実だが、スマートグリッドは需要と供給両方の理解がないとダメなのでちゃんと供給サイドの理解も深めておく必要がある。
恐らくエネルギー論としては指折りの良書だと思うので、興味がある人には強くお薦めしたい。
最後に余談だが、日本語と英語の本を読んでいて一番痛切に感じるのが、参考文献一覧の
厚みの違い。日本のスマートグリッド本でも良書の1つだと思われる加藤敏春氏の参考文献は
4ページ。一方の「The Quest」は17ページ。これだけグローバルかつ深い洞察は17ページにも
わたる膨大な参考文献が支えているのだと痛感した。これは日本語での情報取得に慣れた
我々にも貴重な示唆だと思う。ちなみにインタビューリストは更に強烈で100名以上。
恐らく5大陸ほぼカバーされていると思われるほど多様な人にインタビューをしている。
The Quest: Energy, Security, and the Remaking o.../Penguin Books

¥1,892
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