大阪
荷物は次の日に届くので
大阪について
ホテルで1泊
今の時代は
テレビ電話という
素晴らしいものがあるので
数時間前に別れたが
大阪に着いたよ〜と息子は
友達に電話
電話越しの友達は
目が真っ赤で腫れていた
ここからまたスタートしなければならない
誰も知らない
友達もいない
ゼロからのスタート
前に進まなきゃいけない
そう思っていても
悲しくて
娘ちゃんは
夜に
いつも優しくしてくれたお母さんの
名前を言い泣いていた
夜泣きなんてする年ではないけど
そんな日々が続いた
大阪弁にも慣れていないため
娘ちゃんはとくに馴染めなかった
息子はどこに行っても
すぐに友達を作り
転校生で北海道から来たなんてなると
人気者になっていたようだ。
娘ちゃんは
北海道に帰りたい
毎日言っていた
息子は友達からもらった
ぬいぐるみといつも一緒に寝ている
寂しいけれど
戻れないことは自覚していたようだ
それでも
思い出しては泣いて
野球を始めなきゃと思いながらも
知らない土地
私も正直
何もしたくなかった
ありがとう さよなら 再び会える その時まで
大阪に行く日
駅までみんな
来てくれた
出発の時間が近づく
監督さんも
足が悪い中
雪がすごく足場の悪い中
来てくださった
それだけで
涙が止まらない
いよいよ
お別れなんだと
転勤は何度も経験してきた
子供たちは転勤するたび
友達と何度もお別れをしてきた
子供たちは泣いたことはない
転勤してきたけれど
今でも仲良い友達はいるし
北海道の中での転勤だったので
よく遊びにきてくれていたし
遊びにも行っていたので
別れと言うよりは
遠くなっただけで
車で数時間で会えていたから
そこまで別れに対して抵抗はなかったのだと思う
ついに
電車が来た
みんな号泣
声にならない
上手くしゃべれない
こんなに泣いたことはない
こんなに悲しい想いしたことはなかった
息子、電車に乗ろうとするが
足が動かない
「行きたくない」
初めて言った言葉だった
ドアが閉まる
息子
号泣
初めて見た
別れが悲しくて泣くなんて
家族全員
電車で号泣
上手く呼吸ができない
後から聞いた話
送ってくれたチームの仲間
その日は学校に行けないくらい
泣いて泣いて
お休みしたのだと。。
お父さんはいつもは休むことを許さないのに
行けとは言えなかったと
とても行ける状況ではなかったと
ありがとう
今まで
みんながいたから
辛い練習も耐えてこれたんだよ
ありがとう
さよなら
再び会える
その時まで、、、
お別れ
実は、卒団式が
私たち家族にとって
最後の日になりました。
本来なら6年生まで一緒に野球が
できるはずなのですが、、、
私たち家族は
大阪に転勤することになりました。
ずっと一緒にいた仲間との別れ
引っ越すまで
みんな仕事で忙しい中
いつも一緒にいてくれました。
最後の一週間は
朝まで野球の話しをして
一緒に寝て一緒に過ごしました。
家族のように
一緒にいるのが当たり前でした。
それがなくなる。
北海道と大阪
気軽に会える距離ではない
もう
一緒に野球をすることは
ないだろう