(その1から つづき)

「これもまた万軍の主から出たことである。主の計らいは驚くべきもので、大いなることを成し遂げられる」(イザヤ書28章29節)

神様は、人と、あなたと一緒に神様の国を拡げていかれます。
あなたが自分のやり方を止め、神様のやり方に従おうとするなら、神は神様の進め方を教え導いてくれます。

「聞け、わたしの声に耳を向けよ。聞け、わたしの言うことに耳を傾けよ。
種を蒔くために耕す者は一日中耕すだけだろうか。
土を起こして、畝を造るだけだろうか。
畑の面を平らにしたなら、いのんどとクミンの種は、広く蒔き散らし、小麦は畝に、大麦は印をしたところに、裸麦は畑の端にと、種を蒔くではないか。
神はふさわしい仕方を彼に示し、教えられる」(23~26節)。

「いのんどは打穀機で打たず、クミンの上に打穀車を引き回すことはしない。いのんどは棒で打ち、クミンは杖で打つ。
穀物はいつまでも打穀して砕くことはない。打穀車の車輪と馬がその上を回っても、砕き尽くすことはない」(27~28節)

「これがいい」という自分のやり方や考えを止め、神様に人生のハンドルを任せます。

「命が大切にされる」生き方はシンプルなようですが、そこにそれぞれの人の自己チュウな考え方が入ってくるとややこしくなります。
じっと止まり、命の設計者、創造者であり、一つ一つの命を愛し導ける方に主導権を譲って様子を見ます。

この「待つ時間」がとても重要です。

神は生きておられます。
どんな力も太刀打ちできない力と権威をもってすべてのものを導かれます。
ここで、とっておきのニュースは、この方はあなたをかけがえのない宝物だと言っておられます。
この方に信頼してだいじょうぶ。

あなたはどれほど命が愛されているかを教えられていきます。
安心して生き、安心して神様のところに帰っていけます。

止まりましょう。
そして、神様のすばらしいやり方を教えてもらって一歩づつ進みましょう。