佐藤千亜妃『BUTTERFLY EFFECT』感想&レビュー【心くすぐる高水準のR&B】 | とかげ日記

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●心くすぐる高水準のR&B

元きのこ帝国「佐藤千亜妃」、ソロでは2年ぶりの3rdアルバム。

アンダーグラウンドからオーバーグラウンドまで確かなインパクトを与えた「きのこ帝国」。ミニアルバム『渦になる』(2012年発表)以来、彼女たちのことを活動初期から追ってきた。それだけに、2019年からの活動休止は残念だった。

バンド(きのこ帝国)もソロも全て佐藤千亜妃さんが歌詞と曲を手掛けているが、バンドとソロでは作風が違う。ソロではバンドサウンドに加え、きのこ帝国時代はやらなかった打ち込み主体の曲が増えた。それにより、アルバム通しての統一感は減ったが、バンドサウンドという枷(かせ)を外し、より自由に音楽を表現できる形態になった。音楽シーンで存在感を保てるように流行の最先端を取り入れた打ち込みの音には、クールで心地よいバイブスを感じることができる。この上質でモードな打ち込みの音は、Apple Musicのラジオ番組『TOKYO HIGHWAY RADIO』内でかかりそうなオルタナティブでイカした響きがある(モードな質感の打ち込みとしては他にヒップホップユニット「どんぐりず」など)。


さて、佐藤さんのきのこ帝国から通してのキャリアで、彼女の音楽性はおおざっぱだが次の3つに分けることができる。

①己(おのれ)をぶちまけるようなむき出しでカオスなロックソング


👆きのこ帝国「ユーリカ」

「夜鷹」「ユーリカ」(両曲共に2013年発表)や、最初期のアルバム『渦になる』(2012年発表)収録曲が該当する(いずれもきのこ帝国)。実は、「夜鷹」と「ユーリカ」が彼女のキャリアで一番優れた曲だと思うし僕の好きな曲だ(おそらく、一般のリスナーからは賛同を得られないだろう)。苦しみと隣り合わせの実存が僕の浅薄な絶望にフィットするのだ。エモーショナルでエッジが効いており、その音楽性は、過去に"うみのて"や"神聖かまってちゃん"と対バンしたことからでもうかがえる。その後、きのこ帝国の音楽性は憑き物を落としたかのように風通しが良くなった。しかし、レジヴァ(受け取る者)として、パシヴァ(知覚する者)である彼女の音楽が最も突き刺さったのはこの2曲なのだ。

②R&Bやレゲエなどブラックミュージックの要素がある洗練された深みのあるポップス


👆きのこ帝国「クロノスタシス」

この項目では、宇多田ヒカルのことを挙げざるを得ないだろう。 宇多田さんの音楽からの影響を血肉化し、二番煎じとは思わせないクールなR&Bに仕上げている。きのこ帝国では、「クロノスタシス」「夏の影」 などが該当するだろう。ソロ以降はこのタイプの名曲を連発(前作のアルバムでは「甘い煙」など)。佐藤千亜妃ソロ名義の最初期に発表された「Summer Gate」(2018年発表)で名曲を作ろうとして実際に名曲になっている、その手腕が非凡だ。

③文句のつけようのないポップスの良曲


👆きのこ帝国「怪獣の腕のなか」

きのこ帝国だと、「桜が咲く前に」「怪獣の腕のなか」や「金木犀の夜」が当てはまるだろう。(この3曲では「怪獣の腕のなか」が優しく濃やかな音楽の響きがあって一番好きだ。) ソロでは「カタワレ」が筆頭だ。また、評価が高く、きのこ帝国のブレイクのきっかけの一つになったとされる「東京」もこの分類に当てはまるだろうが、自分には「東京」がイマイチ刺さらない。メロディが平和すぎてムラムラしないのだ。


さて、ここから本作『BUTTERFLY EFFECT』について見ていこう。

生ドラム主体の曲が後退し(たぶん一曲もないんじゃないかな)生ドラム信奉者の僕としては寂しい。しかし、アルバム全体が打ち込みドラムに統一されたので、一枚のアルバムとしての統一感や完成度は増したと思う。

そして、曲がとにかく多彩だ。曲のタイプを上記の分類で分けたら、「②R&Bやレゲエなどブラックミュージックの要素がある洗練された深みのあるポップス」が基調になっているが、どの曲にも個性があり、色とりどりの花が咲いていて可憐な夜の華がある。

#2「線香花火」では 幾田りら(YOASOBI)と共演。以前、著者が佐藤さんのアルバムをレビューしたときに、曲に「刹那」を感じると書いたが、この曲の内容も曲名もあわせてまさしく刹那を切り取ったものだ。



#3「夜をループ」。曲名とおり、風を受け夜をさまよいながらループして再生したくなる、僕が本作で一番推しのチルな曲。



#5「タイムマシン」の冒頭の大胆な宇多田ヒカル楽曲(Automatic)からの引用にドッキリする。なるほど、ある年代から上の世代では確かにこの引用はタイムマシンだわ。当時の自分に否が応でも帰れる。



#7「真夏の蝶番(ちょうづかい)」はベースラインが素晴らしい! ベースはリズムとメロディを橋渡しする「蝶番」的な役割を持った楽器だが、ベースの魅力にあふれた楽曲だ。

#8「PAPER MOON」での佐藤さんによる本格的なラップが絶句するくらいすごい。フィメールラッパーとしてもやっていけるのでは…。

#11「Cheers!Cheers!」で乾杯(チアーズ!)しながら「終わり良きゃ 全てall right」と歌って明るくアルバムを締めるのも良いですね。情緒面を掘り下げた曲が多い中で、こんなにサッパリする曲を最後に持ってくるのは考え抜かれている感じがする。


さて、 パシヴァ(知覚する者)と レジヴァ(受け取る者)の話に戻り、唐突だが高見広春『バトル・ロワイアル』は高校生の時の僕が求めていた小説だった。レシヴァとしての自分にこの小説がハマった。中学生同士が殺し合う凄惨で悪趣味な小説だという読みが世間では多数派だったが、この小説にある自由の国「アメリカ」への素朴なあこがれや、極限状況で他者を信じて生き抜こうとする強い意思が、感電したように僕に突き刺さった。

しかし、最近、何十年かぶりにこの『バトル・ロワイアル』を再読してみようと試みたが、次々と人間(しかも中学生)が殺しあって死んでいくえげつないストーリーに耐えられなかった。どうやら、レシヴァの器の形も年を経るにつれて変容するらしい。そして、きのこ帝国の「ユーリカ」「夜鷹」も改めて聴いてみたら、今の耳には過激すぎた。(しかし、過去の僕も今の僕と同じ重みを持っていると思うため、『バトル・ロワイアル』は今も好きな小説だし、「ユーリカ」「夜鷹」が佐藤さんのキャリアで一番好きな曲なのは変わらない。)

今の僕のレシヴァとしての耳は本作『BUTTERFLY EFFECT』のリラキシンなムードに、より共鳴している。#6「花曇り」の歌詞にあるように、フッと息を吹きかけて蝶の羽みたいな花びらを飛ばしていくような、佐藤さんの紡ぐ繊細で洒脱な音楽の余韻。その余韻の風光がバタフライエフェクトを起こして今日も近くや遠くの誰かを共鳴させるのだろう。


👆「花曇り」リリックビデオ


👆アルバムクロスフェード

Score 8.3/10.0

🐼オマケ🐼
きのこ帝国のようにビンビン刺さったロックバンドといえば…「夜に駆ける」。某YOASOBIの流行曲ではありません💦 ただいま、活動休止中のため、活動再開をお待ちしております! 👇の動画、きのこ帝国ファンは僕と同じようにビンビン刺さるはず。


👆夜に駆ける「化石になろうよ」MV

王道ロックでリリカルな曲が好きなあなたへ。令和の世においてこんな素晴らしいロックソングを書けるソングライターがいるなんて…


👆ダニーバグ「my list」MV

音楽的に変態だけど男前なバンドが好きなあなたへ。イケメン5人組バンドです!


👆Khaki「子宮」MV

既にプチブレイクしていますが、大ブレイクしないのはおかしいSFロックバンド(男性2人、女性4人の男女混成)。


👆うみのて「砂漠です」MV

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