金曜日、今日のシャンティハウスはスクラップブッキングクラスでした。

参加者がお一人だったのでいつもにましてのんびり楽しくお喋りしながらのクラス。

それでも作っている間は集中しながら、一つ一つの作業を積み重ねていく時間に、出来上がった時の喜びはいつもながらひとしおです。

完成すると見ている方も心ときめく瞬間ですよ。

講師のさとみさんは二人のお子さんのママで私のお友達でもあるのですが、彼女が楽しそうにクラスをしている様子を見ていると私も嬉しくなります。

人の笑顔、ホッとした顔、楽しい時間を共有すること。

シャンティハウスを始めた時に私が見たかったものはそれでした。

ここに来てくれる人がいて、それを見せてもらっていることがありがたくて幸せな気持ちになりました。

この春からは少し形がかわることになると思っています。

仕事として本気で、そしてよりわたしらしく取り組んでいく準備に入るつもりです。

ほっと緩むところから少し進むイメージ、ありのままで輝いていける場所、自分が何であるのかを思い出していける場所にもしていきたい。

それは私の変化とともに、本当は始める時から望んでいたことを言葉にしていくことができるようになったということでもあります。

誰もがそのままの掛け替えのない輝きがあることを思い出し、安心して輝いていける平和な世界をつくること。

叶えたいことは夢みたいなこと、と言っているよりも、一歩一歩前に進みたいから。

シャンティハウスが今そんな場の始めの一歩になれたかどうかは来て下さった方が感じてくれることなのですが、この1年近くを支えてくれたみなさんにも返していけるように。


今日は無農薬野菜のミニマーケットでした。本当に美味しくてそれが無農薬なら言うことなしの価値です。

キャベツ、白菜、ほうれん草、春菊、ごぼう、ブロッコリー、サラダオニオン、今日もたくさん買っていただき、我が家の分も少し確保でき完売となりました。

一つ一つの成長を見守りながら虫さんを手作業でとり育った甘いキャベツ、美味しすぎてあっという間に一玉なくなります。

買って下った方の食卓に自然の恵みと人の愛からできたお野菜が並ぶのを楽しみに、また来月第2土曜日に開催したいと思います。


では、春の光の中、明日もよい日曜日をお過ごし下さいね。

去年から自分の変化ががどんどん進んでいて、いろんな段階を経ながら今に至ります。

ここ最近は、また新たな扉を開ける時が来ているようで、落ち着かない気持ちと戸惑いと時々後ろ向きにもなりながら自分に愛を注ぐことを大切にして過ごしています。

今日は何だか山の中に行きたくて、お昼から一人旅をしてきました。

気分はぶらり途中下車の旅・・笑。

目的地は決めずに電車に乗って熱海までチケットを買いました。

夕飯までに帰る一人旅ですので、使える時間は6時間くらい。

グリーン車でのんびり海を見ながら行く先を思案していたのですが、思い立って小田原で途中下車。

そのまま行くとどう考えても海に行くことになるのでね、笑。

それから案内所に行っていろいろ考えた末に箱根山に登ってみることにしました。

バスで1時間くらい揺られて箱根まで着くと、な、なんと強風のためロープウェイが停止しているとのこと、ガーン・・・。

結局、時々お参りに来る箱根神社に参拝して帰ることに。

行くすがら、箱根神社にも行きたいけど時間的に無理だしなぁと考えていたのですが、他に行こうとした美術館も休館中で、結局はまっすぐに箱根神社に行くことになり。

私なんでこの参拝待ちの列に並んでいるのだろう・・?何を伝えるためにお参りするのだろう・・?と思いながら、いざ参拝、笑。

こういう時に言葉はふと湧いて来ることが多いのですが、やはり今日も私の意図とは別に「神様と共に想いを合わせ心を揃えて参ります、すべてがここにあります、ありがとうございます」

と言っている私がいました。

神様に呼ばれて来たんだろうなぁと思いながら頭を下げて帰ってきました。

でも、帰りながら思うのですよねぇ。この言葉は一体何なの?って。

確かにいつもそう浮かんでくるし、愛を伝えるために生きていくと思っているけれど、果たして私は誰なの??と。

読んでいる方の方が??ですよね~苦笑

魂の声が先に聞こえてくるタイプの私(どんなタイプ?)なので、時々混乱するんですよね。

大抵はそういう声に自分がついていくことになり、遠くない未来にその言葉が深く心に落ちてくる体験をします。

世の中には私のような人がきっといると思うのですが、みんなどうやってこの混乱と葛藤の時間を過ごしているのかなぁと思ってしまいます。

その答えも用意されていて、帰りに引いたおみくじに「花はじき開く、悩むより祈りなさい」という内容でした。

変わる時、古い衣を脱ぐように軽くなります。そして軽くなったことに戸惑う。

進む時、新しいドアの向こうには未知の世界が広がっています。だから足を踏み入れるのに躊躇する。

今私が開いたドアの向こうには、とても純粋な透明な世界が広がっています。

色のついた眼鏡をかけなくても裸眼で全てが見えて、重い衣を脱ぎ捨てた背中には羽がついていて好きなところに飛んでいける、そんな限りなく制限のない自由な世界。

純粋なわたしで生きる世界。

そろそろ開いた扉を後ろで閉める時がきているのだなぁと思いながらも、こうしてぶつぶつ呟いているわたしです、笑。


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雪もあって強風、こごえる寒さでしたが、エネルギー溢れる美しい箱根神社はやっぱり好きです。

昨日の湘南は朝からひらひらと雪が舞っていましたが、今日はすっかり晴れてきれいな青空が広がっています。

軽くてそっと降りてくる雪は結晶のまま手の平に落ちてくるので、娘としばし見入っていました。

左右対称に整った星のような結晶を見ながら自然物の奇跡を感じて。

自分も自然物で、生まれては消えてなくなる雪の結晶のようにやがて跡形もなく消えることを思ったりして。


週末思い立ってDVDを借りに行きました。いつものようにインスピレーションで手に取って選んだのは「私だけのハッピーエンディング」

キャリアウーマンの女性がある日、末期がんを宣告されます。ある時夢で神様に会い願い事を3つ叶えてあげると言われた彼女は本当に願っていることがわからないと言い、それを探すための最期の時間を過ごすことになります。

結局彼女が本当に望んでいたことは、傷つくことを恐れずに本当の自分で生きてみる、ということだと気付くことになります。

両親と和解し愛を伝え合い、親友たちとも本心で語り合う時間をもち、最愛の恋人に出会い初めて心を開いて本気の恋をしました。

やがて彼女にその命を卒業するときが来ます、心を開いて生きるという願いをやり終えた彼女は死を恐れる気持ちをも自分の中に受け入れて笑顔で旅立ちます。


もう中盤からずっと泣きっぱなしで、子どもを看取る親の気持ちにシンクロし、恋人、友人たちとの間にキラキラと輝く真実の愛に心が震え、心を開いて生きることを選んでどんどんシンプルにピュアな彼女自身に戻っていく姿に自分を重ね・・・目が赤くなる程泣いて。

今の私の気持ちになんてピッタリ映画だったのだろうと。。

最近は読みたい本、観たい映画、買いたいものなどが目の前にすっと現れることが多くてこれが引き寄せっていうものなんだなぁと感じています。

この映画の中に出てくる自分が死ぬとわかってから願い事を叶えてあげると言われる、というシチュエーションは、実は私が作った自分が輝くワークの中にもあります。

自分でも実際にやっているのですが、私の願いもやはり心を開いて人と繋がり合い、愛を伝え合うこと、日常の中の一番安心する時間を大切な人達と過ごすことでした。

死を前にすると、人は逃げも隠れもできません。

命あるものには必ず終わりがあるから。

私のよう我が子を看取る経験をした時には自分の一部、または全部が死んだような感覚を得ることがあると思います。

どうして、どうして…といくら考えても答えはないけれど、そこには必ず意味があります。

先に旅立った人が何を残したかったのか、見送った側の私達に何を教えたかったのか。

すぐにはわからないかもしれない。でもね、残された人に苦しんで生きて欲しいと願っている、なんてことはないのです。

優大は亡くなる直前に私達に「僕は大丈夫だよ。みんなが大好きだよ。」と伝えてくれました。

だから私は自分の命を大切に生きることを誓ったのです。

苦しくて苦しくて、自分が生きていることが苦しくて…それでも生きようと自分に言い聞かせながらここまで来ました。

看取りだけでなく、自分の身体や命の危機を経験するような「命」の意味を否応なく感じる体験をする人には、やはり命を深く捉えて「死」を内包した命を生きる使命があるのだと思います。

そして使命は苦しんでやるべきことではなくて、ただ自分の命を余すところなく感じながら生きること。

死を想う時、普段は意識せずに流されているように感じる命と生が自分のものとしてありありと浮かび上がってきます。

私のハッピーエンディングは、この身体を出て優大に会えた時に、胸を張ってママは私の命を精一杯に生きたよ!と伝えること。

それまでは「終われない」。

みなさんのハッピーエンディング、どんな風に終わりを迎えたいですか?






娘の断乳をしてからもう1年以上が過ぎたのですが、実はまだ母乳が少し出ます、笑。

そして驚かれるかもしれませんが、これって長男の優大を出産してからずっとずっと止まらないのです・・・。

2000年からですのでかれこれ15年ですね。

6年おきに3回出産しているのでもちろん授乳期間はその間3年くらいあるわけですが。

優大を出産して生後5ヶ月の時、駐在中の夫に合流することになり中国の広東省へ引っ越しました。

今考えてみると、とても重い障がいを抱えた優大を連れて中国に住むことをよく決意できたなぁと自分でも感心してしまいます、苦笑。

若かったし、家族で暮らしたかったし、夫のキャリアの邪魔になるわけにはいかないような、そんな気がしていました。夫に対する両親の期待も感じていました。

そしていざ暮らし始めた中国での生活は、正直やはり大変でした。。

駐在婦人は楽しく暮らされている方も多いけれど、あの時の私には過酷なものでした。

優大の痙攣の発作がとてもひどく、夜は殆ど眠れず、言葉は通じず、夫はとても忙しくて家を空けることも多く子育ては一人でやり、医療事情はもちろん日本とは違うし、障がいのある子どもに人から向けられる視線などのモラルも日本とは全く違う、色々な原因がありました。

そして1ヶ月後、沢山出ていた母乳が止まりました。

全身に麻痺があったので口を動かす飲み込む、という動作でさえ本人にとっては大変な努力がいりました。

なのでミルクに切り替えるのも本当に大変で一日中ミルクをあげている、または離乳食を食べさせている毎日でした。

母乳はそれからも少しだけ出ていて、なんと授乳を止めてから1年以上経った頃に突然とてもひどい乳腺炎になってしまい、患部がプチトマトくらいに腫れてきて皮膚が破けて膿が出てくると言うとんでもないことになってしまいました。

そして中国だったので、病院に行くと何故か、もし悪いものだったら困るから乳房を切除すると言われまして慌てて一時帰国したのでした・・苦笑。

障がいのある子の子育てについて誰にも相談することができない環境だったので、全ては手探りで自分で何とかするしかない、という毎日でした。

大変すぎて、あの時、母乳があげられなくなって悲しいという気持ちを表すことさえできなかったような気がします。

で、ふと思ったのです、私の母乳がずっと出ているのってこの気持ちが残っているせいかもしれないなぁと。

乳腺炎の皮膚がケロイドになった傷跡を見ながら、少しだけ出る母乳を見ながら何だかふわふわと想いが湧いてきました。

私はあの時優大に母乳があげたかったのだなぁ、孤独な育児が本当に辛かったのだなぁ、どうすることもできなかった自分を抱きしめて欲しかったのだなぁ、そんな感情が湧いてきました。

障がいのある子を授かったなら、日々葛藤しながら悩みながら怯えながら子育てをするという時期があると思います。

健常な子どものママもきっとそんな時があるかもしれません。

そんな時、一番自分をわかってあげられるのは自分です。

自分を責めないで下さいね。抱きしめてあげて下さいね。

ママにも心がある、感情があるのです。

堂々と悲しんでいい、動揺していい、苦しいと言っていい。

あの時の私に言ってあげたいなぁと今とても思います。


障がいのあるお子さんの子育て、私の経験を少しずつまた書き留めていこうと思います。

お子さんになにか心配がある、障がいがある、そんな子育てをしているママに届いていくよう願いつつ。








明日は雪になるところもあるのでしょうか?

鎌倉はまた雨の予報でした。雲間に浮かぶお月様がとても美しい満月の夜です。


最近、シャンティハウスのことをいろいろと考えています。

止むに止まれぬ気持ちで始めた去年の春からもうすぐ1年になろうとしています。

活動して来た中で知ったことも沢山ありました。

やってきてよかったなぁと思う時も、これでいいのかなぁと思う時もありました。

実際に自宅を開放し、1歳児の娘を抱えてオープン準備をするだけでもかなりの努力がいりました。

それでもやりたいからやっている、という気持ちが常に支えになってきたし、ここで出会える方々との時間にたくさんの癒しや勇気、共感をもらいました。

自分の魂が求めている方向に自分の心が求めている方向が重なり合った時に沸き出してくる想いは本当に強いことを感じました。

そしてこの活動を自分の一生の仕事にしようと思うようになりました。

先月から開業のセミナーを受け始めました。

4月にはシャンティハウスの活動がゆるやかに生まれ変わることを考えています。

まだ娘は2歳ですし、息子も10代を前にして最後の「つ」のつく「9つ」の1年間が始まったばかり。

シャンティの活動を始めてからずっと、家庭のことをやっている時に焦る気持ちがありました。

子育てをちゃんとしなければいけないと思えば思う程、何故か上の空になったり・・。

今やりたいことがあるのに思うようにできない、という想いもありました。

でも自分の全ての感情にマルをすることをやっていくうちに、そう思うなら預ける日を持てばいいんじゃない?と許可した途端に、とっても楽になりました。

そして同時に、今は母としても子ども達と沢山の楽しみを分かち合うこともとても大切だなぁと思っている自分がいました。

どちらでもいい、自分のやりたいように選択すればいい、そう思うことは本当に自分らしく生きるためのスタート地点に立つようなものですね。



本当に自分らしく自分の命を生きること、それは純粋な目で世界を見て純粋な想いで生きることです。

この1年間は、人からどう思われる、認められないかも、愛されないかも、だからちゃんとやらなければ、そんな自分がかけている様々な恐れの色眼鏡に気付いていく日々でもありました。

ずっと、どうやってやればいいのか?本当にできるのか?そして、やっていいのか?と全て自分の外に正解があるような気がしてたのです。

そんな中でも手探りで始めたシャンティハウスの活動は小さいながらも私に自分の内側を信じることを教え続けてくれました。

完璧でなくても、足りていなくても、人と比べて未熟でも、今のわたしを信じること。

「今のわたし」以外に答えはないこと。どこにも正解はないこと。

未来の何か理想的なはずのわたしにはどこまで行っても絶対に出会うことはなくて、いるのはいつも「今のわたし」

グルグルしても足踏みしても逃避行してもどれだけ努力しても「今の自分」にしか戻ってくることができないし、戻って来さえすればいいのです。

そう心の底で感じると、まるで本当に目隠しをされていたのをとったような、サングラスを外したような、そんな夢から覚めたような不思議な気分になりました。

私はわたしでいい!そう思うと、過去の私の全てに感謝が湧いてきます。

そして大切な家族、友達、シャンティハウスを一緒につくってきてくれた仲間に心から感謝だなぁと思う今日の日です。

今晩は満月を見上げてみんなにありがとうを伝えたいと思います♡
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