この週末は出張が続いて珍しく夫が不在でした。

すっかりイクメン(という歳でもないのか?!)になった夫は3人目の赤ちゃん育てもお手の物で、もちろん次男の相手もしてくれ、みんなパパが大好きなのです。

私もずっと夫のことを頼りにして来たので、実際には何も困ることがなくても出張となると未だに心もとない気持ちになったりします、笑。

大学を卒業してすぐに結婚して16年間を共に生きてきた夫。付き合っている間を含めればもう20年近く一緒にいることになります。

そしてその間、全く違う性格の二人がわかり合うためのたくさんのケンカもしたけれど、その度に何とかわかり合おうと話しをすることが習慣となり、今でもたまに長ーく話したりします。

で、その分私の内側のことを誰よりもよくわかってくれている夫が、優大が亡くなった後に、そろそろあなたは世の中に出て行きなさい、と何度も背中を押してくれました。

優大のことを本に書くことにした時も私の名前で私が出すことが大事だと言い、シャンティハウスと名前を決めて私が活動をする時もどんどんやったらいいよ!とずっと応援してくれています。

ふと、どうしてそんなに私に世の中に出て行くよう応援してくれるの?私に何ができると思うの?と聞いてみたくなりました。

すると「世の中の本質的なことがわかっていて、心から相手のために人の話しを聴いてガイドすることができるから」「自分もそうしてもらってきた。」

「あなたを待ってる人が必ずいると思うよ。」といつも言ってくれる夫が私を応援する理由はそういうことらしいのです。

シャンティハウスを始める前にひたすらに自分と向き合っている時期がしばらくありました。

その日々の中で、ある時、私の一生についての意味が走馬灯のように紐解ける体験をしたのですが、その時に夫との出会いの必然性を強く感じ、彼がどれだけ私を支えてくれたかを知り涙とともに感謝が溢れてきました。


ソウルメイト、魂のパートナーと言うのはこういうことだったんだなぁと実感した瞬間でした。

同時にこれまでの人生の困難だと思っていたことについても感情の執着を手放して次第に受け入れることができたのです。

自分を見つめる時間の中で見つけられることは本当に多くあります。

多くと言うよりは、そこに、自分の中に、全てがあると言ってもいいのです。

そして気付いて自分を癒して自分の人生を肯定していくこと受け入れていくことは、自分でしかできません。

ただ一人で向き合うのが苦しい時もあります。私も長く自分と向き合い続けた時間にはずっと孤独で苦しいという思いがありました。

時に助けを求めること、そして今すでに助けられていることを知る、ということも大切なのですね。

夫がずっと言ってくれるように、私にできることがあり、待っていてくれる人がいるならば喜んで働いていきたい、この4年近くの月日を経てやっとそう思えるようになりました。

4月から始める予定のカウンセリングもわたしらしく心に寄り添う時間にしていこうと準備しています。

理想や正解を求めて生きることをやめてみると、今までよりも柔らかい心で世界を見ている私がいます。

自分を見るように人を見る、自分に課すように人に課す、ということを実感する毎日です。

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最近、シャンティハウスのリニューアルに向けて、このブログやFacebookも少しずつ生まれ変わらせているところです。

ブログを始めたのは2005年のことでした。

「大切な日々」というタイトルで帰国してからの私と優大、家族の大切な毎日のことを綴り始めました。

今日とても久しぶりにブログを始めたころの記事を読み返してみて、そこにある私の想い、支えてくれている友達の想い、共感してくれて繋がって下さった方々の想い、それが一気にありありと蘇り、涙がこぼれました。

自分で言うのもおかしいのですが、わたし、なんて健気なんだろう~と思ったり、笑。

優大が愛おしくて毎日が本当に掛け替えがなくて、でも苦しくて仕方ないのに、みんなが幸せであるように・・と心から願っている私がいました。

そしていつもどんな時にも、私には応援してくれ支えてくれる人がいて、私は実際には目一杯一人で戦っているつもりでも、本当に一人だったことなんて一瞬もなかったと感じました。

今私が自分の想い、志を形にしてわたしらしく歩もうとしているこの時にも、今までの殻を脱ぎ捨てることが怖くて時々孤独な道のりだなぁと思うこともあるけれど、やっぱり私は一人じゃない。

今繋がってくれる大切な人たち、会えなくても話せなくてもそばにいなくても私にとってかけがえのない人たち・・。

私の心にいつも灯っている暖かい光はそんな人たちからこれまでもらったすべての愛を燃料に燃えているのだなぁと思います。

これからは私がだれかの心の灯台となって生きていきたいなぁと思う今日の日です。


今日は金曜日。週に一度のシャンティハウスのオープン日でした。

ママのためのヨガにまた新しく参加して下さる方も加わって賑やかな時間でした。

ヨガが終わっていつものメンバーで食卓を囲んで各自持って来たお昼を食べて、ゆったり過ごす午後もシャンティハウスならではの穏やかな和み時間。

新しくレッスンを始めてここのヨガに慣れて下さったら、ランチもゆるゆるご一緒できれば嬉しいなぁと思っています。

ランチからのんびり来て下さるのももちろん歓迎ですし、ちょっとお茶しにもいつでもどうぞ♡

ほっと一息つきたいなぁ、何かちょっと心の荷下ろししたいなぁ、そんな時にもシャンティハウスをご利用下さい。

子育ての悩みや、自分のこれからの人生のこと、普段はする機会がないような少し心の中の話しもここでは自然と話せる安心な空気があります。

そして話さなくても何となく癒されて帰って下さることも多い(たぶん、笑)と思います。

4月から利用料金が変わる予定ですが、今のところは300円で、いろいろな美味しいお茶やコーヒーをおかわり自由でご用意しています。

より気兼ねのない居心地のいい空間へ、そして主宰のわたしらしい空間へと少しずつ生まれ変わっていく予定のシャンティハウス。

試行錯誤は続きますが、今ここに来て下さっているお一人お一人から教えてもらったことを心において、毎日が新しい気持ちで取り組んでいきたいと思います。

来て下さる方にとってシャンティハウスがいつも安心な居場所でいられるよう、まずは私の中をいつも平安な気持ちで満たしていたいなぁとつくづく思う今日この頃。

生きていれば様々な想いが交錯しますが、恐れも、悲しみも、怒りも、私の一部として内包して許していくことがシャンティ平安への一番の近道のような気がします。

新月、旧暦新年を迎えて、何だか私の心も新しい空気で満ち満ちています。

今日の日に、これまでの全てに感謝です。


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今日は数日振りに晴れてお日様が暖かく気持ちのいいお天気でした
娘と公園に行ったら、もともと砂浜に行きたかった娘は砂でずーっと遊んでから滑り台を裸足になって登っては滑り、満喫して帰ってきました。

家の前につくと赤ちゃんを抱っこした女性に「シャンティハウスさんですか?」と声をかけてもらいました。
数日前に、紹介でシャンティハウスのことをお知りになってごメールを頂いていた方だとわかり少しお話をさせてもらいました。

彼女は2人のお子さんのママで、ヨガティーチャーのお仕事をされています。
下の赤ちゃんには障がいがありますが、とても元気にすくすくと育っているとのことでした。

そして、障がいがある子も地域で普通に暮らしていけること、健常者と障がい者が混じり合って繋がり合って生きていく社会づくり、そのためにご自分で場づくりをしていきたい。
そんなお話を伺いました。

将来の職につながるような手仕事をまずは遊びで母子で楽しみながら取り組んだり、自主保育のようなこともやってみたい、お子さんに障がいがあってなかなかヨガをする場がないママのために、お子さんも一緒に参加できるヨガクラスをしたい・・。

彼女は、どれも簡単ではないし、夢なんです。と控えめにおっしゃったけれど、今すぐにでも始められることがきっとある!私はそう思いました。

手仕事を教えて下さる方、ヨガの時に障がいのあるお子さんを看て下さる方、自主保育のやりかたを教えて下さる方、共感して一緒に場づくりを始めて下さる方、きっといると思うのです。

まずはここに、一人います、笑。本当に同じことを今まさに考えている私。

同い年で同じような志をもった彼女に出会えたことが本当に嬉しくて、私も今自分が向き合っているいろんなことにもどんどん取り組んでいこうという勇気をもらいました。

葉山方面でお手伝いがしたい!何かできるかも!という方がいらしたら、是非ご連絡ください♡

あ、鎌倉方面でも募集中です、笑。

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新しいテーマを作りました。「障がいのある命を生きた優大のこと」

前回は優大が生まれて中国駐在中のお話を少し書きました。「苦しいと言っていい」こちら★

このテーマを始める前に優大が亡くなる時のことを書いていますので、是非こちらを読んでいただけると嬉しいです。「生きる意味」こちら★


今日は優大の持っていた障がいと言われるものについてお話したいと思います。

優大は妊娠6ヶ月の頃に大脳の全てが壊れて髄液に置き換わるという大変重度の障がいを持つことになりました。

その病名、障がいの名前が「水無脳症」といいます。

大脳が無く、髄液(水)に置き換わっているので、水無脳症です。水頭症性無脳症ともいいます。

(この病気とはまた少し違う無脳症という症状もありますが、この場合は頭部自体が欠損していて生まれて来ることは難しく生きているお子さんはいないのだと思います。)

妊娠中に赤ちゃんの頭の成長が突然止まり頭囲が増えなくなりました。精密検査をした結果大脳が見えなくなっていることがわかりました。

当時、大学を卒業して結婚したばかりの私はまだ23歳になったばかりでした。

しかも夫の駐在についていくことを前提にして早く結婚したので、出産後は中国に住むことが決まっていました。

お腹の赤ちゃんの大脳が壊れてしまったことは言いようの無いショックでしたが、それでも赤ちゃんは私のお腹の中で大きくなってくれていまいした。

突然世界は灰色になり希望の光はなかなか見えて来ませんでした。

結局私を支えたのは私のもとにやってきてくれた赤ちゃんをこの腕に抱きたい、という想いだけでした。

障がいがあっても、何か普通と違うとしても、無事に生まれてくれさえすれば・・、それだけを願って妊娠中を過ごしました。

水無脳症という障がいは何度もいうように大変重い症状が出ることがわかっていました。

呼吸不全や、全身の麻痺、人間らしいとされる言語や身体の能力を獲得することはないだろう、産む意味は余りない、と医師からは言われました。

2000年の当時の医療の常識では産まない選択も正。早産させることも可能。

ほとんど元気で育っているお子さんがいないことで患者数も不明、予後もはっきりとはわからない。

医師の知識のなかにも情報の蓄積はなかったと思われます。

最近ではダウン症などの障がいについても積極的に検査をして、その命を選ぶことが許されています。

時代はどう動いているのか、私にはよくわかりません。

しかし、日進月歩の医療の中では水無脳症であっても数年かそれ以上の命を家族と共に生きることが可能になっているように思います。

社会的に見て、役に立たない、自立ができない人は、生きている価値はないのでしょうか?

私はもちろんそうは思いません。

妊娠中の私の精神状態は今思い起こしても本当にひどく苦しいものでした。正気でいるために自分を支えることでもギリギリの状態でした。

帝王切開でどうか無事に産ませて下さいと言う私に、医師からの産む価値があると思っているのか?という言葉を何度も聞き私は本当に混乱と苦しみの中で過ごしました。

優大はそんなやり取りをものともせず元気に産声を上げました。私この子の母になるという夢が叶い心底幸せでした。

無事に生まれましたが優大はずっと寝たきりでした。生涯首が据わることもなく、言語を使うこともなく、沢山の医療的ケアの助けを得て暮らしていました。

介護する私や夫はまとめて眠ることができず、一日中を介護に費やし、心身共に疲労困憊になることもありました。

それでも、優大からもらったものは苦労よりも多くあったのです。

人と違うということを肯定していくことの先には、違うからこそ生きている意味があるということに辿り着きました。

大脳がない優大は思考することはなかったかもしれません。いつも感性で生きていた優大の瞳はとても多くのことを語ってくれました。

誰かのことを判断したり物事を難しく考えることもなく、楽しい時にはキラキラと輝いてそこにいれくれるだけで優大のまわりのはいつも平安な空気が満ちていました。

そうして、生きていること、純粋な命というものの存在を見せてくれたのです。

私は優大の生涯と旅立った後の4年の月日を通して、人がいかに純粋な想いとその人らしい感性で生きることが大切かをつくづく知ることになりました。

優大が教えたかったのはそれだったのかなぁと今思っています。

人はその人生を選んで生まれてきます。優大がなぜあんなに不自由な身体を選んだのか、それは大脳がないという新しく最高にチャレンジのある人生をやり遂げるためだったのではないかと思うのです。

壮絶な闘病の末に身体から抜けた出した彼の魂が私に話しかけていました。

「ママ、ボクはやりとげたよ!」と。

そしてそれからしばらくしてまた話しかけてくれました。

「今度はママのばんだよ!」と。

ママはそのままで、そこにいるだけで素晴らしい存在!何も恐れなくていい!ボクがついているよ。ママは輝いているよ!

そう何度も何度も心に励ましをくれました。

障がいといわれるものは沢山あります。障がいがあれば、もちろん生きづらく不自由で困難もたくさんある。支えも必要です。

では子どもに障がいがあれば、不幸せな人生が待っているのでしょうか?

それぞれに違うことにこそその命の意味があることを知れば、もともと私達は障がいの有無に関わらず違っていてこそ輝いている存在。

それをよりはっきりと見せてくれる障がいをもつ人が社会の中にいてくれることには本当に大きな価値と学びを与えてくれているとしか言いようがありません。

何も不自由なことのない身体で生まれても、不満と共に生きている人もいます。

幸せかどうかは本人次第。すべてはその人が決めること。

どんな些細な物事の中にも幸福を見いだせること、それも優大が教えてくれた大きな学びの一つです。