昨日の湘南は朝からひらひらと雪が舞っていましたが、今日はすっかり晴れてきれいな青空が広がっています。
軽くてそっと降りてくる雪は結晶のまま手の平に落ちてくるので、娘としばし見入っていました。
左右対称に整った星のような結晶を見ながら自然物の奇跡を感じて。
自分も自然物で、生まれては消えてなくなる雪の結晶のようにやがて跡形もなく消えることを思ったりして。
週末思い立ってDVDを借りに行きました。いつものようにインスピレーションで手に取って選んだのは「私だけのハッピーエンディング」
キャリアウーマンの女性がある日、末期がんを宣告されます。ある時夢で神様に会い願い事を3つ叶えてあげると言われた彼女は本当に願っていることがわからないと言い、それを探すための最期の時間を過ごすことになります。
結局彼女が本当に望んでいたことは、傷つくことを恐れずに本当の自分で生きてみる、ということだと気付くことになります。
両親と和解し愛を伝え合い、親友たちとも本心で語り合う時間をもち、最愛の恋人に出会い初めて心を開いて本気の恋をしました。
やがて彼女にその命を卒業するときが来ます、心を開いて生きるという願いをやり終えた彼女は死を恐れる気持ちをも自分の中に受け入れて笑顔で旅立ちます。
もう中盤からずっと泣きっぱなしで、子どもを看取る親の気持ちにシンクロし、恋人、友人たちとの間にキラキラと輝く真実の愛に心が震え、心を開いて生きることを選んでどんどんシンプルにピュアな彼女自身に戻っていく姿に自分を重ね・・・目が赤くなる程泣いて。
今の私の気持ちになんてピッタリ映画だったのだろうと。。
最近は読みたい本、観たい映画、買いたいものなどが目の前にすっと現れることが多くてこれが引き寄せっていうものなんだなぁと感じています。
この映画の中に出てくる自分が死ぬとわかってから願い事を叶えてあげると言われる、というシチュエーションは、実は私が作った自分が輝くワークの中にもあります。
自分でも実際にやっているのですが、私の願いもやはり心を開いて人と繋がり合い、愛を伝え合うこと、日常の中の一番安心する時間を大切な人達と過ごすことでした。
軽くてそっと降りてくる雪は結晶のまま手の平に落ちてくるので、娘としばし見入っていました。
左右対称に整った星のような結晶を見ながら自然物の奇跡を感じて。
自分も自然物で、生まれては消えてなくなる雪の結晶のようにやがて跡形もなく消えることを思ったりして。
週末思い立ってDVDを借りに行きました。いつものようにインスピレーションで手に取って選んだのは「私だけのハッピーエンディング」
キャリアウーマンの女性がある日、末期がんを宣告されます。ある時夢で神様に会い願い事を3つ叶えてあげると言われた彼女は本当に願っていることがわからないと言い、それを探すための最期の時間を過ごすことになります。
結局彼女が本当に望んでいたことは、傷つくことを恐れずに本当の自分で生きてみる、ということだと気付くことになります。
両親と和解し愛を伝え合い、親友たちとも本心で語り合う時間をもち、最愛の恋人に出会い初めて心を開いて本気の恋をしました。
やがて彼女にその命を卒業するときが来ます、心を開いて生きるという願いをやり終えた彼女は死を恐れる気持ちをも自分の中に受け入れて笑顔で旅立ちます。
もう中盤からずっと泣きっぱなしで、子どもを看取る親の気持ちにシンクロし、恋人、友人たちとの間にキラキラと輝く真実の愛に心が震え、心を開いて生きることを選んでどんどんシンプルにピュアな彼女自身に戻っていく姿に自分を重ね・・・目が赤くなる程泣いて。
今の私の気持ちになんてピッタリ映画だったのだろうと。。
最近は読みたい本、観たい映画、買いたいものなどが目の前にすっと現れることが多くてこれが引き寄せっていうものなんだなぁと感じています。
この映画の中に出てくる自分が死ぬとわかってから願い事を叶えてあげると言われる、というシチュエーションは、実は私が作った自分が輝くワークの中にもあります。
自分でも実際にやっているのですが、私の願いもやはり心を開いて人と繋がり合い、愛を伝え合うこと、日常の中の一番安心する時間を大切な人達と過ごすことでした。
死を前にすると、人は逃げも隠れもできません。
命あるものには必ず終わりがあるから。
私のよう我が子を看取る経験をした時には自分の一部、または全部が死んだような感覚を得ることがあると思います。
どうして、どうして…といくら考えても答えはないけれど、そこには必ず意味があります。
先に旅立った人が何を残したかったのか、見送った側の私達に何を教えたかったのか。
すぐにはわからないかもしれない。でもね、残された人に苦しんで生きて欲しいと願っている、なんてことはないのです。
優大は亡くなる直前に私達に「僕は大丈夫だよ。みんなが大好きだよ。」と伝えてくれました。
だから私は自分の命を大切に生きることを誓ったのです。
苦しくて苦しくて、自分が生きていることが苦しくて…それでも生きようと自分に言い聞かせながらここまで来ました。
看取りだけでなく、自分の身体や命の危機を経験するような「命」の意味を否応なく感じる体験をする人には、やはり命を深く捉えて「死」を内包した命を生きる使命があるのだと思います。
そして使命は苦しんでやるべきことではなくて、ただ自分の命を余すところなく感じながら生きること。
死を想う時、普段は意識せずに流されているように感じる命と生が自分のものとしてありありと浮かび上がってきます。
私のハッピーエンディングは、この身体を出て優大に会えた時に、胸を張ってママは私の命を精一杯に生きたよ!と伝えること。
それまでは「終われない」。
みなさんのハッピーエンディング、どんな風に終わりを迎えたいですか?