第1部 カトムスへの道(2)
(ブログネタ:ケータイ、毎日どれくらいチェックする? 参加中)
いつもはケータイをチェックするのは5~6回だが、今日はもうすでに10回を軽く超えている。なぜなら、昨日タメ子こと為我井という小学校の同級生から久しぶりに、というか、一言も言葉を交わせずに別れて以来12年ぶりに手紙がきて、電話番号が書かれていたから、ボクから電話をしたんだ。昨日はいなかったが、留守電に電話をくれるよう録音したから、いまかいまかと待っていたからだ。
ボクは、地元の中学、地元の高校に行ったあと少し離れた三流大学を卒業して、去年通勤に1時間くらいかかる小さな広告会社に就職した。小学校のときに冒険したあの空き地のことはまだ忘れていなかったが、あれは夢だったんだろうとぼんやり思い始めていた。そんなときにタメ子からの手紙はかなり意外だった。
「拝啓、ぬうむ様。
ご無沙汰しています。黙って転校してしまってごめんなさい。
もうあれから、12年になるのですね。立派な社会人になったと思います。わたしは父母の交通事故で急に北海道の伯父の家に引っ越すようになり、大学に通うようになってからは東京に来ています。
少し離れていますが、もし週末に時間がとれたら久しぶりにお会いできませんか?
わたしのケータイの番号は、090-xxxx-xxxxです。よかったら電話をください。」
今は金曜日の26時。明日は仕事が休みで特に予定もないので、こんな時間まで起きていたが、もうそろそろ寝よう。ベッドに入ったちょうどそのときケータイが鳴った。タメ子からだ。
「もしもし」
「ぬうむ、夜遅くにごめんね」
「タメ子か、久しぶりだなぁ。まだ起きてたから大丈夫だよ」
「久しぶりね。本当はもっと早く連絡したかったんだけれど・・・」
「うん。ボクも心配してたんだよ。突然いなくなって、理由もよくわからなかったからね。加賀美や川本もいなくなっちゃったし」
「そのことで話したいことがあるんだけれど、これから出られない?」
「ちょっと。今もう2時だよ。東京まで行けないよ」
「今わたし、ぬうむの家の近くにいるのよ」
「えっ、タメ子の家はもうなくなってるじゃない。この町にはホテルもないし・・・」
「あの空き地にいるの。出てこない?」
◇ ◇ ◇ ◇
夏真っ盛りなので、Tシャツを着てジーンズにはき替え、父母にわからないように静かに家を出た。カレンダーの日付が8月13日になったのが少し気になった。天気がよく、月明かりと街灯の明かりで空き地周辺は比較的明るかった。タメ子は、柵の中にいた。ボクより身長は低く、多分160センチくらいだろう。白いTシャツとジーンズ姿だ。顔の表情はわからないが、ショートカットのヘアスタイルが昔のタメ子のイメージ通りだった。
「やぁ」
「ありがとう、来てくれて」
「12年前のことってどんなこと?」
柵を間にして少し不自然だとは思ったが、12年のブランクを感じさせないにように自然に言葉が口をついて出た。
「ねぇ、こっちに入ってきたら?」
「ああ」ボクはそう言って柵を潜り抜けて、タメ子のすぐ近くまで行った。タメ子の顔が月明かりでよく見えた。まる顔だが、目がくりっと大きい。体も肩幅がやけに狭くきゃしゃな感じだが、足が長くスタイルがいい。小学校のときに比べるとボクなんかよりもずーっと大人になったという印象だ。
「これから12年前の話をする前に、わたしと一緒にまた林の中に入ってくれる?」
「えぇっ。林の中は真っ暗で転んじゃうぞ。誰も見たり聞いたりしていないからここで話せないのか」
「うん、林の先に今日話したいものがあるのよ」
(なんかいやなパターンだな)と思いながらも、別に構わないかと思った。女の子と2人きりになるのはあまり経験がないので、ちょっと面白いと考えたのかもしれない。
「よし、じゃあ行って話を聞くよ」
月の明かりは思ったよりも明るく、傾斜になった木々の間で多少は滑ったが、転ぶことなく2人は林を抜けた。
・・・湖だ! そう、12年前、最初に見た湖が木々を抜けたあとに見えた。
「なんてことだ。4人で来たときにはこの辺は雑草が生えていたのに」とボクは思わずひとり言を言った。
「そう。ここは本当は誰にも見えない湖なの」
「えっ。だってボクや君には湖が見えてるじゃないか」
「ある条件がないと本当の姿は見えないのよ。わたしゃぬうむにはその条件があるの」
「なんなんだ、その条件というのは?」
「そうねぇ、簡単に言うと選ばれし者っていうわけ」
「そんなんじゃわからないよ」
「12年前に、ぬうむはここにきたから分かると思うけれど、ここは地球の人から見て『宇宙人』が1200年くらい前から居留地にしているの」
「ちょっと待てよ。宇宙人なんているわけないだろう。だいたいがボクが選ばれし者っていうのもわけわかんないし、タメ子はちょっと・・・」
「おかしくなんかないわよ。あなただって少しは感じているんでしょう?小学校のときに2回来たけれど、私たち3人以外にそのことを誰にも話さなかったし、今だって普通ならこんな時間にこんな場所まで来ないでしょう」
確かにそうなのかもしれない。5年生のときに宇宙人がいると思った記憶は確かにあるし、それからは宇宙人とかUFOのニュースなんかをよく見るようになったし、今でもここに宇宙人がいるという考えは否定しきれないでいる。
「本当は、選ばれたのはあなただけなのよ」
「じぁあ、タメ子はなんなんだ?まさか宇宙人だと言い出すんじゃないだろうな」
うつむいたタメ子は、小さい声で「そう。わたしは宇宙人・・・。簡単にいえば宇宙人よ」
「うー。そんなバカな。なんか証拠はあるのかよ」
「地球ではわたし達も地球人と同じくらいの能力なのよ。証拠は・・・。見せたくないけれど、仕方ないから見せてあげる」とタメ子は言うと、ジーンズのポケットから縦10センチ、横5センチくらいの金属の薄いプレートを出した。左手に持って、右手の人差し指でそれをなぞる。
まただ。目がくらむ光の渦につつまれた。左手を目に当てると同時に、すぐ近くにいたタメ子の左手を右手でつかんだ。しかし、すぐに意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと、廻りを木々で囲まれた広場のようなところにいた。(これは4人で見つけたUFOが着地した跡があるところだ)と思った。
「どう、ここがどこだかわかるでしょう」タメ子の声が聞こえてきた。
「わたしたち4人で来たところよ。ここはさっきまで見ていた湖があるのと同じ場所で、一種のパラレル・ワールドになっているの」
「なんだって」ボクにはまったく意味がわからなかった。
「わたしの母星は高度に技術が進化していて、ある場所とほかの場所への移動点を作り出すことができるの。ぬうむも入ったことのある湖の中心にある穴は、実はわたしの母星のある地点に通じているの」
「(まさか!そんなことがあるはずがないじゃないか)・・・」
「普通の地球人にはわからないように、今の景色と実体にしてあるの。これはどこから見てもただの林の中のちょっとした盆地だけれど、わたし達にとっては大切なドアなのよ」
だめだ。タメ子が言っていることはSF小説なら理解できるが、実感がない。それにどうして今そんなことを言い出したのか?加賀美や川本のことも急に思い出した。
「加賀美君や川本さんは、大丈夫。空き地の中に入った記憶だけ消させてもらったけれど、2人とも家族と一緒に普通に暮らしているわ」
「今2人のことを考えたんだ。ひょっとしてボクの考えていることがわかるのかい」
「いいえ、そこまではわからないわ。多分2人のことが心配なんだろうなと思って話しただけよ」タメ子はくすくす笑いながら話した。
「ボクは君のことをなんて呼べはいいんだ?」自分でも思ってもいなかった言葉が口をついていた。
「タメ子でいいのよ。わたしは、全部で5人いる『空き地』の管理役のひとりだけど、代々地球人と同じようにここで生まれて、ここで生活して、なじんでいるから。ほとんど地球人よ。」
「でも、何でボクにそんなに大切なものが見えるんだろう?」
「それは、そのうちわかるわ。今日一日は今言ったことだけでも理解してほしいの」
「わかった。考えてみる」と言ったとたんに意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇
ベットで目がさめた。8月14日だった。
昨晩の空き地でのタメ子との再開から、湖のことなどが鮮明によみがえってきた。しばらくベッドに横になったままそのことを考えているとケータイが鳴った。
「おはよう。今日は目覚めも良かったでしょう」とやけに元気なタメ子の声。
「うん?うん、そうだね。まぁ、いつもどおりかな」
「今日会える?」タメ子のそんな無邪気な言葉にちょっとどきっとしたボクは、
「あぁ、いいよ。うちに来るか?」
「今は東京に戻ってるの。こっちに来てくれると嬉しいな」
「あの後まっすぐ帰ったんだ?」
「まあね。それは秘密。12時に渋谷に来てくれればお昼ご馳走してもいいよ」なんだかタメ子は昨晩のことはすっかり忘れているように気軽に話している。
「うーん、わかった。それまでには行けるからご馳走してもらおうかな」
「じぁあ、決まりね。それじゃ、後でね」
◇ ◇ ◇ ◇
東京までは、快速電車で1時間半かかる。渋谷の待ち合わせ場所に12時ちょうどに着くとタメ子はもう来ていた。ボクが来たことは前から分かっていたらしく、近づく前からボクを見てニコニコしていたみたいだ。
「おなか空いた?」小学校のときはちょっと暗いイメージだったのに、明るく無邪気に聞いてくる。
「座ってるだけだったんで、あんまりだけど、タメ子が空いているなら十分付き合えるよ」
「よかった。じゃあ、早速食べに行きましょ」とすたすたボクに先立って歩いて行く。でも、10メートルも行かないうちに振り返ってボクと並び、ボクの左腕に右腕を絡ませてきた。なんだかドキッとしてしまった。
タメ子が選んだ店は、あるビルの地下にある少し落ち着いたイタリア料理の店だった。メニューを見ると安かったので安心して食べることができた。食後のコーヒーを飲んでいると、
「ねえ、ドラえもん知ってるよね」とタメ子。
「あぁ、マンガのやつなら知ってるけど、映画とか見たことないよ」
「『どこでもドア』ってあるでしょう。空き地の先にある湖の穴って『どこでもドア』みたいなものなのよね。ただし、持ち運べないし、行先はひとつしかないけれどね」
「ひょっとして、タメ子の母星には空間屈折でつながっているの?」自分でもタメ子=宇宙人説をすんなり受け入れていることに驚いた。
「ううん、むしろ感覚的には物質転送に近いわね。わたしの母星『カトムス』には50か所位にあるんだよ。そっちのは行き先を選べるんだけど」
「ふうん。でも、なんだかまだ信じられないんだよな。タメ子がそのカトムス星人だなんて」
「そうよねぇ。その気持ちもわかるわ」
「で、地球人とカトムス星人は仲が悪くないんだよね。共存し合ってるの?」
「うーん、共存関係ではないわね。ほとんど相互不干渉なのね。ただ私たちは地球人にわからないようにしているし、地球人は私たちの存在自体を知らないわ」
「でも、ボクなんかが知ってるんだから他にも知っていそうだけれどなぁ」
「いいえ。他にはいないわ、って言いたいけれど本当はね、前にもあったの。100年近く前のことだけど、『空き地』の管理役の1人が地球人に恋してしまって、どうしようもなくなって打ち明けてしまったことがあるの」
「ふうん。カトムス星人って地球人みたいなの?っていうかタメ子も変身とかするの?」
「あはははっ。バカみたい。変身なんてできないわよ。管理役の一族は、地球の環境で暮らし始めて1200年もたっているんだからかなり地球人に近くなっているわ。わたしは今までカトムス星に5回行っているけれど、もともとのカトムス星人とは違うのよ」
本当はものすごいことなんだけど、こんな他愛もなく会話がはずんだのはボクが小学校のときから異星人を心の中で受け入れていたかもしれない。その日の帰りぎわに渋谷駅でタメ子が言った。
「今日は付き合ってくれてありがとう。言いにくいことなんだけど、わたしは12年前のあの事件のせいでカトムス星に戻っていたの。昨日から明日の昼までは特別に与えられた自由時間で、もう2度と地球には来られない。今日は最後のいい思い出になったわ。ありがとう」涙を隠すようにタメ子はうつむいた。
「なんだって。そんな・・・。ボクのせいでタメ子がどっかに行っちゃうなんて・・・」
「わたしは全然だいじょうぶ。カトムス星人だから・・・。昨日も会ったけど、今日はどうしてももう一度ぬうむに会いたかったの。ありがとうね」
ボクはそのあとでなんと言ったのだろうか。思い出せなかった。そう、気がつくとボクの部屋のベッドにいた。渋谷の駅で最後に時計を見たのが4時半で、今は6時になっている。本当にあったことなんだろうか?ボクにも確信が持てなかった。ケータイを取り出して着信履歴を見たが、タメ子のものは発信履歴も含めてなかった。そうだ、手紙だ。引き出しに入れたはずなのにない。こんなことってあるんだろうか?
ただひとつはっきりしていることがある。タメ子がいたことは事実なんだ。