
妹から父宛てに荷物が届いた。どうやら出産の内祝いのつもり・・・なのか?それとも先日、孫の顔を見に行った父へのお礼なのか?はたまた、その両方か?
う~ん。。。妹はまかりなりにも経営者なので、そんなやり方では経営自体も怪しいぞ。と思いつつ、今は黙っておこう。
妹がおそらく内祝いのつもりで贈って来たのは、福砂屋の手作り最中(もなか)。餡と最中の皮が別になっていて、食べる時に自分で好きな量の餡子を挟んで食べるのだ。
実は、この手作り最中を妹が父に贈るのは3度目だ。
初めて贈ったのは、妹が我が家に遊びに来た時。餡子好きの父の為に、妹が手土産に持ってきた。その時は、父が「どうやって食べるとや?」と聞いたので、妹が「作ってやるけん。こうやって食べるとよ」と言って作ってあげていた。
父はとても嬉しそうに喜び「美味しい」と満足そうだった。
普段、何を食べさせても「まぁ、こんなもんやろ」としか言わない父が「美味しい」と言ったのだから、本当に美味しかったのだろう。そして、珍しくとても喜んでいた。
きっと妹はそれを覚えていたのだろう。
2度目は妹の結婚内祝いと父の誕生日祝いを兼ねた贈り物として届いた。その時は、私が食べる前に一人でペロリと食べ切っていた。
そして3度目が今回の出産内祝いとして届いた。
3度目は、父の様子がちょっと違った。「何や、またこれか」えーっ?お父さん、福砂屋の手作り最中、好きじゃなかったっけ?
どうやら、自分で作るのが面倒臭いらしい。。。
まぁ、気持ちは分かるけど。。。でもなぁ。なんだかなぁ。父も妹もどっちもどっちだと思う。
父が嬉しかったのは、福砂屋の手作り最中が美味しかったのはもちろん。それ以上に妹が作ってくれたことが嬉しかったのだ。誰かが作ってくれるからこそ、手作り最中は美味しいのであって、自分でイチイチ作るのは面倒臭い。残念ながら、父は、そこまで最中が好きなわけではないし、こだわりもないのだ。
妹は、父がこれまでで一番喜んでくれたのが福砂屋の手作り最中だったから、ここぞという時には、これだと決めてしまったようだ。食の好みなんて変わるものだし、贈ってくれた相手への配慮として、喜んで見せるのも大人の配慮という奴だ。
だからこそ、贈る時は、相手に選択権を持たせる配慮やいつもの定番に+αすることを忘れてはいけない。+αすると相手のお礼の言い方で、本当にそれを喜んでくれているかどうかが分かりやすくなるから。
経営者たるもの自分のやりたい事をやりたいようにやる前に、相手が喜ぶツボを押さえるのが先だ。妹には、父が本当に喜んでいたのは、嬉しいことは何なのかを見極める力をつけてほしい。何故なら、その力が顧客満足度の向上につながり、姑との関係性改善にもつながるから。
父には、自分の考えや感情、何が嬉しいのか、何がイヤなのか、をちゃんと伝える習慣を身に付けてほしい。何故なら、その習慣が家族関係の改善につながり、父自身と私達姉妹の幸せにつながるから。
そんなことを父と妹のやり取りを見ていて思う。2人を鏡として、私自身も言動に気を付けよう。
ちなみに、私が父に最中を作って上げれば良いのだが、我が家にはリビングがなく、夕食以外で父と団らんする機会は無いのだ。私が最中を作ってあげないのは、リビングはいるでしょうと言った私に対して、リビングは必要ないと言い切った父へのささやかな復讐でもある。