冥利に尽きる
「身体が資本」
身体が不自由で入院している患者さんにそう言われ、かえって身に染みた。
「いつも遅くまでご苦労様、僕らは身体を良くしてもらって幸せにしてもらってるけど、身体を壊したらそれができなくなってしまいますよ」
自分の担当でない患者さんにもこう言っていただけるのは嬉しいことだ。
まさにセラピスト冥利に尽きる。
そんな患者さんたちにより良い理学療法を提供したい。
もちろん、この身あっての仕事である。
頭を使う肉体労働で、気も使う。
帰宅するとヘトヘトで、寝てしまうこともしばしばある。
過労で倒れてしまえば文字通り本末転倒。
しかし、まだできる。
倒れないように体力をつけることも必要だ。
健康を増進しつつ学んでいかなくては。
これではいけないと環境を変えた。
帰る前に勉強しようと、先週はエルゴをこぎながら文献などを読んだ。
理学療法士にしかできないこと。
やはりそこで自分の価値を生み出さなくてはならない。
思い立ったが吉日
これは、経験が浅い者ほど陥りやすい。
例えば、実習先で学生が平然と携帯電話を使う。
学生も学生なりに注意をしているのだろうが、学生の常識の範囲内であるから、おかしいことに気付かない。
新人として、きっと自分の常識も社会での常識とかけ離れている部分があるだろう。
新人でいられるのは今だけ。
社会での常識を学びたい。
だから、新人としてすべきこと…
技師室の本棚の整理、シュレッダーの片付け、ペンや文房具の整理、プリンターの用紙補充をした。
思い立ったが吉日。
小さいことからコツコツと。
常識に関して、まずは「気付いていない」ということに気付くこと。
それが始まり。
短気がいい
「セラピストは短気がいい」
先輩の言葉である。
セラピストの会話でこういうものがあったそうだ。
「こんな治療をやってるんですけど、なかなか良くならないんです。」
だったら、どうしてそれをやり続けるのか?
その治療で結果が出ないのであれば、いつまでも続ける意味はない。
結果を出せる選択に変化させなくてはならない。
そういう意味での「短気がいい」である。
そして、これは何も理学療法士に限った話ではない。
本日、受験生と話をした。
最近の悩みは、朝起きられないこと。
以前は午前2時寝の午前5時起きでできていた。
しかし、今は朝起きられない。
スリープトラッカーを使っているがダメ。
レム睡眠で起床するため、90分サイクルの睡眠にこだわっているようだがダメ。
睡眠時間を変えるのか、意識を変えるのか、仕組みを作るのか。
効果がないと判断したならば同じことをしていてもダメ。
変化は起こさなければ起こらない。
刻一刻と自分も変化している。
体力が変わる、考えが変わる、環境が変わる。
その中で自分の行動を変化していかなければうまくはいかない。
「前はできていたから」
恐ろしい言葉である。
あのときの成功があるから、またできると考えてしまう。
成功体験は成長のために重要なことであるが、ときに成功が成長の足枷になることもある。
変化することを恐れず、チャレンジすることを勧めた。
自分と似た境遇の彼には期待がある。
生徒へこの言葉を、自分への戒めとして、今日からまた勉強し直すとしよう。
メラメラというか、キラキラというか。
見学実習の学生が書いた感想の一部。
そう言われるのには理由がある。
リハビリの時間以外にも積極的にコミュニケーションを取っている。
また、学生の見学に対しても、病棟へ行き、事前に「よろしくお願いします」ということを伝えてある。
そして、実習終了後に「ありがとうござい ました」というのを伝えに行った。
笑顔と共に。
当たり前のことを当たり前にやっているだけである。
しかし、それは簡単なようでなかなか難しい。
何かしらの結果には、必ず何かしらの理由がある。
ーーそんなこんなで、学生の目にメラメラというかキラキラというか、そういうものを引き出せた。
…かな。
今回はこれで良しとしよう!