新聞小説「また会う日まで」(11)池澤夏樹 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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朝日 新聞小説「また会う日まで」(11) 7/1(324)~7/31(353) 
作:池澤夏樹 画:影山徹

感想
開戦初期の状況。確かに真珠湾は大戦果だったが、空母を沈めていないのではそう威張れない。
真珠湾で世界デビューした「ゼロ戦」 当初は華々しい戦果で「ゼロ・ファイター」と恐れられたが、その後無傷で捕獲された事から欠点を暴かれ、悲惨な末路を辿った。吉村昭の「零式戦闘機」に詳しい。

それから天皇の詔書をそのまんま載せるなど、作者は一体何を考えて
いるのか。こんな文はちょっと調べればすぐ読める。貴重な紙面の無駄遣い。膨大な資料にまみれているうちに頭のタガが外れたか。
そんな訳で弊ブログでは現代語訳を載せている。
軍部に踊らされたとはいえ、戦争を仕掛けることは自分の本意ではないと天皇は言っている。

緒戦といいながら、開戦半年そこそこで行われたミッドウェー海戦での大敗。そこで加来が死んだ。
しかしこの作者の作風、どうにも馴染めない。「終わりの思い」で死んだ人間が回想する話だとは分かっているが、どこをどう切っても「他人事」が顔を出す。
加来の俳句を見たMが短歌を揶揄した時に萎縮したり。こんなこと利雄の日記には書いてないだろう。

亡くなった友人の弔問に行って、その彼の残した句を読んだ時、自分が作る短歌のことなんか考えるか?

訪問エピソードにこういう妙なものを組み込むこと自体が、利雄自身を矮小化することになる。

他にもある。戦争反対と言いながら、数々の戦艦に乗った事を誇示。
艦の速度をネタにして「おもしろい話」などと紹介。
こまごま言い出すとキリがないが、水路部業務、キリストの話、戦局等、あちこちカジリ倒す割りに利雄の思いが見えてこない。
こういうフラフラした人間として描きたいと仰るならそれまでだが。
後半の聖書~黙示録についても「何だかなー」という感じ(「カード師」に張り合ってる?)
この辺り、膨大な資料とは関係ないだろう。

こうした小説部分での記述がことごとく「外れ」てる感じ。
もう、資料だけでいいから淡々と書いてよ。
最後の、加来が見た海は真っ赤だったなんて「エヴァンゲリオン」じゃないってば。

 

作者は連載前の抱負でこう言っている

クリスチャンで軍人で科学者。そんな彼を描こうと力むあまり、ミスリードのあげく、全く違う人物像を植え付ける。

私が思うに、彼はもっと高潔な人だったろう。赤裸々を求めるあまり、フィクションの部分でおかしな事をしている感じ。


この連載もそろそろ一年。思いは次回連載に向いている・・・


あらすじ
緒戦とその後 1 ~ 30

1941(昭和16)年の九月、Mに誘われて築地の居酒屋で話す。
憲兵の尾行を気にするMだが、山本さんが一筆入れてくれたおかげで
収まっていた。
加来が艦に戻ったという。空母「飛龍」の艦長。
山本さんは十一月と言っていたが、いよいよ迫って来る。
陸軍の関特演(関東軍特種演習)が終わったと言うM。
ソ連に攻め込む意図で七十四万集めたが断念した。南進論が優った。
戦術は自信があるが戦略に心許ないと言われた山本さん。

資源の乏しい国。

Mと私が感じる開戦への準備。創立の式典そっちのけで海図の印刷。
山本さんは鹿児島の錦江湾で、ハワイのあの地形を模した雷撃訓練をしている。
零戦の事を聞く。零式艦上戦闘機。空戦能力、火力、航続距離とも天
下無敵。中国戦線で活躍しているという。


乾坤一擲になぞらえるM。日本海軍は英米相手に戦えるようには建造
されていないと言う米内さん。
だが開戦となったら世論は動く。日露戦争での、国民の高揚。
海軍文庫に身を置くMは冷静。いずれ歴史を書きたいという。

ハワイ・比島に赫々の大戦果、米海軍戦艦六隻を轟沈大破す
新聞の見出し。確かに大戦果。懸念もありつつ高揚感を覚えた。
新聞は更に天皇陛下の詔書を載せた。
 

下詔書現代語訳(小説では原文)
神々のご加護を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。
私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。私の陸海軍将兵
は、全力を奮って交戦に従事し、私のすべての政府関係者は務めに励んで職務に身を捧げ、私の国民はおのおのその本分を尽くし、一億の心をひとつにして国家の総力を挙げ、この戦争の目的を達成するために手違いのないようにせよ。
そもそも東アジアの安定を確保し、世界の平和に寄与する事は大いな
る明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたこと
で、私が常に心がけている事である。
そして各国との交流を篤(あつ)くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。

今や不幸にして、米英両国と争いを開始するに至った。
誠にやむをえない事態となった

このような事態は、私の本意ではない
中華民国は、以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに闘争を起
こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に武器をとらせる事態に至らしめ、もう四年以上経過している。
幸いに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善
隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、重慶に残存する政権(蒋介石)は、米英の庇護を当てにし、兄弟である南京政府と、未だに相互のせめぎ合う姿勢を改めない。
米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し
、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。
(それだけでなく)与(くみ)する国々を誘い、帝国の周辺において軍備を増強して我が国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え、ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようと、長い間忍耐してきたが、米英は少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。

詔書現代語訳続き(小説では原文)
このような事態が続けば、東アジアの安定に関して我が帝国の積年の
努力はことごとく水の泡となり、帝国の存立もまさに危機に瀕している。
ことここに至っては、帝国は今や自存と自衛のため、決然と立ち上が
って一切の障害を破砕する以外にない。
皇祖皇宗の神霊をいただき、私は汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖
先の遺業を押し広め、速やかに禍根をとり除いて東アジアに永遠の平
和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである。
御 名 御 璽(ぎょめいぎょじ=天皇陛下の名とその印章のこと)
昭和十六年十二月八日 各国務大臣副薯

誰が作文するのだろう。難しい漢字を並べれば有り難い文章になる。
教会で聞く聖書の朗読も漢字が多い。どこが違うのか?
神が違う、主が違うのだ。
神霊と聖書の主は違う。私の信は主の側にある。
しかして私は帝国海軍の軍人。今後難しくなるだろう。
真珠湾では派手に勝ってしまい、引っ込みがつかない。
宣戦布告が開戦よりも遅れた事にアメリカ国民は憤っているという。
この先の終結が見えない。しかし今それを考える国民はいない。

開戦から三週間ほどして、ヨ子がそろそろかも知れないと言った。
電車通勤が煩わしく、時々車出勤にしていたが、その日は公私混同を
承知で公用車にヨ子と女中の糸を乗せ聖路加病院で降ろし、出勤。
夕方になり、病院から電話。無事出産との報告。何と男女の双子。
子は生まれ、育つ。どんな何十年が待つか。それを知るのは主のみ。

生まれた子には宜雄と紀子と命名した。家はいよいよ賑やかになる。
勝利に酔いしれる世間。真珠湾での大戦果。奇襲作戦の勝利。


水路部の潮汐表を利用した甲標的は、戦艦一隻を轟沈したという。
努力は報われたが、その五隻は未だ帰還せず。
やがて皇軍が占領した都市の名が続々と報じられる。
マニラ、クアラルンプール、ラバウル、バレンバン・・・
しかし敵もさるものひっかくもの。
四月半ばアメリカ軍の爆撃があった。B-25、通称「ミッチェル」
被害は軽微だったが、近海まで迫られた事で軍の面目は丸つぶれ。

春になっても世間は浮かれていた。ラジオから流れる戯れ歌。
軍艦沈めて なにするのかと ルーズベルトに 尋ねたら 

日本の兵隊さんに沈めてもろて 太平洋を埋め立てするそうな 

ハアー ノンキだね
ヨ子の顔が曇る。

ここだけの話ですが、米軍機の爆撃が嬉しかったと言う。
Mと築地の居酒屋で会った。軍令部の発表が信用できない、とM。
この間の珊瑚海海戦、戦果だけの発表であり、こちらも空母二隻が沈
没・損傷。
海軍内までその空気。一方航空機軽視もひどい。
とんでもない戦艦が昨年暮れに完成。山本さんは「今さら戦艦か」と言っているらしい。

珊瑚海海戦を指揮した井上成美さんが、深追いしなかった事で臆病呼
ばわり。軍も含め半年経っても、真珠湾の空気に酔っている。


軍艦は推進機関に比して舵は小さい。針路は主機でなく舵が決める。
Mの言葉に納得した私。そんな気持ちから戦史を担当している。
この先日本の長い航路を決めるのは熱血ではなく沈着。
井上成美、米内光政、鈴木貫太郎、そして恐らく天皇陛下。こういう人たちが舵として機能すればいいが。
最終的にはどうなる?との問いに消耗戦になったら不利なのは分かっ
ている。しかし・・・と口を噤むM。

六月の末、Mからの誘いでいつもの店に行った。一人静かに飲むM。
「加来が死んだ」一瞬心が凍りついたかと思った。
加来止男。兵学校四十二期の同期で、みな九州出身。
私たちが非戦の話に傾いても、武人だと言って乗って来なかった。
「飛龍」の艦長。真珠湾で大暴れした。
ミッドウェー海戦で空母と共に沈んだ。大敗北。
「加賀」「赤城」「蒼龍」そして「飛龍」四隻の空母を失った。
二人で黙って献杯。運命によって肩をつかまれ揺すぶられる思い。
10
妹トヨ、妻チヨを喪った時とは違う辛さが加来止男の時にあった。
死を選んだ加来。部下たちを追い立て、自分は最後に残った。
彼の能力と体験を日本は失い、彼は後半生を失った。
Mが話す「飛龍」の最期。
こちらはミッドウェー島を占領して敵艦隊を誘い出す作戦だったが、敵は大艦隊を送ってよこした。
勝負は全て裏目に出て「加賀」と「蒼龍」「赤城」が沈められた。
「飛龍」は最後まで残って艦載機を収容。
「そして、結局は沈んだ」
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加来の最期に思いを馳せる。Mの話では、最後は左に傾き艦首側から
沈んだ。
加来艦長は艦橋上階の操舵室にいたのだろう。最後は溺死か。
場所はミッドウェー島の北西二百海里。
問題は、珊瑚海の教訓が全く生かされなかったこと、とM。
井上成美の怯懦を言う前に作戦戦訓研究を行っていれば、急降下爆撃対策も出来、空母の守りである直掩機も残しておけた。
要するに科学的でなかった。
12
初秋を待って私とMは、加来の家へ弔問に行った。


予め訪問は葉書で伝えてあり、夫人の花子さんに招じ入れられた。
花子さんは、お二人の事はJ主人から良く聞いていたと言われる。
二人は非戦派だと聞いて、ひせんの言葉を教えてもらったという。
南方からの手紙に書いた句を見せられる。
つはものの 疲れ犒(ねぎら)ふ 月夜哉
短歌でないところがさっぱりして加来らしい、とM。
短歌を作る私は内心で赤面。
13
戦争はよいことではない。しかし人、国は富や覇権を求め、守るためと言って戦う。
旧約聖書には戦争の話が多い。イスラエルの民は何度も戦争し、破れ
た時は強制移住の身。故郷に戻れたのは六十年後。
軍は盾でもあり矛でもある。主イエス誕生時の「地には平和を」
しかし主がいらしても戦争はなくならなかった。布教のため戦争という矛盾。カトリック-プロテスタント間の戦いもあった。
そして今、日本は戦争のただ中。
日曜礼拝で「何を祈ればいいのでしょう?」と問われて窮する私。
14
兵学校の同期 加来止男を失った四ヶ月後、私は息子を亡くした。
その年の十月十四日、文彦は聖路可病院で息を引きとった。


立教の予科から本科に入ったが、不調を訴え休学しその後入院。
私は戦時中の多忙で付き添いなど無理。ヨ子も四人の子に加えて乳児の双子で身動きが取れず。
そんな中で実の兄の武彦が看病してくれた。東京帝国大学文学部仏文科を卒業のあと、兵役回避で暗号解読の職に就いていた。
病室での様子を職場まで教えに来てくれた事があった。
その数日後病状が急変し、文彦は天に召された。
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文彦は福岡で生まれ、すぐに母トヨをなくし乳母に育てられた。

その時、兄武彦は七歳。
父末次郎の転勤で上京し、しばらくは我が家で同居。
二人のどちらかを養子に、の申し出に末次郎は文彦を託した。
武彦はその後、日本少年寮に預けられて育った。
時々会う兄として理解するも、なぜかとは問わない文彦。
文彦が七歳になる頃、母のチヨが出産の時に命を落とした。
私たちはみな打ちのめされた。
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文彦に書き初めの指導をしたチヨ。選んだ言葉は「チヨノハル」
その十三日後にチヨは亡くなった。
文彦を失って、実の父 末次郎の落胆を案じた。文彦は血の繋がった、
ただ一人の息子。
父の知れぬ子を宿したのを承知で娶り、生まれた武彦を我が子として
育てた。その後授かった文彦と入れ替わりに亡くなったトヨ。
その息子が十七歳で失われた。
主への思いを失っていた末次郎は、奪われたと思っただろうか。
後に武彦が詩集巻頭に掲げた句
ふるさとへ帰りし人や冬の蝶
には「若く死んだ人たちに」との言葉が添えられている。
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信徒として、戦争に際していかなる姿勢を取るべきか。
戦争への準備をした上て、開戦に至らないよう努める。
だが軍には刀を抜きたくてうずうずする輩がいる。
そして刀は抜かれた。この先どうすべきか?
非戦論者としての内村鑑三さん。開戦となったら徴兵忌避はいけない
と言った。それは同じ立場になる誰かを作らないため。


だから私は軍人として目前の業務に励む。自分の海図がアメリカの兵
を殺すのは信仰の外の問題。
そうだろうか? 信仰にとって信仰の外にある問題などない。
内村さんは国家を論じず、個人の魂と神との仲に終始する。
新渡戸稲造さんは半端に国家に関わって指弾された。
それもまた信徒として勇敢だと思われるが。
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出港した船は、必ずどこかの港に着かなければならない。そのための
海図であり、我が水路部の主務。
自船の位置把握を簡便にするのが天測暦。
船と同様飛行機も離陸したらどこかに着陸しなければならない。帰投
出来ない時の深刻さは深く、決して迷子になってはいけない。
飛行機の場合でも天測による位置把握が基本になるが、水平線が見えなくても運用出来る気泡六分儀が使われる。
また迅速さが求められるため、航法計算盤の精度向上が一時期私の仕事だった。
偵察機における索敵と帰投。六分儀と計算尺に生命が懸かっている。
19
海軍軍人である私。今でこそ水路部勤務だが、幾多の艦に乗艦した。
「阿蘇」「敷島」「安芸」「浅間」「山城」「沢風」「霧島」
そして「春日」でローソップ島、「呂号五十七」で重力測定。
だから艦のことは肌で分かるが、飛行機はわからない。
圧倒的に速く、更に攻撃力がある。魚雷や爆弾を搭載した攻撃機の威
力は真珠湾やミッドウェーで見たとおり。
飛行機は短期に多くを生産して戦場に供する。国力の差が出る。
すべてわかっていたはずなのだ。
20
艦の速度について面白い話を聞いたことがある。
装甲巡洋艦「浅間」。日露戦争にも参加し、艦隊指令官が鈴木貫太郎
さんだった事もある。
1923(大正十二)年の関東大震災の折り、食料や医薬品を満載して僚
艦と共に「浅間」が佐世保から東京に向かった。
それを高知付近で追い抜いて行ったのが連合艦隊旗艦の「長門」
本来性能秘匿のため、軍艦は通常最大速度を出さない。嫌味を込めて「浅間」艦長が「貴艦速度は何ノットナリヤ?」と電信。
その後「長門」は英国海軍の巡洋艦「ディスパッチ」を認めて速度を落とした。
英艦から司令官を問う電信があり「提督竹下勇」と返信する時竹下さ
んがKCBと付けろと言った。英国の勲章をもらった事がある。
「ディスパッチ」は十七発の礼砲を撃ち、「長門」も返礼の上「お先にどうぞ」とフランス語で伝えた。
21
1942(昭和十七)年の秋、私はいつもの居酒屋でMと会っていた。
この夏、ソロモン群島の海戦には勝った様だ。ミッドウェーの雪辱。
オーストラリア北東にあるガダルカナルに滑走路を作った。
ここを押さえられて豪州との航行を妨げられるのを嫌い、アメリカも
船団と上陸部隊を送った。それがソロモン海戦の始まり。
日本の航空機攻撃は失敗。その後重巡五隻による第八艦隊が突入。
相手は海兵隊。上陸作戦はこの連中が行う。
22
ガ島とサボ島の狭い水路で敵艦隊と遭遇。夜戦は海軍の得意。
前方はみな敵。探照灯や吊光弾(パラシュート付き照明弾)で狙う。


雷撃と砲撃で次々に敵艦を沈めた。艦対艦の戦いは古典的。大勝利。
だが敵輸送船団に対する再攻撃はしなかった。敵空母を恐れた。こち
らは直掩の飛行機がない。
「ミッドウェーで負けたから」
「だから怯えた。勝っても及び腰。海戦はポーカー。同じ局面を見る
囲碁・将棋とは違う。相手の手持ち札は分からず疑心暗鬼になる。
23
海戦はポーカーだというM。ソロモン海夜戦で勝利した第八艦隊は帰
路に就いた。自軍空域のため、対潜水艦の之字運動を解き直進した。
そこへいきなり魚雷が襲来して「加古」に命中した。
三発を受け、五分で沈んだ。気の緩みではあったが、それでも速い退
避で六百五十名が助かり犠牲は六十八名。ほぼ九割が助かった。
人は数で把握される。六十八名それぞれに親・妻子ある者もいた。
24
Mとの話は続く。八月八日の夜戦には勝ったが、アメリカは日本の飛
行場を手に入れた。そこでガ島を奪回する作戦が立てられ、十八日先
遣隊が揚陸したが返り討ちに遭った。
支援体制はあったものの敵兵力を過少に見ため歯が立たず潰滅。
八百名を失った。その後は補給船団も送れず。
山本五十六さんの言葉。博打は冷静な判断と運。そして豊富な資金。
このゲームで手の中に札を持っているのは・・神なのか?
25
その頃から、明け方良く夢を見るようになった。悪夢。
夢の中で私は盟友加来止男になり沈み行く「飛龍」の操舵室にいる。
この艦長だった九ヶ月間、艦を愛し必要以上に巡視をした。
真珠湾攻撃以来、太平洋近辺で戦果を挙げ続けた。
しかし今このミッドウェー沖で沈もうとしている。乗員は僚艦に移し、味方の魚雷で沈める事にした。
私は水が来るのを待っている。それを吸えば水は肺に満ち、私は意識
を失い暗黒に落ちる。
26
かつて聖書は聖職者だけのものであり、人々は空で覚えたラテン語を
唱えた。
それを変えたのがマルチン・ルター。

ドイツ語に訳し、その後グーテン・ベルクの印刷術で聖書が広まった。


私はこのところ、新約聖書の「ヨハネの黙示録」をしばしば開く。
これは恐ろしい。未来を語る「予言」の書。「預言」の書ではない。
未来に待つ終末。世界を作り直すための破壊。その具体的様相が執拗に語られる。
世界の終わりには封印が用意してある。ある日神が仔羊を遣わし、そ
の封印を解く。
27
夜毎読み進む予言の書「黙示録」
神は七つの角と七つの目のある仔羊を遣わし終末の封印を解かせる

。封印を解くごとに様々な色の馬が現れる。
第一の白い馬は勝利を支援。第二の赤い馬は平和を奪う。第三の黒い馬は飢餓の予兆。第四の封印は青ざめた馬を解き放ち、乗る者に死を負わせ、人を殺すことを許す。
七つの封印が解かれ、世界は厄災に落ちる。
次にラッパを持った七人の天使が登場。それぞれがラッパを吹くごと
に海、大地、日の光などに異変が起きる。
そして鷲が飛来して禍害(わざはひ)を告げる。
これは今のことなのか、私たちを待つものなのかと戦(おのの)く。
28
いよいよ恐ろしくなる黙示録。
第五の天使がラッパを吹く。底なき穴を、与えられた鍵で開いた時、蠍の力を持つ蝗が出でて、額に神の印なき者のみ害(そこな)ふ。

殺すことはなく五ヶ月の苦痛を与える。その蝗は馬の如くで人の顔、頭髪あり獅子の歯、鉄のような胸当を持つ。

この蝗の王がギリシャ語でアポルオン。
千九百年前に書かれたこの厄災・惨状は何を意味するのか?
1923年の関東大震災では、身内は無事だったが悲惨な光景を見た。
1918年のスペイン風邪でも、何十万人も死んだ。
地震と火山の関係は科学が明かすだろうと私は信じるが、疫病は神の
手配かも知れない。
その時私は、家族は「額に印なき人」であるのかどうか。
29
ヨハネが語る未来は人の悪行と受難に満ちている。警告を発しても、一人子イエスが召されても人は悔い改めない。
警告とは多種多様な厄災の連続。戦争にも似ている。天使の裁きに抗
し獣が海・陸から出て来る。
どこか紙芝居にも似た「黙示録」 恐ろしい絵が開示される割りに物語全体が見えにくい。記述される龍が、悪魔でありサタン。
怒った神が七人の天使に命じ、憤怒の七つの鉢から中味を注がせた。
それで海の生物はことごとく死んだ。
黙示録から逃れるため、演劇好きだった文彦の言葉を思い出し沙翁(
シェークスピア)「マクベス」中の真っ赤な海という言葉を探した。
王を殺したマクベスの独白。血に汚れた手は大海神(ネプチューン)
の水でも清められない---いやいや、あの限りのない蒼い波が、却
って真っ赤になっちまふだらう。
30
坪内逍遥訳の「マクベス」は文彦の本棚にあった。随所に書き込み。
王を殺して王になろうとした男と、それをそそのかした妻の悲劇。
聖書と違い俗界の話。誰にも救いは訪れず。
日曜学校で鋭い質問を受けた。何でもできる神が、なぜ悪魔をほろぼ
さないのか?
それは私たちが人間だから。神自身と獣の間にある。
神様が天と地を作った六日間の最後で作られた人間。

この世界をちゃんと動かして行く使命。そのために自分で考える。

それに付け入るのが悪魔。神と主イエスはそれを見守る。
ではなぜ今戦争なのか。なぜ「黙示録」の光景が近づくのか。
加来止男が最後に見た海は、真っ赤だったのではないか。