こんにちは。
長く厳しい寒気が落ち着き、今日からようやく春らしい気温となってきましたね。
まぁ、それでも私は夏の猛暑より冬の寒波のほうが好きなんですけどね![]()
もう過去のブログでもさんざん書きましたが、私は夏が大の苦手なので、こうして冬の終わりが近づいていると思うとなんとも複雑な気持ちにさせられます![]()
では本題に入ります。
日本ではもうだいぶ前から少子化が騒がれており、約二年前の「少子化により、母校の全校児童数が4分の1になっていました。」という私の記事では、母校(小学校)の全校児童数が135人にまで減っていると書きました。
そして、数日前にふと気になって再び母校の全校児童数を調べてみましたところ、目ん玉が飛び出るぐらいの衝撃が走りました。
なんと……
2026年現在、母校の全校児童数は60人まで減っておりました……![]()
ろ、ろろ、ろくじゅうにん!?!?!?!?!?!?
へ?
え、えええええ!?
う、嘘やろ!?![]()
たった二年で、135人から半分以下の60人になったんか??????
いやマジで、これは目ん玉飛び出るぐらいの衝撃ですわ……orz
学校の特定を避けるために各学年の正確な人数の記載は伏せますが、男女合わせて一桁しかいない学年もありました。
私は現在三十代後半なので、小学校を卒業したのは約25年前となります。
昔とはいえば昔ですが、決して大昔とはいえない年数といえます。
私が卒業した時点で、母校の全校児童数は500人ちょっとでした。
私の最終学年時は2クラスあり、各クラスの人数は40人ほど。
つまり、6年生だけでも合わせて80人ほどおりました。
わずか25年間ほどで、500人ちょっとから60人まで子供の数が減るのか…
っていうか、そもそも二年前は135人だったのに、たった二年で60人になるってのがもう凄まじい衝撃ですよね![]()
実家の母いわく、「小学校統合の話もあがってきてて、それに伴って〇〇小学校(私の母校)が廃校になるという噂もある」とのことでした。
廃校……まぁ、まだ決定したわけではありませんが……
まぁ、そりゃ全校児童数が60人じゃあ、校舎を維持する費用などを考えても他の小学校と一緒にしちゃったほうが効率良いですよね。
私の母校は、開校から130年以上もの歴史を築いています。
もう戦前という次元ですらない、第一次世界大戦の前から存在する小学校なんです。
ただ、さすがに校舎は何度も建て替えられており、開校当初と現在とでは全く異なる校舎になっております(当たり前ですよね)。
でも学校が建っている場所は当時のままです。移転は一切しておりません。
そんな長い歴史と、数えきれないほどの卒業生達の思い出が眠る小学校ですから、できることならこの先もずっと残し続けて欲しいですよね。
話は少し反れますが、子供が少なくなった影響は、学校周辺の活気・賑わいにも影を落としています。
ザックリ言いますと、お店がほぼ壊滅状態。
その代表格となるのが、駄菓子屋と文房具屋です。
まず、母校からわずか数十メートルという距離にあった駄菓子屋はもうだいぶ昔に閉店。
その駄菓子屋からさらに30メートルほど離れた場所にあった文房具屋は、今から十数年ほど前まで頑張って営業していましたが閉店。
その近くにあった八百屋と、個人経営のコンビニもだいぶ昔に閉店。
そして、地元名物ともいえるたい焼き屋もその近辺にあったのですが、そのお店は移転して別の場所にて営業を続けています。いわゆる集客が見込めないということで、地元の観光地に近い場所に店を移したわけです。
まぁ、そんなこんなで現在の母校周辺は、さながらゴーストタウンのような様相を呈しています。
寂しいですけど、これも時代の流れなのかな。
児童数激減により、学童も消滅しました。
せっかくなので、ここからは学童に関して少し書いていきたいと思います。
学童とは学童保育の略称であり、保護者が仕事等の都合によって夕方まで帰宅できない場合、保護者が帰宅できる時間帯まで、児童を預かっておく場所のことです。
保護者は仕事が終わったあとに、その学童へ子供を迎えに行き、そのまま一緒に自宅へと帰っていきます。
私もその学童におりました。両親が共働きでしたし、兄弟はいましたが歳が離れていたため、私以外の家族は夕方まで帰ってこなかったんです。
私がいた学童では「預かるのは二年生まで」という決まりがあり、三年生になった場合は、ひとりで留守番ができる年齢であると判断されるため、原則として学童利用は認められておりませんでした。
利用料金は、おそらく月に三千円ほどだったと思われます。
私がいた学童では、三十代の女性二人が児童達の面倒を見ていました。
児童達は普通に「先生」と呼んでいましたが、実際にその二人が教員免許を持っていたかはわかりません。ただ、仮にも他人の子供の面倒を見るわけですから、おそらくは元教師か元保育士あたりだったと思うんですよね。実際、児童達への扱いは手馴れていましたから、どうみてもスーパーで働いているような普通の主婦とは違う雰囲気ではありましたね。
当時、学童に在籍している子達は15人ほどで、女子のほうが少し多かったです。
「児童を預かる」とはいっても毎日必ずオヤツも出るし、夏休みや冬休みなどの長期休みの際は、朝から晩まで丸一日児童を預かてくれます(お昼はお弁当持参)。
この学童で出されるオヤツですが、これは日本各地の学童によってさまざまです。
担当の先生達が手作りしている場所もあるそうですが、私のところでは、鍵付きロッカーの中にさまざまな種類の駄菓子が入っており、オヤツの時間になると児童達がその中から、60円分のお菓子を選んで持っていきます。
この「60円分の駄菓子を自分で選ぶ」というシステム、私は大好きでしたし、考案した人はとても頭が良いと思ってます。
ラインナップとなるお菓子は、全部で10種類ほど。
スナック菓子、ガム、ゼリー、チョコ、飴、ラムネなどさまざまです。
当然ですが、60円分という枠内では全種類を選ぶことは絶対にできません。
つまり、児童達は駄菓子屋で買い物をする要領でお菓子を選択していくわけですね。
「うまい棒は10円」「もろこし輪太郎は20円」「コーンポタージュスナックは30円」といった感じに、子供達が計算をしながらお菓子を選んでいきます。
さらに、計算がまだ苦手な一年生には二年生の児童が付き添ってお菓子選びを助けてあげるという光景もあり、まさに教育という面でも非常に効果のあるシステムでした。
まぁ、一年生に付き添ってあげてるのはほとんどが女子児童だったんですけどね![]()
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私を含めた男子児童は、ソッコーで我さきにお菓子を選び、あとはテーブルに座って好き勝手に談笑していました(当時の女子の皆さん、本当にごめんなさい!)。
なお、お菓子は全員が選び終わったあとで一斉に「いただきます」をして食べる決まりになっており、フライングで食べるのは重大なルール違反としてお説教の対象になっておりました。完食する必要はなく、持って帰ってもOKでしたが、ほとんど全員が完食していましたね。
ちなみに選ぶ駄菓子には個数制限があり、基本的には各1個ずつまででした。
うまい棒やラムネ菓子などは2個まででしたが、人気商品であるガムやゼリー、ねり飴などは1個まででした。
まぁ、これは仕方ないです。
個数制限をかけないと、「ねり飴3個」とか「ゼリー6個」「ガム6個」とか選んじゃう子がいて、在庫が一気に枯渇してしまいますからね。
実際、「ねり飴」と「ゼリー」の人気度は凄まじく、ほとんどすべての児童がこの二つを選ぶほどでした。
不人気菓子というのはあまりなかったですね。
不人気と判断されたお菓子はすぐにラインナップから消えていくので(笑)
一例をあげますと、小魚スナックという商品がありました。
これが不人気も不人気で、なんと選ぶ児童が1人もいないという緊急事態に陥りました。
そりゃそうだよ。60円分という限られた枠があり、他に美味しい駄菓子が沢山あるのにわざわざ小魚スナックを選ぶなんて子はいませんでした。値段は10円だったんですけどね。
なんとか在庫を消費させるために、先生が小魚スナックの魅力を児童全員に力説し、一部の児童がしぶしぶそれを選んで在庫を消費させたというわけです。無論、小魚スナックが再び入荷されることはありませんでした。なお、私は最後まで選びませんでした。正直、タダでもいらなかった。
夏休み中には、かき氷が「特別おやつ」として支給されました。
これは学童手作りではなく、近場のかき氷屋さんで買ってきたものが児童に振る舞われました。シロップはイチゴとレモンの二種類が選べ、私はレモンを選びました。一部の男子はコーラやメロンのシロップが欲しいと文句を垂れていましたが、注文数を増やしすぎると買い物が面倒になるので二種類に絞っていたのでしょう。
なお、このかき氷は、「60円分の通常おやつ」とは別扱いになります。
冬休み中には、ブタ麺が支給されました。
現在でも有名な、あの赤いパッケージの三二カップ麺のことですね。お湯は学童側で用意。
もちろん、このブタ麺も「60円分の通常おやつ」とは別扱い。
その他にも陶芸体験や、夏休みの遠足(冬休みは寒いので無し)などもあり、学童といっても沢山の思い出がありました。
……と、学童の話はこれくらいですかね(^-^;)
あまり記事が長くなりすぎても大変なので、このあたりで終わりにします。
その学童があった建物は、その後に選挙関連の事務所になったりしましたが、現在は廃屋となっています。
この廃屋、前を通りかかった時などに見るのがとても辛いんですよね![]()
廃屋にするぐらいなら取り壊して欲しいのですが、建物ひとつ取り壊すのにもお金がかかりますからね。仕方ないです。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!
では、また!












