46歳の夫は悪性脳腫瘍(膠芽腫)で手術をしてから現在、約1年4ヶ月目。手術の後遺症で認知症を発症して寝たきりです。

 

かたつむりここまでの経緯

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闘病1年4ヶ月目 

 

夫の癌が再発していると知ってから、

 

とうとうカウントダウンが始まったのか、と

 

気持ちをどう保っていけば良いかわからなくて、

 

しばらく落ちていたが、だいぶ持ち直してきた。

 

 

 

夫はもう抗がん剤治療を行わない。

 

今後在宅介護を続けるのか、どこか施設にお願いするのか、

 

夫のご両親と話し合った。

 

私たちは、引き続き夫と、自宅で変わらずいつも通りの生活、

 

いつも通りの私たちで最後まで過ごすと決めた

 

 

 

身近な人が余命がそう長くないと告げられた時、

 

そばで支えている人は、「残りの期間どうすればいい、何ができる?」

 

焦ったり気持ちが辛くなったりする。

 

私は(ブログで何度も書いたかもしれないけど)

 

私ができることは、夫を含めてみんなが

 

「不幸じゃなかった」と言える期間にすること、

 

だと思っている。

 

夫が人生を終えた時、

 

夫は普通の人よりも少し短い人生だったけど「不幸じゃなかった」

 

私は夫の介護で毎日大変だったけど「不幸じゃなかった」

 

子どもたちはお父さんとの時間が短くなってしまったけど「不幸じゃなかった」

 

夫のご両親は、自分達より先に息子を見送ることになったけど「不幸じゃなかった」

 

こんな風に最後にみんなが言える期間にすること

 

が私にできることなんじゃないか。

 

 

この想いを1つの基準にして、いろんなことを判断していけば、

 

あとあと後悔が少ないのでは、と勝手に思っている。

 

私は「不幸じゃなかった」と最後に言えるように、毎日の介護は無理しすぎず、できる範囲で行う。

 

自分のしたいことも我慢しないし、夫と一緒にやりたいことをしながら過ごそうニコニコ

 

 

どれだけの時間が夫に残っているかはわからないけど、

 

夫に話しかけても、半分以上は反応すらしてくれないけど、

 

奥さんと認識してくれている時間も少ないけど、

 

最後の日まで、

 

穏やかな、穏やかな時間が過ごせますように照れ

 

 

 

 

 

 

UMAくん 夫の異世界語録 UMAくん

 

「たいふうに、ひをつけるのをわすれてた」

真顔(台風に火、、、すごい災害になっちゃいそうガーン

 

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重度認知症の夫が発する言葉は、いつも謎解き。それを私は「夫の異世界語」と心の中で呼んで、和ませてもらっていますチュー夫の一言一言が愛おしく大切です。

いつか夫がいなくなって、涙が止まらなくなった時、これを見て笑顔になるきっかけにしようと思っています。

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