書くこと。
Thinker&Writer になってからの私の中の新テーマ、「書くこと」。
書くっていうのはどういうことだろう。
もちろんたくさんの用途はあるけれど。
たいていそれは、事実や感情などの情報を「残す」ということ。
最近強く感じるのは、「進む」ためには「残す」ことをしなきゃいけない。
残すことで、安心して次を考えられるというのは、人がメモ書きすることからも分かる。
すべてを考え続けたまま、抱え続けたまま、人は歩き続けられない。
進み続ける人は、必ず「書く」、つまりは「残す」ことをしている。
と、思う。 (私の中のケースが少なすぎて断定はできないけれど)
少しニュアンスが変わる上に私事だけど、過去の、ずっと見て見ぬふりをしていたある出来事を、
最近毎日ノートに書きだしている。
ちょっと辛いけど、長年抱えていたもやもやを吐き出している感覚。
そして最近、僅かではあるけど、スッキリした感覚を覚えている自分に気がついた。
書いて、残して、私は次へ進む。
「書くこと」のみに限らず、いろいろのことに対する思惟が私にはまだ足りていない。
そのためにも、このブログは使えると思う。
考えて、書いて、後から見返したら間違ったことを書いているのかもしれないけれど
書き残したからこそ、次の思惟へ移れる。 思考が進化していく可能性がある。
進みたかったら、歩み続けたかったら、書け、残せ、私。
その内容が、たくさんの人のそれと絡み合って、影響しあうのも素敵だなぁ。
今のThinker&Writer は、そう考えています。
「ありがとう」 について考える。
あれは確か小学生の時でした。
テレビの何かの番組で、モンゴル民族の文化について特集しているものを観ていました。
それで紹介されていた内容の1つである、
「モンゴルの人たちは “ありがとう” という言葉をあまり使わない」という文化に
ひどく驚き、衝撃を受けたことを今でも覚えています。
「え! 御礼言わないの!?」 って。笑
当時小学生だった私は、人に何かしてもらったらすぐにお礼を言うのが
常識であると信じ込んでいたし、正しいことだと思っていたし、
親からも、学校からも、そのような教育を受けて育っていたことと思います。
モンゴルの人たちにとって、「ありがとう」という言葉はどこか他人行儀でよそよそしく、
距離を感じてしまうのだといいます。
というのは、人から受けた恩というものはその場で御礼を言って清算してしまうものではなく、
むしろ言葉にせず深く心に留めておき、あとで必ず何かの形で返してしかるべきものと考える文化があるそう。
そういう文化があることを初めて知って、子どもながらに、強く感動しました。
あの番組ではモンゴルの文化がピックアップされていましたが、中国やベトナムなど、
やたら「ありがとう」を使うことを避ける文化は、世界各国にある文化なのだと成長してから知りました。
アメリカや日本などでは逆に、「ありがとう」を言うのが大好きな国として知られていると思います。
いつも私を支えてくれている人や力になってくれる人、私を取り巻く今の環境に
感謝する機会が最近増えてきて、あらためて感謝・「ありがとう」について考えています。
日本の文化の中で育ってきた私自身、「ありがとう」という言葉はとても好きです。
つい必要以上に言ってしまう癖もあります。汗
でも、感謝の言葉をあえて乱用しないことで、心に感謝の気持ちがより深く刻まれることもあるんだという感覚が、
歳を重ねるにつれ、だんだん分かってた気がします。
本当に感謝しているのなら、御礼を言うばかりでなく、恩返しをしなくちゃね。
表現の方法。 ~国際平和映像祭とデザインフェスタから感じたこと
11月6日、土曜日。
お台場ビッグサイトで行われている「Design Festa Vol.32」に、
LIVEonWIREメンバーのタケオさん、としさんと一緒に行ってきました。
( http://www.designfesta.com/index.html :デザインフェスタ公式ホームページ)
世界中から8,500人以上が出展している大きなアートイベントです。
LIVEonWIREマスコットキャラクターであるレディオ君の産みの親、
イラストレーターのあおいさんも作品を展示していたので、ブースに遊びに行きました♪
レディオ君グッズが数多く並んでいて、感激!
いつも有り難うございます。
しかし凄いイベントで、その空気には終始圧倒されっぱなしでした。
巨大、かつハイクオリティな文化祭 って感じ。
会場はすごく広くて歩いて回るのが大変でしたが、
たくさんのアーティスト達がそれぞれ存分に発揮している独自の世界観に
次々と触れていくことはすごく刺激的で、とても濃厚な空間になっていました。
“写真” 、 “雑貨” 、 “ファッション” など、会場内のブースはカテゴライズされていました。
その中で私は “イラスト” のコーナーを中心に見て回ったのですが、
自分が最近気になっているワードをタイトルにして描かれた絵を見つけると、
「へぇ、この人にはこう見えるんだ」 と、
私の中に今まで無かった新しい視点を発掘しているようで、
非常に楽しい時間を過ごせました。
絵を描く人もいれば、歌を歌う人もいる。
ダンスを踊る人もいれば、写真を撮る人もいる。
表現するための方法、それ自体は、別に何でも良いんじゃないかなぁ、と、近ごろ強く思います。
方法それぞれの特長や性質を見つめた上で、自分に合ったやり方で、表現したいことを表現する。
すべてに精通することは難しいことだろうけど、方法それ自体にばかりこだわっていると、
いつか限界というか、表したい事がなかなか表れないという壁にぶつかることもあるんじゃないかなと感じました。
(そういう私は絵も歌もできないけれど・・・汗)
実はこのことは先日も感じたばかり。
3日前の11月3日、 文化の日。
東京都広尾のJICA地球広場にて、
「UFPFF 国際平和映像祭」が行われました。 ( http://www.ufpff.com/
: UFPFF公式ホームページ )
3本のドキュメンタリー映画上映と、
シンガーソングライター東真紀さんによるライブ&トーク、
studioAFTERMODE所属フォトジャーナリスト安田菜津紀さんの写真展示などにより
構成されたイベントで、会場は多くの人で賑わっていました。
(3本のドキュメンタリー映画上映)
それぞれの方法で、それぞれが伝えたいことを表している。
それでいて、その志は皆、同じものであると感じました。
ある人は映像で、ある人は歌で、
またある人は写真で、そして言葉で。
イベント名こそ “映像祭” だったけれど、
このイベントは単に、そして真に、「“平和” のためのイベント」 なのだと深く感じました。
そして、伝えるための方法は既存のものだけとも限らない。
自分だけの新たな方法を模索してみるのも、面白いことなのかもしれません。
私も、私の表現を、これから。
秋を捜しに行く。
今日はひょんなことで用事がなくなり、次の予定まで、時間に余裕ができました。
なので、季節を感じようと一人でゆっくりお散歩。
秋だなって感じた瞬間に、シャッターを切ることにしました。
ケータイで!笑。
(秋1。モノクロで撮ったわけではありません、写メクオリティです。涙。
もうほぼ枯れている葉から、たくさんの細かい空が覗きます)

(秋3。色鮮やかな花と、その影に実る青い実。たぶんハーブの一種)
私は秋が好きです。
毎年5月、7月、そして1月に胸が苦しくなる私にとって
唯一心の休息をもたらしてくれる季節です。
それでいて、頭の中で、何度も何度も、過去を再生する季節でもあります。

(秋4。色によって花言葉の違うマリーゴールド。黄色は、「健康」)
今日はいつもより景色が寒い感じがした)
(秋6。とりあえず高いから撮った。笑)
今年は特に秋が短いと聞いて、淋しさを覚えています。
将来的には “秋” という時期がなくなるだろう、とも聞きます。(同様に春も)
いくら先の話だとしても、そんなの絶対にいやだなぁ。
でも、そのことを本気で懸念する声が、周りからは聞こえてこない。
私にはそれがとても不思議で、意外で、違和感です。
人身事故で電車が遅延した際、周りから聞こえてくる声を耳にした時のような違和感。
(これについてはあらためて書きたいと思います)
(秋9。忘れ去られたように1本だけ残る、向日葵の姿)
いつか、写真のアンソロジーをやることが小さな夢です。(いきなり。笑
まだ細かな構想は練れていないけれど。
テーマは日本の四季。
“春っぽい写真”、“夏っぽい写真”、“秋っぽい写真”、“冬っぽい写真” を
たーーーくさん集めて、
1枚1枚は大きくプリントしないけれど、それぞれの季節ごとにまとめて集めて、
「あぁ、秋だなぁ」 って、例えば秋の写真のまとまりを見た人が感じられるように、
切り取られた日本の四季を、編集するの。
それを大きな4つのまとまりにするか、
写真を時系列順に並べてゆるやかに季節を変化させていくかは、
まだ考え中。
日本の文化に密接な “四季” に対する愛着心だとか、
四季の美しさとそれがもたらす日本人としての心境だとかを再現できるようなもの、
「やっぱり四季はいいなぁ」 って、見た人に思ってもらえるようなものを、綴りたい。
環境愛護精神の啓発、とまではいかなくても、少なくとも、
「これからもずっと、四季を感じながら生きていきたいな」 って、思えるような。
ま、いつか、ね。
随想でした。
自分も世界の一部。 ~ドキュメンタリー映画『ぼくたちは見た~ガザの子どもたち(仮題)』を観て
Oct.25th, 2010 日記より
* * *
10月25日(月)、アジアプレス・インターナショナル 古居みずえ氏のドキュメンタリー映画
『ぼくたちは見た~ガザの子どもたち(仮題)』の試写会が早稲田大学にて行われた。
講壇にはアジアプレス・インターナショナル代表兼同映画プロデューサーの野中彰弘氏、
同じくプロデューサーの竹藤佳世氏、そして監督の古居みずえ氏の豪華な3名。
上映の後は、講壇の3名と来場者を含めた全員で熱いディスカッション・質問会が行われた。
「ガザの子どもたちは皆怒っている。その当たり前のことに、なぜ、今まで真の意味で気付けなかったのだろう。」
映画を観た私が初めに、そして強く思ったことだった。
子どもたちはイスラエルに対して、同時に世界に対して怒っているようだった。
子どもたちが唄っていた歌の詞が、頭から離れない。
「どんな悲しみもいつか終わる。私はパレスチナの子。世界は私たちのことを忘れてしまった」
ドキュメンタリー映画をあまり観たことのなかった私が、
この試写会の場で素直に感じたこと、考えたことを、ありのままに綴りたいと思います。
*
2008年12月、パレスチナはイスラエル軍による攻撃を受けた。
それは3週間にも渡るもので、6万世帯以上の家屋が破壊された。
映画より、ガザの男性 「(この間まで)30軒あった家が4軒になった。どこに住めばいいっていうんだ」
イスラエル軍は武力による攻撃だけではなく、精神的な嫌がらせを彼らに与え続ける。
家の中のものをすべて窓から放り投げて住めなくしたり、
作物を根こそぎ奪ってしまったり、
モスクを壊したり、
通常では考えられないようなやり方で、聖典を侮辱したり――。
正直、私は今までそのような事実を知らなかった。
いや、 “知ろうとしていなかった” が正しい。
大変なことが起きていると知ってはいても、心のどこかでそれは、遠い国での出来事だった。
野中さんはこう仰った。
「これはパレスチナで起きた出来事だけど、“パレスチナの問題” ではなく、“我々の問題”」
「パレスチナで起こっている問題ではあるがそれ自体はパレスチナ人が生み出したものではない」
「この状況を黙認している私たちが、世界を荒廃させている」
本当にその通りだと思った。
*
一方で、もうひとつ心に強く残ったのは、当のパレスチナの子どもたちの強さであった。
両親や兄弟を殺害された子どもたちがたくさん居て、まるでそれが当たり前のことかのようにも錯覚してしまう。
そんなこと、本来あってはならないことなのに。
親は殺され、家は破壊され、自分らの神は侮辱され。
そんな、想像を絶するような心の傷に、いったい誰が耐えられるというのか。
それでもパレスチナの子はこう語るのである。
「私たちはイスラエル軍に、信仰や教育で抵抗することができる。
深い信仰、それは武器よりも強い」
イスラエル軍がパレスチナの人に嫌がらせをするのは、自尊心の欠如からくる、ある種の怯えに因るものだという。
だからこそ敵(パレスチナ)の神を冒す。
そして、「イスラエルは悪いやつらなのだ」と彼らに叫ばせること、
それこそがイスラエルの本当にやりたいことの一つだと、古居さんは仰った。
私なら、信じ続けられるだろうか。
私なら、祈り続けられるだろうか。
*
「この中のどれかが父さんに当たったやつかもしれない」と、
イスラエル軍が彼の家に残していった薬きょうを拾い集める子。
家族が射殺された時に付いた血の跡が残る、赤い小石を拾い集める子。
「彼らと同じことをすれば忘れないで済む」と、
イスラエル軍を真似て絵の具で顔を黒く塗る子。
彼らを見ていると、私が先日飯田進さんに教えて戴いてやっと気付けた、
“過去を見つめる勇気”(http://ameblo.jp/y-thinkwrite/entry-10689214278.html )というものを
彼らは当然のように身につけていて、思い出すことは辛くとも、きっとそれが大事なことなのだと
直観していることに気付く。
純粋に、日本人として彼らに敬意を表すべきところだと思った。
と、 こうして私が、強い彼らをいくら敬ったところで、彼らにとっては何の解決にもならない。
“自分がいかに無力であるか”。
おそらく、それを思い知るのがただ怖くて、真摯に世界を見つめることが今までできなかった。
そして、そういう人はきっと少なくないと今わかる。
そんな、私のような人間にこそ、この映画を観てほしい。
私は個人的に強くそう思う。
竹藤さんはこう語った。
「パレスチナの怒りを皆に見てほしいし、聴いてほしいし、知ってほしい。
でも、このような映画を大々的に広告するのは難しいこと。
だからこそ、この場を今日設けた。
見た人が語り継いでいくことでしか伝えられない」
そしてそれを “手から手” と喩えた。
世界には、手から手へと渡していくことでしか、伝えられない事実がある。
私もその手の一つになりたくて、今、この拙い文章を一生懸命書いている。
*
会場の学生から、「自分も世界の一部だ」という意見が飛んだ。
“遠い場所で起こっている問題” 、 “自分とは直接関係の無い問題”。
パレスチナのことを含めたすべての問題は、決してそうではない。
この世界のことは、すべて自分たちのことだ。
微力な粒にしかなれないことは分かっている。
それでも私は、世界の一部になることを堅く心に決めた。
願わくば、これを読んで下さったあなたも、同じ世界の一部であることを。
* * *
劇場公開は来春、渋谷のユーロスペースにて。








