2010の終わり、1時間の夜ラン。
「今年中に、初体験を5つやろう!」 というのを、先週に友人Мと約束しました。
Мとはかれこれ7年間の付き合いで、クラスも学科もずっと一緒の腐れ縁です。
つまり、負けられません。笑
初体験って、自分で探してやろうとするとなかなか見つからないものです。
とりあえず横浜で、「ビニール袋1杯分のゴミ拾いをしてみる」ことをしてみました。
ほとんど空き缶ばかり拾ったのですが、1袋が本当あっという間に終了しました。
いかにポイ捨てゴミが多いか、再認識させられましたね。
さっそく初体験1つ終わったことをМに報告しようとしたら、先にМからレポートが届いていました。
Мは何やったのかな~と思いながらメールを開いてみると……
「定価12,600円のケーキを買って食べてみた」そうです。
人生の中で一番高価で美味しいケーキだったそうです。
えーと…… 羨ましすぎます。笑
*
で、2個目の初体験、昨日終わらせました!
「夜、22時~23時の1時間、目黒川沿いをノンストップでランニング」です!(ずるいとは言わせない)
小学校のときから私のことを知っている友人は、私のこの勇猛果敢なチャレンジに少し驚くかもしれません。笑
小1と小4のときに在学した小学校の持久走大会で、栄光のビリっけつになったこともあるくらい、自慢じゃないけど運動できません。爆
22時、意を決して走り出しました。
これは…… 想像以上にきつかった。
始めは余裕なフリをする余裕はあったのですが、時間が経つにつれ、見るからに今にも倒れそうにフラフラ走る女子大生になりました。
実際、2回ほど本気で転びそうになりました。(でもこういうときの着地は上手!)
頭がガンガン痛くなり、息も絶え絶え、意識は今にも飛びそうです。
ここで止まったらどれだけ楽になるだろう、本当に止まってしまおうか、と、何度思ったことか……
でも、負けるか! 絶対走り切ってやる! の一心で、決して足を休めることはしませんでした。
そして、そろそろ50分くらい経ったかなと思い、走りながら腕時計を見ると、
その針がさしていたのは、15分。
……え? 23時15分かな? と思い何度もよく確かめたけど22時15分でした。
さすがにビックリしました。そして一気に気が抜けて、逆にラクになった気までしました。笑
あらためて思いましたが、時間がいつも同じスピードで流れているというのは非常に疑わしいことですよね。
時間の流れを速く“感じる”、遅く“感じる”とはよく言いますが、本当に感じているだけなのでしょうか。
気のせいではなく実は本当に、その間隔が変わっていることだってじゅうぶん有り得ると思うんです……
*
自分がどこを走っているのか分かっていませんでしたが、その後も適当なルートを走り続けました。
時に、全然知らないところに居たりもします。(近所なのに!)
「何処に行きつくかは分からなくとも、走り続けていれば、必ず何処かには到達する」などという常套句を体現しているなぁと思いました。その通りだなぁと。意識朦朧とですが。笑
ただ、こういうことは良い悪いではなくて生き方の問題だと思います。
自ら変化を求めて積極的な行動を重ね、新たな刺激を常に全身に浴びながら生きることも、
ひとつの場所に留まりそこを見守り、周りの景色が変化していくのをゆっくり観察しながら生きることも、
両方素敵な生き方だと思ってます。
私の場合は体質的におそらく、後者の方が合っているように今のところ感じています。
でも、私は若いし、人生にはまだまだ時間が残っているし、夢もあるし、
本来の体質とは少々違う生き方をしてみる価値があるなぁ、と思っています。
他の誰でもない 自分の生き方を、どう選択し、集約し、具体的な行動を採っていくのか。
走りながら考えたのは、身体というものは、私が生きているということ、この命を表すための最も身近なメディアでもあるのだなということです。
この身体というメディアを使って、私である精神を表していく。
そのために人は1人1人、違う身体に収まっているのかなぁと。
*
近頃考えごとが多かったから気分転換しよう! と思って走りに行ったはずが、けっきょくいろんなことを考える破目になりました。笑
そして23時! 無事に1時間走り終えました。
こんなに走ったのは久しぶりだよ~(*^▽^*)嬉しいよー。笑
ただ、走り終えた時点で迷子だったので、帰宅できたのはそれからもうしばらくしてからのことでした。
今思うと、ランニングというよりもジョギングがいいとこかなぁ。
運動不足も実感したことだし、これからはもうちょっと身体鍛えなくちゃね。
何はともあれ初体験2つ終了!
あと3つ……
Мには負けません。笑
ひたすら行動する人々、まいにち星を見る私、とつぜん道路に飛び出す鹿。
12月も後半に差し掛かると、年末まで急速に時が駆け抜けていくように感じます。
12月18日は、毎日新聞本社ビルにて行われた、
佐藤慧さんと松永真樹さんのトークイベント『行動するという生き方』に伺いました。
ナビゲーターはLIVEonWIREで平素からお世話になっている小川光一さん。
このお三方が何やらクリスマスをモチーフにした変な格好(笑)で
真面目なお話をなさっているのが面白くてしょうがなかったです。
後日写真をアップしたいと思います。(アメブロって写真アップによく失敗するんだけど何でだろ?)
とにかく、真樹さんと慧さんのプレゼンそしてクロストークを聴き、
その行動力の凄さに驚愕しました。
私は行動に移すまでに割合時間をかけてしまう方なので、
時には細かいことを気にせずとにかく動いてみる、という姿勢を見習わなければと肝に命じました。
そして3日後の21日、真樹さんのご招待で
『みんなの夢アワード2010』(http://www.miraimeishi.net/award
) に伺いました。
真樹さんはまたもや面白い恰好で(笑)、元気よく素敵なトップバッターでプレゼンをなさっていました。
人を笑わせて、楽しい気分にさせられるのって考えてみれば素晴らしい才能ですよね…… いいなぁ。
あと感心したのが、こういうものの中継と言ったらTVが当たり前だったのだと思いますがこの日は
USTREAM中継、つまりインターネット上で中継をしていたんですね。
先日の宇多田ヒカルさんのライブ中継をUSTREAMで観ていたときも思いましたが、本当に凄い時代になったなぁと。笑
インターネットの無い時代に私は生きていたことがありませんが、インターネットは確実にいろいろなものの距離を縮めている。この可能性を正しく使いこなすメディアを今後も追及していきたいですね。
なんて、登壇者のプレゼンも含めいろいろなことに感心しているうちに、優勝は税所篤快さんに決まりました。
バングラデシュで、DVDを使った授業で難関大学に次々と合格者を送り出すプロジェクトの代表をなさっている方です。
税所さんは先月20日に行われたTEDでも登壇なさっていたのでプレゼンを聴くのは二度目ですが、相変わらずの熱意と志の高さに、感動の一言です。
自分の志の通りに行動し続ける方たちは、かつて私が想像していたよりもずっとたくさんいるようです。
そういう方たちからはパワーを感じるし、とても魅力的だなぁと思います。
これからもそういう方たちから、いろんなことを学びたいです。
*
そして今月24日~25日。クリスマスでしたね。
街が華やいで心が躍る季節ですが、今年はあえて街頭のイルミネーションではなく
自然の星の光を求めて、山中湖まで深夜ドライブに出かけてきました。
LIVEonWIREメンバーのたけおさん、としさんと一緒だったので、車内もずっと楽しかった♪
品川区ではとても見られないような星空が見れました。
星を見ることが大好きな私は、はじめ大はしゃぎ! そしてあとはぼけーっと星空を見上げていました。
みなさんも星を見ることは好きでしょうか。
私は満天の星空はもちろん大好きですが、例え5~6個しか星が見えない品川の夜空でも、よく眺めています。
見えなくとも、確かに私の眼の先に、たくさんの星は在るんですよね。
見えないからこそ、憧憬するのです。
それは、一度でも満天の星空を見たことがあるからできる想像でもあるのだと思います。
無いものを思い描いて見る夜空も、いいものです。
また、星を見ながら何かの情景を思い浮かべることもあります。
分かりやすく言うと、星座ごとに、思い出があったりします。
星を眺めていると無意識にいろいろなことが想起されて、それはさながら、時空を超えたお手軽な心の旅行とも言えるのです。
はっ、私が星のことを語ると無駄に長くなってしまうのを忘れていました。笑
なにはともあれ、素敵なクリスマスを過ごせました。
その帰り道に、道路に飛び出してきた鹿さんと交通事故を起こしたことには本気で驚きましたが。汗
(注:鹿さんは無事でした! よかった。。)
交差点を垣間見た衝動。
境界線を引いてはいけない。
なぜなら、境界があることで、その中へ詰め込もう、出すまいとする力・圧力、
いわば暴力が生まれてしまうから。そんな世界では誰も幸せになれないから。
それが、“自由”を掲げる根拠。
なぜ、隔てるのだろう。なぜ、一なる世界に焦がれないのだろう。(きっと、他人を信じられないから)
なぜ、愛さないのだろう。(愛するという概念が無いって有り得るのだろうか?)
例えば犬が、普通に生きていられない世界。
過去の病に殺される世界。
手を伸ばせば届くような、すぐそこにいる愛する人に触れることができぬまま、
ただ、死んでいかなければならない世界……
なぜ、要らない線を引くのか。
なぜ、隔たるのか。
果たしてそれは、どんな世界を生んでいるのか。
線を引かねばならない理由は何か。
普通に生きていられない世界って、一体何か。
無力な私は何か。目を瞑っていた私は何か。
また、同じことの繰り返しだ。
きっとこれからもこういう風に、新しい目を開いては、涙し、無力を実感し、
線を消していきたいという衝動に駆られるのだろう。
形而下の境界線が不幸を生むことを確信している。
架空の精神国に、想いを馳せる。
進化する視点。
出勤の時いつも通る朝日新聞社の両壁には、絵や写真などが入れ替わり展示されています。
小・中学生の作品がけっこうあるのですが、それが見ていてとても面白い。
小学校低学年の子の絵なんかはほぼ間違いなく普段の目線でのものが描かれているのに対し、
小学校高学年にも差し掛かると、それが他者のものになっていたりします。
例えばトンボがテーマの絵だったら、低学年の子の絵はまず自分(?)がドーンと描かれていて(笑)、
その周りをトンボがたくさん飛んでいて、いっしょに遊んでいる様子を描いているものが圧倒的に多い。
学年が上がるにつれその描かれ方はだいぶなくなってきていました。
ある中学1年生の子の絵なんかは、完全にトンボ目線のものを描いていて、2匹のトンボが遥か上空から
きれいな田舎の風景を見降ろしつつ飛んでいるもので、遠近法がとても見事で、普通に感動してしましました。
トンボに限らず、どのテーマでもこの傾向が見られました。
成長するにつれ、いろんな視点を想像できるようになっていくということだと思います。
私自身も、「あ、少し成長したな」って感じる時は、新しい視点や世界を手に入れたときということが多いです。
もちろんこの視点同士に優劣なんて無くて、私がいま思うのは、私が持っているこの様々な視点をいかにうまく使いこなしていくことが重要か、ということです。
2Gには2Gの役割が、3Gには3Gの役割があるはず。
この生涯で、いったい自分が何次元の視点まで手に入れることができるのか、楽しみです。
壁を乗り越えるために*掴みたいものを掴むために
(我が家のすぐ横にある、目黒川沿いの通り)
更新を怠ってしまいました。汗
まずはひたすらに何か書く場が必要だと思って開設したものなのだから、もっと活用していかなくては。
で、そろそろ友人たちにもブログを公開していこうと思っていた矢先、
今日、ぶつかってしまいました。壁に。
しかもけっこう分厚い壁。
しかも Thinker&Writer として無視できない、かなり根本的なもの。
もし越えられなかったら Thinker&Writer は廃業です。笑
笑えない。
目の前に壁が現れたとき、皆さんはどのように対処しているのでしょうか。
私は、ひたすら考えることをします。
少なくとも今までは、そうやって壁を乗り越えてきました。
論理的に納得がいけば、あとはすんなり登れてしまいます。
乗り越える必要のない壁だと判断したものもありますし、未だに乗り越えられないものもあります。
まぁ、目を逸らすことだけはしないように、これからまたしばらく深く考えていこうと思います。
でも、この壁には気付けてよかった。笑
自分がやりたいことと、まったく逆のことをしてしまうところだったかもしれない。
案外、見落としてるポイントってのはどこにでもあるものなんですね。
*
もう1つ、今日気付いたこと。
私にはどうしても掴みたいものがあるということ。
そして、いま私の両手には他のたくさんのものが乗っていて、それを掴めないということ。
新しいものを掴むためにも、この手からそれを手放す必要があるみたいです。
他にも掴む方法ってのはあると思いますが、口でくわえたりとか、足でつまんだりとか笑、
そういう方法では掴みたくないものだと思いました。できれば、両手で包みたい。
それにはあまりにも沢山のものを持ち過ぎている私。
取捨選択の時期がきたみたいです。
こんなに大きな整理は5年ぶりくらいかなぁ。
まったく具体性の無いハナシばかりですみません。汗
明日も皆様にとって良い1日となりますように。
