交差点を垣間見た衝動。
境界線を引いてはいけない。
なぜなら、境界があることで、その中へ詰め込もう、出すまいとする力・圧力、
いわば暴力が生まれてしまうから。そんな世界では誰も幸せになれないから。
それが、“自由”を掲げる根拠。
なぜ、隔てるのだろう。なぜ、一なる世界に焦がれないのだろう。(きっと、他人を信じられないから)
なぜ、愛さないのだろう。(愛するという概念が無いって有り得るのだろうか?)
例えば犬が、普通に生きていられない世界。
過去の病に殺される世界。
手を伸ばせば届くような、すぐそこにいる愛する人に触れることができぬまま、
ただ、死んでいかなければならない世界……
なぜ、要らない線を引くのか。
なぜ、隔たるのか。
果たしてそれは、どんな世界を生んでいるのか。
線を引かねばならない理由は何か。
普通に生きていられない世界って、一体何か。
無力な私は何か。目を瞑っていた私は何か。
また、同じことの繰り返しだ。
きっとこれからもこういう風に、新しい目を開いては、涙し、無力を実感し、
線を消していきたいという衝動に駆られるのだろう。
形而下の境界線が不幸を生むことを確信している。
架空の精神国に、想いを馳せる。