写経屋の覚書-なのは「さ、『在日朝鮮人処遇の推移と現状』の続きを見ていくよ」

 二十二年五月公布の外国人登録令により、不法入国者はその適用をうけるべきであつたが、実際は、総司令部覚書にもとづき、現地軍政部の指示により処理されていた。送還者は不法入国者のほかに軍事裁判による追放者、連合軍指令による送還者があり、これらの護送は警察の担当であつた(12)。

写経屋の覚書-なのは「注12は『文書集』p85に所収されてるの」

写経屋の覚書-はやて「『文書集』?ああ、『在日朝鮮人管理重要文書集1945-1950』(外務省政務局特別資料課 1950 湖北社より1978復刊)のことやな」

公安一発第三一号
昭和二十二年二月五日

内務省公安第一課長

警視庁警務部長
警視庁刑事部長
各庁府県警察部長 宛

解放民族等の強制送還に関する件

 朝鮮人、台湾人、琉球人並に中国人其他の密入国者、連合軍指令又は軍事裁判による追放者等の強制送還は従来関係方面の打合せにより、適宜実施して来たのであるが、
 今般、連合軍の日本政府宛客年十二月十日付覚書(二月五日参考資料送付に関する件通牒参照)により密入国朝鮮人の護送は日本警察に於てすることゝなり、又連合軍軍事裁判による追放者は司法、内務両省協議の結果、暫定的措置として内務省に於て実施することゝ(別添一)なつたから、爾今左記により強制送還を実施し、取扱上遺憾なきを期せられ度
  記
一、警察に於て担当すべき要送還者
(一)密入国朝鮮人
(二)軍事裁判による追放者
(三)連合軍指令による送還者
(四)中国人、台湾人、琉球人其他の密入国者(現在公式な覚書はないが密入国朝鮮人に準じて取扱ふこと)

尚或地方では現地司法機関の依頼により解放民族等の在監者を警察部にて送還したる向があるが、
司法省に於ては、特に内務省に依頼する外、原則として監守等によつて、現地司法機関に於て実施する方針であるから、為念

二、送還の責任範囲

要送還者(密入国又は指令によるもの)を検挙、逮捕したる時、又は軍事裁判所乃至は現地司法機関より身柄を受け取りたる時より、長崎県佐世保又は京都府舞鶴の現地米軍当局に引渡す迄の間とする。
尚軍事裁判により、追放の言渡しがあり、且つその執行を警察に於てなすべき指令があつた場合、その身柄は直接日本側に引渡し、
解放民族等の関係団体には引渡さざる様、
目下別添(二)により終連を経て、司令部に要請中であるが、現地進駐軍に対しても、予め、了解方連絡し置くこと。

三、鉄道輸送

目下運輸当局と折衝中であるが、何分の指示があるまで現地交渉により実施された度

四、送還手続
(一)密入国者
 送還途中、R.T.O其他に協力方要請する場合の便宜上、或ひは、又、強制送還を正確に遂行する為め、左の事項を内容とする送還理由書を作成携行し身柄と共に現地米軍に提出すること、尚従来長崎県針尾収容所に於て、現地軍により、往々釈放された事例等があつて、密入国者取締に支障を来してゐる向もあるので
 これを防止する為には、
 現地に於て釈放される虞れある者については、特に詳細なる書面を作成し、要すれば、現地軍政官のサイン、指令等を取得して添付すること。
  1.検挙地(住所)、職業、氏名、年令
  2.鮮内の住所、職業
  3.上陸月日、上陸地並に検挙地(住所)に至りたる経緯
  4.検挙状況
  5.送還理由
尚長崎県は、
 (1)朝鮮人等より収容中の要送還者に関し、現地軍に釈放方の嘆願あつた場合
    又は現地軍の釈放方指令があつた場合は、釈放の猶予方を要請して、速に、送還庁府県へ照会すること。
 (2)「釈放」と決定した場合はその旨送還庁府県に通報すること。
(二)連合軍の指令又は軍事裁判による追放者
 追放に関する指令又は前項に準じたる送還理由書を作成携行して身柄と共に現地軍に提出し、
  1.引渡したる   月    日
  2.現地軍の部隊名
  3.同責任者名
 のサインを受け本省に報告すること。
 サインを受け得ざる場合は、長崎県当局又は直接現地軍より右の事項につき聴取して報告すること。
 尚この報告は、GHQの要求により、内務省より中央終連を経て、GHQに報告されるものである。
「別添一」(略)
「別添二」(略)

写経屋の覚書-なのは「この文中の『連合軍の日本政府宛客年十二月十日付覚書』はSCAPIN1391 Suppression of Illegal Enrty into Japan:日本への不法入国の阻止のことだよ。警察が護送を担当することになったっていうのは以下の箇所だね」

4.The Imperial Japanese Government will:

a.Continue in effect measures to detect ships illegally entering Japanese ports.
b.Seize all such ships and where possible sail them together with their crews, passengers and cargo to Sasebo or Maizuru and deliver them to United States military authorities at those ports.
c.Place all Korean illegal immigrants apprehend in Japan in cholera quarantine and otherwise medically process them according to existing memoranda covering entrance of persons into Japan. Upon clearance by quarantine officials, transport them to the Sasebo Reception Center by rail.
d.Outload Korean illegal immigrants from the Sasebo Reception Center on shipping designated for this purpose.
e.Furnish Japanese police for guards aboard train and repatriation ships transporting Korean illegal immigrants.


4.日本政府は

a.不法に日本の港に入る船舶を探知するための対策を継続すること
b.全てのそのような船舶を捕らえ、乗員、乗客及び積載物と共に佐世保か舞鶴に回航し、米軍当局に引き渡すこと
c.日本で逮捕された朝鮮人不法入国者を全てコレラ検疫所に収容すること、あるいは日本に入国する者についての既存の覚書による医学上の処置を行なわなければならない検疫官の許可を得たのちに、彼らを鉄道で佐世保引揚援護局に輸送すること
d.朝鮮人不法入国者は、この目的のために指定された船舶で佐世保引揚援護局から送還されること
e.朝鮮人不法入国者を輸送する列車及び送還船舶への添乗警備に日本警察官を提供すること


写経屋の覚書-フェイト「次官会議決定に『尚軍事裁判により、追放の言渡しがあり、且つその執行を警察に於てなすべき指令があつた場合、その身柄は直接日本側に引渡し、解放民族等の関係団体には引渡さざる様』ってあるけど、『解放民族等の関係団体』って在日本朝鮮人連盟(朝連)や朝鮮建国促進青年同盟(建青)などのことと考えていいんだよね?」

写経屋の覚書-なのは「うん。要するに朝鮮人の処分執行に朝連・建青等を関与させないってことなんだよね」

写経屋の覚書-はやて「逆に言うたら、逮捕されて追放処分を受けるはずの朝鮮人が朝連・建青等に引渡されてまう事例が結構あったんやろね」

写経屋の覚書-フェイト「朝連の計画送還への関与や警察権類似行為を禁止する指令もあったよね?」

写経屋の覚書-なのは「計画送還への関与を禁止したのは1946(昭和21)年6月20付のSCAPIN927/1 Repatriation:送還だね」

12 1/4.Under this plan it is the responsibility of this Imperial Japanese Government to plan and implement the repatriation of Korean nationals from Japan to Korea. This responsibility will not be delegated wholly or in part to any of the various Korean associations or societies.

12 1/4.本計画に従っての日本から朝鮮への朝鮮人送還の計画及び実行は日本政府の責任である。この責任は全くまたはある程度、あらゆる朝鮮人の団体及び集団に委任されない

写経屋の覚書-はやて「警察権類似行為をしとった『自治隊』『保安隊』の解散に関しては『朝鮮進駐軍』動画テキストの検証(4)で見たんやったなぁ」

写経屋の覚書-なのは「朝連自治隊の警察権類似行為については『日本警察も容認していた』なんていう言説もあるんだけど、これはまた別の機会に取り上げるね」

写経屋の覚書-フェイト「『尚従来長崎県針尾収容所に於て、現地軍により、往々釈放された事例等があつて、密入国者取締に支障を来してゐる向もある』って、針尾の連合軍官憲にそんな権限があるの?」

写経屋の覚書-はやて「逮捕された現地で連合軍官憲が身柄を受け取って取り調べて追放ちゅう処分にしとるのに、その決定を変更できる権限が針尾の権限者にあるん?」

写経屋の覚書-なのは「逮捕された現地で処分を決定する地方軍政部の権限者と、針尾の権限者の権限地位が同等か針尾の方が格上なんだろうかなぁ…ともかく、処分が覆らないように、現地軍権限者のサインをした理由書を提出して、処分の正当性を確認させるようにしたってことだよ」

写経屋の覚書-はやて「『現地に於て釈放される虞れある者については、特に詳細なる書面を作成』ってあるけど、悪意を以て解釈して『不当な逮捕によって追放となった朝鮮人が釈放されるのを防ぐために書類を作り、現地軍政官にも責任を負わせるように画策した』なんて言う人がおるかもしれへんねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「朝鮮人側から釈放の嘆願があって針尾の現地軍が釈放を命じた場合は、その人が逮捕された府県に照会して、逮捕・取調についての事情を確認してから釈放するかどうか決定するって手順にするんだね」

写経屋の覚書-はやて「朝鮮人側が直接連合軍側に働きかけた結果、釈放の指示が出た場合でも、それをそのまま通さないようにしたんやね」

写経屋の覚書-なのは「これも悪意を以て解釈して『日本官憲が在日朝鮮人に対する政策・処遇について、連合軍の指令処置に容喙しその権限を拡大していく過程であり、朝鮮人の犯罪を大々的に誇張して取り上げ犯罪民族であるかのように宣伝したのと関係がある』なんて言い出すかもね。じゃ、今回はここまでにするね」

写経屋の覚書-はやて「ほとんど本文進まへんかったねぇw」

戦後の不法入国者(1)

写経屋の覚書-なのは「ここのところ李東暉について見てきたけど、しばらく中断するよ」

写経屋の覚書-フェイト「え?何かあったの?」

写経屋の覚書-なのは「前に戦後日本に残留した朝鮮人について見たけど、せっかくだから戦後の朝鮮人の不法入国についてもまとめておこうと思ったんだよ」

写経屋の覚書-はやて「そやなぁ。togetterのまとめのタイトルも『xiaoke_Asさんによる「WW2戦直後から朝鮮戦争までの朝鮮人不法入国者推移」概要』なんやし、本題に沿ったこともやっとかなあかんよねw」

写経屋の覚書-フェイト「たしか以前HPのほうで、アジ歴の史料をもとにした『昭和21年度第2予備金支出要求書朝鮮人送還費』と『昭和21年度密航朝鮮人取締について』12でも触れてたよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。あのときは対策とその予算面から見たんだけど、今回は統計等から見ていくんだよ。ツイッターの方でa_nightbreedさんに約束したしね。李東暉のほうはこっちが終わり次第再開するね」

写経屋の覚書-はやて「いつもtoggeterのまとめでお世話になっとるしなぁ」

写経屋の覚書-なのは「うん。じゃ、最初は『在日朝鮮人処遇の推移と現状』(森田芳夫 法務研究報告書第43集第3号 法務研修所 1955)のp84から取締の概要沿革について見ていくね。流れがよくまとまっているし、HPで取り上げたことも出てくるからいい感じなんだよね」

写経屋の覚書-推移現状84
写経屋の覚書-推移現状85
写経屋の覚書-推移現状86
写経屋の覚書-推移現状87
写経屋の覚書-推移現状88
写経屋の覚書-推移現状89
写経屋の覚書-推移現状90
写経屋の覚書-推移現状91

   四、不法入国と退去強制
 二十一年三月十六日、総司令部の引揚に関する基本指令の中で「本国に引き揚げた非日本人は、連合国最高司令官の許可のないかぎり、商業交通の可能となるまで日本に帰還することは許されない」ことが示され(1)、四月二日には「占領軍にぞくさない非日本人が随時日本入国の許可をあたえられることがあるであろう」と指令された(2)。外国人登録令には第三条に規定があり、これに違反したものが不法入国者とみなされる。
 これより前、二月十九日に朝鮮米軍政庁で法令第四十九号「朝鮮に入国または出国移動者の管理および記録に関する件」が出ている。それは七条よりなり、集団帰国者、連合国軍人または随伴者および官庁命で旅行するものをのぞいて、朝鮮から出国するものは、入国地点で外務課官吏に旅券または信任状、入国理由および目的、旅行予定等を通知することをさだめ、これに違反するものは管轄裁判所で処罰すると規定されていた。
 二十一年春から夏にかけて、朝鮮人の不法入国者は圧倒的に多くなつた。そのほとんどはかつての日本在住者で、朝鮮に引き揚げたが生活苦のために日本の生活のよさを回想して逆航するもの、日本のやみ(ヽヽ)に出す物資をつんでくるもの、日本に残した家財をとりにくるもの、日本の学校に入りたいというものなどさまざまであつた。二十一年四月から内務省に不法入国者の統計が集められた。その年十二月まで検挙一万七千余とあるが、実数はそれよりはるかに多かつた。逮捕されたものは、五月以降、仙崎、博多から引揚船にのせて送還していた(3)。
 総司令部が不法入国者の取締に神経質になつたのは、当時朝鮮に蔓延したコレラである(4)。総司令部は、六月十二日の覚書で不法入国船舶の捜索逮捕を講ずること、不法入国船舶は、仙崎、佐世保、舞鶴に廻航して米軍官憲に引き渡すこと、警備に必要な援助は地方軍司令官に要請すれば与えられることなどを指示した。(5)


写経屋の覚書-なのは「密貿易については省略して、本文と気になる注について見ていくね。まず注1はSCAPIN822の附則だよ」

7.Non-Japanese nationals who have been repatriated to their homelands will not be permitted to return to Japan untill such time as commercial facilities are available, except as authorized by the Supreme Commander for the Allied Powers.
7.その本国に送還された非日本人は、連合国最高司令官に許可される場合を除き、商業交通が利用できるようになる時まで日本への帰還を許可されない

写経屋の覚書-はやて「SCAPIN822を修正して送還についての基本指令になったSCAPIN927の附則1でも(おんな)し規定やったね」

写経屋の覚書-フェイト「当時は日本そのものがGHQの管理下だし、日本への出入国にはGHQの許可が必要なんだね」

写経屋の覚書-なのは「1946(昭和21)年春からの不法入国者の増加っていうのは昭和21年度密航朝鮮人取締について2の予算追加要求事由で『密航朝鮮人の取締に関しては曩に本年四月頃の状況を基礎として差当り六ヶ月分の追加予算を計上して■■が其の後密入国者の数は逐月激増し七月中に於て既に一万名に達し八月中に於ては一万五千名を突破する見込である而も其の中には「コレラ」患者仝保菌者が相当数混入して居り又密貿易を企てる者が続出する等治安上乃至防疫上極めて憂慮すべき状態となって来たので』とあるのと対応するんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「ってことは、それは注4のコレラの話にも対応するよね。コレラによる送還停止は戦後朝鮮人の送還について4でも触れてたね」

写経屋の覚書-はやて「あー、ベッキーが解説しとったあの話か」

写経屋の覚書-なのは「日本への不法入国の理由については、1951(昭和26)年3月27日の衆議院行政監察特別委員会で、証人として出席した出入国管理庁の田中三男第一部長がこんな証言もしてるんだよ。
国会会議録検索システム
で年月日と委員会名を入力して、発言番号107を確認してね」


密入国者は、もちろん韓国人には限らないわけであります。欧米人等もあるわけなのであります。しかしこれは数においてきわめて少いわけでありまして、われわれが強制送還いたしております大部分の者は韓人であります。これはやはり日本に非常に縁故があるとか、あるいは日本に従来住んだことがあるとか、そういうふうに土地になじみが多いこと、あるいは朝鮮海峡との間が地理的に非常に近いこと、さらにわれわれの想像いたしますのに、日本も非常に生活苦でありますが、韓国の実情は日本以上に、特に戦争後は日本以上の生活苦のために、日本をあこがれて来る者が多いのではないか、こういうふうに考えられるのであります。


写経屋の覚書-はやて「『日本に非常に縁故があるとか、あるいは日本に従来住んだことがあるとか、そういうふうに土地になじみが多いこと』っちゅうんは、戦前戦中は日本におって、戦後の送還で、親戚や家族を置いて朝鮮半島に引き揚げたもんや、戦後も日本在住を選択した朝鮮人の親戚ってことやねぇ」

写経屋の覚書-なのは「注5はSCAPIN1015 Suppression of Illegal Enrty into Japan:日本への不法入国の阻止だよ」

 七月十五日、次官会議で不法入国者の取締について大蔵・内務・厚生・司法・運輸各省の分担と協力を明らかにした(6)。内務省は強化対策として、九州、中国を主として監視哨を配置し、沿岸巡邏船隊を編成して警戒にあたつた(7)。六月十二日の指令にもとづいて、佐世保引揚援護局(長崎県東彼杵郡江上村針尾)内に収容所が設けられ、その援護業務は援護局が、監視と護送は警察が行うことになつた(8)。
 その頃、不法入国者の取締には、占領軍が積極的にあたつていた。呉の英軍部隊からの二十一年八月十八日の総司令部あて報告には、約五千名の朝鮮人が逮捕送還されたこと、インド海軍のスループ型(単檣帆船)や英空軍部隊も哨戒にあたり、数多くの密輸船が飛行機で発見逮捕されたこと、陸上を警戒するニュージーランド兵により八月七、八日に三百名が逮捕されたこと、また英歩兵師団により四日前から七百名ちかく逮捕されたこと、捕獲船は没収され、首謀者は逮捕されて軍事裁判にかけられたことをのべている(9)。
 十月十四日の次官会議決定で、さらに各省の分担連絡を明確にした(10)。総司令部は、十二月十一日に、朝鮮で船舶航行許可証を発行するのは、朝鮮米軍政庁海上輸送局のみであることを明らかにした(11)。

写経屋の覚書-なのは「注6の次官会議の決定内容は『在日朝鮮人管理重要文書集1945-1950』(外務省政務局特別資料課 1950 湖北社より1978復刊 以下『文集』)p82に載ってるんだよ」

昭和21.7.15 次官会議決定

不法入国不法密輸入事犯等の取締に関する件

密貿易並びに不法入国等の取締に関する具体的措置については、大蔵、内務、厚生、司法運輸各省は相互に連絡協力しこれに当ることとしその実施に際しては次の要領による。
一、取締監視船はこれを海運局ににおいて準備し取締に必要な税関管理警察官を乗船せしめる。
二、密貿易事犯、不法入国及び検疫は関連するものであるからこれが取締については税関及び警察の各官吏は相互に援助協力して取締の徹底を図ること。
三、GHQへの密輸事犯、検挙、報告は各税関から大蔵省に報告し大蔵省においてこれを取り纏めの上同司令部に提出するという方法によること。

写経屋の覚書-フェイト「分担を明らかにした、とまでいえるほどの内容でもないような気がするんだけど…とりあえず内務省の警察と大蔵省の税関官吏が不法入国者の取締の主役になるってことくらいしかわからないよ」

写経屋の覚書-なのは「そうだよねぇ。まぁそれについてはもう少し後で続きが出てくるから置いといて、注7はCLO3293 Report on Suppression of Illegal Entry into Japan:日本への不法入国の阻止の報告だよ。日本政府がGHQへ警備船の配備状況報告と武器弾薬・燃料の供給と米軍憲兵の援助を要請したの」

写経屋の覚書-フェイト「監視哨の設置っていうのは『昭和21年度密航朝鮮人取締について2』に出てきた監視哨とか監視員の話でもあるよね?」

写経屋の覚書-はやて「ほんまやね。あれは1946年7月か8月作成の予算追加要求やったから、ちょうど該当するやん」

写経屋の覚書-なのは「うん、そう考えて問題ないと思うよ。注9は英軍の話なんだけど、新聞記事にもなってるんだよ」

写経屋の覚書-460819朝日新聞(大阪版)

1946(昭和21)年8月19日付 朝日新聞(大阪版)
密航者に英軍の断
朝鮮人の大規模な日本密航を防止するため英占領軍の陸海空軍が共同作戦を行ひつゝあることが十八日呉英軍司令部から発表された、右によれば約五千名の朝鮮人が、上陸したところや密航船に拾ひあげられたところを逮捕され、帰国したといはれる、彼らが上陸を狙つてゐるのは朝鮮に最も近接した地点の本州北岸である、朝鮮人の流入は占領軍及び日本国民全体の衛生に対する脅威であり、流入者中にまじる感染者によりコレラ、チフス伝染の惧れがあり、軍医当局は悪疫防止のため万全の措置をとりつゝある

彼らの潜入目的は闇市で活動するため、または最近朝鮮へ引揚げた者が日本に残した家財や貴重品を集めに帰るためである、かゝる非合法行為は最近増大し英軍は大規模な防止活動を行ふに至り、印度海軍のスループ船を含む海軍艦船が呉から出動、英連邦空軍支援下に沿岸遮断哨戒を実施、朝晩海岸向け船舶の行動を報告してゐる、密航船舶は没収され船長は軍事裁判を受けるため■■■■てゐる


写経屋の覚書-なのは「注10はさっきフェイトちゃんが首をかしげていた次官会議決定の役割分担を改める内容になるんだよ。これも『文書集』p96に所収されてる『不法入国の取締に関する海上保安庁保安局長通牒』に添付されている『不法入国者取締の件』なんだよ」

不法入国者の取締に関する件

(昭和二一・一〇・一四次官会議決定)

 不法入国事犯の取締に関しては本年七月十五日次官会議決定「不法密輸入、不法入国事犯等の取締に関する件」によりその要領を定めその実施に当つているがその後に於ける不法入国事犯の質と規模とは当初の予想を超えて遥かに悪質且広汎なものがあるので此の際更に之が徹底的取締を期する為之に関する内務厚生運輸各省の分担区分を次の如く定め関係各省はこれら分担省の要請に応じ必要な事項につき協力をすることゝし、以てこの取締の万全を期することゝとしたい。
  記
一、不法入国者の逮捕、留置及び連合国軍の指定する不法入国者の常設収容所への送致は内務省これを担当すること。
二、前記常設収容所の設置及びこれが経営並に不法入国者のその収容所内に於ける給養はその収容所の指定が現存する地方引揚援護局に所属する施設につき為された場合はその地方引揚援護局の存続する間厚生省之を担当することゝしその他の場合は内務省これを担当すること。
三、強制送還用船舶の配船運航及び船内に於ける被送還者への給食は運輸省これを担当すること。但し、その給食に必要な糧食の補給は前項の区分に応じ厚生省又は内務省に於てこれを担当すること。
四、逮捕後に於ける不法入国者に関する警備は凡て内務省これを担当し検疫は凡て厚生省これを担当すること。

写経屋の覚書-フェイト「1946(昭和21)年10月14日の次官会議ではきちんと分担が明記されたんだね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。次に注11はSCAPIN1393 Suppression of Illegal Entry into Japan:日本への不法入国の阻止だよ」

写経屋の覚書-フェイト「日本官憲は船舶航行許可証の真贋の識別判定に苦労してるって、1946(昭和21)年10月16日付のCLO5489 Suppression of Illegal Entry into Japan:日本への不法入国の阻止でも報告してたよね。それも発行機関の一本化・明確化に関係していたのかもしれないね」

写経屋の覚書-はやて「各機関がそれぞれ勝手に許可証を発行しとったらややこしいし、偽造されても確認に手間取るやろしねぇ…って、各機関がばらばら勝手に発行するってまるで大韓帝国期の開墾許可みたいやんw」

写経屋の覚書-なのは「少し中途半端だけど、今回はここまでにして次回も『在日朝鮮人処遇の推移と現状』の本文と注を見ていくよ」

写経屋の覚書-はやて「今回は李東暉と李東輝は同一人物なんか別人なんかちゅう話の続きやな。早よいこ!」

写経屋の覚書-なのは「はやてちゃん、そんなにあわてないでよ。まず韓国の独立記念館の紹介文を見てみるね」

李東輝:1873~1935
号は誠斎。咸鏡南道端川郡出身で、ソウルの士官養成所を経て、陸軍参尉に任官し、江華島鎮衛隊長を過ごしたのち、日本の侵略が加速されると軍人を辞任して普昌学校などを建て、民族教育運動を展開した。西北学会ㆍ新民会などで、国権回復運動を展開していたのを被逮されて亡命生活を経験したりした。1913年に国外に亡命し、韓国人自治機関の墾民会と勧業会、大韓光復軍政府に参加して活動している。(後略)

写経屋の覚書-はやて「こっちも『輝』やねんなぁ。咸鏡道端川に生まれて軍人になったあと教育に関与して、西北学会の会員ちゅうのは、前回みた憲兵報告に出てきた『李東暉』と一致しとるし、同一人物と考えてええんちゃう?」

写経屋の覚書-フェイト「そうだ、ウィキペディアのほうも一応見てみようよ…えーっと、李東輝の項目にはこんなふうに書いてあるね」

李 東輝(り とうき、1873年-1928年)は朝鮮の独立運動家・社会主義者。号は誠斎。
咸鏡道端川に生まれる。旧韓国武官学校を出て安昌浩の啓蒙思想に感化、新民会、西北学会などに参加した。若年より開化運動に取り組み、名声を得る。1907年に日本により韓国軍解散命令が出されるとこれに反発し、江華鎮衛隊の蜂起とともに逮捕された。1911年の寺内総督暗殺未遂事件にも関与し、その後満州、シベリアへと亡命する。独立運動の指導者として活動するもウラジオストクにて住民煽動の罪にて投獄された。(後略)

写経屋の覚書-はやて「これも、生まれとか経歴は一致しとるなぁ。やっぱり同一人物やで」

写経屋の覚書-なのは「種明かしをすると同一人物で正解なんだよね。フェイトちゃんとはやてちゃんには、作者がその結論を出すまでの過程を再体験してもらったんだ」

写経屋の覚書-フェイト「えーっ、なのはちゃんは初めから正解を知ってたんだぁ」

写経屋の覚書-なのは「ほんとはね、作者はもう少し慎重で、西北学会月報や小川原宏幸の論文『日本の韓国保護政策と韓国におけるイギリスの領事裁判権―梁起鐸裁判をめぐって―』に『李東暉』ってあったのを見つけたときに同一人物と確信したんだけどね。こんな箇所なの」

義捐金濫費の噂について警察が内偵を進めていたところ、たまたま李東暉,鄭永沢,李星鏑の3人が内部大臣宋秉畯に皇城新聞,大韓毎日申報,帝国新聞の3紙と,その他の集金所の調査を請願したため,宋内相は総合所の義援金の調査を命じた。

写経屋の覚書-はやて「前回の最後で見た獄長日記やと『李東輝』で出てくるとこやね。ほんなら『暉』の『輝』のどっちかが間違った表記ってことになるやんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「うん。官報や高宗実録を見ると『暉』で統一されてるから、そっちが正解と考えるほうがいいと思うの。ウィキペディアの李東輝の項目で参考文献としてあげられている『朝鮮革命運動史1』(高峻石 社会評論社 1983)のp64には、p23で出てきた『李東輝』の注としてこんなことが書いてあるんだけどね」

(1)李東輝(号は省斎)は、一八七三年に咸鏡南道端川に生まれる。武官出身で安東営将、江華島参領などを歴巡し、早くから反日思想をもち、新式学校設立に積極的に努力した。(後略)

写経屋の覚書-はやて「『輝』になっとるんはともかく、没年まで違うとか、号が『誠斎』と同音やけど『省斎』いう表記になっとるとか、安東営将や江華島参領なんて官職ほんまにあったん?と突っ込みどころが多くてしんどいわw」

写経屋の覚書-なのは「あと、『朝鮮人物事典』(編集:木村誠ほか 大和書房 1995)でも李東輝になってるの」

写経屋の覚書-朝鮮人名事典_李東暉

李東輝[イドンフィ] 1873-1935
 独立運動家。社会主義運動の戦先駆者、韓人社会党の創立者。号は誠斎。咸鏡南道端川に生まれ、旧韓国武官学校卒業後、江華島鎮衛隊参領などをつとめながら愛国啓蒙運動に共鳴、西北学会・新民会に参加して新式学校建設に尽力した。一方、1907年韓国軍解散に反対して同志とともに逮捕され、11年には寺内総督暗殺未遂事件に連座した。(後略)

写経屋の覚書-フェイト「『朝鮮革命運動史1』とよく似ているね。ネタ元は同じなのかな?とにかく、公式文書の官報や高宗実録が『李東暉』になってるから、そっちが正解だって納得はしたけど、どうして『李東輝』って表記が出てきたのかなぁ?」

写経屋の覚書-なのは「んー、明確な答えは出せないの。『輝』と書いているのは臨時政府とかの関係文書だから、独立運動の関係者が誤記したのが原因じゃないかなぁって推測はしてるんだけどねぇ…そこで、作者が上海に行ったとき、臨時政府記念館に寄って調査してきたんだけど、展示中の史料のうち『大韓独立宣言書』のひとつだけが『輝』になっていて、他の宣布書などは全部『暉』になってたんだって」

1919年2月付の大韓独立宣言書:左から3列目、上から2段目「李東
写経屋の覚書-独立宣言(輝)
1919年3月1日付の大韓独立宣言書・臨時政府成立宣誓文:右から6番目「軍務総長 李東
写経屋の覚書-独立宣言
1919年4月付国民大会宣布文:臨時政府閣員の右から2番目「国務総理総裁 李東
写経屋の覚書-国民大会宣布書

写経屋の覚書-はやて「わざわざ上海に行ったんかいな…」

写経屋の覚書-フェイト「それで、これからこの李東暉さんの何を見ていくの?」

写経屋の覚書-なのは「えっとね、李の経歴というより軍歴について官報を見ながら追っかけていく予定なの。じゃ、今回はここまでにするね」

李東暉(1)