写経屋の覚書-なのは「本題に入る前に、西岡隊長のスレが立ったから紹介しておくね」

マルタンへの事業費融資2

写経屋の覚書-フェイト「横領の定義って、けっこう前に隊長が質疑を繰り返して確定、合意させてたよね?」

写経屋の覚書-はやて「そうやんなぁ。今更個人の欲望のために費消したんやなくて報償金を増やすためにやったから横領(ちゃ)うなんて言いだすんはおかしいで」

写経屋の覚書-なのは「前の合意をすっかり忘れているか、わざと強弁しているか。これまでの言動から考えると多分前者だろうとは思うんだけどねぇ…隊長も辛抱強いなぁw じゃ、本題に戻ろ」

写経屋の覚書-はやて「今回は、英国外務省からの梁起鐸免訴提案に対して、伊藤や曾禰、マクドナルドがどないしたかを見るんやね」

写経屋の覚書-フェイト「マクドナルドにしたら、せっかく伊藤に私信を送って顔を立ててもらうかたちで譲歩を引き出して梁の入院措置を成立させたのに、本国からそんな訓令が来たら、自分のメンツも丸潰れだし伊藤への義理も立たないよね」

写経屋の覚書-なのは「そうだよねぇ…往電第539号「梁起鐸公判に関する英国総領事との交渉の件」(『統監府文書8』p331収録)を見ると、曾禰は、免訴は論外だけど、それ以前に提示された3条件については受け入れるつもりということを寺内に報告したんだよ」

明治四十一年八月十七日午後六時二〇分 発
曾禰 副統監     
     寺内 外務大臣 宛(第一五〇号)
 貴電第一五一号及第一五二号に關し英国総領事との交涉は往電第一四九号の通りなり尚ほ貴電第一五一号英国大使の接受したる訓電中「コーバン」は梁の軽快に赴くを待ちて速に出廷せしむへき事を保証し公判の延期を求むへき訓令を受けたりと云へり裁判所は既に梁の出廷するまて公判を延期し且英国総領事は梁を抑留するの権利を有せさるに付其の出廷を保証するの必要なし梁を引渡すに於ては当方に於て之を大韓病院に入院せしめ診断の上果して公判に耐へすと認むるに於ては英国政府の希望通り其軽快に赴くまて公判を延期すへきは勿論なり
 第二 梁免訴の件に就ては英国政府の提議其何の主義に出てたるかを解する能はす本件は既に京城地方裁判所の検事長より起訴状を提出し同裁判所に於て之を受理し公判を開廷するの運に至りたるに英国総領事か条約上の明文あるに拘らす引渡を拒絶したるかため斯かる簡単明暸なる地方事件より国際交渉を惹き起したる次第なれは今日に至り梁を免訴するか如きは全然不可能の事に属す然れとも元来韓国政府か本件の取調に着手したる本意は当時国債報償金消費の風説伝播したる際公然取調を訴へ出つるものありたるに依り事件の真相を明かにし以て一般の疑惑を解かんとするに在りて決して罪人を出すを以て目的としたるにあらす随て其裁判は最も公明を主とし苟くも証拠の不充分なるか如きことあらは何人と雖も処罰すること断して之なきことを保障するを憚らす且又梁に対しては徹頭徹尾苛酷なる待遇を為したることなく警視庁に於ては警部の居室に留置き監獄にては当初止むを得す他の未決囚と同監せしめたれとも程なく其の同監者を三分の一以上に減し又其身体に就ては大韓病院長,佐藤軍医総監をして診察せしむる等凡て特別の取扱を為し来りたり若し英国総領事にして種々枝葉問題を提起し依然梁の引渡を遷延するか如きことあらは其同国人「ベセル」の非行暴露を怖るゝか或は被告人等と何等の関係あるか如き疑惑を招くに過きさるへし既に日韓人中にも「コーバン」の態度を疑ひ種々の臆説を為すものあり此等は出来得る限り抑制し置きたれとも「コーバン」にして依然として理由なく条約上の義務を履行せさるに於ては到底輿論の憤興を沮止する能はさるに至るへきを恐る右の趣英国大使及同国政府に通告せられたし

写経屋の覚書-フェイト「「梁免訴の件に就ては英国政府の提議其何の主義に出てたるかを解する能はす」ってつまり、わけがわからないよ、だよね」

写経屋の覚書-なのは「英国総領事が細かい問題を提起して梁の引き渡しを引き延ばそうとしているのは、ベセルの犯罪露見を恐れているのか、コバーン自体がベセル・梁となにか関係があるせいじゃないかっていう疑惑を招くよって言ってるけど、たしかにその通りなんだよね」

写経屋の覚書-はやて「英韓条約で引き渡しは認められとる行為やのに拒絶して、単純な問題を外交交渉の場にまで持ちこんでまいよったんやもんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「このへん、コバーンと英国外務省とマクドナルドのやりとりについては、鄭晋錫『大韓帝国の新聞を巡る日英紛争』(李相哲訳 晃洋書房 2008)がPublic Record Office, London所蔵の外交史料を引いて書いているんだけど、やっぱり原史料に当たりたいところだよねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「ロンドンまで行くお金も時間もないしね」

写経屋の覚書-はやて「つか、コバーンは何かあったらマクドナルドやなくて本国外務省に訓令をあおいどるけど、自分の都合のええような訓令もらえるように外務省に直接報告要請しとるような気がするで」

写経屋の覚書-なのは「そうとられても仕方のないような動きをしてるよね。マクドナルドもさすがに怒ったのか、即時無条件で梁を引渡すのが筋だとコバーンに言ったことが往電第58号「梁起鐸引渡に対する駐韓英国総領事の提議の件」(『統監府文書5』p235収録)に報告されているんだよ」

明治四十一年八月十八日午後四時四五分 東京発
   午後九時三〇分 宇治着
寺内 外務大臣     
     伊藤 統監
 英国大使は昨十七日左の趣意を「コーボーン」氏に電報せる旨内報せり
本使は我条約上の義務に顧み且若し梁をして病状重態なるに於ては病院に送らるへき筈なることをも考量するに即時且無条件にて本人を引渡すへきものと確信す
 右曾禰副統監へも電報せり

写経屋の覚書-なのは「さて、往電第539号で見たように、曾禰が免訴はともかく3条件を受け入れると言ったから寺内はその旨を英国側に返答したの。それで、鄭晋錫p270によれば、グレイ英国外務大臣は8月17日付でコバーンに梁の引き渡しを訓令したの」

写経屋の覚書-フェイト「これでようやく話も決着したんだね」

写経屋の覚書-なのは「そう思うでしょ。でももう一回紛糾したんだよねぇ。現地京城で実際の折衝に当たっていたのは三浦理事官とコバーンなんだけど、コバーンがついに三浦とは交渉したくないって言いだしたの」

写経屋の覚書-はやて「子供かいなw」

写経屋の覚書-なのは「三浦・コバーン両方ともかなりきつい言葉の文書を送りあったみたいなんだよね…コバーンの要求は英国外務省経由でマクドナルド駐日大使から寺内外務大臣に伝えられていたんだけど、伝えたマクドナルドでさえ首をかしげていたことが来電第81号「駐韓英総領事の三浦理事官忌避の件」(『統監府文書5』p241収録)からうかがえるの」

明治四十一年八月二十二日午後〇七時  東京発
   午後一〇時三〇分 大磯着
寺内 外務大臣     
     伊藤 統監
 本日在英代理大使へ左の通電報せり
本日英大使来訪英国政府は「コーボン」より三浦理事官の不都合なる行動を挙けて今後彼と交渉するを好まさるに依り他の人を指定せられたしと統監府に請求したるに付英政府に於て此の請求に後援を与へられたしとの請訓に接せり然るに本件は事態頗る重大なる故英政府は何等決心を取る前先以て大使の意見を徴すとて電問し来れりと語り次て同大使も本件に付軽々しく意見を述ふるを憚る事情あるに付公然となく日本政府の意向を知りたしと申出てたり依て石井次官は本件一切の書類は曾禰副統監より一昨日京城にて郵送せられたるを以て政府は右書類を熟読の上何分の措置を請ふと同官より申越あるに付該書類閲読の上ならては其意見を発表すること能はすと答へ猶一己の私見として三浦に対する「コーボン」の攻撃即ち三浦か脅迫と虚喝を用ひたりと謂ふか如きは事実を誤るの甚しきものにして彼か請求は到底容るへきものにあらすと信する旨を答へたり大使は「コーボン」の行動を奇怪なりとし殊に虚喝に乗せらるゝものは自業自得のみ斯ることを以て攻撃の一ヶ条と為すか如きは如何にも児戯に類せりと内密に語れり
 就ては貴官は直に外務大臣に面会の上総領事の上申は何等理由なきことを詳細説明し併せて本件に関し当初より帝国政府が取り来りたる穏和友好的の態度を指摘せらるへし

写経屋の覚書-フェイト「ハッタリに引っかかったというのは単に自業自得だ。攻撃の一つにそれをあげるのは児戯の類だ、って容赦ない批判だよね…」

写経屋の覚書-はやて「身内まで敵に回してもぉたんか。それも自業自得やな」

写経屋の覚書-なのは「本筋に関係なくなるから結末だけ説明すると、最終的にはコバーンは三浦忌避要求を撤回し、日本政府はコバーンに対する処罰を要求しないことで話はついたの。まず来電第26号「コバーンの公文撤回問題解決に関する件」(『統監府文書5』p244収録)を見るね」

明治四十一年八月二十五日午後六時〇三分 発
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 「コーボン」の三浦と交渉を拒絶事件に付て英政府は「コーボン」の所属を穏当ならすと認め彼か本件に関し統監府に宛てたる照会を撤回すへき旨を電訓したること幷に在東京英国大使か帝国政府に於て英国の此措置に満足し本件を全然結了せるものと考へ此上何等の処分を英政府に要求せさらんことを熱望したることは外務大臣の電報により付軽々しく意見を既に御承知のことゝ存す本件に付ては其後外務大臣と本官の間に篤と協議を遂け日英両国特別の関係に顧み帝国政府は英政府の措置に満足し本件を茲に全然結了したるものと認むることに決定せり就ては在京城の新聞記者通信員に対し本件は英政府の公正なる措置に依り全然且満足に結了したる旨を告け今後「コーボン」の態度を追窮攻撃せさる様先以て注意を与へ且厳重に取締らるへし
 尚又英政府の「コーボン」に下したるの訓令に基く照会文撤回のことは彼に於て之を実行せさる場合に於ても我より進んて之を督促せす先つ以て詳細当方へ報告せらるしと

写経屋の覚書-フェイト「「在京城の新聞記者通信員に対し本件は英政府の公正なる措置に依り全然且満足に結了したる旨を告け今後「コーボン」の態度を追窮攻撃せさる様先以て注意を与へ且厳重に取締らるへし」ってマスコミ対策もするんだね」

写経屋の覚書-なのは「統監府・政府の『弱腰』を責めたり煽ったり、政界に首を突っ込む連中が多かったからねぇ…来電「コバーンの第二次公文撤回問題解決に関する駐日英国大使来談の件」(『統監府文書5』p245収録)によると、三浦の方には今後英総領事に公文を送る時は侮辱や不快を与える字句を避けるよう要求があったの」

明治四十一年八月二十五日午後五時三五分 東京発
   午後六時四〇分 箱根着
寺内 外務大臣     
     伊藤 統監
 本日午後英大使来省今朝談話せし「コーボン」第二の書翰撤回の勧告電報は京城及倫敦に発送せる旨を告け次て曰く斯く本使は本件の円満結了の為め努めたれは此に日本政府に対して一の希望あり其れは日本政府より三浦理事官に内訓して同官より英領事に公文を送るに際し侮辱を与へ又は不快の念を起さしむへき字句を避けしむる様致されたきこと是なり事宜に依ては日本文にて文通するも可ならすやと石井次官は三浦に訓令を発すへきや否やを決するは伊藤統監の職権に属するを以て御希望の趣は早速公爵に通牒すへしと答へ更に閣下は我理事官より英国領事官に送る公文に日本語を用ゆるに異議なきやと問いたるに大使は在京城英領事官には二名の熟達せる訳官あり決して異議なしと答へたり
 就ては三浦理事官に対する訓令の件は閣下に於て可然御計ひを乞ふ

写経屋の覚書-はやて「日本語で送ってもええんけどな?って向こうから言ってきたんかいな。マクドナルドむっちゃ親切やなぁw」

写経屋の覚書-なのは「余計な摩擦を防ぐための措置なんだけどね。これを受けて伊藤は来電第27号(8月26日8時40分発)で曾禰に「三浦理事官に内訓して同官より英領事に公文を送るに際し侮辱を与へ又は不快の念を起さしむへき字句を避けしむる」ことと「公文に日本語を用ゆる」ことを訓令して、寺内にその旨を同報したの」

写経屋の覚書-フェイト「これでコバーンの問題についてはおしまいだね。梁起鐸の引き渡しに戻ろうよ」

写経屋の覚書-なのは「ちょっと脱線が過ぎたかもね。コバーンはグレイの訓令を受けて梁起鐸を即時に引き渡すことにしたの。往電第58号「梁起鐸引渡に対する駐韓英国総領事の提議の件」(『統監府文書5』p240収録)に引き渡しの通知について書かれてるよ」

明治四十一年八月二十一日午前〇時二八分 京城発
   午前四時三〇分 岐阜着
曾禰 副統監     
     伊藤 統監
 本日往電第五七号に関する英国総領事の書簡接受午後六時半に至り同総領事より更に通牒に接したり右に依れは日本政府の与へられたる保証を信任し英国政府は梁起鐸引渡を自分に委任(ヲーソライズ)せり而して当日午後六時三十分を以て之を執行すへしと云ふに在り之に対し当方よりは斯かる短時間中に韓国官憲をして引渡を受くるの手続をせしむるは不可能のことに属す依りて明日午前十時三十分相当官憲を派出し引渡を受くるの手続を為さしむへき旨を回答せり

写経屋の覚書-はやて「もしかして、「午後6時半に引き渡す」っちゅう手紙を午後6時半に渡すんて嫌がらせ(ちゃ)うん?w」

写経屋の覚書-フェイト「これまでの経緯があるから、すねているようにも見えるよね」

写経屋の覚書-なのは「最後まで子供じみている気はするよねw 結局、引き渡しは8月22日の午前中に行なわれたことが往電第60号「梁起鐸引渡終了の件」(『統監府文書5』p241収録)で報告されたの」

明治四十一年八月二十一日午後五時二〇分 京城発
   午後九時  大磯着
曾禰 副統監     
     伊藤 統監
 梁起鐸の引渡は今朝午前十一時を以て結了せり同人は大韓毎日申報社より直に大韓病院に護送し入院せしめたり梁の引渡を受くる際韓国官憲は同行せしめたる医師をして梁の容体を診断せしめんとしたるに何故か引渡に立会ひたる英国総領事は統監府より之に関し何等の通牒なしとて其診断を拒絶したり依りて本人を診断せさりしも同人の容体は平常に異らすして病人の状なく他人の助を藉るの要なくして自ら自由に階段を昇降し人力車に乗り大韓病院に入りたる後も別段疲労を認めすとのことなり尚ほ佐藤博士をして充分診断せしめたる上公判開廷の期日を決する筈なり

写経屋の覚書-フェイト「これでやっと梁起鐸の引渡問題は決着したんだね。あとは裁判だけだね」

写経屋の覚書-はやて「その前にまたなんか問題起きるん(ちゃ)うん?すっかり用心深くなってもぉたで」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは。往電第72号「駐韓英国総領事の三浦理事官忌避に関する公文撤回の件」(『統監府文書5』p249収録)でもこんな懸念がされてるしね」

明治四十一年八月二十七日午後二時四〇分 京城発
   午後六時二五分 大森着
曾禰 副統監     
     伊藤 統監
 英国総領事か三浦忌避に関する公文撤回の訓令を受け居る様御電報の処去る二十五日往電第百六十五号の通り三浦と通信する「ヲブゼクション」を撤回したるのみにて同総領事は其後の書簡を以て三浦か真実ならさる陳述を為したりとの確信は依然変らさる旨を通知し来れり右は敢て追窮せさる考なれとも彼か誠実に訓令を遵守し居るや否やに付御参考迄通報す

写経屋の覚書-フェイト「まだコバーンの話なの?「誠実に訓令を遵守し居るや否やに付御参考迄通報す」ってすごい疑われようだね。これまでの経緯があるから仕方ないとは思うけど」

写経屋の覚書-なのは「ま、さすがにもうコバーン関係の問題はないんだけどね。後はすぐに裁判の様子に触れていきたいところなんだけど、次回は韓国人の動きについて見ていくことにするね。じゃ、今回はここまでにするよ」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)   国債報償金費消事件(3)
国債報償金費消事件(4)   国債報償金費消事件(5)   国債報償金費消事件(6)
国債報償金費消事件(7)   国債報償金費消事件(8)
写経屋の覚書-はやて「前回の最後で、なのはちゃんが今までの苦労が無駄になるような事件が起こったって言うとったよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。その前に、梁起鐸の入院が決定して、8月11日の夕方に大韓医院へ移送されるようになったことは覚えているよね?」

写経屋の覚書-フェイト「伊藤の厳命に曾禰が従ったって話だったよね」

写経屋の覚書-なのは「そうそう。で11日の夕方になったんだけど、監獄の看守部長が『入院』じゃなくて『釈放+梁の随意で入院』と勘違いして釈放してしまったの」

写経屋の覚書-フェイト写経屋の覚書-はやて「え?」

往電第44号「梁起鐸入院後の問題点に対する請訓の件」(『統監府文書5』p224収録)
明治四十一年八月十二日午後三時〇五分 京城発
   午後七時一五分 呉着
曾禰 副統監    
     伊藤 統監
 貴命により昨夕梁起鐸を大韓病院に移さんとする際在監の儘入院するものなりとの典獄の命を誤解し看守部長は本人の随意入院と認め梁を解放したる事件に関し不取敢別電の通外務大臣へ照会せり閣下よりも英国大使へ可然御伝達を乞ふ

写経屋の覚書-なのは「梁はそのまま大韓毎日申報社に逃げ込んでしまったんだよ。往電第45号「国債報償金事件関係者梁起鐸の引渡に対する英国政府との交渉の件」(『統監府文書5』p225収録)にその推移が報告されてるの」

明治四十一年八月十二日午後九時二五分 京城発
   午後一〇時一〇分 呉 着
曾禰 副統監     
     伊藤 統監
 国債報償金事件に関し拘留中なりし梁起鐸の取調漸次進行し来る十五日公判開廷の運になりたる処伊藤統監は在東京英国大使より同人の衰弱せる状を聞き且同大使の請求に応し病院に入院治療せしむへき旨を答へ置きたれは右梁の大韓病院に移すへき旨統監より再応の電報あり当方に於ても同人の取扱に付ては充分注意する所あり監獄医及大韓病院長佐藤進をして診断せしめたる処病徴なきのみならす本人に於ても疾病を感する旨を訴へすと雖も統監より英国大使に対する約束上是非とも入院せしめよとの電命を尊重し同人を大韓病院に移し容体を試験することに決し其手続を命したり然るに昨日午後五時半警視一名数人の巡査を率ゐ同人護送の為め監獄に至りたるに同人は既に監獄を去りて居らす取調の結果典獄は梁か在監の儘大韓病院に入院する旨を達したるを看守部長之を誤解し随意入院と認め梁を放還したること判明せり仍て直に捜索に著手したるに梁は「マーナム」邸内に帰り居ることを発見し同人に対し其の引渡を求めたるに英国総領事の命令あるに非らされは引渡す能はさる旨を答へたり依て三浦理事官は英韓条約第三条に基き同総領事に対し梁の引渡を請求したる処同条第九項に韓国の国法を犯したる韓人にして英国人の家宅に潜伏するときは英国領事官憲は韓国官憲の請求に応し其の引渡の手続を為すへき規定あるに拘はらす殊更に本国政府に伺ひ出て其訓令あるにあらされは引渡の請求に応する能はすとて三浦理事官の交渉を拒絶したり梁起鐸初め警視庁に留置せらるゝや英国総領事は殆んと狼狽の状を為し梁は「ベセル」裁判事件の承認たりしか故殺人罪を犯したる場合の外逮捕又は処罰せられさるの保障を日韓官憲より与へられたるに拘はらす「ベセル」裁判決定後数週間を出てさる内彼を逮捕するは失当なりとて頻に梁の放免を請求し当方に於て梁の取調は国債報償金事件に係り「ベセル」裁判事件とは何等の関係なき旨を再三懇切の説明したるも遂に之に承服するの状なく本国政府に対しても真実の報告を為さゝるの形迹あり且又国債報償金の会計係にして梁起鐸「ベセル」等と行動を共にし目下「ベセル」邸に潜伏せる韓人朴容奎は英国総領事館か日韓両国事情密偵とし利用し居るやの風説あり旁々本案に関する英国総領事の態度了解し難き廉鮮からす今回梁起鐸の帰宅に就ては典獄等の不注意は勿論なりと雖も条約上何等の疑点を容るゝの余地なき今回の請求に応せさるか如き行為を以て我に対するの措置と認むるを得す仍て梁起鐸の引渡のことを其筋へ至急御交渉ありたし

写経屋の覚書-なのは「次にマーナムの家つまりベセルの家に逃げ込んだの。申報社にしてもベセル邸にしても英国人の所有物ということで治外法権の効力範囲内だから、韓国官憲は踏み込めなかったんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「英国総領事の命令がないと引き渡せないってことで、三浦理事官が英国総領事コバーンに英韓条約に基いて引き渡しを請求したら、コバーンは本国の訓令がないと応じられないと拒否したんだね」

写経屋の覚書-はやて「おいおい、前のベセル事情聴取の件と(おんな)しパターンかいな」

写経屋の覚書-フェイト「それにしてもコバーンの態度が頑固すぎるね。引き渡し請求自体は条約上正当なものだからわざわざ訓令を本国に求める必要もないのに」

写経屋の覚書-なのは「三浦理事官がコバーンに15日の裁判開始までに梁を引き渡すよう何回も要求して、コバーンがそれを拒絶する繰り返しの中で、双方はかなり感情的になったみたいなの。先に結果を言っておくと、結局15日の裁判開始までに問題は解決されず、裁判は延期になったんだよね」

写経屋の覚書-フェイト「…これでまた寺内外務大臣や駐日英国大使が忙しくなるね」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよねぇ。寺内は8月13日付で駐英臨時代理大使の陸奥広吉に「梁起鐸引渡に付在京城英領事へ訓令方英国政府へ申入に関する件」(『日本外交文書』第41巻第1冊p795収録)を送って、英国外務省がコバーンに梁起鐸引き渡しを訓令することを提案するよう訓令したの。陸奥への訓令は第74号「駐韓英国総領事に梁起鐸引渡を訓令のように英国政府へ提案の件」(『統監府文書5』p227収録)で伊藤にも知らされてるよ」

明治四十一年八月十三日午後八時三〇分 東京発
   午後一一時五〇分 宮島着
寺内 外務大臣     
     伊藤 統監
 其後英国大使より梁起鐸の保釈を許し又友人との交通を許されたき旨照会ありたるに対し右は承諾し難きも家事上又は法律上の用向に関し家族友人又は法律家と当該官憲の面前に於て談話を為すは差支なき旨回答し置きたり其後同大臣は梁か重病に罹り居る旨を以て書面にて目下帰朝中の伊藤統監に保護方懇願したり其結果統監より曾禰副統監に対し梁の入院取計方電訓あり統監府にては早速佐藤博士をして診察せしめたる処病気の兆候なく本人も之を訴へさりしも兎も角入院に着手したるに梁は病院へ行かすして「ベセル」宅に逃げ込たり依て統監府より英国総領事に対し英韓条約第三条に依り梁の引渡を請求したる処本国政府に請訓するにあらされは之に応する能はさる旨を以て拒絶せり元来本件発生後英国側は

(一)「ベセル」裁判をして以後間もなく梁を逮捕したるは同人か「ベセル」事件の証人たりしか為め逮捕又は処罰されさる旨の保証に反し

(二)梁か留置中親戚友人と面会せしめす

(三)梁は留置監に於て苛酷の待遇を受け疾病に罹り殆んと死に瀕せり

 等を掲けて非難すれとも

(一)梁の取調は国債報償金費消事件に関するものにして「ベセル」裁判事件とは何等関係なく

(二)犯罪の嫌疑あるものは証拠の湮滅を防く為め外界との交通を断つは法律上止を得さる所

(三)苛酷の待遇を受け梁は疾病に罹かると称すと雖も現に梁は佐藤博士の診察幷に彼か出獄後自ら「ベセル」宅に逃込みたるの事実は彼か病者に非らさる証拠なり

  右にて梁に対する待遇の不当にあらさること法律上適当の順序を履みたること及統監府に於て勉めて英大使の希望に副へたること明瞭なるへしと思料す元来本件は韓国人を拘留したるに止まり英国人の家宅に侵入して逮捕したるにあらすして重大の事件にあらさるも京城に於て彼我の間に事情の疎通せさりし為めにや案外重大問題の観を呈するに至れるは遺憾なり而して英総領事か梁の引渡の如き殊に英韓協約明文上最も明白なる要求をすら之に応するに躊躇するに至りては事態益々紛糾するの虞あり就ては貴官は英国外務大臣に面会の上前記事実の真想を告け併せて同政府に於て速に在京城同総領事に対し梁の引渡方訓令ある様請求ありたし

写経屋の覚書-はやて「あははは。梁起鐸は病人や言いながら、出獄後に病院やなくてベセル邸に逃げ込んだんは病人(ちゃ)う証拠や!ってほんまそのとおりやんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「で、訓令を受けた陸奥駐英臨時代理大使は現地時間の14日に英国外務省を訪れて、ホラングレイ外務次官から既にコバーンに対して訓令したことを聞いたんだけど、それについて報告した8月15日付陸奥発寺内宛「梁起鐸引渡に付英国政府に申入れの件」(『日本外交文書』第41巻第1冊p802収録)は来電第70号「梁起鐸引渡問題を英国政府に要求の件」(『統監府文書5』p231収録)で伊藤に転報されたの」

明治四十一年八月十五日午後三時五〇分 東京発
   午後七時四九分 舞子着
寺内 外務大臣     
     伊藤 統監
 左の通陸奥代理大使より電報あり
「第七十三号」「グレイ」「カムベル」両氏とも目下不在に付今十四日次官「ホラングレイ」氏に面会し篤と御来訓の旨を談したるに同氏は之に対し本日既に在韓英総領事に向け梁引渡の要求は之を拒絶し難し但し梁か出獄を許されたるを幸ひとし「ベセル」方に赴きたる行為に対しては処罰せらるゝことなく又公判の日まて同人を入院せしむること若し又同人病重くして他に移し難きときは快方に至りたる上必す引渡すへき旨を約し其れ迄之を延期せられたしと請求すへき旨電訓せる趣を告けられたり依て本官は右最後の請求は到底之を承諾し能はさるところなるへき旨を告け「グレー」氏に伝告せられたき旨を語り置けり尚ほ本件に関し当外務省へ達したる報告に依れは統監府は伊藤公の電訓に接し間違て本人を放免せるものにて本人逃走して「ベセル」方に行きたるに非らす又英国側医師の診察に依れは本人は実際病気に罹り居り其重なる原因は獄舎狭隘にして平臥すること能はさりし為めなりと云ふ
 副統監へも電報せり

写経屋の覚書-フェイト「ベセル邸に逃げ込んだことについては処罰しない、公判の日まで入院させる、もし病状が重くて移動させられないようだったら快方に向かった時に引き渡すからそれまで待ってほしい、っていう条件付きだけど引き渡し自体は訓令したんだね」

写経屋の覚書-はやて「陸奥が最後の条件は承諾でけへんって言うたんは、即時引き渡しは譲られへんってことやねんな」

写経屋の覚書-なのは「さて、これまでの経緯から見て、コバーンがその訓令に素直に従うかな?と先行きがなんとなく予想できるんだけど、ともかく梁の引き渡しに向けて話が進んでいるということで伊藤は来電第21号「梁起鐸の取扱に対する韓国副統監への訓令通報の件」(『統監府文書5』p232収録)で、曾禰に対して公明正大な裁判のためにあらためて注意するの」

明治四十一年八月十六日午前一一時 
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 外務大臣よりの電報に依れは英国政府は在京城英国総領事に対し梁起鐸引渡を電訓したる由なれは愈々公判を開始することゝなるへし就ては此の際特に注意すへきは公明正大内外人孰れの側より見るも至極尤もなりと思はしむる判決を下すことなり殊に証拠調には最も注意を要す警察の探偵報告を基礎として断案を下す如きは飽く迄之を避け一に重きを証人の証言に措きて本件の事実を明白ならしむるを期せさるへからす若し牽強附会なる議論を以て強て有罪の判決を為すか如きことあれは忽ち新に組織したる韓国裁判所の信用を落し延ひて以て治外法権撤回に関する将来の施設にも影響を及すへし又「ベツセル」其他外国人を証人として召喚するの必要ある場合には公然当該国領事に照会して総て正当の手続を履み更に紛糾の種を残すか如きことを避くるを要す
 右は申す迄もなきことなから本件の性質及裁判に影響重大なるに顧み為念電報す可然当該官憲へ御訓諭を乞ふ

写経屋の覚書-はやて「「若し牽強附会なる議論を以て強て有罪の判決を為すか如きことあれは忽ち新に組織したる韓国裁判所の信用を落し延ひて以て治外法権撤回に関する将来の施設にも影響を及すへし」ちゅうんは重要なとこやね。収監中の梁起鐸取扱のときも見たけど、大韓帝国の司法制度改革と信頼性の確立は治外法権撤廃にもつながる問題やったいうわけや。これで後は梁引き渡しやね」

写経屋の覚書-なのは「と思ったら、英国外務省から別の要求が来たの。来電第151号「梁起鐸事件に関する英国政府の駐日英国大使への電訓通報の件『統監府文書5』p233収録。但し『統監府文書8』p329には曾禰宛を収録)を見るよ」

明治四十一年八月十六日午後五時五〇分 東京発
   午後九時四七分 舞子着
寺内 外務大臣     
     伊藤 統監
 英国大使は本国政府より左の通電報ありたる旨本日通報せり
 京城より接手せる電報に依れは梁起鐸事件の公判は無期延期となりたるか如し之より先き「コーボン」氏は若し梁の病状重くして出廷に堪へさるときは其軽快に趣くを俟て速に出廷せしむへきことを保証し以て公判の延期を求むへき旨訓令を受けたり之れと共に英国政府は日本官憲に於て梁か出獄を許されたるを利用せる所為に対し之を処罰せさるへき旨言明せられんことを希望し且つ将来に向て寬仁なる待遇を保証せらるへきを信す
 尚ほ英国政府の観る所によれは日本は梁起鐸拘留の性質其留置せらるゝ監獄室内の狭隘及本人逃亡の際に於ける病状等に関する事実の真相に付地方官憲より報告に接せさるものゝ如し
 英国政府は其意見を開陳するに当り未た嘗て梁に對する起訴の善意に出たるを争ひたることなし随て之か引渡を拒絶するを得すと云へとも梁の受けたる待遇及ひ其既に七月十二日以来留置せられたる事実に顧み日本国に於て左の提議に対し相当の考慮を加へられんことを望む即ち若し当該官憲に於て梁の引渡を受けたる後免訴 (ノルレ,プロセキエイ) の言渡を為し本人を放免すへき旨日本政府より内密に保証せらるゝときは公衆は之を以て同官憲の恩典と看做すへく且つ同官憲に於て苛酷なる待遇を為すか如き感情今や漸く加はるに至りたるも之か為め一掃するの好果あるへし
 右曾禰副統監へも電報せり

写経屋の覚書-フェイト「え?梁が引き渡されたら免訴してほしいって?」

写経屋の覚書-はやて「それってむっちゃ虫のええ話(ちゃ)うん?裁判を行なうために引き渡しを求めとんのにこれまでの経緯が全部無意味になるやん!しかも「公衆は之を以て同官憲の恩典と看做すへく且つ同官憲に於て苛酷なる待遇を為すか如き感情今や漸く加はるに至りたるも之か為め一掃するの好果あるへし」って恩着せがましい真似やで」

写経屋の覚書-フェイト「ここまできて、梁の裁判自体をひっくり返そうっていうのはかなり異常な『提案』だと思うんだけど…」

写経屋の覚書-はやて「それと「尚ほ英国政府の観る所によれは日本は梁起鐸拘留の性質其留置せらるゝ監獄室内の狭隘及本人逃亡の際に於ける病状等に関する事実の真相に付地方官憲より報告に接せさるものゝ如し」いうんも興味深いやんなぁ。なんつうか、自己紹介乙みたいな感じやしw」

写経屋の覚書-なのは「鄭晋錫『大韓帝国の新聞を巡る日英紛争』(李相哲訳 晃洋書房 2008)p269によると、コバーンがグレイ外務大臣に提案したらしいんだよ。典拠史料として引いているPublic Record Office, London所蔵のコバーン発グレイ宛の電報を直接確認できたらいいんだけどねぇ…今回はここまでにして、次回はこの提案に対して伊藤や曾禰、マクドナルドがどう対応したかを見ていくよ」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)   国債報償金費消事件(3)
国債報償金費消事件(4)   国債報償金費消事件(5)   国債報償金費消事件(6)
国債報償金費消事件(7)
写経屋の覚書-フェイト「前回の最後、梁起鐸の待遇についての話が途中のままだったよね」

写経屋の覚書-なのは「その前に西岡隊長の続編スレが立ってたから紹介しておくね」

ベセル氏の金鉱山株購入
マルタンへの事業費融資

写経屋の覚書-フェイト「金銭の動きが複雑だね…」

写経屋の覚書-なのは「隊長は尹雄烈らの関与も視野に入れて見ているけど、これって断定はできない難しい問題なんだよね。じゃ、本題に行くよ」

写経屋の覚書-はやて「伊藤が梁の扱いをかなり寛大にせぇと言うて、曾禰が三浦もそのつもりやったけど規則上でけへんかったんでしゃぁなくああいう返答をしたんやってとこまでやったね。三浦のコバーンへの返答は外交官としては穏やかやないから注意せえいうんもあったなぁ」

写経屋の覚書-なのは「三浦の返答が穏やかじゃないって件は、コバーンの木で鼻をくくったような拒絶的言動への仕返しというか、売り言葉に買い言葉みたいな面もあったんだけどね。で、伊藤は来電第14号「梁起鐸裁判公平無私施行に関する件」(『統監府文書4』p363収録。但し『統監府文書5』p218では「ベセル及梁起鐸行刑に関する慎重措置指示の件」として収録)でさらに念を押すの」

明治四十一年八月五日午後四時一五分 大森発
   午後七時五五分 京城着
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 貴電第三十一号に関し本官は初より罪人を出すを目的とせす主として報償金取扱の真相を明亮ならしめんことを望めり故に京城出発前丸山にも厳重に訓戒し決して梁起鐸を罪人扱ひすへからすと注意し置けり然るに丸山に於て充分なる調査を遂けす殆んと全く探偵報告を基礎として罪跡明確ならさるに早計にも七月十八日梁を漢城裁判所に交付したるは本官深く之を遺憾とす此の上は一に裁判所の公平無私なる裁判に竣つの外なし然り而して報償金は独り大韓毎日新報社のみならす他の新聞社等に於ても募集を取扱ひたるに毎日新報社関係の分のみ峻厳なる調査を為し他の方面を不問に付せは是ひ啻に本官当初の目的に反するのみならす世上にて当方に於ては単に「ベツセル」追及の目的に出てたるものと評するも弁解の辞なきを以て本官は往電第四号末段に於て梁起鐸と同時に其の調査に着手せられたるや否やを問ひたるに貴電第十号を以て大体の回答に接したるも其後未た詳細の報告に接せす右は定めし調査進捗中のことゝと存するに付其顛末を詳しく電報を乞ふ又「ベツセル」に対し民事訴訟を起すには寄托人の請求に竣たさるへからさるは勿論のことなり「ベツセル」等にして真に寄托金を他の目的に費消したる嫌疑充分なれは適当なる請求者を得る決して難きに非す若し適当なる請求者を得る能はさる迄に寄托金費消の事実疑はしけれは「ベツセル」に対する訴訟は勿論梁起鐸の訴追も無意味なり況や貴電の如く梁を有罪として処分するの見込充分ならさるに於ては「ベツセル」に対する裁判の要求は民刑事を問はす固より無用なり要するに本件は当初より注意し置きたるに拘はらす竜頭蛇尾に終るの憾なき能はす然れとも事外国官憲との交渉の已むを得さる事故なるを慮り我か保護政治に瑕瑾を残すの拙劣に陥らさるを期し充分当局者に御訓示あらんことを希望す

写経屋の覚書-フェイト「いきなり、最初から罪人を出すのが目的じゃなくて、主に報償金取り扱いの真相を明らかにすることを望んでいたって明言してるね」

写経屋の覚書-なのは「だから京城出発前に梁起鐸を罪人扱いするなって丸山に厳重に訓戒したのに、丸山が犯罪の形跡が明確じゃないのに早まって梁を裁判所に送致したことは遺憾だって怒ってるの」

写経屋の覚書-はやて「そやけど、こうなってもおた以上は公平無私な裁判を待つしかないと。裁判所に圧力かけて希望する判決を引き出そうなんて考えてへんねんなぁ」

写経屋の覚書-フェイト「報償金の調査についても、大韓毎日申報社だけ厳しく調査して他の新聞社等を放置したら、報償金取り扱いの真相を明らかにするっていう伊藤の当初の目的に反するだけじゃなくて、世間で単にベセル追及を目的としてやったことだと言われても弁解しようがなくなるって言ってるんだけど、これを読んでも、ベセル・大韓毎日申報弾圧のためのカモフラージュだとか言う人はいるんだろうね」

写経屋の覚書-なのは「絶対にいるよねぇ。往電第4号で梁起鐸と同時に他の新聞社等の調査も開始したかどうかを訊いたんだけど、往電第10号で大体の回答をもらった後はまだ詳しい報告を受けてない。きっと調査が進捗中のことだろうと思うけど推移について詳しく電報してほしいって、かなり続報を催促してるね」

写経屋の覚書-はやて「もし、ベセルの報償金横領が事実かどうか怪しかったら、ベセルに対する訴訟は当然梁に対する訴訟も無意味や。曾禰の言うように梁を有罪として処分する見込みがじゅうぶん(ちゃ)うんやったら、ベセルに対する裁判はなおさら無用やん。要するに、当初より注意しといたのに尻すぼみで終わってまうかも。梁のことは外国官憲との交渉上しゃぁない事故やけど、大韓帝国への保護政治に傷を残さんようにちゃんと当局者に訓示せぇってこれむっちゃ怒っとるよねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「丸山が先走って暴走したようなものだもんね」

写経屋の覚書-なのは「さらに梁起鐸の釈放について、駐日英国大使マクドナルドが伊藤に交渉を試みたの。来電第15号「梁起鐸病保釈に関する英国大使の私信」(『統監府文書4』p365収録。但し『統監府文書5』p220では「ベセル問題に関する駐日英国大使の私信伝達の件」として収録)にあるように私信を送ってきたんだ」

明治四十一年八月八日午前一一時三五分 大森発
   午後八時七分 京城着
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 在中禅寺の英国大使より八月五日附にて欧文別電第十六号の如き私信(「プライヴエート,エント,パーソナル」)を本官に寄せ昨夜到達せり此の書翰は私信なれとも大使か公文を以て外務省に照会せす私信を当方に寄せたるに就きては当方に於ては特に注意を要すへきことゝ信す梁起鐸の待遇に其後改善を加へたること並に監獄医の診断等 (貴電第三十一号) に就ては不取敢英国大使に返答は致し置きたるも梁起鐸は報償金費消事件の調査に就きては当方に於ても英国側に於ても共に必要なる証人なるを以て此際残酷なる待遇の為に万一死去するか如きことあれは双方にとりて不利益なるのみならす我政略上にも由々敷影響を及ほすの虞あるを以て両三日中に判決を下たす見込なれは兎も角然らされは一時大韓医院に入院治療せしむる様閣下より至急其の筋に厳命せられたし

写経屋の覚書-なのは「手紙の内容は、梁が未決囚であることとその健康状態を考慮して保釈か入院治療の許可を出すことを希望するものだったの。そして伊藤は「閣下の熱誠なる御希望に随ひ若し両三日中に裁判決定の見込なけれは病気保養の為梁を一時官立大韓医院に入院せしむる様」曾禰に指示してマクドナルドに返答を送ったの」

写経屋の覚書-はやて「マクドナルドにしても伊藤にしても、病気という理由で落とし所をつくったようなもんやね」

写経屋の覚書-なのは「そうだろうね。マクドナルドの手紙とそれに対する伊藤の返答は『統監府文書5』p220収録の来電第15号「ベセル問題に関する駐日英国大使の私信伝達の件」に別紙として添付されているけど省略するね」

写経屋の覚書-フェイト「じゃ、曾禰はその指示通り梁を入院させるようにしたんだね」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだけどね…保釈はできないって点を強調してきたんだよ。往電第39号「梁起鐸保釈保留の件」(『統監府文書5』p232収録。但し『統監府文書4』p366では往電第39号(発第504号)「梁起鐸病保釈不許の件」として収録)を見るよ」

明治四十一年八月九日午後四時三〇分 京城発
   午後七時四〇分 大森着
曾禰 副統監    
     伊藤 統監
 貴電第十五号梁起鐸の取扱に就ては本官に於ても至極同感にて同人の生死と其の証言の如何とは独り一韓人の休戚に止まらす其国際問題に影響する所鮮少ならさるへきを察し當局者に充分なる注意を与へ置きたれは梁は既に特別の待遇を受け居る筈なれとも尚御申越の趣旨に基き本人目下の状態幷に之を監獄より大韓病院に移すの手続に付取調を命し置きたり序なから申進みたきは八月一日附外務大臣より英国大使へ与へたる回答は (韓国現行法中には保釈の制度無之) とあれとも同日 (八月一日) より施行せられたる民刑訴訟規則には保釈及責付の規定を設けあれは外務大臣の回答は今日に於ては事実と符合せさるに似たり尤も梁起鐸は逃走及証言変更の虞あるに付保釈を許すこと能はさるへし右為念申添ゆ

写経屋の覚書-フェイト「韓国には保釈制度がまだないから保釈できないって前に英国側に返事したけど、8月1日から施行された民刑訴訟規則には保釈規定があるから、その返答は現在では事実と違っちゃってる。でも梁起鐸について言うと逃走と証言変更のおそれがあるから保釈は許可できないです、っていうことだけど、もし英国総領事や大使が民刑訴訟規則の保釈規定を理由に保釈要求をしてきた場合に備えての話なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「そうなのかなぁ。「大韓病院に移すの手続に付取調を命し置きたり」だから即時入院処置を渋っているようにも見えるんだよね。往電39号への返信になる来電第18号「梁起鐸入院の件」(『統監府文書4』p365収録。但し『統監府文書5』p222では「梁起鐸大韓医院入院に関する件」として収録)を見ると、少なくとも伊藤はそうとらえたっぽいんだよね」

明治四十一年八月十日午前一一時五〇分 沼津発
   午後四時三一分 京城着
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 貴電第三九号に関し梁起鐸を大韓医院に入院せしむることは是非共厲行せられたし英国大使には本官より梁を入院せしむる様電訓したることを通報したるに同大使は非常に喜ひ居れり故に若し入院をなさしめさる様のことありて乃ち命令の行はれさることゝなりて頗る不都合の結果を生すへし因て速に入院せしめられたし

写経屋の覚書-はやて「ほんまやなぁ。英国大使に入院措置を報告したんだから、もし入院させへんかったら、命令が実行されないことになってややこしいことになるで、と。そらそうやなぁ。統監命令を副統監以下が無視したいう話になるんやもんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「曾禰はこの来電第18号を受け取る少し前に、往電第40号「梁起鐸の健康状態及ひ側近の動静に関する報告の件」(『統監府文書5』p223収録。但し『統監府文書4』p366では往電第40号89(発第505号)「梁起鐸の健康状態及ひ駐韓英国総領事の梁起鐸庇護の件」として収録)を伊藤に送ってたの」

明治四十一年八月十日午後三時〇五分 京城発
   午後七時四一分 名古屋着
曾禰 副統監     
     伊藤 統監 宛
 往電第三十九号梁起鐸の容体に関し中川検事長に於て監獄医をして診察せしめたる処同人は元来身体強壮ならす営養亦良好ならさるも入監後特に健康を害せし事実なく且又本人に於て何等か疾病あることを自覚せは申出つへき旨常に申含め置きたるも未た一回も診察を請求したることなく隋て投薬したることもなし本人の云ふ所に拠るも入監以来特に身神に異状を覚えへたることなき趣なれは英国大使の受けたる報告は誇大に失する嫌あり右の次第に付治療を要するものとして病院に入院せしむることを得す且又「ベセル」の後継者「マーナム」の屡々梁に会見を求め英語を用ひたき旨を要求したれとも当方にては韓語に限り且国債報償金の処置に係るを許さゝるを以て会見の際は何時も対談数分間を出てすして去れり英国総領事か当初より頻りに梁の放免を要求し且又之を病院に移さんことを希望するの事情より之を察すれは本件の関係者等に於て梁か真実の証言を為しす事を怖れ予め打合を為し置かんとするものゝ如し梁に対する公判は遠らす開廷せらるゝの筈に付本件の真相は不日判明するに至るへしと思考す

写経屋の覚書-フェイト「医者に診察させたけど容体は悪くないし、本人も不調を訴えたことがない。英国大使の受けた報告は容体を誇大に言ったんじゃないか、そういうわけで治療が必要な状態じゃないし入院させることはできないって…すれ違いだから仕方ないのかもしれないけど、ほんとに統監の指示に従わない事態になりそうだよ!」

写経屋の覚書-なのは「伊藤は来電第18号を送った後にこの往電第40号を受け取ったんだけど、すれ違いになってたことはわかってたみたい。すぐに来電第20号「梁起鐸入院措置に関する件」(『統監府文書4』p368収録。但し『統監府文書5』p224では来電「梁起鐸入院強行訓令の件」として収録)を送って、梁を入院させるよう厳命したの」

明治四十一年八月十日午後一一時二五分 名古屋発
  十一日午前〇四時四〇分 京城着
伊藤 統監     
     曾禰 副統監
 今朝沼津より往電第十八号を発したる後貴電第四十号に接したるも本官は依然梁起鐸を病院に入るの必要を認むるに付至急本官の命令を実行する様韓国政府へ御厳命相成りたし


写経屋の覚書-はやて「さすがに伊藤も驚いたやろなぁ。曾禰は今度こそ従ったんやろね?」

写経屋の覚書-なのは「うん。受け取った11日の夕方に往電第41号「梁起鐸入院強行及ひ公判日字確定通報の件」(『統監府文書5』p224収録)を送って、入院措置をとることを報告したんだよ」

明治四十一年八月十一日午後三時四九分 京城発
   午後六時五〇分 呉着
曾禰 副統監    
     伊藤 統監
 貴電第二十号に関し佐藤博士をして梁起鐸を診察せしめたる処昨日往電の如く監獄医の申立と同しく病兆なく且梁自身に於ても病気ありとは思ひ居らさる趣なり然れとも御厳命のこと故入院せしめて身体を試験せしむることに決せり尚佐藤博士の語る処にては梁は元来身体虚弱なるか故他人より見れは病者の如く思はるゝことなきに非すと云へり又同人の公判は来る十五日より開廷せらるゝ筈なり

写経屋の覚書-フェイト「梁は病気じゃないけど厳命だから入院させますっていうのはともかく、元来虚弱だから他人の眼には病気に見えたってことがないとは言えない、ってちょっとおもしろいね」

写経屋の覚書-はやて「まぁ、伊藤統監が英国大使に入院を確定事項として言うてもぉた以上は入院させなあかんねんけど、入院の必要な状態あるいはそういう状態と判断されたことにしとかな、いちおうの理屈が通らんもんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「相手の腹を探ったり、メンツを立てたり、譲歩できる余地を用意したりと、いろいろたいへんだったけど、これで梁起鐸の釈放問題は解決して、あとは8月15日の公判開始を待つだけになったの…と言いたいところだけど、また面倒な事件が起こったの」

写経屋の覚書-フェイト「今度は何なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「今までの苦労が無駄になるような事件なの。今回はここまでにして、次回はその面倒な事件を見ていくよ」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)   国債報償金費消事件(3)
国債報償金費消事件(4)   国債報償金費消事件(5)   国債報償金費消事件(6)