「前回の最後、梁起鐸の待遇についての話が途中のままだったよね」
「その前に西岡隊長の続編スレが立ってたから紹介しておくね」ベセル氏の金鉱山株購入
マルタンへの事業費融資
「金銭の動きが複雑だね…」
「隊長は尹雄烈らの関与も視野に入れて見ているけど、これって断定はできない難しい問題なんだよね。じゃ、本題に行くよ」
「伊藤が梁の扱いをかなり寛大にせぇと言うて、曾禰が三浦もそのつもりやったけど規則上でけへんかったんでしゃぁなくああいう返答をしたんやってとこまでやったね。三浦のコバーンへの返答は外交官としては穏やかやないから注意せえいうんもあったなぁ」
「三浦の返答が穏やかじゃないって件は、コバーンの木で鼻をくくったような拒絶的言動への仕返しというか、売り言葉に買い言葉みたいな面もあったんだけどね。で、伊藤は来電第14号「梁起鐸裁判公平無私施行に関する件」(『統監府文書4』p363収録。但し『統監府文書5』p218では「ベセル及梁起鐸行刑に関する慎重措置指示の件」として収録)でさらに念を押すの」| 明治四十一年 | 八月 | 五日 | 午後 | 四時 | 一五分 | 大森発 |
| 午後 | 七時 | 五五分 | 京城着 | |||
| 伊藤 統監 | ||||||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 貴電第三十一号に関し本官は初より罪人を出すを目的とせす主として報償金取扱の真相を明亮ならしめんことを望めり故に京城出発前丸山にも厳重に訓戒し決して梁起鐸を罪人扱ひすへからすと注意し置けり然るに丸山に於て充分なる調査を遂けす殆んと全く探偵報告を基礎として罪跡明確ならさるに早計にも七月十八日梁を漢城裁判所に交付したるは本官深く之を遺憾とす此の上は一に裁判所の公平無私なる裁判に竣つの外なし然り而して報償金は独り大韓毎日新報社のみならす他の新聞社等に於ても募集を取扱ひたるに毎日新報社関係の分のみ峻厳なる調査を為し他の方面を不問に付せは是ひ啻に本官当初の目的に反するのみならす世上にて当方に於ては単に「ベツセル」追及の目的に出てたるものと評するも弁解の辞なきを以て本官は往電第四号末段に於て梁起鐸と同時に其の調査に着手せられたるや否やを問ひたるに貴電第十号を以て大体の回答に接したるも其後未た詳細の報告に接せす右は定めし調査進捗中のことゝと存するに付其顛末を詳しく電報を乞ふ又「ベツセル」に対し民事訴訟を起すには寄托人の請求に竣たさるへからさるは勿論のことなり「ベツセル」等にして真に寄托金を他の目的に費消したる嫌疑充分なれは適当なる請求者を得る決して難きに非す若し適当なる請求者を得る能はさる迄に寄托金費消の事実疑はしけれは「ベツセル」に対する訴訟は勿論梁起鐸の訴追も無意味なり況や貴電の如く梁を有罪として処分するの見込充分ならさるに於ては「ベツセル」に対する裁判の要求は民刑事を問はす固より無用なり要するに本件は当初より注意し置きたるに拘はらす竜頭蛇尾に終るの憾なき能はす然れとも事外国官憲との交渉の已むを得さる事故なるを慮り我か保護政治に瑕瑾を残すの拙劣に陥らさるを期し充分当局者に御訓示あらんことを希望す | ||||||
「いきなり、最初から罪人を出すのが目的じゃなくて、主に報償金取り扱いの真相を明らかにすることを望んでいたって明言してるね」
「だから京城出発前に梁起鐸を罪人扱いするなって丸山に厳重に訓戒したのに、丸山が犯罪の形跡が明確じゃないのに早まって梁を裁判所に送致したことは遺憾だって怒ってるの」
「そやけど、こうなってもおた以上は公平無私な裁判を待つしかないと。裁判所に圧力かけて希望する判決を引き出そうなんて考えてへんねんなぁ」
「報償金の調査についても、大韓毎日申報社だけ厳しく調査して他の新聞社等を放置したら、報償金取り扱いの真相を明らかにするっていう伊藤の当初の目的に反するだけじゃなくて、世間で単にベセル追及を目的としてやったことだと言われても弁解しようがなくなるって言ってるんだけど、これを読んでも、ベセル・大韓毎日申報弾圧のためのカモフラージュだとか言う人はいるんだろうね」
「絶対にいるよねぇ。往電第4号で梁起鐸と同時に他の新聞社等の調査も開始したかどうかを訊いたんだけど、往電第10号で大体の回答をもらった後はまだ詳しい報告を受けてない。きっと調査が進捗中のことだろうと思うけど推移について詳しく電報してほしいって、かなり続報を催促してるね」
「もし、ベセルの報償金横領が事実かどうか怪しかったら、ベセルに対する訴訟は当然梁に対する訴訟も無意味や。曾禰の言うように梁を有罪として処分する見込みがじゅうぶん
「丸山が先走って暴走したようなものだもんね」
「さらに梁起鐸の釈放について、駐日英国大使マクドナルドが伊藤に交渉を試みたの。来電第15号「梁起鐸病保釈に関する英国大使の私信」(『統監府文書4』p365収録。但し『統監府文書5』p220では「ベセル問題に関する駐日英国大使の私信伝達の件」として収録)にあるように私信を送ってきたんだ」| 明治四十一年 | 八月 | 八日 | 午前 | 一一時 | 三五分 | 大森発 |
| 午後 | 八時 | 七分 | 京城着 | |||
| 伊藤 統監 | ||||||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 在中禅寺の英国大使より八月五日附にて欧文別電第十六号の如き私信(「プライヴエート,エント,パーソナル」)を本官に寄せ昨夜到達せり此の書翰は私信なれとも大使か公文を以て外務省に照会せす私信を当方に寄せたるに就きては当方に於ては特に注意を要すへきことゝ信す梁起鐸の待遇に其後改善を加へたること並に監獄医の診断等 (貴電第三十一号) に就ては不取敢英国大使に返答は致し置きたるも梁起鐸は報償金費消事件の調査に就きては当方に於ても英国側に於ても共に必要なる証人なるを以て此際残酷なる待遇の為に万一死去するか如きことあれは双方にとりて不利益なるのみならす我政略上にも由々敷影響を及ほすの虞あるを以て両三日中に判決を下たす見込なれは兎も角然らされは一時大韓医院に入院治療せしむる様閣下より至急其の筋に厳命せられたし | ||||||
「手紙の内容は、梁が未決囚であることとその健康状態を考慮して保釈か入院治療の許可を出すことを希望するものだったの。そして伊藤は「閣下の熱誠なる御希望に随ひ若し両三日中に裁判決定の見込なけれは病気保養の為梁を一時官立大韓医院に入院せしむる様」曾禰に指示してマクドナルドに返答を送ったの」
「マクドナルドにしても伊藤にしても、病気という理由で落とし所をつくったようなもんやね」
「そうだろうね。マクドナルドの手紙とそれに対する伊藤の返答は『統監府文書5』p220収録の来電第15号「ベセル問題に関する駐日英国大使の私信伝達の件」に別紙として添付されているけど省略するね」
「じゃ、曾禰はその指示通り梁を入院させるようにしたんだね」
「そうなんだけどね…保釈はできないって点を強調してきたんだよ。往電第39号「梁起鐸保釈保留の件」(『統監府文書5』p232収録。但し『統監府文書4』p366では往電第39号(発第504号)「梁起鐸病保釈不許の件」として収録)を見るよ」| 明治四十一年 | 八月 | 九日 | 午後 | 四時 | 三〇分 | 京城発 |
| 午後 | 七時 | 四〇分 | 大森着 | |||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 伊藤 統監 | ||||||
| 貴電第十五号梁起鐸の取扱に就ては本官に於ても至極同感にて同人の生死と其の証言の如何とは独り一韓人の休戚に止まらす其国際問題に影響する所鮮少ならさるへきを察し當局者に充分なる注意を与へ置きたれは梁は既に特別の待遇を受け居る筈なれとも尚御申越の趣旨に基き本人目下の状態幷に之を監獄より大韓病院に移すの手続に付取調を命し置きたり序なから申進みたきは八月一日附外務大臣より英国大使へ与へたる回答は (韓国現行法中には保釈の制度無之) とあれとも同日 (八月一日) より施行せられたる民刑訴訟規則には保釈及責付の規定を設けあれは外務大臣の回答は今日に於ては事実と符合せさるに似たり尤も梁起鐸は逃走及証言変更の虞あるに付保釈を許すこと能はさるへし右為念申添ゆ | ||||||
「韓国には保釈制度がまだないから保釈できないって前に英国側に返事したけど、8月1日から施行された民刑訴訟規則には保釈規定があるから、その返答は現在では事実と違っちゃってる。でも梁起鐸について言うと逃走と証言変更のおそれがあるから保釈は許可できないです、っていうことだけど、もし英国総領事や大使が民刑訴訟規則の保釈規定を理由に保釈要求をしてきた場合に備えての話なのかな?」
「そうなのかなぁ。「大韓病院に移すの手続に付取調を命し置きたり」だから即時入院処置を渋っているようにも見えるんだよね。往電39号への返信になる来電第18号「梁起鐸入院の件」(『統監府文書4』p365収録。但し『統監府文書5』p222では「梁起鐸大韓医院入院に関する件」として収録)を見ると、少なくとも伊藤はそうとらえたっぽいんだよね」| 明治四十一年 | 八月 | 十日 | 午前 | 一一時 | 五〇分 | 沼津発 |
| 午後 | 四時 | 三一分 | 京城着 | |||
| 伊藤 統監 | ||||||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 貴電第三九号に関し梁起鐸を大韓医院に入院せしむることは是非共厲行せられたし英国大使には本官より梁を入院せしむる様電訓したることを通報したるに同大使は非常に喜ひ居れり故に若し入院をなさしめさる様のことありて乃ち命令の行はれさることゝなりて頗る不都合の結果を生すへし因て速に入院せしめられたし | ||||||
「ほんまやなぁ。英国大使に入院措置を報告したんだから、もし入院させへんかったら、命令が実行されないことになってややこしいことになるで、と。そらそうやなぁ。統監命令を副統監以下が無視したいう話になるんやもんなぁ」
「曾禰はこの来電第18号を受け取る少し前に、往電第40号「梁起鐸の健康状態及ひ側近の動静に関する報告の件」(『統監府文書5』p223収録。但し『統監府文書4』p366では往電第40号89(発第505号)「梁起鐸の健康状態及ひ駐韓英国総領事の梁起鐸庇護の件」として収録)を伊藤に送ってたの」| 明治四十一年 | 八月 | 十日 | 午後 | 三時 | 〇五分 | 京城発 |
| 午後 | 七時 | 四一分 | 名古屋着 | |||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 伊藤 統監 宛 | ||||||
| 往電第三十九号梁起鐸の容体に関し中川検事長に於て監獄医をして診察せしめたる処同人は元来身体強壮ならす営養亦良好ならさるも入監後特に健康を害せし事実なく且又本人に於て何等か疾病あることを自覚せは申出つへき旨常に申含め置きたるも未た一回も診察を請求したることなく隋て投薬したることもなし本人の云ふ所に拠るも入監以来特に身神に異状を覚えへたることなき趣なれは英国大使の受けたる報告は誇大に失する嫌あり右の次第に付治療を要するものとして病院に入院せしむることを得す且又「ベセル」の後継者「マーナム」の屡々梁に会見を求め英語を用ひたき旨を要求したれとも当方にては韓語に限り且国債報償金の処置に係るを許さゝるを以て会見の際は何時も対談数分間を出てすして去れり英国総領事か当初より頻りに梁の放免を要求し且又之を病院に移さんことを希望するの事情より之を察すれは本件の関係者等に於て梁か真実の証言を為しす事を怖れ予め打合を為し置かんとするものゝ如し梁に対する公判は遠らす開廷せらるゝの筈に付本件の真相は不日判明するに至るへしと思考す | ||||||
「医者に診察させたけど容体は悪くないし、本人も不調を訴えたことがない。英国大使の受けた報告は容体を誇大に言ったんじゃないか、そういうわけで治療が必要な状態じゃないし入院させることはできないって…すれ違いだから仕方ないのかもしれないけど、ほんとに統監の指示に従わない事態になりそうだよ!」
「伊藤は来電第18号を送った後にこの往電第40号を受け取ったんだけど、すれ違いになってたことはわかってたみたい。すぐに来電第20号「梁起鐸入院措置に関する件」(『統監府文書4』p368収録。但し『統監府文書5』p224では来電「梁起鐸入院強行訓令の件」として収録)を送って、梁を入院させるよう厳命したの」| 明治四十一年 | 八月 | 十日 | 午後 | 一一時 | 二五分 | 名古屋発 |
| 十一日 | 午前 | 〇四時 | 四〇分 | 京城着 | ||
| 伊藤 統監 | ||||||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 今朝沼津より往電第十八号を発したる後貴電第四十号に接したるも本官は依然梁起鐸を病院に入るの必要を認むるに付至急本官の命令を実行する様韓国政府へ御厳命相成りたし | ||||||
「さすがに伊藤も驚いたやろなぁ。曾禰は今度こそ従ったんやろね?」
「うん。受け取った11日の夕方に往電第41号「梁起鐸入院強行及ひ公判日字確定通報の件」(『統監府文書5』p224収録)を送って、入院措置をとることを報告したんだよ」| 明治四十一年 | 八月 | 十一日 | 午後 | 三時 | 四九分 | 京城発 |
| 午後 | 六時 | 五〇分 | 呉着 | |||
| 曾禰 副統監 | ||||||
| 伊藤 統監 | ||||||
| 貴電第二十号に関し佐藤博士をして梁起鐸を診察せしめたる処昨日往電の如く監獄医の申立と同しく病兆なく且梁自身に於ても病気ありとは思ひ居らさる趣なり然れとも御厳命のこと故入院せしめて身体を試験せしむることに決せり尚佐藤博士の語る処にては梁は元来身体虚弱なるか故他人より見れは病者の如く思はるゝことなきに非すと云へり又同人の公判は来る十五日より開廷せらるゝ筈なり | ||||||
「梁は病気じゃないけど厳命だから入院させますっていうのはともかく、元来虚弱だから他人の眼には病気に見えたってことがないとは言えない、ってちょっとおもしろいね」
「まぁ、伊藤統監が英国大使に入院を確定事項として言うてもぉた以上は入院させなあかんねんけど、入院の必要な状態あるいはそういう状態と判断されたことにしとかな、いちおうの理屈が通らんもんなぁ」
「相手の腹を探ったり、メンツを立てたり、譲歩できる余地を用意したりと、いろいろたいへんだったけど、これで梁起鐸の釈放問題は解決して、あとは8月15日の公判開始を待つだけになったの…と言いたいところだけど、また面倒な事件が起こったの」
「今度は何なのかな?」
「今までの苦労が無駄になるような事件なの。今回はここまでにして、次回はその面倒な事件を見ていくよ」国債報償金費消事件(1) 国債報償金費消事件(2) 国債報償金費消事件(3)
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