写経屋の覚書-はやて「なのはちゃん、フェイトちゃん、ウィキに「朝鮮進駐軍」の項目が復活しとるで!」

写経屋の覚書-フェイト「え?ほんとだ…でも内容は中立的というか穏当な感じだね」

写経屋の覚書-なのは「そうみたいだね。まぁ何にしても作者の把握している史料より精度の高い情報は出てないみたいだし、現時点では別にどうと言うこともないと判断するの。じゃ、本題に行くよ」

写経屋の覚書-フェイト「前回は1909年11月に国債報償金処理会が成立したところまでだったね」

写経屋の覚書-なのは「うん。処理会は京城の一般会員の意見を集めた後、27日に地方団体代表出席の評議会で報償金の用途について意見を聴取し、国債報償・国立銀行設立・教育費に充てる・各地方に返金して銀行設立か教育費にする、のいずれかを実施することを議決して、12月2日の総会に提出することになったの」


写経屋の覚書-19091128皇城新聞_処理会決定事項

1909年11月28日付皇城新聞
●処理会評議件 国債報償金処理会評議会에셔昨日下午一時에鍾路商業会議所内에評議会를開写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17出席人員은副会長以下総務二人評議員十人이오臨時議長은金相天氏가出席写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17該金의処理条件은一、国債의部分을報償写経屋の覚書-har17件一、国立銀行設立件一、教育費로費用写経屋の覚書-har17件一、各地方에還為分給写経屋の覚書-har17件인写経屋の覚書-thai17銀行設立及教育費로供■写経屋の覚書-ha17■로議決写経屋の覚書-ha17야来土曜日総会에提出写経屋の覚書-ha17가로預定写経屋の覚書-ha17고会長尹雄烈氏의出席及辞免의与否를勧告写経屋の覚書-har17総代写経屋の覚書-nan17金麟、崔敬淳両氏로選定写経屋の覚書-ha17야来月曜日内로該事件을報告写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ha17얏다더라

写経屋の覚書-はやて「国立銀行設立って、前に大韓協会の大垣丈夫も言うとったなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そうだったね。でも2日の総会で用途が確定したかどうかは怪しいんだよね。3日付申報に、会員の林蚩正が利殖運用して利子を教育か実業のために使用したいっていう処理会に対して述べた意見が載ってるくらいだし」

写経屋の覚書-フェイト「団体が一本化しても決まらないんだね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。11月20日付の記事にも尹雄烈会長の辞任についてちょっと出てきたけど、12月19日の総会で処理会長が兪吉濬に交代したの。12月28日には内部大臣・漢城府尹・警視総監宛に請願書を出して、報償金調査と処理という処理会の目的を届け出て、報償金の費消を防ぐこともあって処理会を官憲の監督下に置くよう要請したの」


写経屋の覚書-19100120皇城新聞_官庁監督下

1910年1月20日付皇城新聞
●処理会請願 国債報償金処理会에셔内部와漢城府와警視庁에請願写経屋の覚書-han17全文이如左写経屋の覚書-ha17더라
伏以光武十一年二月分에大邱人徐相돈이国債報償金捐補写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17論을発起写経屋の覚書-ha17■全国이響応写経屋の覚書-ha17와四方의寄附重品으로各其一時의便宜를因写経屋の覚書-ha17야或은個人애게委托写経屋の覚書-ha17고或은団体에委托写経屋の覚書-ha17야其収聚機関을作写経屋の覚書-ha17얏고適当写経屋の覚書-han17総合処所가無写経屋の覚書-ha17온즉今日에至로록其寄附金額이支離散乱写経屋の覚書-ha17야実数가未炯写経屋の覚書-har17■더러中間費消写経屋の覚書-har17慮가有写経屋の覚書-ha17온故로国内人士가時로調査写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17議를唱写経屋の覚書-ha17야会를設写経屋の覚書-ha17고方法을究写経屋の覚書-ham17이一再에不止호写経屋の覚書-thai17方便이未立写経屋の覚書-ha17와旋即廃解写経屋の覚書-ha17얏■오니竊念此金性質이寄附種類에係写経屋の覚書-ha17온則監督官庁의認知援護하시写経屋の覚書-nan17正当節次을由하야着手写経屋の覚書-ham17이可写経屋の覚書-han17故로本人等이全国의公議를聴하와国債報償金処理会를組織하고其調査를行하야前後実額을核하야■総合写経屋の覚書-han17実数를明하야処理코져写経屋の覚書-ham17이오며且其処理라하옴은金銭其物의処理를行写経屋の覚書-ham17이아니오其保管方法을処理写経屋の覚書-ham17에監督官庁의監視하시写経屋の覚書-nan17下에置하야万一의費消写経屋の覚書-har17弊를防하고後日의目的上正当使用을俟코져写経屋の覚書-ham17이올■茲에調査方法을将写経屋の覚書-ha17■■査照写経屋の覚書-ha17시기에便케写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ap17나이다
  国債報償金調査方法順序

一、京城各地의現存額을調査写経屋の覚書-ha17야個人或団体의保管으로銀行或他機関에在写経屋の覚書-han17者의実数든지其引止을停止写経屋の覚書-ha17는事

二、京郷各地의費消額을調査写経屋の覚書-ha17야可히還徴 者写経屋の覚書-ham17監督官庁에報告写経屋の覚書-ha17야其処分을請写経屋の覚書-ha17는事

三、京郷各地隠蔽額을検出写経屋の覚書-ha17야監督官庁에報告写経屋の覚書-ha17야其処分을請写経屋の覚書-ha17는事

写経屋の覚書-ha17오나全国을通写経屋の覚書-ha17는詳細調査写経屋の覚書-nan17時日을費写経屋の覚書-ham17이過多写経屋の覚書-ha17을진則本会写経屋の覚書-nan17現存額을随査総合写経屋の覚書-ha17야一団을作写経屋の覚書-ha17고財産及信用上社会名重写経屋の覚書-han17者의議를広採写経屋の覚書-ha17와最完全最厳正写経屋の覚書-han17方法으로保管機関을立写経屋の覚書-ha17야各般事務를継続処理케写経屋の覚書-ha17올지며其保管機関의如何方法은現存額総合後에監督官庁에報告写経屋の覚書-ha17야其聴認写経屋の覚書-ha17■을伏俟写経屋の覚書-ha17겟기로民論의在写経屋の覚書-har17
바를挙하야茲에請願홈
隆煕三年十二月二十八日
   国債報償金処理会長兪吉濬
内部大臣
漢城府尹
警視総監  閣下

写経屋の覚書-はやて「ついに公的機関の監督下に入ってもぉたんやな。調査手順も明示化したことやし、これ以降は処理がサクサク進んだんやろか?」

写経屋の覚書-なのは「これまでの調査会や検査所の停滞に比べればの話だけどね。1月22日付大韓毎日申報、22日~3月13日付・24日~27日付・4月19日~23日付皇城新聞、1月23日~28日付大韓民報には、請願書で示した調査処理についての広告を出して地方団体に呼び掛けたの」


写経屋の覚書-19100123大韓民報_調査告知
(画像は1月23日付大韓民報)

写経屋の覚書-フェイト「郡、洞里レベルの団体の所にある報償金をその代表が京城に持ってくるんだね」

写経屋の覚書-なのは「ところが、慶尚南道昌原馬山港の団体がこれに反対して、これまで総合所等に送った報償金を返却することを主張して、各地方団体に連合を呼びかけたの」


写経屋の覚書-19100127大韓毎日申報_馬山檄
1910年1月24日~27日付大韓毎日申報(画像は26日付掲載のもの)

写経屋の覚書-はやて「2月15日にみんなで押しかけて団交するでーってことやな。お決まりの党争来たでーw」

写経屋の覚書-なのは「実は馬山港の代表朴祐永は、前年11月の処理会結成時に大韓毎日申報社・総合所に返金を要求してうやむやにされたって経緯があったんだよ」


写経屋の覚書-19091130大韓毎日申報_馬山抗議
1909年11月30日付大韓毎日申報

写経屋の覚書-フェイト「領収証を持って申報社に返金を要求したら、梁起鐸に総合所に渡したって言われて、総合所に行って返金を要求したら尹雄烈に処理会の処理が終わってからって言われてどうしようもなかった、ってことなんだろうけど、わざわざ広告することかなぁ?」

写経屋の覚書-はやて「要求の正当性と理不尽な対応を受けた被害者だって宣伝しとくんが目的なん(ちゃ)う?」

写経屋の覚書-なのは「ま、声を上げることに意義を見出したんだろうねw 処理会のほうは2月8日~17日付皇城新聞、2月8日~9日付万歳報にこの朴の動きを非難して容認しないって広告を出したの」

写経屋の覚書-19100216皇城新聞_馬山へ反駁

写経屋の覚書-フェイト「結局どうなったの?」

写経屋の覚書-なのは「このときは影響はなかったみたいなんだけど、もうちょっと後に続報があるの。今はそれに触れないよ。じゃ、今回はここまでにするね」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)   国債報償金費消事件(3)
国債報償金費消事件(4)   国債報償金費消事件(5)   国債報償金費消事件(6)
国債報償金費消事件(7)   国債報償金費消事件(8)   国債報償金費消事件(9)
国債報償金費消事件(10)  国債報償金費消事件(11)  国債報償金費消事件(12)
国債報償金費消事件(13)  国債報償金費消事件(14)  国債報償金費消事件(15)

国債報償運動(1)   国債報償運動(2)   国債報償運動(3)
国債報償運動(4)   国債報償運動(5)   国債報償運動(6)
国債報償運動(7)   国債報償運動(8)   国債報償運動(9)
国債報償運動(10)

写経屋の覚書-なのは「仕事が忙しくなって史料もなかなか読めてない作者なんだけど、最近『歴史通』11月号っていう嫌雑誌を読むはめになって、頭を抱えたんだって」

写経屋の覚書-はやて「『歴史通』?あー、ブログで作者の小説をコピペして金錫源大活躍!を載せたねずきちなんかが寄稿しとるあれやな」

写経屋の覚書-フェイト「polalisさんもこれを読んで頭痛や体調不良に陥ったって言ってたね…」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよねぇ…じゃ、本題に行くよ。1907年7月以降事実上終了状態だった国債報償運動は1908年7月~9月の国債報償金費消事件で完全に終了してしまったんだけど、費消事件に対する調査運動が起こったのは憶えてるかな?」

写経屋の覚書-フェイト国債報償金費消事件(12)国債報償金費消事件(13)のあたりだったね」

写経屋の覚書-はやて「えーっと、国債報償金調査会やね。8月30日に大同会・湖南学会・帝国実業会・大東学会・漢城銀行・天一銀行・大韓協会・一進会・関東学会・畿湖学会・商業会議所・大邱断烟会から尹孝定・李学宰・李昇鉉・呂炳鉉・崔恒来・李敏卿・金麟・金允五たちが参加して結成されたんやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。あのときは統監府文書の憲機第537号「国債報償金調査委員選定の件報告」で見たけど、9月1日付皇城新聞でも報道されてたの。でもね、この調査会は国債報償金費消事件(14)でも見たように、別の団体が調査を始めてるから並行する必要はないって理由で10月30日に活動を停止したの」


写経屋の覚書-19081101大韓毎日申報_調査会停止

1908年11月1日付大韓毎日申報
●調査停会 各社에셔連合写経屋の覚書-han17国債報償金調査会에셔再昨日下午一時에京城商業会議所内에総会写経屋の覚書-rar17開하얏写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17該金調査에対写経屋の覚書-ha17야整理会와検査所에셔現為着手則調査会에셔写経屋の覚書-nan17不必幷■미니写経屋の覚書-ha17야姑為停会写経屋の覚書-ha17기로可決写経屋の覚書-ha17얏다더라  

写経屋の覚書-フェイト「整理会ってどんな団体なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「これね、詳細がよく分からないんだよね。田口容三『李朝末期の国債報償運動について』(所収「朝鮮学報」第128輯 朝鮮学会 1988)p26では上掲の記事について整理会は国債報償調査整理所のことじゃないかって言ってて、p28ではその整理所について「結成時期は不明であるが、一九〇八年九月末ごろと思われる。会長は親日団体の一進会副会長洪肯燮であるから、同所は一進会系の調査団体であろう(93)」としているんだけどね」

写経屋の覚書-はやて「一応根拠はあるんやな。国債報償金費消事件(12)でみた憲機第522号「一進会評議員会決議案報告」にあるように一進会が報償金調査に取り組もうとしたこと自体はあったわけやし」

写経屋の覚書-なのは「うん。注93にあげられている10月3日付申報には、調査会長張博の辞任について、一進会員たちが別に調査組織の結成を発起し評議員の姜曄がそれと連合しようとしたけど、張博がそれを不可として辞任したって記事が載ってるから、一進会が調査団体を組織しようとしてたんじゃないかってことはうかがえるんだけどね。その団体が整理所だという確証もないんだよね」

写経屋の覚書-フェイト「え?じゃぁ、田口は何を見て、国債報償調査整理所っていう名称や会長が洪肯燮だとかいうことを書いたんだろう?」

写経屋の覚書-なのは「9月・10月の各新聞は調べたんだけど、国債報償調査整理所或いは整理会に比定できるような団体についての記事や広告は発見できてないの。上記の記事については、14日付申報で姜曄が事実と違う、張の辞任は煩擾のためだって言ってるんだけど、ほんとのところはどうだろうねぇ。とりあえず整理会については不明ってことにしておくよ」

写経屋の覚書-フェイト「検査所のほうは、国債報償金費消事件(14)でも出てきたけど、なのはちゃんは、田口論文を参照して、1909年(隆煕3年)11月に発足した国債報償金処理会に統合吸収されたんじゃないかって言ってたね」

写経屋の覚書-なのは「うん。田口は「処理会は一進会系の調査整理所を除く諸団体を実質上、整理統合したものと見てよかろう」ってしているんだけど、これもその根拠がよく分からないんだよね。たしかに処理会の役員に、調査会と後で触れる国債報償検整統合会の役員をしていた人たちが多いから、調査会と統合会が処理会に整理統合されたっていうのは分かるんだけど、検査所については幹部が処理会幹部になっている形跡がないしねぇ…」

写経屋の覚書-はやて「…田口って、注にあげとる史料をほんまに自分でちゃんと直接確認したん?誰かの論文の丸写しノーチェック部分多いん(ちゃ)うん?」

写経屋の覚書-なのは「そう疑わざるを得ない傍証は他にもあるんだよねぇ。いずれ触れるかもしれないけど…さっき言ってた国債報償検整統合会は1909年1月に結成されたの」


写経屋の覚書-19090108皇城新聞_検整会発足
1909年1月8日付皇城新聞

写経屋の覚書-はやて「会長が張博って、調査会長を辞めた後こっちに来たんかいなw スティーリー・ダンとドゥービー・ブラザーズの関係やんw」

写経屋の覚書-フェイト「これじゃ、張博の調査会長の辞任も、姜曄の弁明は形を取り繕っただけで、ほんとはやっぱり内訌のせいだったんじゃないかなって思っちゃうよね。この統合会は処理会に統合されたってことでいいんだよね?」

写経屋の覚書-なのは「うん。上で言ったように、11月20日付皇城新聞の処理会総会の記事を見ると、統合会発起人の李敏卿・李柱炳が処理会の総務に選ばれているから統合されたって見ていいよ」

写経屋の覚書-フェイト「で、田口論文によると、「諸団体を実質上、整理統合したものと見てよかろう」ってことで、国債報償金調査会・国債報償検査所・国債報償検整統合会を統合した形になったのが国債報償金処理会(以下「処理会」)ってことだね。でも、結成が1909年11月って、費消事件とそれに伴う調査会・検査所等の結成から1年以上経ってるよね。どういう経過で結成されたのかな」

写経屋の覚書-なのは「1909年11月7日・8日に、徐相敦が国債報償金の処理を発起して、準備会議が行われて京城の各団体の代表と13道の代表を選んで組織することが決定されたの」


写経屋の覚書-19091109大韓毎日申報_処理会結成準備

1909年11月9日付大韓毎日申報
●先定会員 徐샹敦諸氏가国債報償금을処理写経屋の覚書-ha17기로발起 事에対写経屋の覚書-ha17야再昨日븟터中東学校内에会議를開写経屋の覚書-ha17고各社会代表諸氏가出席写経屋の覚書-ha17야為先会員을選定写経屋の覚書-ha17기로決議写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17
十三道의代表人各二人式京城各社会의代表各二人式報償금保管所의代表各一人式을選定写経屋の覚書-ha17기로決定写経屋の覚書-ha17엿다더라


写経屋の覚書-19091111皇城新聞_処理会結成準備

1909年11月11日付皇城新聞
国債報償金의処理会 国債報償金에関写経屋の覚書-ha17야大邱紳士의発起로全国代表人会를去七日下午■時에嶠南学会会館内에開写経屋の覚書-ha17고諸般事務를協議写経屋の覚書-ha17다가時間이不足写経屋の覚書-ham17으로八日上午十二時에継続開会写経屋の覚書-ha17고処理会를組織写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17
十三道의代表人各二人式京城各社会의代表各二人式報償금保管所의代表各一人式을選定写経屋の覚書-ha17고処理方法을一切委任写経屋の覚書-ha17엿더라

写経屋の覚書-はやて「徐相敦って大邱で禁煙&報償運動を最初に始めた人やん。申報の記事やと13道代表者2人ずつと京城の各団体の代表者2人ずつ、報償金保管所代表1人ずつって書いとるから、調査会等の諸団体はここで合同したいうことになるんかな?」

写経屋の覚書-なのは「そうだねぇ。但し徐相敦を代表とする大邱の団体は処理会結成の途中で離脱したんだよ」


写経屋の覚書-19091114大韓毎日申報_大邱断烟会離脱
1909年11月14日付大韓毎日申報・皇城新聞(画像は申報のもの)

写経屋の覚書-フェイト「えーっと、先日の大会に地方団体の出席がなかったし円満に落着してない、大邱で集まった報償金は大邱の公益のために使う、ってことかな?」

写経屋の覚書-はやて「要するに、処理会を見切って独自行動を取るいうわけやな」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよね。15日と18日に結成会議が行われて処理会が結成されたんだけど、ここで調査会・統合会の発起人だった李敏卿が総務、統合会発起人だった李柱炳が総務、調査会発起に関わった金麟が評議員になってるし、のちには統合会委員長だった兪吉濬が会長になったりしてるから、諸団体が合同したかたちになったというのは妥当っぽいね。あ、最初の会長は国債報償志願金総合所長だった尹雄烈だよ」


写経屋の覚書-19091120皇城新聞_処理会幹部
1909年11月20日付皇城新聞

写経屋の覚書-フェイト「それまで調査会や検査所は一体何をしていたんだろうねw」

写経屋の覚書-なのは「ほんと、何もしてなかったとしか言いようがないよねぇ…じゃ、今回はここまでにするね」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)   国債報償金費消事件(3)
国債報償金費消事件(4)   国債報償金費消事件(5)   国債報償金費消事件(6)
国債報償金費消事件(7)   国債報償金費消事件(8)   国債報償金費消事件(9)
国債報償金費消事件(10)  国債報償金費消事件(11)  国債報償金費消事件(12)
国債報償金費消事件(13)  国債報償金費消事件(14)  国債報償金費消事件(15)

国債報償運動(1)   国債報償運動(2)   国債報償運動(3)
国債報償運動(4)   国債報償運動(5)   国債報償運動(6)
国債報償運動(7)    国債報償運動(8)   国債報償運動(9)

写経屋の覚書-なのは「今回も報償運動の参加団体だけど、さっそく国債報償中央義務社について見ていくね」

写経屋の覚書-はやて「皇城新聞社を報償金受入先に指定したり、国債報償連合会議所との統合話で出てきた団体やね」

写経屋の覚書-なのは「うん。この団体の結成自体は結構早くて、前にも見たように3月2日付皇城新聞に趣旨書が載ってるんだけど、3月13日付皇城新聞を見ると、たしかに義務社から報償金を受け取ったと報告されてるんだよね」

写経屋の覚書-フェイト「でもこれじゃ、自分たちでは受け付けないってことなのかな?」

写経屋の覚書-はやて「なんかええ加減ちゅうか無責任な話やな」

写経屋の覚書-なのは「うん…作者もなんだかもやっとした感じがするって言ってた。4月13日付万歳報を見ると、11日に総会を開いて役員を決めたみたいなんだけど…」


写経屋の覚書-19070413万歳報_義務社役員

写経屋の覚書-はやて「?なんで会議所に関わっとった尹孝定や呉世昌が評議員に選ばれとるん?しかも一週間前に会議所長に選ばれとった李儁までおるやん!なのはちゃん、どういうことなん!?グレッグ・レイク状態やん」

写経屋の覚書-フェイト「はやてちゃん落ち着いてっ。グレッグ・レイクがキングクリムゾンをデビューアルバムの「クリムゾンキングの宮殿」だけで脱退してエマーソン、レイク&パーマーを結成したことなんて解説なしじゃ誰も分からないから!」

写経屋の覚書-なのは「フェイトちゃんまでどさくさにまぎれて何を口走ってるのw 記事の後半に「以上諸氏中、当日参席せざりし人氏には、社員中、位高望重なる人を総代として択び送り、来会し参席することを勧告するとのこと」って書いてあるように、実はこの総会で選ばれた人たちって、全員が総会に出席してたんじゃないの」

写経屋の覚書-はやて「え?欠席者を勝手に委員に選んだんかもしれへんの?それって小学校や中学の学級委員とか美化委員みたいなノリなん?」

写経屋の覚書-フェイト「あはは、グレッグ・レイクから美化委員ってすごい落差だよw」

写経屋の覚書-なのは「そういうわけで、この役員選出も結構いい加減なものだったんじゃないかって考えざるを得ないの。李儁はこの総会の10日後に京城を出発してハーグに向かうから、出席してる暇なんてなかっただろうしね」

写経屋の覚書-フェイト「会議所に関わっていた尹孝定や呉世昌が選ばれているのは、先発の会議所の設立メンバーでから後発の会議所に合流しなかった人や、一旦合流したけど義務社に移籍しようとしてた人がいるってことなのかな?」

写経屋の覚書-はやて「義務社と会議所の統合への布石いうか根回し、準備いう狙いがあったんかもしれへんで」

写経屋の覚書-なのは「そういう狙いはあったのかもしれないね。前回見たように会議所との統合は失敗したんだけど、その後の義務社の行動としては、事務所購入の決定をしたことが6月20日付万歳報に載っているね」


写経屋の覚書-19070620万歳報_義務社開始

写経屋の覚書-はやて「社長が4月11日の総会で選ばれたはずの趙鎮泰やなくて南廷哲になっとるで。こっちも不安定なんやなぁ」

写経屋の覚書-フェイト「会議所の方も統合話の前後でトップが代わってたし、統合失敗の責任を取って幹部交代ってことになってたのかもしれないね」

写経屋の覚書-なのは「そうかもしれないね。実は、このあと義務社は活動を見せないまま消えていくの」

写経屋の覚書-フェイト写経屋の覚書-はやて「え?」

写経屋の覚書-フェイト「そういえば、1908年7月27日に京城の各団体を調査した憲機第40号「国債報償金報償金状況報告書写本」(往電第465・466号「国債報償会の募金に対するベセルの立場に関する件」の別紙。『統監府文書4』p355収録)でも国債報償中央義務社って団体の名前はなかったね」

写経屋の覚書-はやて「ほんまや。知らん間にフェードアウトしてもおたんかいな」

写経屋の覚書-なのは「1907年6月以降の大韓毎日申報・皇城新聞・万歳報・大韓民報をチェックしたけど、活動や解散に関する記事や広告は見当たらないんだよねぇ。見落としがあるのかもしれないけど、少なくとも1908年7月までには活動を停止してたって見ていいよ」

写経屋の覚書-フェイト「最初から最後までいい加減な印象がするね」

写経屋の覚書-なのは「そうだねぇ…あと京城の国債報償運動参加団体については、憲機第40号に女子教育会・安東婦人会っていうのが載ってるけど、両方とも報償金を横領してたみたいだね」

写経屋の覚書-はやて「えーっと、女子教育会は会長の秦学胄が百余円を使いこんどって保管金なし、安東婦人会は申簫堂ちゅう女性が三百円を使いこんどって保管金なし、ってこれもええ加減な話やね」

写経屋の覚書-フェイト「前万歳報(現大韓新聞社)と帝国新聞社のほうはどうだったのかな?横領はないように書いているけど」

写経屋の覚書-なのは「万歳報はね、4月12日付紙面に、これまで受け入れた報償金は257円2銭だけど、各団体が勝手に行動するのはよくないってことでこれ以後は受け入れないという社告を出してるの」


写経屋の覚書-19070412万歳報_受入中止

写経屋の覚書-フェイト「憲機第40号だと359円だったよ。数え間違いかそれ以降の受け入れもあったのかな?」

写経屋の覚書-なのは「そうだろうね。横領じゃないとは思うよ。問題は8,420円6銭を保管していた帝国新聞社のほうなんだよね…前にもちょっとだけ触れたけど、1908年11月に発足した国債報償金処理会が、報償運動の後始末をすることになったんだけど、その調査の中で帝国新聞社長鄭雲復の横領が露見したらしいの」


写経屋の覚書-19100716大韓毎日申報_弁済処置

1910年(隆煕4年)7月16日付大韓毎日申報
●国債報償과鄭家執行 鄭雲復이가帝国新聞社長으로在写経屋の覚書-har17時에国債報償金을消耗写経屋の覚書-han17事로国債報償金処理会애셔該氏의家産을執行写経屋の覚書-ha17기로決議写経屋の覚書-ha17엿다더라

写経屋の覚書-はやて「家産を執行って、要するに横領した分は自分の財産処分して払えってことやね」

写経屋の覚書-フェイト「憲機第40号の時点では露見してなかったか、まだ横領してなかったってことなのかな?」

写経屋の覚書-なのは「まだ横領してなかったんじゃないかな。丸山も帳簿を突き合わせて確認したと思うし。これで京城内の国債報償運動団体は全部見終えたよ」

写経屋の覚書-フェイト「国債報償期成会、国債報償志願金総合所、大韓毎日申報社、皇城新聞社、国債報償中央義務社、国債報償連合会議所×2、万歳報、帝国新聞ってあったけど、大規模で継続していたのは期成会・総合所・申報社・皇城の4つだね」

写経屋の覚書-はやて「横領もなくちゃんとやっとったんは皇城だけやね」

写経屋の覚書-なのは「そういうことだね。これで京城の国債報償運動参加団体は全部見たことになるよ。ちょっと早いけどきりがいいから今回はここまでして、次回は費消事件後の報償運動について見ていくよ」

国債報償金費消事件(1)   国債報償金費消事件(2)   国債報償金費消事件(3)
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