写経屋の覚書-はやて「なのはちゃん、フェイトちゃん、ウィキに「朝鮮進駐軍」の項目が復活しとるで!」

写経屋の覚書-フェイト「え?ほんとだ…でも内容は中立的というか穏当な感じだね」

写経屋の覚書-なのは「そうみたいだね。まぁ何にしても作者の把握している史料より精度の高い情報は出てないみたいだし、現時点では別にどうと言うこともないと判断するの。じゃ、本題に行くよ」

写経屋の覚書-フェイト「前回は1909年11月に国債報償金処理会が成立したところまでだったね」

写経屋の覚書-なのは「うん。処理会は京城の一般会員の意見を集めた後、27日に地方団体代表出席の評議会で報償金の用途について意見を聴取し、国債報償・国立銀行設立・教育費に充てる・各地方に返金して銀行設立か教育費にする、のいずれかを実施することを議決して、12月2日の総会に提出することになったの」


写経屋の覚書-19091128皇城新聞_処理会決定事項

1909年11月28日付皇城新聞
●処理会評議件 国債報償金処理会評議会에셔昨日下午一時에鍾路商業会議所内에評議会를開写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17出席人員은副会長以下総務二人評議員十人이오臨時議長은金相天氏가出席写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17写経屋の覚書-thai17該金의処理条件은一、国債의部分을報償写経屋の覚書-har17件一、国立銀行設立件一、教育費로費用写経屋の覚書-har17件一、各地方에還為分給写経屋の覚書-har17件인写経屋の覚書-thai17銀行設立及教育費로供■写経屋の覚書-ha17■로議決写経屋の覚書-ha17야来土曜日総会에提出写経屋の覚書-ha17가로預定写経屋の覚書-ha17고会長尹雄烈氏의出席及辞免의与否를勧告写経屋の覚書-har17総代写経屋の覚書-nan17金麟、崔敬淳両氏로選定写経屋の覚書-ha17야来月曜日内로該事件을報告写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ha17얏다더라

写経屋の覚書-はやて「国立銀行設立って、前に大韓協会の大垣丈夫も言うとったなぁ」

写経屋の覚書-なのは「そうだったね。でも2日の総会で用途が確定したかどうかは怪しいんだよね。3日付申報に、会員の林蚩正が利殖運用して利子を教育か実業のために使用したいっていう処理会に対して述べた意見が載ってるくらいだし」

写経屋の覚書-フェイト「団体が一本化しても決まらないんだね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。11月20日付の記事にも尹雄烈会長の辞任についてちょっと出てきたけど、12月19日の総会で処理会長が兪吉濬に交代したの。12月28日には内部大臣・漢城府尹・警視総監宛に請願書を出して、報償金調査と処理という処理会の目的を届け出て、報償金の費消を防ぐこともあって処理会を官憲の監督下に置くよう要請したの」


写経屋の覚書-19100120皇城新聞_官庁監督下

1910年1月20日付皇城新聞
●処理会請願 国債報償金処理会에셔内部와漢城府와警視庁에請願写経屋の覚書-han17全文이如左写経屋の覚書-ha17더라
伏以光武十一年二月分에大邱人徐相돈이国債報償金捐補写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17論을発起写経屋の覚書-ha17■全国이響応写経屋の覚書-ha17와四方의寄附重品으로各其一時의便宜를因写経屋の覚書-ha17야或은個人애게委托写経屋の覚書-ha17고或은団体에委托写経屋の覚書-ha17야其収聚機関을作写経屋の覚書-ha17얏고適当写経屋の覚書-han17総合処所가無写経屋の覚書-ha17온즉今日에至로록其寄附金額이支離散乱写経屋の覚書-ha17야実数가未炯写経屋の覚書-har17■더러中間費消写経屋の覚書-har17慮가有写経屋の覚書-ha17온故로国内人士가時로調査写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-nan17議를唱写経屋の覚書-ha17야会를設写経屋の覚書-ha17고方法을究写経屋の覚書-ham17이一再에不止호写経屋の覚書-thai17方便이未立写経屋の覚書-ha17와旋即廃解写経屋の覚書-ha17얏■오니竊念此金性質이寄附種類에係写経屋の覚書-ha17온則監督官庁의認知援護하시写経屋の覚書-nan17正当節次을由하야着手写経屋の覚書-ham17이可写経屋の覚書-han17故로本人等이全国의公議를聴하와国債報償金処理会를組織하고其調査를行하야前後実額을核하야■総合写経屋の覚書-han17実数를明하야処理코져写経屋の覚書-ham17이오며且其処理라하옴은金銭其物의処理를行写経屋の覚書-ham17이아니오其保管方法을処理写経屋の覚書-ham17에監督官庁의監視하시写経屋の覚書-nan17下에置하야万一의費消写経屋の覚書-har17弊를防하고後日의目的上正当使用을俟코져写経屋の覚書-ham17이올■茲에調査方法을将写経屋の覚書-ha17■■査照写経屋の覚書-ha17시기에便케写経屋の覚書-ha17写経屋の覚書-ap17나이다
  国債報償金調査方法順序

一、京城各地의現存額을調査写経屋の覚書-ha17야個人或団体의保管으로銀行或他機関에在写経屋の覚書-han17者의実数든지其引止을停止写経屋の覚書-ha17는事

二、京郷各地의費消額을調査写経屋の覚書-ha17야可히還徴 者写経屋の覚書-ham17監督官庁에報告写経屋の覚書-ha17야其処分을請写経屋の覚書-ha17는事

三、京郷各地隠蔽額을検出写経屋の覚書-ha17야監督官庁에報告写経屋の覚書-ha17야其処分을請写経屋の覚書-ha17는事

写経屋の覚書-ha17오나全国을通写経屋の覚書-ha17는詳細調査写経屋の覚書-nan17時日을費写経屋の覚書-ham17이過多写経屋の覚書-ha17을진則本会写経屋の覚書-nan17現存額을随査総合写経屋の覚書-ha17야一団을作写経屋の覚書-ha17고財産及信用上社会名重写経屋の覚書-han17者의議를広採写経屋の覚書-ha17와最完全最厳正写経屋の覚書-han17方法으로保管機関을立写経屋の覚書-ha17야各般事務를継続処理케写経屋の覚書-ha17올지며其保管機関의如何方法은現存額総合後에監督官庁에報告写経屋の覚書-ha17야其聴認写経屋の覚書-ha17■을伏俟写経屋の覚書-ha17겟기로民論의在写経屋の覚書-har17
바를挙하야茲에請願홈
隆煕三年十二月二十八日
   国債報償金処理会長兪吉濬
内部大臣
漢城府尹
警視総監  閣下

写経屋の覚書-はやて「ついに公的機関の監督下に入ってもぉたんやな。調査手順も明示化したことやし、これ以降は処理がサクサク進んだんやろか?」

写経屋の覚書-なのは「これまでの調査会や検査所の停滞に比べればの話だけどね。1月22日付大韓毎日申報、22日~3月13日付・24日~27日付・4月19日~23日付皇城新聞、1月23日~28日付大韓民報には、請願書で示した調査処理についての広告を出して地方団体に呼び掛けたの」


写経屋の覚書-19100123大韓民報_調査告知
(画像は1月23日付大韓民報)

写経屋の覚書-フェイト「郡、洞里レベルの団体の所にある報償金をその代表が京城に持ってくるんだね」

写経屋の覚書-なのは「ところが、慶尚南道昌原馬山港の団体がこれに反対して、これまで総合所等に送った報償金を返却することを主張して、各地方団体に連合を呼びかけたの」


写経屋の覚書-19100127大韓毎日申報_馬山檄
1910年1月24日~27日付大韓毎日申報(画像は26日付掲載のもの)

写経屋の覚書-はやて「2月15日にみんなで押しかけて団交するでーってことやな。お決まりの党争来たでーw」

写経屋の覚書-なのは「実は馬山港の代表朴祐永は、前年11月の処理会結成時に大韓毎日申報社・総合所に返金を要求してうやむやにされたって経緯があったんだよ」


写経屋の覚書-19091130大韓毎日申報_馬山抗議
1909年11月30日付大韓毎日申報

写経屋の覚書-フェイト「領収証を持って申報社に返金を要求したら、梁起鐸に総合所に渡したって言われて、総合所に行って返金を要求したら尹雄烈に処理会の処理が終わってからって言われてどうしようもなかった、ってことなんだろうけど、わざわざ広告することかなぁ?」

写経屋の覚書-はやて「要求の正当性と理不尽な対応を受けた被害者だって宣伝しとくんが目的なん(ちゃ)う?」

写経屋の覚書-なのは「ま、声を上げることに意義を見出したんだろうねw 処理会のほうは2月8日~17日付皇城新聞、2月8日~9日付万歳報にこの朴の動きを非難して容認しないって広告を出したの」

写経屋の覚書-19100216皇城新聞_馬山へ反駁

写経屋の覚書-フェイト「結局どうなったの?」

写経屋の覚書-なのは「このときは影響はなかったみたいなんだけど、もうちょっと後に続報があるの。今はそれに触れないよ。じゃ、今回はここまでにするね」

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