【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
ヨウ素・ガスも放出?──現場近くの植物から検出
健康への影響なし


茨城県東海村の臨界事故で4日、現場近くのヨモギの葉から、ウランが核分裂してできる放射性のヨウ素131が見つかったまた、重症の被ばく者を治療している放射線医学総合研究所も、臨界事故の際に発生した放射性のガスが外部に放出されたらしいことを確認した。しかし、被ばくの面では、大量に照射された中性子線の影響の方が、外部に出た放射性物質の影響とくらべ、はるかに大きかったとみられている。

ヨモギを分析したのは、京都大学原子炉実験所の小出裕章助手。事故現場から約100メートル離れた施設敷地外に生えていた葉を2日午前に採取して分析した結果、1キログラム当たり23-54ベクレルのヨウ素131を検出した。国の摂取制限値の数十分の1で、健康への心配はない。
一方、放医研は、入院した作業員3人の衣類や、鼻の穴、吐しゃ物などを調べ、3人の周囲に放射性の希ガスであるキセノン139クリプトン91ができていた証拠を検出した。

ウランが次々に核分裂反応を起こす臨界では、大量の中性子線を放射するとともに、大量の核分裂生成物と熱が発生する。二つの希ガスも核分裂生成物だ。

軽くて反応性の少ない希ガスは、排気フィルターをすり抜け外部に出ていたとみられる。ヨウ素も熱で気化し、外に出たらしい。
事故当時、現場から1キロの地点で一時、通常の約10倍の放射能を観測するなど周辺で数値が上がったが、放医研は、これは放射性ガスが原因とみている。(朝日新聞 1999/10/05)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
放射性ガス屋外に漏れる フィルター除去困難


JCO東海事業所で起きた臨界事故で、核分裂で生じた放射性ヨウ素やクリプトンなどのガス状の核分裂生成物が排気筒から建屋外に大量に放出された疑いが強いことが3日わかった。ガス状の生成物はフィルターでの除去が難しいためと見られている。

事故の起きた転換試験棟は、建屋内を周囲よりも気圧の低い負圧に保つ排風機1台が配備され、放射性物質を吸着するフィルターも備え付けられている。同社が安全審査の際に作成した申請書では「強制換気で内部を負圧に維持できる構造」としている。

しかし、現場から1キロ離れた東海村舟石川地区では、事故直後から核分裂生成物のヨウ素やクリプトンの影響と見られる高レベルのガンマ線が検出され、平常値に戻ったのは事故から1日後だった。
また同事業所の東側約6キロにある核燃料サイクル開発機構では、30日午後9時前後に通常の6、7倍の放射線レベルに達したという。臨界によって生じた大量のガス状生成物が漏れ続けたためらしい。

同社では事故発生直前までは、負圧機能の維持を確認しているが、汚染された建屋内に排風機があるため、正常に動いているのか確認できない状態。同社は「外部に出る放射性物質の99%以上はフィルターで除去される。しかし、一部のガス状の放射性物質が建屋外に放出された可能性は否定できない」としている。

(読売新聞 1999/10/04)



関連記事:


  原発から放射能垂れ流しの実態  




【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
砂糖で放射線調査 岐阜薬大・葛谷教授が考案


東海村臨界被ばく事故で、自宅に放射線が入り込んだかどうか、各家庭で保存してある砂糖を使って調べる方法を岐阜薬科大学(岐阜市)の葛谷昌之教授(薬品物理化学)が3日、考案した。「心配な人は砂糖を研究室まで送ってください。」と呼び掛けている。

放射線を浴びた原子は「ラジカル」と呼ばれる特別な状態になる。通常、ラジカルは空気中の酸素と反応してすぐに形を変えてしまうが、砂糖は酸素と反応しない。このため、砂糖に含まれているラジカルを調べれば、事故当時に放射線を浴びたかどうかがわかるという仕組み。

葛谷教授は最先端科学のプラズマ化学の専門家。放射線も、プラズマと同じような反応を物質にもたらすことから、この方法を思いついたという。

調査に必要な砂糖はスプーン一杯分。ラジカルは水と反応するため、湿気の入らない容器に密封。事故当時、砂糖はどのような素材の容器に入っていたか▽自宅と事故現場との距離▽住所▽氏名▽電話番号▽──を書いた紙を同封する。
葛谷教授は「サンプルが多ければ多いほど、放射線量の相対的な強弱を知ることができます」と話し、調査結果は砂糖を送った住民に直接、知らせるという。

砂糖の送り先は〒502-8585岐阜市三田洞東5-6-1、岐阜薬科大学薬品物理化学教室=電058(237)3931へ。

(東京新聞 1999/10/04)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
作業員3人は被ばく線計量具を着けず 保安規定に抵触


JCO東海事業所で起きた臨界事故で、被ばくした作業員3人が、ウラン加工の作業で装着が義務付けられている、被ばく線量を測るための計量具(フィルムバッジ)をつけていなかったことが、わかった。また、事故直後、JCOは臨界事故に気づかず、119番通報で「てんかんの症状」と説明し、救急要請をしていた。

同社の小川弘行・製造部計画グループ長が3日、茨城県庁で記者会見して明らかにした。説明によると、被ばくした3人は救急車で搬送される際、フィルムバッジをつけていなかった。原子炉等規制法に基づく保安規定では、放射線管理区域内に入る際、被ばく線量をはかることが義務付けられている。

小川グループ長は「作業員がうっかり、装着を忘れて、管理区域に入ることはあるが、基本的に作業員は装着している。不装着が慣習化していたわけではない。なぜ、つけていなかったのか、わからない」と話している。また、同社は事故後、救急要請をした際、通報した社員が「救急です。てんかんの症状」と連絡していた。JCOでは、被ばくによる急性障害の症状などについて、社員教育をしていなかったという。

(朝日新聞 1999/10/04)



関連記事:


【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
大内さんの被ばくは約17シーベルト 造血幹細胞移植へ


茨城県東海村の民間ウラン加工施設JCO東海事業所で起こった臨界事故で、放射線医学総合研究所(千葉市)は2日、大量の放射線を浴びた作業員の大内久さん(35)の被ばく量が、放射線によってできた血液中のナトリウム24の量から「約17シーベルト相当」と推定されることを明らかにした。これは、職業上の被ばくに対する年間の最高線量限度の340倍。

大内さんは2日午後、放射線医学総合研究所から東京都文京区の東京大学病院に移された。リンパ球の減少が激しく、東大病院は免疫細胞のもとになる「造血幹細胞」を移植する方向で準備を進めている。
放医研によると、大内さんは1日夜、腸管の膨満などがみられたが、2日朝にやや回復したという。佐々木康人所長は「消化管症状がひどくなる前に移植をしなければならない。副作用のリスクはあるが、あえてすべきだと考えた」と話した。

大内さんは2日夕、東大病院の集中治療室で点滴などを受けている。意識はあり、血圧や体温は比較的落ち着いているが、「過去の放射線事故の例から考えると見通しは厳しい」(木村哲・副院長)という。
放医研は、同時に被ばくした2人の推定被ばく量を、それぞれ「約10シーベルト相当」、「約3シーベルト相当」とみている。


◆造血幹細胞移植
赤血球や、リンパ球など白血球をつくる骨髄の大切な働きが失われた場合、それを回復させるのをねらう治療法。造血幹細胞は、リンパ球などをつくるもとになる細胞のことで、骨髄液にあるほか、最近では赤ちゃんのへその緒(さい帯)の血液や、体を流れる血液(末しょう血)からも採取できるようになった。
白血球の型(HLA)が合う提供者から造血幹細胞を採取し、増殖させるなどしたうえで患者に移植する。

(朝日新聞 1999/10/03)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
ストロンチウム91を検出 茨城県の周辺調査で


東海村臨界被ばく事故で、核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所周辺の放射能調査をしている茨城県は3日、8つの調査地点のうち1地点の大気中から、放射性物質のストロンチウム91を検出した、と発表した。検出されたのは同事業所の南東約900メートルの東海村舟石川の測定地点。

放射能濃度は大気1立方メートル当たり0.021ベクレル。国が定めた限度値500ベクレルの約2万5000分の1で、健康上の影響はないとしている。

ストロンチウム91はウランが核分裂してできる核分裂生成物の一種。これまでに事故現場周辺からは、放射性ガスが崩壊してできたセシウム138が微量見つかっていたが、核分裂生成物が、事業所敷地外に直接放出された可能性が示されたのは初めて。

9月30日午前零時から10月1日午後1時すぎまでの測定で検出した。同県によると、これまでストロンチウム91が周辺の大気から検出された例はなく、半減期が約9時間半と短いことから、事故で放出されたとみられるという。
他の調査地点の空気や水、土壌からは事故で放出されたとみられる放射性物質は見つからなかった。

(共同通信 1999/10/03)


【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
通常の5倍の放射線観測 東海村でグリーンピース


環境保護団体、グリーンピースは3日、臨界被ばく事故を起こした茨城県東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所周辺で独自の放射線観測を実施。同事業所そばの公道上に、通常の5倍以上の放射線が観測される場所があることが分かった、と明らかにした。
グリーンピースは事故直後に、欧州の放射能測定専門チームのメンバーを東海村に派遣。3日から観測を始めた。
その結果、公道上での放射線の最高値は1時間当たり0.54マイクロシーベルトで、通常値の同0.1マイクロシーベルトの5倍以上という。
グリーンピースの核問題担当、ショーン・バーニー氏は「放射線レベルが高い所で子供が遊んでいた。オランダやドイツでは通常値の5倍以上の放射線が観測される場所を放置することは許されない」と指摘している。

(共同通信 1999/10/03)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
2作業員の被ばく、国内最悪 年間限度量の160倍

茨城県東海村の核燃料工場で起きた事故で作業員3人が運び込まれた放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区)は、症状から推定して、3人のうち2人が浴びた放射線量は、少なくとも8シーベルトになるという。これは、職業被ばく者に対する年間の最高線量限度50ミリシーベルトの160倍、一般人に対する年間限度1ミリシーベルトの8000倍。国内の原子力施設で起こった被ばく事故で、これほどの大量被ばくは初めて。
同研究所によると、3人のうち大内久さんと篠原理人さんは意識が混濁しており、リンパ球数が著しく低下するなど重症。無菌室で治療を受けている。横川豊さんは意識ははっきりし、自覚症状はないが、リンパ球がかなり少なくなっている

放射線の働きで起こる放射線障害には、被ばく後、まもなく現れる急性障害と、数カ月以上の期間を経てから出る晩発性障害がある。今回のは急性だ。

急性障害の場合、被ばく線量が1シーベルトを超えると、一部の人に吐き気が起こる。3シーベルトに達すると、大半の人に吐き気が見られるようになり、皮膚が赤くなったり、脱毛したりする症状も現れる。


晩発性障害は低線量でも起こり、白血病などのがん、白内障などを発症することがある。また、胎児期の被ばくの影響が後に現れることもある。

(朝日新聞 1999/10/01)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
「青い光」目の水晶体で反応? チェレンコフ光


「突然、青い光が広がった」。今回の事故で大量被ばくし、病院に運ばれたJCOの作業員は、事故の瞬間をこう語っている。この「青い光」とは何か。専門家は、目を突き抜けた放射線によって生じたのではないかと指摘している。
水やガラスなど、透明な物質の中を電子などの電気を帯びた粒子が高速で運動すると「チェレンコフ光」という青白い光が発生することが知られている。原発などで、燃料貯蔵プールが青く見えるのもこの光のためで、放射線によってはじき出された粒子が水の中を高速で運動した結果だ。

日本原子力研究所によると、臨界事故で青い光を見たという報告は海外ではあり、「今回の場合、作業員が見たのは、沈殿槽の水や室内のちりと反応した光とも考えられるが、自分の目の水晶体の中で起こったチェレンコフ光が青白く見えた可能性がある」としている。

目の中でレンズの役割を果たしている水晶体は水分を含んでいる上、透明で、チェレンコフ光が発生する条件を満たしている。

放射線医学総合研究所などによると、光の正体は分からないとしながらも、水晶体は人体の中でも放射線の影響を受けやすい組織だという。

国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している局所的な放射線被ばくの限界値は骨髄細胞や生殖細胞、血管など、水晶体を除くすべての組織は年間500ミリシーベルトなのに対し、水晶体については年間150ミリシーベルトと定めている。

(朝日新聞 1999/10/01)

【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
国内初の臨界事故 東海村の放射能漏れ
分裂反応なお続く 10キロ圏30万人に外出自粛勧告


茨城県東海村にある民間のウラン燃料加工施設で30日に起きた深刻な放射能漏れ事故は、13時間以上たっても核分裂反応が続いたままで、日本で初めての臨界事故となった。施設周辺で検出される放射線のレベルは夜になっても高いままで、茨城県は現場周辺10キロ以内の住民約31万3000人に被ばくの恐れがあるとして、家から出ないよう呼び掛けた。科学技術庁は、作業員が線量等量にして最大8シーベルトを被ばくした日本の原子力史上最悪の事故を収拾するため、1日未明、核分裂反応を止めるための対策を取ることを明らかにした。


事故は30日午前10時35分、JR常磐線東海駅の北西約2キロにある核燃料加工会社の「ジェー・シー・オー」(東京・港)東海事業所の転換試験棟で、酸化ウランを硝酸で溶かす作業中に発生した。沈殿槽と呼ばれる容器に入れるウラン溶液の量を、臨界を防ぐ規定値の2.4キロを超える16キロ加えたため、核分裂反応が起きて制御できなくなり、分裂が連続して起きる「臨界」に達したとみられる。被ばくした職員は「青い光を見た」と話している。

事故当時、加工作業をしていた製造部製造グループの横川豊さん(54)、篠原理人さん(39)、大内久さん(35)の3人が被ばくし、ヘリコプターで放射線医学総合研究所(千葉市)に運ばれた。横川さんの意識ははっきりしているが、ほかの2人は下痢や嘔吐(おうと)を繰り返すなど重症だ。
施設周辺など21カ所設けた放射線監視装置のうち、南西部の境界に設置した装置で1時間当たり0.84ミリシーベルトの空間線量を記録した。通常の約4000倍にあたり、茨城県は施設敷地外を含む半径200メートルへの立ち入りを禁止。

敷地内の放射線量は午後8時になっても通常時の約2000倍と高い水準を保っている。施設の敷地境界では中性子が検出されており、核分裂反応が続いているとみられる。このため、茨城県は住民に対して家の外に出ないよう避難勧告を出した。また事故施設の半径1キロ以内で販売される食品サンプルを調査することにした。東海村や那珂町は近隣を流れる久慈川からの取水を停止した。午後10時現在、東海村で50世帯、151人が、安全のために公民館などへ避難している。避難した社員らのうち11人の毛髪から放射線が検出され、被ばくしていることがわかった。茨城県は住民が放射線障害にならないよう予防薬のヨウ素剤約340万錠をひたちなか保健所などに用意した。

JR東日本は同日午後10時28分、常磐線の水戸-日立間で上下線とも運転を見合わせている。日本道路公団水戸管理事務所も東海パーキングエリアに職員を派遣して、エリアの利用者に退避するよう呼び掛けた。
ジェー・シー・オーは住友金属鉱山のウラン転換技術部門が79年に分離独立してできた。本社は東京都港区で、99年3月期の売上高は17億2300万円。東海事業所(茨城県東海村)は天然ウランを濃縮した6フッ化ウランを2酸化ウランに転換し、原子力燃料加工会社に納めている。98年10月までに累計で8080トンの2酸化ウランを生産している。


被ばく患者2人が重症

被ばくした患者3人が収容された科学技術庁放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区)では、30日午後7時過ぎから佐々木康人所長や担当医が記者会見、患者の容体などを説明した。
佐々木所長らによると、大内さん、篠原さんの2人は重症で無菌室に収容。2人よりやや軽い症状の横川さんは通常の病室に収容し、ウランの解毒剤やステロイドを投与するなど懸命の治療にあたっている。

患者の吐しゃ物と携帯電話からは放射能を持つナトリウム24が検出され、症状からの推定では、大内さん、篠原さんは8シーベルト以上、横川さんは1-2シーベルトを浴びた可能性があるという。
大内さん、篠原さんは医師の問いかけには反応するものの、はっきりした受け答えはできない状態。


臨界事故 制御困難な分裂反応

ウランやプルトニウムなどの核燃料で起きた核分裂反応で中性子が発生、その中性子が衝突して周囲の核燃料も次々と分裂、反応が続く状態を臨界と呼ぶ。核燃料が一定の密度以上に集まると臨界に達する。原子力発電所では制御棒などを使って反応にブレーキをかけているが、人為的に制御できなくなって暴走するのが臨界事故だ。原子力技術の開発初期には、海外の研究用原子炉や濃縮度の高い核燃料を扱う軍事用施設で臨界事故が起き、作業員が被ばくしたことがある。普通の原発(軽水炉)で燃やす低濃縮燃料を加工する民間施設では起こりにくく、80年以降は欧米でも民間事故の報告はない。

(日本経済新聞 1999/10/01)