Nothingness of Sealed Fibs -56ページ目

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

二週間ぐらい前の週末、ふと出かけてみることにした。久々の外出。

行先は、相方さんのアイデアで、須磨方面に。JRで一時間くらいだ。


まずは、須磨海浜公園の水族館で肩慣らし。ひさびさの水族館は

家族連れで大賑わい。格安料金で見学できるのはありがたい。

三宮のチケットショップで入場券を1200円で購入。


いざ入場してびっくり。とても広い。水族館なのにこんなに歩くとは

おもわなかった。強い暑さを水槽の涼しさで和らげながら、たくさんの

お魚とアナコンダをみて大満足。


日が少し低くなってから舞子に移動。駅をおりると、すぐに移情閣、

別名「孫文記念館」が迎えてくれた。スッとした美しい洋風建築である。


ちょうど少し前に、司馬遼太郎さんのエッセイで、晩年の孫文が

なぜだか神戸に講演に来たことが書いてあった。

講演の中で、孫文は、明治維新期の日本を「植民地」と表現した、

と司馬さんの本には書いてあった。とても重い言葉だと思う。


孫文という人については、あんまり知らないのだけれど、もしも、

生まれる時代がちがっていたら、孫文は、とても優しい普通の良医に

なっていたのではないだろうか。そんな気がする。


むろん、歴史に「もしも」は存在しない。


しかし、孫文のような「良い人」が政治を担わなければならなかった

ということは、それだけ当時の中国が厳しい局面になっていたことの

裏返しなのではないか。


政治家について、政策立案能力よりも、人徳が要求される時代は、

それだけ危機の度合いがつよい。僕はそう思う。


なぜなら、

「その政治家の言っている内容」よりも「その政治家のものの言い方」が

重要視されるということは、もはや政策の求心力だけでは立ち行かなく

なってしまっていると思われるからだ。


政策の内容で勝負できなくなった共同体は、意思決定の体制自体を

変革しようという方向に動きやすい。


僕は、「言葉」と「人」なら、言葉を大事にしたい。

「人」も「言葉」のひとつであると考えるからだ。

「言葉」よりも「人」を見ようとするとき、すでに「人」という「言葉」の魔力に

引きずられているような気がするのだ。


僕らが見極めなければならないのは、「人」よりも「言葉」ではないのか。

「悪い人」よりも「悪い言葉」に気をつけなければならない。

民主主義とは、そのような特色をもった政治体制ではないのか。


今の日本を見て、孫文ならばどう形容するだろうか。

展示されていた孫文の写真をみながら、そんなことを感じた。


Nothingness of Sealed Fibs-孫文記念館

記念館をでると、外はうっすら夕暮れ時。

将棋盤にむきあうおじさんたちや、サイクリング中の子供たち、

釣りにいそしむ若者と、たくさんの人が週末を憩っていた。


Nothingness of Sealed Fibs-明石大橋

相方さんに了解をいただき、ビールを飲みつつ、たこ焼きをほおばる。

しばらく待っていると、人工的な橋と自然の夕日が重なってきた。


海と陸の境目で、「人間の偉大さ」と「人間のちっぽけさ」が

せめぎ合っていた。いや、協力しあっていたのだろうか。


夜7時ごろ帰宅。。なかなか素敵なプチ旅であった。

えー。どこぞの知事選や、どこぞの代表選挙選が近々あるとのことで、

ニュースを見ていると、「議論を重ねて」とか、「○○政策については

政府で十分に議論していただいて」とか、「議論」という言葉をとっても

頻繁に耳にする。


議論するってそんなに大事なことなのだろうか?

僕には、そう思えない。


「議論する」ということは、悪い意味で「他人任せ」だと僕は思う。

だって、自分で気付かないことを、他の人に気付いてもらおうというのが

議論する動機ではないのか?


どうして、自分で考えて、自分で気付こうとなぜしないのか?


もちろん、自分で考えることよりも、みんなで議論することのほうが

適している問題もあるだろう。政党間の政策調整とかは、各党の意見の

妥協点をさぐる議論が必要になるという好例かもしれない。


しかし、あえていってしまおう。


本当に重要な問題ほど、まず自分ひとりで考えるべきなのだ。

自分で考えるよりも先に、みんなで議論したほうがうまくいく問題なんて、

実は、たいした問題ではない。


だから、政策の調整なんて、正直、問題の質としては、下の下である。

むしろ、脱原発路線を、具体的にどのように実行していくかという大きな

ビジョンなどは、大事だし、自分でちゃんと考えてから議論に入るべき問題だ。


事前にちゃんと考え抜かれた意見ならば、議論の場に出た時点で

ものすごい説得力をもつはずである。


「ちゃんと国民的議論をしなければならない」などと述べてしまう暇があれば、

自分でちゃんと考えないといけない。


まず議論、ではない。まず思考、なのだ。

恥ずかしながら、三十路を前にして、長い夏休みをいただいている。

大学の定期試験も、なんとか無事に再試験なしで乗り切れた。

レポートも終わったので、残り約一カ月間、自由な時間を持てる。


8月頭に、前の大学の同級生たちと集まる機会があった。働き盛りの

彼らと話していると、夏休みを無為に過ごすわけにはいかないという

思いを新たにさせられた。


だからかどうかはしらないが、大学の図書館をぶらぶらしているときに、

司馬遼太郎の講演集という3巻本が目にとまった。


司馬遼太郎の小説は、『項羽と劉邦』と『梟の城』だけ読んだことがある。

しかし、司馬遼太郎の講演や評論、エッセイを読んだのは初めてだった。

すこぶる面白い。歴史の教科書には出てこないレベルの細かい事実が、

これでもかと披露されている。膨大な書物にあたり、そして本人や子孫に

直に接する機会をもっていた司馬さんならではの貴重な分析を気軽に

読めるのは、ありがたいことだ。


講演集を読み終えた後は、もう止まらなくなって、司馬さんのエッセイを

おさめた中公文庫を3冊購入。それも読み終えると、とまらずに図書館で

NHKブックスから出ている『「昭和」という国家』、『「明治」という国家』を

借り出し、その日のうちに読了。最後の締めにと、ドナルド・キーンと司馬

さんの対談をおさめた『日本と日本人』(中公新書)も図書館で借りた。


司馬さんの歴史観は、「司馬史観」と呼ばれ、しばしば(笑)批判の対象に

なってきた。しかし、司馬さんの本領は、歴史上の事実に対する評価では

ない。そうした歴史の評価をめぐる論争は歴史学者がすればよい。


司馬さんの真骨頂は、歴史の記録から事実を再構築するだけではなく、

そうした歴史の事実の現場にいた人間の精神を見とおそうとするところだ。

僕にはそう思われた。「歴史」というと、「過去に起こった事実」だと思われ

がちだが、「事実」に直面している「人間」を捉えるからこそ、司馬さんは

研究者ではなく、小説家たりえたのではないだろうか。


僕に言わせれば、「客観的な歴史」というものはあり得ない。

野家啓一の本にも同じことが書いてあったと思うけど、結局、歴史という

時間と現象の集積は、記述されるときに、必ず取捨選択されることになる。

現象をすべて記述しつくすことはできない。特定の事実に注目・抽出する

ことではじめて、歴史の記述は一貫した物語として理解しうるものとなる。


司馬さんの歴史も、特定の事実にフォーカスすることで、人物に新たな光

を当てている。だから、司馬さんの歴史は当然、事実(ファクト)に基づく

ものであるけれど、どの事実(ファクト)にフォーカスするかは、司馬さん

独自のフィルターを経ているはずなのだ。ゆえに、「司馬史観は偏っている」

という批判はおかしい。偏っていない史観などありえないからだ。

もし、偏ってない史観がありえるとしたら、それは人々の実感からはるかに

かけ離れた味気のない史観になるに違いない。


全体として、司馬さんの評論は面白くよんだのだけど、哲学、宗教学を

フィールドとしている僕にとって、どうしても違和感を感じざるをえない点

があった。それは、司馬さんの、宗教への態度である。


司馬さんにとっての宗教は、イデオロギーの一種である。お酒のように

人々を酔わせるものである。この見方自体は面白い。しかし、そのような

見方だけで宗教を捉えるということは、宗教を、それが人々の行動に与える

機能にのみ注目するということである。


たしかに、宗教は人々の行動に影響を与える。そのような影響力をもつ

ということは重要ではある。しかし、この見方は、宗教を道徳の方面からのみ

見るということになる。それゆえに、宗教の存在論的な側面、すなわち

道徳・倫理の背景となる存在論的な洞察は、司馬さんの思索の中であまり

顧みられていない。この点が本当に残念だとおもう。


宗教が普遍性をもつとすれば、それは宗教独自の道徳ゆえにではなく、

宗教が存在をどうとらえるかという点の洞察が的をついているからなのだ。

別言すれば、道徳や倫理は、宗教にとって結論であり、前提ではない。

宗教にとっての前提は、人間はいかなる存在かという洞察である。

道徳・倫理が、さまざまな宗教の違いを生むのではなく、人間存在への

洞察こそが多様な宗教を生んできた、と僕は思う。


司馬さんは、人物の精神について深い読解を残しているけれど、宗教に

ついては、外形のみの観察にとどまっていて、宗教の精神にまで到達して

いないのではないか。


たとえば、司馬さんと井筒俊彦との短い対談は、肝心の点で噛み合わない。

イデオロギーとして宗教を読む司馬さんと、存在の真理を解明する思索

として宗教を語る井筒さんの温度差が、その噛み合わなさを生んでいる。

僕にはそう思われた。


すっかり司馬さんにどっぷりつかった二週間をすごした。

歴史観への評価云々の前に、八戸は青森より岩手とつながりが深いとか、

加賀一向宗というとても宗教的な集団の支配していたことのある地域から

鈴木大拙と西田幾多郎がでてきて、禅学と哲学を浄土真宗的に深めたという

指摘は、思想史をやっているだけでは出てこない斬新な意見だと思う。


だんだん、司馬さんの話の展開を予測できるようになってきたので、

ひとまずこれにて司馬さんの本にひたるのは終了。


素晴らしい本は、読み終えた後、さらに別の本を読みたいなと思わせて

くれることが多いが、司馬さんのエッセイは、間違いなくその類の本だ。


司馬遼太郎という稀有な巨視的感性をもった人の知識に触れて、

あまりにもたくさん、考えるべき問いをもらったような気がしている。

スタジオジブリ最新作、『コクリコ坂から』を観てきた。


『耳をすませば』に通じる久々にストレートな恋愛模様を軸に、東京

オリンピック間近の横浜の様子が描かれている。とても後味のよい、

すがすがしい作品だった。


主人公の通う高校では、「カルチェラタン」という旧制高校のような

勉学にかぶれた男子学生たちの巣窟の取り壊し問題が勃発していて

それが、ストーリーに彩りをそえている。


個人的には、一度目の大学生活をすごした某大学のサークル棟が

「カルチェラタン」そっくりで、とても懐かしい気持ちになりながら見ていた。

男子学生は、学問に凝りだすと急に面白くなる、そういう生き物なのだ。


むろん、そうした面白い男子学生は常に物語の「にぎやかし」にすぎない。

主要人物である風間少年や生徒会長水沼君は、ものすごくさわやかで、

学問くささなんてみじんも感じさせない。その点が、学問くさい側にいると

自認する僕としては、やや残念である。


この映画にはタイトルをはじめとして、フランス語が頻出する。基礎単語を

いくつか知っていると面白く見れるかもしれない。僕のフランス語の知識は、

二回目の大学生活の一年目で培われたおそまつなものであるが、

それでも主人公の少女のニックネームの意味に気づくことができた。


一緒にみていた相方さんの指摘によると、主人公の女の子が読んでいた

本もフランス語のものだったようだ。高校生なのにあっぱれだ。

船の旗信号もでてくるので、その知識もあればなおよいかもしれない。


ちなみに「カルチェラタン」もフランス語なので、知りたい人は自分で調べよう。

この古くて汚い男子学生の巣窟は、女生徒による大掃除で美しく変身する。

掃除前は「我思故我有」だった哲学研究会の看板が、掃除の後になると

「我思故我在」になっていたのは、小ネタか?謎だ。


風間俊の声に岡田純一を、水沼史郎の声に風間俊介をキャスティングする

というユーモアも面白い。そういう細かい見方をすると色々面白い映画である。


さて、この映画の主人公である若い二人は、「自分たちの出生の秘密」という

壁にぶち当たる。結局、秘密にちゃんとむきあうことによって二人は前進する。


僕は、この点に、『コクリコ坂から』が現代ではなく、過去の日本を舞台に

とらなくてはならなかった理由が見出せると思う。


『耳をすませば』は、現代を舞台にしていなければならない。その一方で、

『コクリコ坂から』は、過去を舞台にしていなければならない。

なぜなら、『耳をすませば』では、自分の才能の発見がテーマだったのに対し、

『コクリコ坂から』では、「過去と向き合うこと」がテーマだからだ。


主人公の若い二人が、「出生の秘密」という過去に向き合ったように、観客は

東京オリンピック間近の日本という過去の歴史に向き合わされる。


人が現在において社会に生きるということは、出生、名前、過去の歴史といった、

自分の力ではどうしようもないものに囲まれて、それを受け入れることによって

はじめて成り立つ。この作品はそう言っているように思われる。


通常、私たちは、過去を知らなくても生きていけると思っている。その通りだろう。

しかし、その生は知らないうちに歴史のうねりのなかに位置づけられてしまう。

人権、戦争、高度経済成長、法律。こうしたものは、人が知ろうと知るまいと、

そんなことには関係なく、超越的に現在の人々の生活に影響を与えている。


このような超越的な事柄は、過去の人々の思いによってつくられてきた。

だから、過去の人々の思いを理解しなければ、現在に生きる我々は、未来を

作っていくための思いを持てないのではないか?


いや、過去の人々の思いを理解しなくとも、未来はやってくる。そう反論でき

そうではある。しかし、その場合、やってくる未来は、人々の思いを欠いた、

空虚な未来ではないか。そして、その空虚な未来は危険なのではないか。

そのような憂いが、『コクリコ坂から』の背後にはある気がする。


民主主義は、人の思いがあるという前提でなりたっている。

人の思いがなくなった民主主義は、すこぶる危険である。

この点は、なんだか賛成できるような気がするのだ。


映画館からの帰り道、なんとなく大島渚監督の『日本の夜と霧』を、僕は

思い出していた。ほとんど忘れ去られてしまったこの大島渚作品とは違い、

『コクリコ坂から』が忘れられないといいのだが…。


昨日、めでたく前期テスト終了してきました。

4日間、短い睡眠時間でしのいだので、そろそろ体力の限界。

あまり大きな声では言えないが、試験一日目と二日目の夜には、

連続で会にお呼びいただき、お酒を飲んでしまった・・・。


さすがの相方さんも、少々あきれぎみ。す、すいません。

彼女は、不規則な僕の試験勉強の生活ペースについて、文句も

言わずに、アイスやコーヒーを差し入れてくれたりして応援してくれ

ている訳で。頭が下がります。お仕事忙しいのにありがとう。


なのにお酒飲をのむとは・・・我ながら、緊張感がないとやや反省。

後期からは専門科目がはじまるのだから、初心を忘れずにいか

ねばならないと久々に殊勝なことを思いついた自分に喝。


結果については若干不安。九月の再試験に呼び出されるかどうか…

もやもやしてるわけではありますが、なにはともあれ、試験を

とりあえず終わることができ、とってもとってもうれしいです。はい。

実は、レポート課題が二つ残っているが、それはこれからの

お楽しみ。自由に色々かけるレポートの方が断然好きである。


さて、お題の「偶像崇拝」について。


先日、芸術学の講義で岡倉天心についてのビデオを見ていた。

すると、岡倉天心が、明治の廃仏毀釈でずたずたにされた仏像の

修復事業を、在野で立ち上げたことが取り上げられていた。


「仏像」は神学を学ぶ者にとって、若干距離感が難しいテーマだ。

キリスト教では形ある像を崇拝の対象とすることを否定的に

扱っている。(ちなみに、東方教会のイコンは、偶像ではなく

「窓」であるらしい。)


そのビデオを見ながら、僕はある事に気がついた。


ふつう、キリスト教圏で偶像崇拝を否定するのは、偶像を神と

みなすことが誤解であると考えるからだ。つまり、本来、神は

見ることも触ることもできない、普通の人間には認識できない

存在なのである。だから預言者が必要とされる。ゆえに、神を

かたどった形象はすべてフェイクなのである。


しかし、日本の像は、若干ニュアンスが違うのではないか。

日本では、神的なものがそこらじゅうに溢れている。だから、像を

つくり、そこへ神を宿ってもらおうとしたのではないか。像は、神の

居場所を決めるために必要なのだ。野放しになったままの神は

人間に災厄を招きかねない。仏像もそのような感覚の延長線上に

あるのではないか。


したがって、日本の仏像を単純に偶像崇拝という西欧的な枠組み

の中で見てしまうことは、あまり的をついていないのではないか?


そんなことを考えた。たんなる思いつきにはすぎないけれど、

「偶像は全部だめ」というのも息苦しい、と普段から思っている僕には

新鮮な思いつきだった。


偶像崇拝を日本的に考えるなら、小林秀雄の『偶像崇拝』を読まないと

いけないけれど、読んだら全部書いてありそうなので、さぼってます。


さて、レポ-トを書くのは中断して、『コクリコ坂』に相方さんと

いってきますかね。