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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

二学期にはいって、いよいよ専門科目の講義・実習がスタート。

教養科目とはうってかわって、ものすごい情報量の講義とともに、

週一科目というペースで試験を受けねばならなくなってしまった。


そのため、気が付いたらブログがシンガポールに行ったままに!!

いかん。いかん。今回の記事で、いよいよ帰国である。


さて、四日目は、午前中から相方さんの幼馴染さんご夫妻を訪ねた。

ホテルから20分ほど歩いて、ご夫妻と合流。日差しが強く、歩くと

汗がふきでる陽気だった。


まずは、チャイナタウンに向かい、地元の人でにぎわう喫茶店(?)に。

名物のカヤトーストとコピをいただいた。


カヤトーストというのは、カヤジャムというココナッツ系のペーストを

かりかりに焼いた薄切りトーストに挟んだもの。パンの香ばしさと、

濃厚なカヤジャムの味わいが新鮮。


コピは東南アジアでよく飲まれているコーヒー。練乳を入れているのが

よく知られている。これもカヤトーストによくあっていたので、素早く完食。


軽くお腹をならしたところで、いよいよお昼ご飯。

近くのホーカー、マックスウェルフードセンターに向かう。

ここでは、有名な天天海南鶏飯のチキンライスと、こちらもご当地名物、

シュガーケイン(さとうきび)ジュースをいただくことに。


お昼時ということで、天天海南鶏飯のお店はものすごい行列だった。

鳥のうまみがしっかりお米に染みているけれど、全然あぶらっぽくなく、

むしろあっさりした味わいが素敵。サトウキビジュースは、奄美の祖母の

家でも飲んだことがなく、個人的にツボ。このジュースはぜひ奄美でも

売ってほしいな~


Nothingness of Sealed Fibs-チキンライス

日も高くなり、かなり気温が上がっていたけれど、ホーカーセンターの

屋根が日差しを遮ってくれて、結構涼しかった。冷たいジュースが旨い。


食事の後は、シンガポール随一のリゾート、セントーサ島にご夫妻の

自動車で送っていただいた。島では、相方さんとふたりで、シロソ砦という

戦跡を見学。島の端っこにのこっているイギリス軍の砲台要塞跡である。


この砦はシンガポールへの船の出入りを監視するために作られていたらしく、

シロソ砦から海をみると、絶景。海にむけられた大砲と、エメラルドブルー

の海面がなんともいえずミスマッチであった。


砦の敷地内には、クジャクやサルなど、野生の動物・鳥などがいて、

とても第二次世界大戦の舞台となっていたなどとは信じられない。

見学を終え、出口に向かって歩いていると、サルに狙われた。

僕が手提げ袋にもっていた荷物を、食べ物と勘違いしたようだ。


見学後、またまたご夫妻のご厚意に甘えて、ブギス・ストリートまで

送っていただいた。ブギスには、ムスリムの集まるサルタン・モスクがある。

モスクの中央部には入れないが、回廊部分を見学することができた。


人生初、モスクの中に入ってみると、おどろくほど質素だった。

装飾らしい装飾は全くなく、ただ床にシンプルな絨毯がひかれている。

「砂漠の宗教」という印象がさらに強まった。


モスク見学の後は、最後の街散策。セント・アンドリュース教会の礼拝を

覗いたり、お土産さがしに高島屋にいってみたり、お気に入りのスタンドで

タピオカドリンクをのんだりした。


最後にすこしシンガポールドルが余ったので、ホテルのバーでピザを

食べつつ、久々のビール。締めの一杯は格別のお味で満足。


フライトが早朝1時発だったので、ホテルは夜10時ごろにチェックアウト。

地下鉄で空港に向かった。空港のフードコートで軽く夜食をたべ、

香港行きの便にのりこんだ。


機内食がでたけれど、たらふく食べていたので、ほとんど口にできず。

疲れていたので、映画もみないままほとんど寝て過ごしてしまった。

香港到着は朝の四時。空港のお店すらもほとんどやっていない。


有料のラウンジでやすもうかどうかでいろいろまよった挙句、空港内の

休憩仮眠スペースに座席を確保。唯一営業していたスタバのコーヒーで

体を温めながら、仮眠。


11時くらいの関空発の飛行機にのって、いよいよ帰国。こんどの飛行機は

映画やゲームのバリエーションが多い新型機体だった。

結局、カンフー・パンダ1を早送りしながらみて、トイ・ストーリー3もチラ見。

最後にはゲームに手をだして、ことごとくすぐにゲームオーバーして撤退。


関空に着いてすぐにバスに乗り、きがつけば大阪駅に到着。

夕方5時ごろ家について、2人ともすぐに爆睡したのは言うまでもない。


シンガポールは、食事が安く済むし、いろんな文化をつまみ食い的に

見られるという点で、旅先としては申し分なかったように思う。

イギリスの視点にたった戦跡や自然公園など、日本にはないものを

体験できるのも魅力だ。たくさん歩いたので体は疲れたけれど、

それに見合うだけの思考の材料をもらえた気がしている。

三日目にもなると、だいぶシンガポールに慣れてきた。

朝食後にホテル近くのフォート・カニング・パークという公園を散策。


公園内に「バトル・ボックス」というイギリス軍の要塞跡が残っている。

8ドルとすこし高めの入場料だが、ヘッドフォンでの説明(英語)、

ろう人形での再現、おじさんの説明(英語)を考えるとリーズナブル。


相方さんは、はじめ乗り気でなかったようだが、充実した展示内容に

最後は満足していたようだ。日本人として、見ておくべき場所だと

個人的には思う。


バトル・ボックスを後にして、地下鉄の駅へ。約40分ほどのって、

シンガポール島北端にあるスンゲイ・ブロウ自然公園をめざした。

クランジ駅からタクシーに乗り、ゆられること約10分。公園に到着。


この公園は、マングローブ林を中心に、自然を生かしながら、

観光客が歩けるだけの道が整備されている。あいにく雨模様だったが、

そのせいかオオトカゲさんが水面まででてきていて、すごい迫力。


Nothingness of Sealed Fibs-スン芸ブロウ

相方さんは、注意力が優れているらしく、次々と生物を見つけていく。

蟹やハゼ、オオトカゲ、亀など、豪快な生き物がたくさんいた。


動物園だと、近くでじっくり観察できるのが魅力だが、この自然公園は

まず生き物を見つけるという楽しみがあって、面白い。

見つけるたびに2人で歓声を上げているうちに、雨もやんできた。


二時間ほど公園を歩きまわった後、タクシーを呼ぼうと、タクシー会社に

電話をするも、いま近くに車がいないからと断られ、小銭もなくなった。

しかたがないので、一時間後にくるというバスを待つことにした。


公園内のカフェでおやつを購入して、ゆったりしていると、カフェの窓の

外には、見事なオオトカゲのひなたぼっこが見えた。おそらく一生分の

オオトカゲを一日で見た。


ようやくきたバスにのって、クランジ駅へ。地下鉄で市内に戻った。

50分ぐらい地下鉄に乗っているうちに、疲れもとれたので、夕ご飯は

チャイナタウンのジャージャー麺を目指すことに。


ラッフルズ・プレイス駅で地下鉄を下車。チャイナタウン駅まで歩き

ながら街を見て歩いた。近くにラオ・パサのホーカーがあるので、

寄り道して、ローカル・フードの「ラクサ」をいただいた。ねぎらしき

薬味を入れようとしたら、店のおっちゃんから叱られた。久々に

しょんぼり。


ホーカーを出て、クラブ・ストリートを抜け、東興のエッグタルトを

つまみ、ついにチャイナタウンの中心へ。相方さんの幼馴染さんに

教えていただいたスミス・ストリートの蘭州拉麺というお店に行った。

さっそくジャージャー麺と餃子、小龍包を注文。


Nothingness of Sealed Fibs-ジャージャー麺

Nothingness of Sealed Fibs-餃子

ジャージャー麺は辛さ抑え目で食べやすい。餃子も小龍包も

具ではちきれそう。お勧めです。チャイナタウン駅のまわりは、

完全に中国に来た感じ。
Nothingness of Sealed Fibs-夜チャイナ

相方さんお気に入りのタピオカドリンクをゲットすべく、

地下鉄でプロムナード駅まで行って、ドリンクをゲットした後、

ファウンテン・オブ・ウェルスという噴水にいってみた。

ライトアップされた噴水はとても美しい。


Nothingness of Sealed Fibs-噴水

噴水の周りを三周しながら祈ると、願いがかなうらしい。

相方さんと二人で三周した。タピオカドリンクを飲みながら

ホテルに帰還。三日目も大いに充実した時間を過ごせた。

シンガポール二日目は、朝10時出発の市内観光ツアーを

申し込んでいたので、間に合うように朝七時に起きた。ホテルの

部屋のカーテンを開けてびっくり。七時なのにまだ少し薄暗かった。


ホテルの朝食は中華、洋食、和食、シンガポール食など多彩。

フルーツも満載で快適な朝ごはんを食べれた。


市内観光ツアーの受付場所は、ホテルから歩いて10分くらいの

サンテックシティーモールという施設にあった。ちょうど9時50分ごろに

ツアー会社の受付についたのだが、まだ開いていない様子。

お店もほとんどしまっていて、10時近くなのに通勤する人が結構いる。


シンガポールは結構ゆっくり会社が始まるのかな?と思っていたら、

なんと時差を考えずに日本時間で行動していたことが判明!!

我々は一時間早く来てしまったようなのだ。日本とシンガポールの

時差は一時間。時計を直していたつもりで直していなかったのだ。


思い返してみれば、七時に日が昇っていない時点で気付くべきだった。

後悔しても仕方がないので、モールを一時間ほど探検。みつけた

スタンドでタピオカのドリンクをゲットし、2人で飲みながら待った。


ダックツアーは水陸両用の乗り物に乗れる。街、海の二面から

シンガポールを堪能しようという趣向だ。

Nothingness of Sealed Fibs-ダックつあー


このなんとか号(名前は忘れた)はスタート早々海に入る。

海から見たシンガポールの名所は圧巻。


Nothingness of Sealed Fibs-ベイ・サンズ


左がビルに船がのっかっているマリーナ・ベイ・サンズ。

かっこいいのはかっこいいけれど、外から見てるだけで

十分な気がした。


ダックツアーで市内を一通り見学した後は、いよいよ町歩きに。

リトル・インディアまでMRTで向かった。電車内では、英語の他に、

中国語、そのどちらでもない言葉が聞こえた。他民族が暮らす

シンガポールならではの不思議な空間だった。


Nothingness of Sealed Fibs-ヒンドゥー寺院

地下鉄の駅から出て、まず眼に入ったのは、ヒンドゥー教の寺院。

鮮やかな彩色かつ、異形の神様オンパレード。子供には楽しそう。

平日だからか人影はほとんどなかったけれど、看板の指示に

従って靴と靴下を脱ぎ、寺院の中に進んでいった。

宗教というとストイックなイメージが強いけれど、こちらの寺院からは

荘厳さというよりも、なんだか陽気なものを感じた。


リトル・インディアにはかなり狭い範囲に、ヒンドゥー教、仏教、道教の寺院が

集まっている。寺院はどこも大通りに面していてアクセスが良い。

木に囲まれ、異界っぽさが漂う日本の寺社にくらべ、シンガポールの寺院は、

本当に民家のすぐ隣にある。ものすごく近い距離感だ。


ひととおりガイドブックにのっている寺院をめぐってお腹がすいたので、

有名なペーパー・チキンがあるというヒルマン・レストランに入った。

13時ごろと、少しお昼時を過ぎていたためだろうか、すぐに席に座れた。


もちろんペーパーチキンを注文。率直に言って、とってもおいしかった。

揚げているので、あぶらっこいかなと思っていたが、周りの紙に油が

吸収されているので、うまみが逃げず、かつ油っぽくない仕上がり。
Nothingness of Sealed Fibs-ペーパー・チキン

2人で10ピースをたいらげたて、おなかいっぱい。

お店をでて、ショッピングセンターとかを歩きながら、リトル・インディア駅前

までもどった。シンガポールには本当にショッピングセンターが多い。


地下鉄でホテルに戻る前に、インドらしいお料理を食べようということで、

駅近くのインド料理でマサラ・カレーとナン、マサラ・ティーをいただく。

意外に辛くなく、さくっと食べれた。


Nothingness of Sealed Fibs-カレーなん

Nothingness of Sealed Fibs-マサラ・ティー

14時ごろだったので、お客さんはまばら。店員さんが自分のiPhoneを

店のスピーカーにつなげて、BGMを流していた。自由な国だ。

食後、ホテルに一旦戻り、シャワーを浴びて小一時間ほど昼寝。

結構歩いたのですぐ寝れた。


夕方、相方さんの幼馴染さん(シンガポール在住)と合流。

シンガポールの最新ナイト・スポット、ロバートソン・キーのレストランで

名物、チリ・クラブをいただくことに。


Nothingness of Sealed Fibs-チリクラブ

昼に食べたインドのカレーよりも全然スパイシー。とはいえ、蟹の

うまみがソースに出ているので、旨辛になっていて絶品。


Nothingness of Sealed Fibs-竹みたいな貝

もうひとつ食べたのが、竹の形をした貝殻をもつ貝。初めましてです。

身が大きくてとてもおいしい貝だった。貝の名前は・・・忘れた・・・


夜が更けるにつれてロバートソン・キーはヨーロッパの街角みたいな

賑やかな雰囲気に包まれてきた。楽しい夕食の終、ホテルまで歩くと、

まるで一帯がクラブのようなにぎやかさの場所があったり、遊園地

みたいなアトラクションがある場所があったりと、シンガポールの活気を

目の当たりにした。もちろん、僕はそのような活気には、縁がない。


ホテルに戻って、お風呂に入り、NHKワールドを見てからすぐに就寝。

よく歩き、よく食べた。

9月15日から19日にかけて、相方さんとシンガポールにいってきた。

だいぶ遅くなったけれど、いちおう新婚旅行のつもりである。


お値段重視でキャセイパシフィック航空のパックを利用。

航空券は安かったが、「Grand Park City Hall」という、割と立派な

ホテルの予約をとった。ちょっとぐらいはりこんでも、バチはあたるまい。

いちおう新婚旅行のつもりなのだ。


普段よりずいぶん早い5時半ごろに起床。6時半ごろにJRに乗り、

大阪駅からリムジンバスを使って、関西空港へ。

平日朝ということで、空港の人影もすくなく、至って快適。


10時過ぎ発のフライトでまずは香港へ。香港の航空会社なので、

日本語で見れる映画がすくない。というわけで、相方さんと二人、

『マイ・バック・ページ』を観賞。まさか新婚旅行で学生運動に

ついての映画をみることになるとは・・・。


この映画は、「信じる」ことをテーマにしている。

本人にだましている気がない場合、というよりも、本人がすでにある意味で

自分自身にだまされている場合、周りの人間はその人に「だまされる」ことは

可能なのだろうか?そんなことを考えているうちに、香港についた。


約一時間のトランジットをコーヒー屋さんで過ごす。慣れない早起きで

2人ともすでにグロッキー。うつらうつらしている間にあっというまに次の

フライトのお時間に。いざ、シンガポールへ。

今度のフライトでは『カンフー・パンダ2』を観賞。ストーリーがわかりやすく、

英語で見てもわりと面白かったが、隣の人が『パイレーツ・オブ・カリビアン』を

みていて、若干そっちにしておくべきだったと後悔。3時間で香港に到着。


シンガポールの空港について荷物をとったころには、すでに夜19時。

地下鉄にのって30分ほどでホテル最寄駅に到着。ホテルに荷物を置いた後、

夜ごはんを食べに出かけた。


シンガポールの大通りは夜でも街灯が明るくて、安心して歩ける。

20分ほどぶらぶらして、ブギス・ジャンクションなるおしゃれスポットについた。

ここのフードコートでシンガポール食デビュー。エスニックかつジャンクな味に

舌鼓。お値段は2ドルぐらいと激安。


Nothingness of Sealed Fibs-一日目夕食


腹ごしらえがおわったので、またぶらぶら寄り道しながら歩いていると、

多くの若い人でにぎわう甘味処を偶然見つけた。「阿秋甜品」というお店だ。


Nothingness of Sealed Fibs-甘味処

「タピオカ入りマンゴーなんとか」と、アロエベラなんとかを注文。

甘さがひかえめで、すこぶるうまい。


旅にはこういう偶然と遭遇の楽しみがある。ホテルに戻ると一日の

疲れがどっと出てきて、さっさと就寝。本番は翌日からである。

三週間ほど前になるが、相方さんは東大阪に用事があってお出かけ。

なにも用事のない僕は、たまには家をでて外の空気にあたろうと思い、

相方さんに便乗して、同じく東大阪にある司馬遼太郎記念館に行って

みることにした。



到着は昼下がりの午後3時。記念館は、司馬さんの自宅に併設されている。

司馬さんが執筆していた当時の状態で保存されている書斎を窓越しに見学後、

デザイン性の高い記念館に入館。記念館の建物は安藤忠雄さん設計らしい。

写真の通り、壁一面に司馬さんの蔵書(の一部)が収納されている。圧巻。


世界の名著、日本の歴史、地域の歴史、戦史など、膨大な量の書物があった。

僕の持っている本もいくつか確認できてちょっと嬉しかった。本は展示品なので、

実際に手に取って見られないのが残念だが、司馬さんの本への愛情は十分に

感じ取ることができた様に思う。


ちょっと残念だったのは、この記念館の床が、きれいすぎるということだ。

僕のゴム底のサンダルが、歩くたびに「きゅきゅきゅ」と音をだしてしまい、

他のお客さんに申し訳ないなぁと感じていたら、他の人の靴底もゴムの場合が

多いみたいで、そこらじゅうで「きゅっきゅっ」と鳴っていた。

まぁ気にしなければ、それほど気にならないレベルではあったけれど。


記念館訪問を機に、あらためて、司馬さんの業績について考えてみた。


僕にとって司馬さんのすごさは、その視野の広さにある。

斎藤道三、会津藩、河井継之助など、どちらかのいうと歴史の本流には

残らなかった人々に司馬さんは注目する。これらの人物たちは、司馬さんが

いなかったら、歴史の主人公とは見なされないままだったろう。


なぜ、司馬さんは、マイナーな存在に光を当て続けたのだろうか。

それは結局のところ、歴史のうねりを「一人の英雄の所作」に還元したくない

という思いを司馬さんが持っていたからではないだろうか。僕はそう感じる。


歴史は、やもすると勝者だけがクローズアップされる物語になりがちである。

たとえば明治維新。薩長土肥が勝った。しかし、会津藩や長岡藩という敗者も、

薩長土肥に劣らず、人間にとって大事な精神を具現したのではなかったか。


事実、旧長岡藩からは、山本五十六や井上円了といった異才が出ている。

見方を変えれば、薩長土肥と戦えるだけの力を会津、長岡はもっていたのだ。

明治維新を立ち上げるときに、会津、長岡は敗れたけれど、その後の社会を

形成する過程では、会津、長岡出身者たちの力も大いに活用されたのである。


敗れたものを、そのまま「悪者」にしないこと。これが司馬さんの構えである。

勝者・敗者を決めるのは、一時の運であって、善悪によるものではない。

だから、勝者から見習ってはまずい点もあるし、敗者から学ぶべきところも

たくさんあるのである。司馬さんには、敗者への温かいまなざしがある。


しかし、前回も書いたが、司馬さんの視座は「人物」の魅力を雄弁に語るが、

一方で「言葉」は茅の外におかれたままになってしまう。そこが気になる。

たとえば、マルクスを語る際に、彼がその日の暮らしにも難儀する貧困の中で

大英図書館にかよって『資本論』を書き上げたことに注目して、『資本論』の

中身には言及しないようなものだ。司馬さんはマルクスについては何も書いて

いないけれども。


たしかに、マルクスという人物の残したエピソードは魅力的である。

しかし、魅力的であるかどうかということは、僕にとってはどうでもよい。

僕が大切にしたいのは、マルクスが残した言葉が真実に触れているかどうか、

この一点だけである。言葉に注目するとき、その言葉を誰が言ったのかは

どうでもよくなる。


司馬さん自身はイデオロギー的な思想には批判的であるようだ。

思想には「酔っぱらえない」体質であることを司馬さん自らが告白している。

意地悪い言い方をすれば、司馬さんは、思想に酔わずに、人に酔ったのだ。


無論、小説家としては、登場人物の魅力を描かなければならない。

しかし、「魅力のあるなし」は「真実に触れているかどうか」という基準に比して

危険度が増す。登場人物の魅力を描いてしまうことで、かえって隠れてしまう

ことがあるのではないか。僕にはそう思われてならない。


さて、『平家物語』、『太平記』などは、歴史上の事実どおりではないことが

指摘されている。しかし、江戸時代の歴史家、頼山陽の『日本外史』は、

この二つの物語をもとに、日本史を描いている。このことは、広く膾炙した

書物が、フィクションの部分も含めてリアリティーを持ちうることを示している。

おそらくこれから長い月日を経た後に、戦国・江戸・明治といった時代が

司馬さんの小説を通して語られる時代が来るだろう。

その意味で、僕には、司馬さんの小説群が、『平家物語』や『太平記』のように

ひとつの時代を語るスタンダードになるのではないかという予感がある。