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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

ふとテレビをつけたときにNHKで「斬られ役 大部屋俳優 58歳の心意気」がやっていた。話題の『侍タイムスリッパー』のアイデアの元となった斬られ役俳優・福本清三さんのドキュメンタリーである。

 

ヒーロー戦隊ものではなく、時代劇で人生を勉強した僕は、福本さんのお顔を何度も拝見して存じあげていたが、失礼ながらこの番組ではじめてお名前を知った。ガキんちょ時代は、福本さんが同じ番組で2回斬られている!と突っ込んだりして楽しんでいたことを思い出す。

 

このドキュメンタリーでは、新世代時代劇映画『RED SHADOW 赤影』で「斬られない役」に挑んだ福本さんの姿が収録されている。大作映画の撮影が終わり、テレビ時代劇で顔の映らない名もない町人役を務めていた福本さんは、次のようにインタビューに答えておられた。

 

「反省しながらの40年ですけどね」

「これといって自分で納得したこともないし」

「でもやっぱりなかなか思うようにいかないですね」

「これからもやっぱり毎日ステップですね」

「これからいけるところまでいこうと思ってるんですけど」

 

笑顔でインタビューに応じる福本さんの率直な言葉を聞いているとなんだか胸が熱くなってきた。医療の仕事にも、患者さんという主役を引き立てるという意味で、福本さんの姿勢は参考になるかもしれない。「心意気」という昨今耳にすることが減った言葉も気に入った。日々の仕事のなかで、僕なりの「心意気」ということについて考えてみても面白そうだ。

 

撮影所から帰る福本さんの後ろ姿は、上下運動の少ない「ナンバ歩き」だった。刀を腰に差していた時代の人の歩き方である。一生懸命仕事をやっている人は、仕事を離れても仕事をしているのだ。

むろん、赤信号は渡ってはいけない。いかなる理由があろうとも。しかし、渡り方について考えをめぐらすことは、少し日々の制約を緩めるのに役立つのではなかろうか。


と、こじつけて、赤信号のわたり方について、時々話す相手の考えを聞いてみることにしている。


実際に尋ねてみると、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という有名な標語にどういう反応をするのか、その時は何が「怖くない」のか、人それぞれの意見があって、面白い。


最近、自分自身を省みて、「赤信号、ひとりで渡るほうが、みんなで渡るよりも怖くない」という表現が、自分にはしっくり来るということに気がついた。


僕は少し外れていることを好むようだ。おそらく、ガキンチョのときにみていたテレビ番組の影響である。


「あぶない刑事」「はぐれ刑事純情派」「はみ出し刑事情熱系」など、刑事ドラマはみんな少し外れていたし、「水戸黄門」「暴れん坊将軍」「遠山の金さん」もハイ・ソサエティな人が身分をかくしてお忍びする話である。


時代劇や刑事ドラマで育った小学生頃の僕は、「人生楽ありゃ、苦もあるさ~」と通学路で歌いながら、ちゃんと信号を守っていた。


大人になった僕は、歌と信号の守りかたについて大いなる変貌を遂げていた。このままでいいやと思っているといつの間にか変わってしまい、このままではいけないと思っているとなかなか変わらない。


これだから人生は興味深い。

NHKラジオ「宗教の時間」で禅僧の藤田一照さんと腫瘍精神科医の清水研さんの対話が放送されていた。お二人の会話の表現というよりも、藤田さんからの質問に清水さんが答えるとき、文字通り「胸に手をあてて」答えられていたという藤田さんの指摘が印象深かった。そこで考えさせられたことについてメモしておく。

 

「頭を抱える」という表現と、「胸に手をあてる」という表現がある。どちらも身体の特定の部位に手を当てる行為なのだが、意味するところがだいぶ違う。頭には両手を、胸には片手を当てるというのも違いかもしれない。

 

「頭を抱える」のは、困っている時、途方にくれるときのしぐさだ。一方、「胸に手を当てる」のは、じっくりと落ち着いて考えるときのしぐさだ。

 

頭と胸でこれほど手を当てた時の意味が異なることには、なんらかの生理学的根拠があるのではないだろうか。もしその根拠がうまく探究できたなら、脳と心臓の働きの違いがより明確に理解できるようになるのではないだろうか。

 

同様の発想で人間の仕草や姿勢について見直してみるのも面白い。例えば、合掌や拍手、仏像の印などについて生理学的に考え直すとどうなるのだろうか。またそういう仕草や所作の心理学的な意味はなんなのだろうか。気になってきた。例えば、座禅の結跏趺坐では左足が上になるように足を組む。どうして左足なのか、解剖学的あるいは生理学的に説明できるのだろうか。

 

やや話は飛ぶが、終戦後に「手かざし」によって病気を癒すという不思議な宗教(岡田茂吉氏の世界救世教)が流行った時期があった。医学史に詳しい方なら、21世紀のような問診、検査、診断、治療の体系が確立する以前の医療では、催眠や漢方、祈祷による治療がかなりの効果を上げていたこともご存じであろう。

 

昔の人々は、身体の力を引き出す方法を、現在よりもっとよく知っていたのかもしれない。

最近、病気にかかっている気がする。「~かもしれない」という言葉が口癖のようになってしまっているようなのだ。この状態を僕は勝手に「かもしれない症候群」と名付けている。

 

僕は自分の仕事の中核に、『患者さんが「絶対こうだ!」と思っている考えをできるだけ相対化すること』を置いてきた。仕事の経験を積むにしたがって、自然にそういうスタイルになってきた。現象に対する解釈は、時間・空間・文化をずらして見直してみると自ずから多様になる。

 

このスタイルになってしまっていることが果たしてよいのかどうか、実は不安になることもあったのだが、先日、最相葉月さんの『中井久夫 人と仕事』(みすず書房, 2023年)を読んでいたら次のような一節にぶつかった。

 

いままで聞いたことがないような言葉を耳にして,その人が「なんだろう?」と考えるようにすることが精神療法.患者さんの考えを広げていく.自由にする.そのためには,「またか」ということは話さない.(同書 p.128)

 

僕がひそかに思っていたことは、中井先生の言葉とそんなにかけ離れていないのではないだろうか。そんな風に思えたのである。もちろん、「またか」ということを話さないためには、豊富な知識、ここぞというときの知恵が必要になる。中井先生だからなしえるのだということは重々承知の上で、かなわないから無理だとは思いたくないというのが僕の偽らざる心境である。

 

「かもしれない」という表現はとても曖昧だが、表面上の曖昧さこそが、人の根底にある生命力を働きやすくするような気が僕はしている。もしもこの直観が的外れでなければ、「かもしれない症候群」は病気というよりむしろ、健康の別名と言ってよいのではなかろうか。

 

どれだけ多くの「かもしれない」をひねり出せるか。中井先生の「はたしてそうか」や「わからなくても、目鼻はつけられる」という言葉をヒントにして、おやつを食べながら頑張ろう。それで良いのだ、と言ってもよいのかもしれない。

中井久夫先生の口癖であったとどこかで読んだフレーズをタイトルにしてみた。いくつか気になることについて書きたかったからである。

 

先日、NHKの「こころの時代」で福島県宝鏡寺住職の早川篤雄さんの回を観る機会があった。福島第二原発の地元である楢葉町で、原発建設時から反対運動をおこなってきた早川さんは、原発事故に遭遇し、檀家さんや運営していた障害者施設の利用者さんたちと伴に避難を余儀なくされた。画面の中の早川さんは、飾らない口調で、事故後の悲しい出来事、あるいは住職をつとめるお寺の檀家から太平洋戦争に出征してなくなった人たちのことを語られていた。早川さんは、太平洋戦争への仏教界の協力体制、原発事故に対してどちらも「なんなんだ、これは?」という素朴な気持ちを持ち続けた人なのだと感じた。福島第二原発が建設されたときに、建設地の条件として「人がすくないこと」、「首都圏への送電コストがかかりすぎないこと」が挙げられていたことを僕はこの番組で初めて知った。早川さんが大学時代に増谷文雄氏の宗教概論を受講されたときのことを話されていて、僕は、積読になっていた増谷文雄氏の新書『ブッダ』を段ボールからとりだすことになった。

 

あとは、職場でおきた変化の話。一昨年から職場で人事評価制度がはじまった。昨年からはサンクスメッセージの運用がはじまり、毎月今月のメッセージ数というメールが送られてくるようになった。家で家族に話すと、人事評価もサンクスメッセージも、世間の流れらしいとのこと。組織に所属して仕事ができているありがたみを軽視するわけではないが、僕はどこかでいつも個人商店として自分を規定しているので、組織が自分になにを求めているかという点はさておき、今の自分にどれだけのことを期待できるか、今の自分はどの部分を伸ばしていくべきなのか、あるいはどの部分でほかの人の助けをかりるべきなのかを意識しながら業務に臨むようにしている。あまりに自分勝手な自己規定ではあるが、結局のところ、組織が何を期待してくれようとも、そのときの自分にできる範囲のことしか対応できないのだから、と僕はいつものくせで「詰まるところ」まで考えてしまう。そのためなのだろうか、人事評価制度にもサンクスメッセージにも、いま一つあるいはいま二つ身が入らない。困ったものである。

 

最後は、NHKの「こころの時代」で早川さんのひとつ前の週に放映された宗教学者山折哲雄さんの回について。90歳を超えられてお元気な山折さんのインタビューは、思索者ではなく歩く旅人としてブッダやイエス、芭蕉らを捉えなおす視点、「何者にもならない人」、「人間が最終の、心の、精神の頼りにするものは、無、空、幻、それぐらいの覚悟で生きていく以外にない」、「妄想三昧、昼寝三昧。無、空って言ってた方が楽だな。最後はその辺で死んでいくか」といった言葉が印象に残った。山折さんも早川さんも同じ東北地方に生まれ、同じように親鸞に影響をうけておられるが、それぞれに違いがある。僕の印象では、山折さんの闊達な笑顔と、早川さんの優しいけれど寂しさの漂う笑顔の違いが、原発事故という途方もないできごとのもたらしたなにかによって生じているように思われた。