野村實さんの『海戦史に学ぶ』文春文庫、1994年を読みはじめた。「まえがき」に終戦当時のモスクワの駐ソ連大使・佐藤尚武さんが当時の外務大臣・東郷茂徳あてに打電した文章が引用されている。
「…もって国家存亡の一歩手前においてこれを食い止め、七千万同胞をとたんの苦より救い、民族の生存を保持せんことをのみ念願す」(同書7頁)
7千万同胞、一億総懺悔、そういった言葉に1945年当時の感覚が刻まれている。ちなみに太平洋戦争勃発前の時期には人口増加への不安が喧伝された。当時の日本国内の農業生産力では7000万~8000万人程度の人口しか食料的に養えないとされ、ハワイや南米、満州国への移民が募集された。7000万の日本人が何はともあれ世界一の国力を誇るアメリカを相手に戦争をし、敗戦後の復興を成し遂げ、国力を回復させてきたのである。
厚生労働省の統計予測によれば2070年に8700万人程度の人口になるとされている。そのころには人口分布や産業構造は現在と変わっているだろう。それでも8700万人いるのである。国が消滅してしまうとか、立ち行かなくなるという人口ではないだろう。
少子化の議論では「人口が減ることは問題だ」ということばかりがいわれ、すこしでも出生数を増やそう、現在の人口をキープしようというアイデアがどんどん出されている。しかし、そうした議論には「日本の社会が安定して維持されるにはどれぐらいの人口が適正なのか」という論点がかけていると思う。そして僕の憶測によれば、7000万人になったら7000万人なりの社会の形があるはずなのだ。
人口を増やしたり、減らしたり、国家はいろいろと策を講じているが、結局は人口推移に応じた社会政策をその都度考えねばならない。だとすれば、少子化対策よりも、少子化が進んだ場合にどうするかを考えておくことのほうが本質的な問題のように思えるのだが。はたして?