飢餓状態で急に栄養をとると、電解質異常・循環動態の破綻などを伴うリフィーディング症候群という致死的な病態が起きる。現代でもアルコール依存症や摂食障害で慢性的な低栄養状態にある人が急に栄養をとる時に起こりうるため、注意が必要とされている。
豊臣秀吉による鳥取城の兵糧攻めでリフィーディング症候群が起きたのではないかという論文が2023年に発表された。開城後に救援として支給された食料を急にたべたことで多数の死者が出たと『信長公記』に記されている。
先日、今谷明『中世奇人列伝』(草思社文庫、2019年)を読んでいたら、足利義政の治世に飢饉が起こり、願阿弥という聖が、京都六角堂のそばに飢えた人々の収容所を作り、粥・味噌汁を施したという話がとりあげられていた。だが、『経覚私要鈔』によると、粥・味噌汁を食べて死ぬ人が毎日300~500人にのぼり、願阿弥の弟子2人が病死、願阿弥自身も病となり、20日でこの慈善事業は中止となったという。
願阿弥の施行を慈悲深い行為としてたたえる意見がある一方で、せっかくの施食も多くの死者を出すこととなり、飢民は前世の因縁によって死んでいくにすぎないのに、施食することは返って神仏の意志に背くことになるのではないかという意見もあったようである。
おそらくだが、願阿弥の施行によって飢民はリフィーディング症候群を起こしたのではないだろうか。良かれとおもってしたことが、かえって悲劇的な結末を招くことはしばしばある。当時の願阿弥の苦悩はいかほどだったろうか。願阿弥は悲劇にめげることなく、応仁の乱で荒廃した清水寺の再興のために勧進を担当し、晩年は清水寺の成就院に住んでいたという。
ちなみに豊臣秀吉は、鳥取城の戦いのあとも何度か兵糧攻めを行っているのだが、相手が降伏し、救援の食料をふるまうときは、急いで食べないように注意していたらしい。
人間は少しずつ学んでいくようだ。