Nothingness of Sealed Fibs -4ページ目

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

通勤で街中を歩いていると様々な文字が目に飛び込んでくる。お店の名前、選挙ポスター、お寺の掲示板など。

 

休日に郊外を歩いていても突然、民家の壁に「悔い改めよ」と書いてあったりしてドキッとすることが時々ある。


近所の教会やお寺の外に聖書や経典の抜き書きが掲示されているが、海外の教会で同様の掲示をみたことはない。なぜだろうか。


以上、ふと気になったので記しておく。「文字だらけ」という点からも日本を理解する補助線が引けそうな気がするのだが、どうだろう。

 

【追記】

選挙のポスターは「〇〇を守る!」「○○を実現します!」と勢いはよいが、僕は空虚さを感じて「果たしてそうか」とヘソを曲げたくなる。教会の外にある掲示板に聖書の箇所が抜き書きされていると、「そんな箇所があったのか」と自分の勉強になるし、どうして牧師さんはこの言葉を選んだのか、少しの時間考えるのは楽しい。一方で、宗派にもよるのだろうが、お寺の掲示板にはお経からの引用は少なく、小説や詩など文学からの引用が結構ある。説教臭い感じをうけるときもあるが、仏教にこだわらない自由な感じがして、個人的にはお寺の掲示板は面白いと思う。

先日、後輩たちの演奏会に足を運んだ。仕事終わりにダッシュで電車にのりこみ、開演4分前に滑り込んだ。コロナ禍で消滅の可能性もあった後輩たちが、すこしずつメンバーを増やし、難曲を演奏している姿には、それだけで頭が下がる。社会人になり、後輩たちほど真剣には練習できないけれど、また良い音楽の中にいる経験をつみたいなと帰り道で感じた。これは後輩たちから「刺激を受けた」ということになるのだろう。

 

若干話がかわるが、ドイツ語をいい加減にしっかり勉強しようと思い、先日、かの関口存男氏の参考書をいくつか古本で購入した。そのなかの1冊『趣味のドイツ語』(三修社、1970年)の冒頭にハッとさせられる言葉があった。曰く「私はこう思います:人を教えるというのは、人を「刺激」することである、と。大して教えるところがなくてもよい、「刺激」さえすればよいのだ、ーこれが私の信念です」(同書2頁)。

 

ちょうど後輩たちの演奏会後に関口氏の文章に触れ、そうか、僕は後輩たちに教わったのだと得心した。音楽もドイツ語も関口氏流の「対おのれ自身対策」を念頭におきながら取り組んでいきたいと思う。

 

いつのまにか、いや、あっというまに、仕事上で若手を「指導」するといういかめしい役割を担う年頃になってきた。なにが「指導」なのかという点は現場では混乱しており、「研修」や「講演」という名前の機会があまりに多いのだが、「刺激」を受けたと感じることは、僕の鈍感さのためか非常に少ない。いずれにせよ、僕が「面白い」「すごい」と感じる時間を大切にしていくことが、自分の力を伸ばしていくことになるのではないか。そう信じてやってみるしかないのだろう。Ars longa, vita brevis.である。

読書記録のその1でも書いたのだが、近年はいろいろと歴史の本を読むようになってきた。知らないことが多すぎることを痛感する最近である。

 

〇林屋辰三郎『日本の古代文化』岩波現代文庫、2006年
弥生時代から平安京成立までの歴史を、時代ごとのキーポイントを設定して描いた作品。個人的には前方後円墳と和平を象徴する「盾伏の舞」の関連を指摘した部分が興味深かった。確かに、盾を地面に伏して踊ることが講和の儀式であるとすると、前方後円墳と周濠を合わせるとまさに盾の形に見える。林屋先生は邪馬台国の近畿説を踏襲しながら、ヒミコとトヨの間に、葛城王系と三輪王系の対立をみる。大和を追われた葛城王系が飛鳥から北上し、京都南山城に移住したことを、棚倉・祝園の古社に伝わる祭事からひもといていく下りは、一定の説得力を持っていると思われる。

 

〇林屋辰三郎『南北朝』朝日新書、2017年

あまりによくわからない南北朝時代について知ろうと手に取ってみた一冊。1991年に出版された朝日文庫の新書版である。いろいろ面白いポイントがあったが、足利義満が没後に「鹿苑天皇」の名で後世に伝えられた(209頁)ことが印象深かった。なお、あとがきに、「上島文書」の記述をもとに、楠木正成と世阿弥が親類関係にあるかもしれないという指摘がなされていて驚いた。その後、この系譜の研究についてはどんな進展がみられているのだろうか。


〇林屋辰三郎『京都』岩波新書、1962年

京都には古代から現在までの歴史が蓄積し、保存されている。寺社仏閣、大学など有名な箇所について時代・地域ごとに解説されており、非常におもしろく読める。この本で日野法界寺の国宝阿弥陀堂について知ったので、休みの日に訪れてみた。訪れる人は少ないながら、美しい阿弥陀堂の屋根の線が印象深かった。阿弥陀如来像の周囲を人々が周りながら念仏できる構造になっており、浄土信仰の熱がしずかに伝わってきた。法界寺のすぐ近くに親鸞生誕の地があり、醍醐から宇治にかけて地域の奥行きを知った一日となった。

〇呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』中公新書、2016年

奈良興福寺の僧による日記をもとに応仁の乱の複雑な過程をわかりやすく整理されている。個人的には京都の市街戦が堀や井楼の登場によって長期化したこと、足軽が登場したことが面白かった。何度か訪れたことのある真如堂が足軽によって略奪されていたこと(「真如堂縁起」)や、足軽大将の骨皮道賢が伏見稲荷社を拠点としていたことを知って驚いた。あと、風呂と茶の湯がセットになった「林間」という営みを経覚さんが楽しみにしていたことも知って面白かった。林間学校の林間となにか関係があるのだろうか。


〇亀田俊和『観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』中公新書、2017年

「観応の擾乱」が林屋辰三郎氏の『南北朝』が初出と知って驚いた。室町時代で個人的によく分からなかったのが、三条殿と鎌倉公方という二本立てがどういう経緯でできたのかという点だったのだが、足利義詮による東国統治がまずあり、義詮が京都に呼び戻された後、基氏が鎌倉公方となったという流れが理解できた。南北朝時代の知識が増えてから、京都府亀岡市の篠村八幡宮に行ってみたが、京都市街と山一つ隔ててすぐのところにあり、地の利的に重要であることがよく分かった。直義側の勢力におされ、京都からでた尊氏は書写山にこもり、巻き返しを図った。書写山圓教寺は訪れたことがあるが、義詮がこもった丹波国石龕寺(せきがんじ)にはいったことがない。いつか訪れてみたいと思う。


〇野島博之『謎とき日本近現代史』講談社現代新書、1998年
現代に近づくにつれて日本史は非常に分かりにくくなる。登場人物が多く、出来事が複雑に絡み合っており、史料も多い。とりわけ明治維新から昭和の戦後までが複雑である。野島さんのこの本は、複雑な日本近現代史に、いくつかの問いをたて、問いへの答えをさぐるなかで、いろいろな切り口から浮かび上がってくる歴史をよみとろうという本である。いわば、「問い」によって複眼的な歴史像を描き出す試みといえる。野島さんは予備校の先生なので、文章がわかりやすくて読みやすい。敗戦直後の一時期に昭和天皇が溌溂とされていたという指摘(178頁)にハッとさせられた。

〇渡辺京二『近代の呪い』平凡社新書、2013年

渡辺京二さんの講演数本をまとめた書物。民衆の生活世界と政治の世界が分離していた徳川時代(近世)から、国家の趨勢に民衆が主体的な責任意識を持つ「国民」となった明治大正時代(近代)への変遷により、生活は豊かになった。その一方で、生活の責任が政府や自治体に移り、自分たちで生活を作り出していく人々の喜びは奪われていった。これがが渡辺さんの基本的な理解の図式である。渡辺さんは国民誕生の契機となったフランス革命について、大佛次郎をもとに考察を進めていく。「自由・平等・博愛」を掲げたとされるフランス革命が、実態としては3つの価値とかけ離れていたことを確認する。そして大佛が『パリ燃ゆ』で取り上げたパリ・コミューンについて言及する。普仏戦争に敗れ、ドイツとの講和を勧めようとするフランスの将軍たちに対して、「あきらめずに戦え」とパリの民衆は主張し、蜂起し、次々に死んでいく。「国家に対して戦争継続を要求する民衆」というと、第二次大戦を経た日本の我々からすると肯定しがたいように思えるが、『パリ燃ゆ』は懸命に生きたパリ民衆の一人一人に注目することで、愚かで醜かったと言えるかもしれないパリ民衆の連帯の経過を共感的に描き出していく。渡辺さんはパリ民衆の振る舞いが正しいとか間違いだという主張はされていない。ただ、民衆が協力しあって生活していたという前近代的なところから西欧近代の文化が生まれ、その文化によりまさに民衆の助け合う生活が失われていったということを、なんども粘り強く渡辺さんは確認されている。渡辺さんが提示された「グローバリズムとリージョナリスムをどう折り合わせていくか」という宿題に、どのように取り組んだらよいのか僕にはまだイメージがわかない。なるようになるのかもしれないし、ならないようにはならないのかもしれない。ただ、自分の生活のどの部分がグローバルで、どの部分がリージョナルなのか、意識しながら日々を過ごせたらと僕は勝手に思っている。

 

〇大貫隆『聖書の読み方』岩波新書、2010年

日本を代表する新約聖書学者による聖書入門。長年教壇に立たれた筆者が「なぜ聖書は読みづらいのか」という学生目線の疑問から、聖書の構成と難所を指南してくれる一冊。長年の探究に基づく確信を帯びた断言が印象深い。いくつか抜き書きしておく。「真の経験は遅れてやってくる。それを慌てず静かに待つことが重要である」(17頁)、「周縁に躓くことは無駄死にである。せっかく躓くのなら、中心に、真の『躓きの石』に躓くべきである。人を躓かせないようなものは真理ではない」(129頁)、「生前のイエスは弁神論を真っ向から拒絶した。弁神論は不幸が誰の責任なのか、後ろ向きに問う議論である。イエスはそのような後ろ向きの問いに答えないで、ただ前向きに、不幸の解決が近づいていることを約束する」(131頁)。二つだけ疑問点を呈しておく。一つ目は、大貫氏がマルコ福音書13章31節の「天地は滅びても、わたしの言葉は残る」というイエスの言葉を、「神の意志と人間の応答関係こそがイエスにとっての核心である」(127頁)と解釈されている点である。そういう解釈もありだろうが、僕は聖書が後世に伝わらなくなっても残る言葉は何かと考えたい。イエスの言葉が残るのではなく、「わたし」の言葉が残るという点にこだわって、「わたし」を理解したいと思うのである。二つ目は、「電車の中の人の視点」と「電車の外から見ている人の視点」の対比から、同じ現象(聖書)が違って見えることを説明されている点である(90頁)。大貫氏はこの譬えから、キリスト教の立場からだけでなく、キリスト教の立場を降りた視点からも聖書を読むことの大切さを指摘されている。重要な指摘であるとは思うのだが、僕自身は、立場が異なるときに異なって見える事柄ではなく、立場が異なったとしても変わらない事柄こそが、真実あるいは信仰という言葉(ギリシャ語のピスティス)にふさわしいと勝手に思っている輩である。だから、大貫氏の指摘は、「キリスト教」を本来の射程よりも狭い範囲に限定してしまうのではないかと思うのだが、どうだろうか。

先日、歓送迎会があり、酔った勢いで「疾病disease」と精神医学の話になった。「疾病」とは日本語で俗にいう「病気」という言葉を真面目に取り扱うときの表現である。

 

酔っぱらった僕の脳がはじき出したのは、「精神科の病名というのは、まだ今のところ音楽ジャンルにおけるロックかジャズかの違いぐらいの精度でしか区別できていないのではないか」という戯言であった。聴いている楽曲がロックなのかジャズなのかクラシックなのかは、たいていの場合明瞭にわかる。ただし、同じ楽曲でも、アレンジによってはロックに聴こえたり、ジャズに聴こえたりすることもある。クロスオーバーなる概念もあり、実はジャンルの区別が難しい楽曲もあるというところが、精神科の病名と似ているように思われたのである。

 

遺伝学の成果が積み重なって分かってきたことは、統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症などにオーバーラップする遺伝子がかなりあるということだった。そこでグリージンガー大先生の単一精神病論が復権し、すべての精神疾患をスペクトラムのように考えてはどうかというスタンスも近年見直されつつある。

 

酔いが醒めたあとに思い出したのだが、たしか中井久夫先生がどこかで、ウィトゲンシュタインの「家族的類似」と精神科の診断を重ねておられたと思う。僕の大雑把な理解では、ウィトゲンシュタインは、「疾患」や「音楽ジャンル」どころか、日常会話につかわれるすべての言葉について、外延extensionや内包intensionを厳密に定めることはできず、家族的な類似性が指摘できるに過ぎないと考えた。なんのことはない。僕の酔った脳は、以前に読んだ中井先生の文章をちょびっと変奏して思い出しただけに過ぎなかったのだ。

 

ただ、せっかくの変奏したのであるから、精神科的病名と芸術的ジャンルの似ているところ、似ていないところについてもう少し考えてみてもよいかもと思い、忘れないように覚書いておく。

人生も半ばに達し、あとどれくらいのインプットができるのかと思いつつ、通勤電車で本を読んでいる。どうしてだかコロナ禍以降、本を読むスピードが速くなった気がする。持ち運びしやすい新書を手に取ることが多いからだろうか。一方で、読んだ内容を忘れてしまう度合いも増えている気がするが、本当に大事なことであれば、必要な時に思い出せるだろう。思い出すための手がかりとして覚書を続けておく。まずは第一弾。

 

〇桜井哲夫『一遍と時衆の謎 時宗史を読み解く』平凡社新書、2014年

〇桜井哲夫『一遍 捨聖の思想』平凡社新書、2017年

小川修先生が「一遍ー唯一回性の聖」という論文のなかで、一遍上人のすごさを読み解いておられたので、一遍上人や時宗について基本的知識を得たいと手に取った本。著者の桜井哲夫さんは20世紀のヨーロッパ思想史研究者だが、同時に時宗の僧侶でもある。時宗の歴史、一遍上人の事績がコンパクトにまとまっていて読みやすかった。京都の四条河原町や、円山公園から霊山博物館の地域がかつては時宗寺院の境内だったこと、時宗がある意味で神仏習合の最終形態であったために、明治の神仏分離令によっておおきな打撃をうけたことを知って勉強になった。桜井さんの筆致は歴史学的かつやや控え目であり、一遍上人についての思想的なツッコミの面では個人的にやや物足りなく感じた。この2冊を読了してからJR兵庫駅周辺の一遍上人ゆかりの地を訪問した。墓所のある真光寺はひっそりとしていたが、近隣にはいくつかの時宗寺院が現存しており、時宗が海の民に広く受け入れられていた往時がしのばれた。

 

〇森下章司『古墳の古代史』ちくま新書、2016年

近所にたくさんある古墳についてもうちょっと知りたいと思って手に取った1冊。古代中国・朝鮮の王墓と比較しながら、日本の古墳の特徴が考察されていて面白かった。中国で三国志魏の曹操が簡素な埋葬を指示したのと同時期に朝鮮・倭では墳丘が大型化するという指摘が目を引いた(148頁)。また、森下さんによると、中国や朝鮮の王陵は子孫が代々祭祀をおこなう場所であり、理念としては子孫が続く限り永続する施設であった。その一方、日本の巨大な前方後円墳は、埋葬時に「見せる」ことが重視されており、継続的な祭祀は二の次だったとのこと。例として平城京造成時に市庭古墳(平城天皇陵と推定される)が削られていることがあげられている。また朝鮮では高麗の時代にも墳丘をもつ王墓がつくられたが、倭国では古墳を作らなくなってしまうという指摘も興味深い(214頁)。森下さんが倭の前方後円墳を天守閣に例えているところ(212頁)も面白かった。古代の倭から日本にかけて、この列島に住む人々は独特のシンボル化のセンスをもっていたということだろうか。埴輪が古墳という聖域を浄めるために配置されていたという説も初めて知って面白く感じた(243頁)。今度古墳を訪れたときに、どんな風に自分が感じるか、楽しみになってきた。

 

〇野村實『日本海海戦の真実』講談社現代新書、1999年

司馬遼太郎の『坂の上の雲』が発表された後に、かつて海軍から天皇に献上されたことで敗戦後の焼却処分を逃れ、1部だけ残った『極秘明治三十七八年海戦史』(150巻)が発見された。この資料を分析することで、野村氏はバルチック艦隊通過予測コースで水面下でかなりの議論があったこと(『坂の上の雲』では東郷平八郎の直観とされた)、T字戦法の発案者として山屋他人、採用者として東郷平八郎(『坂の上の雲』では秋山真之の発案)を挙げておられる。ときどき中井久夫先生の文章で「司馬遼太郎がみられなかった資料」へ言及されているが、この本でその資料についての疑問が氷解した。

 

〇芦田均『第二次世界大戦外交史(上)(下)』岩波文庫、2015年

独ソによるポーランド分割、フィンランドーソ連の戦争から説き起こされる上巻は、日中戦争に突っ走りつつ自制力を失っていく時期の日本外交について芦田氏の批評も加えた記述が冴えており、楽しく読めた。「日本にはなんらの暗示を与えず、日本の憶測するに任せておくのが一番の得策」と表現していた米国ハル国務次官の発言にはうならされた。下巻では、スターリンとチャーチルが基本的に自国の利益優先に動いていたことがよくわかるように書かれている。だが、病床のためか上巻でみられたつっこんだ批評が少なくなっており、その点がやや残念だった。

 

〇作者不詳、吉田豊訳『雑兵物語 雑兵のための戦国戦陣心得』教育社、1980年

足軽目線で書かれたサバイバル術がおもしろい一冊。「血が止まらないときには葦毛馬の馬糞を水に溶かして飲むこと。葦毛馬の血を飲んでもいいが馬の血は自由に取れないから、糞を食った方がまし(87頁)」が一番びっくりした箇所。梅干をすぐにたべないでまず見るだけにしておく、戦場は飢饉と同じだから兵糧確保に気をつけろなど、具体的な知恵が書かれていて面白い。手負い人をつれて退却するとき、鉄砲・矢をひどくいかけられているときは手負い人を盾にして逃げる方法があるなど、仁義なき戦場の姿がイメージできる。

 

〇福永光司『荘子 古代中国の実存主義』中公新書、1964年

学徒出陣して中国戦線を経験した著者による、荘子論。荘子の文章を引きながらポイントを解説するスタイルになっており、分かりやすい。西洋から最新思想として乗り込んできた実存哲学が、実は東洋では「荘子」に現れていたとする福永先生の雄大な構想が最大の読みどころである。個別の論点としては、徐無鬼篇の「為義偃兵,造兵之本也(戦いを止めようとすることが、戦いを生む)」の解説(102頁)が興味深かった。荘子の示した真実在をつかまずに、書物に記された正しさだけを追い求めるととんでもない誤りにはまることがあるということだろうか。


〇井上章一『日本人とキリスト教』角川ソフィア文庫、平成25年

青森県新郷村(合併前は戸来村)にイエス・キリストの墓がある。その墓の場所を特定したのは天津教という神道系結社を率いる竹内巨麿という人だった(11頁)。『竹内文書』というオカルト文書の紹介から始まる本書には、明治4年にエリザベス・ゴードンなる人が高野山に大秦景教流行碑のレプリカを贈呈したこと、国学者平田篤胤が『霊能真柱』において造化三神の説を唱える際にキリスト教の天主教書を参考にしていたこと、江戸・明治初期にはキリスト教の仏教起源説が常識的な理解であったのが、禁教令の解除後に両教同根説はかたられなくなったことなど、興味深い指摘が続く。旧約聖書を真面目に解釈すると人類すべての民族がシナイ半島からちらばったユダヤ人ということになる。ルイス・フロイスが日本人は福音の記憶を失っていると手紙に書いているのは、日本人がユダヤ人の末裔という意識があったのではないかという指摘も面白かった。教会や神学書からは抜け落ちてしまうキリスト教受容史の本として、気軽に読めて貴重な本だと思う。

 

〇司馬遼太郎『箱根の坂(上)(中)(下)』講談社文庫、2004年

『新九郎奔る』を読む前に事前知識として読んでみた本。司馬さんがこの作品を書いた時期には、北条早雲についての研究がまだ進んでおらず、年齢や具体的な業績についても定説がなかった。北条早雲が「戦国大名」というジャンル形成に大きな役割を果たしたという司馬さんの主張は分かるのだが、司馬さんが得意とするちょっとしたエピソードによるキャラクターの造形が、いかんせん資料が乏しいためにあまり力を発揮していない印象を持った。『箱根の坂』の後に『新九郎奔る』を読み始めたが、かなり面白い。ただ、より楽しむには応仁の乱や享徳の乱、その背景となる観応の擾乱や太平記について知識があるほうがよい。『箱根の坂』以降、僕は最近ブームになっている室町時代について手頃な新書を読み始めることになった。

 

つづく