Nothingness of Sealed Fibs -5ページ目

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

先日、歓送迎会があり、酔った勢いで「疾病disease」と精神医学の話になった。「疾病」とは日本語で俗にいう「病気」という言葉を真面目に取り扱うときの表現である。

 

酔っぱらった僕の脳がはじき出したのは、「精神科の病名というのは、まだ今のところ音楽ジャンルにおけるロックかジャズかの違いぐらいの精度でしか区別できていないのではないか」という戯言であった。聴いている楽曲がロックなのかジャズなのかクラシックなのかは、たいていの場合明瞭にわかる。ただし、同じ楽曲でも、アレンジによってはロックに聴こえたり、ジャズに聴こえたりすることもある。クロスオーバーなる概念もあり、実はジャンルの区別が難しい楽曲もあるというところが、精神科の病名と似ているように思われたのである。

 

遺伝学の成果が積み重なって分かってきたことは、統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症などにオーバーラップする遺伝子がかなりあるということだった。そこでグリージンガー大先生の単一精神病論が復権し、すべての精神疾患をスペクトラムのように考えてはどうかというスタンスも近年見直されつつある。

 

酔いが醒めたあとに思い出したのだが、たしか中井久夫先生がどこかで、ウィトゲンシュタインの「家族的類似」と精神科の診断を重ねておられたと思う。僕の大雑把な理解では、ウィトゲンシュタインは、「疾患」や「音楽ジャンル」どころか、日常会話につかわれるすべての言葉について、外延extensionや内包intensionを厳密に定めることはできず、家族的な類似性が指摘できるに過ぎないと考えた。なんのことはない。僕の酔った脳は、以前に読んだ中井先生の文章をちょびっと変奏して思い出しただけに過ぎなかったのだ。

 

ただ、せっかくの変奏したのであるから、精神科的病名と芸術的ジャンルの似ているところ、似ていないところについてもう少し考えてみてもよいかもと思い、忘れないように覚書いておく。

人生も半ばに達し、あとどれくらいのインプットができるのかと思いつつ、通勤電車で本を読んでいる。どうしてだかコロナ禍以降、本を読むスピードが速くなった気がする。持ち運びしやすい新書を手に取ることが多いからだろうか。一方で、読んだ内容を忘れてしまう度合いも増えている気がするが、本当に大事なことであれば、必要な時に思い出せるだろう。思い出すための手がかりとして覚書を続けておく。まずは第一弾。

 

〇桜井哲夫『一遍と時衆の謎 時宗史を読み解く』平凡社新書、2014年

〇桜井哲夫『一遍 捨聖の思想』平凡社新書、2017年

小川修先生が「一遍ー唯一回性の聖」という論文のなかで、一遍上人のすごさを読み解いておられたので、一遍上人や時宗について基本的知識を得たいと手に取った本。著者の桜井哲夫さんは20世紀のヨーロッパ思想史研究者だが、同時に時宗の僧侶でもある。時宗の歴史、一遍上人の事績がコンパクトにまとまっていて読みやすかった。京都の四条河原町や、円山公園から霊山博物館の地域がかつては時宗寺院の境内だったこと、時宗がある意味で神仏習合の最終形態であったために、明治の神仏分離令によっておおきな打撃をうけたことを知って勉強になった。桜井さんの筆致は歴史学的かつやや控え目であり、一遍上人についての思想的なツッコミの面では個人的にやや物足りなく感じた。この2冊を読了してからJR兵庫駅周辺の一遍上人ゆかりの地を訪問した。墓所のある真光寺はひっそりとしていたが、近隣にはいくつかの時宗寺院が現存しており、時宗が海の民に広く受け入れられていた往時がしのばれた。

 

〇森下章司『古墳の古代史』ちくま新書、2016年

近所にたくさんある古墳についてもうちょっと知りたいと思って手に取った1冊。古代中国・朝鮮の王墓と比較しながら、日本の古墳の特徴が考察されていて面白かった。中国で三国志魏の曹操が簡素な埋葬を指示したのと同時期に朝鮮・倭では墳丘が大型化するという指摘が目を引いた(148頁)。また、森下さんによると、中国や朝鮮の王陵は子孫が代々祭祀をおこなう場所であり、理念としては子孫が続く限り永続する施設であった。その一方、日本の巨大な前方後円墳は、埋葬時に「見せる」ことが重視されており、継続的な祭祀は二の次だったとのこと。例として平城京造成時に市庭古墳(平城天皇陵と推定される)が削られていることがあげられている。また朝鮮では高麗の時代にも墳丘をもつ王墓がつくられたが、倭国では古墳を作らなくなってしまうという指摘も興味深い(214頁)。森下さんが倭の前方後円墳を天守閣に例えているところ(212頁)も面白かった。古代の倭から日本にかけて、この列島に住む人々は独特のシンボル化のセンスをもっていたということだろうか。埴輪が古墳という聖域を浄めるために配置されていたという説も初めて知って面白く感じた(243頁)。今度古墳を訪れたときに、どんな風に自分が感じるか、楽しみになってきた。

 

〇野村實『日本海海戦の真実』講談社現代新書、1999年

司馬遼太郎の『坂の上の雲』が発表された後に、かつて海軍から天皇に献上されたことで敗戦後の焼却処分を逃れ、1部だけ残った『極秘明治三十七八年海戦史』(150巻)が発見された。この資料を分析することで、野村氏はバルチック艦隊通過予測コースで水面下でかなりの議論があったこと(『坂の上の雲』では東郷平八郎の直観とされた)、T字戦法の発案者として山屋他人、採用者として東郷平八郎(『坂の上の雲』では秋山真之の発案)を挙げておられる。ときどき中井久夫先生の文章で「司馬遼太郎がみられなかった資料」へ言及されているが、この本でその資料についての疑問が氷解した。

 

〇芦田均『第二次世界大戦外交史(上)(下)』岩波文庫、2015年

独ソによるポーランド分割、フィンランドーソ連の戦争から説き起こされる上巻は、日中戦争に突っ走りつつ自制力を失っていく時期の日本外交について芦田氏の批評も加えた記述が冴えており、楽しく読めた。「日本にはなんらの暗示を与えず、日本の憶測するに任せておくのが一番の得策」と表現していた米国ハル国務次官の発言にはうならされた。下巻では、スターリンとチャーチルが基本的に自国の利益優先に動いていたことがよくわかるように書かれている。だが、病床のためか上巻でみられたつっこんだ批評が少なくなっており、その点がやや残念だった。

 

〇作者不詳、吉田豊訳『雑兵物語 雑兵のための戦国戦陣心得』教育社、1980年

足軽目線で書かれたサバイバル術がおもしろい一冊。「血が止まらないときには葦毛馬の馬糞を水に溶かして飲むこと。葦毛馬の血を飲んでもいいが馬の血は自由に取れないから、糞を食った方がまし(87頁)」が一番びっくりした箇所。梅干をすぐにたべないでまず見るだけにしておく、戦場は飢饉と同じだから兵糧確保に気をつけろなど、具体的な知恵が書かれていて面白い。手負い人をつれて退却するとき、鉄砲・矢をひどくいかけられているときは手負い人を盾にして逃げる方法があるなど、仁義なき戦場の姿がイメージできる。

 

〇福永光司『荘子 古代中国の実存主義』中公新書、1964年

学徒出陣して中国戦線を経験した著者による、荘子論。荘子の文章を引きながらポイントを解説するスタイルになっており、分かりやすい。西洋から最新思想として乗り込んできた実存哲学が、実は東洋では「荘子」に現れていたとする福永先生の雄大な構想が最大の読みどころである。個別の論点としては、徐無鬼篇の「為義偃兵,造兵之本也(戦いを止めようとすることが、戦いを生む)」の解説(102頁)が興味深かった。荘子の示した真実在をつかまずに、書物に記された正しさだけを追い求めるととんでもない誤りにはまることがあるということだろうか。


〇井上章一『日本人とキリスト教』角川ソフィア文庫、平成25年

青森県新郷村(合併前は戸来村)にイエス・キリストの墓がある。その墓の場所を特定したのは天津教という神道系結社を率いる竹内巨麿という人だった(11頁)。『竹内文書』というオカルト文書の紹介から始まる本書には、明治4年にエリザベス・ゴードンなる人が高野山に大秦景教流行碑のレプリカを贈呈したこと、国学者平田篤胤が『霊能真柱』において造化三神の説を唱える際にキリスト教の天主教書を参考にしていたこと、江戸・明治初期にはキリスト教の仏教起源説が常識的な理解であったのが、禁教令の解除後に両教同根説はかたられなくなったことなど、興味深い指摘が続く。旧約聖書を真面目に解釈すると人類すべての民族がシナイ半島からちらばったユダヤ人ということになる。ルイス・フロイスが日本人は福音の記憶を失っていると手紙に書いているのは、日本人がユダヤ人の末裔という意識があったのではないかという指摘も面白かった。教会や神学書からは抜け落ちてしまうキリスト教受容史の本として、気軽に読めて貴重な本だと思う。

 

〇司馬遼太郎『箱根の坂(上)(中)(下)』講談社文庫、2004年

『新九郎奔る』を読む前に事前知識として読んでみた本。司馬さんがこの作品を書いた時期には、北条早雲についての研究がまだ進んでおらず、年齢や具体的な業績についても定説がなかった。北条早雲が「戦国大名」というジャンル形成に大きな役割を果たしたという司馬さんの主張は分かるのだが、司馬さんが得意とするちょっとしたエピソードによるキャラクターの造形が、いかんせん資料が乏しいためにあまり力を発揮していない印象を持った。『箱根の坂』の後に『新九郎奔る』を読み始めたが、かなり面白い。ただ、より楽しむには応仁の乱や享徳の乱、その背景となる観応の擾乱や太平記について知識があるほうがよい。『箱根の坂』以降、僕は最近ブームになっている室町時代について手頃な新書を読み始めることになった。

 

つづく

ようやく夏の終わりがみえてきた。今夏は、コロナ禍でしばらく会えていなかった同級生、先輩方と久闊を叙す機会が数回あった。それぞれの分野で活躍されている人たちと話すと、すごいなぁと感嘆することがおおかった。返す刀で自分を振り返ることになる訳だが、いろんな意味で中途半端だなと思ってしまう。その時その時で興味があるものに取り組んできたつもりなのだが、「興味が変わりすぎてどれもモノになっていない」というご意見には、「ごもっとも」としか言いようがないのが偽らざる実情である。

 

印象的だったのは、ある先輩と帰る電車でのやりとり。酔っぱらっているので思わぬ話になる。

先輩がぽつりと「みんなすごいよなぁ」とおっしゃった。僕はとっさに「自分よりすごいなって人が周りにどっさりいますんで、迂闊に生きてる僕とかは肩身狭いです」となんだかよくわからない返答をしていた。そのあとすぐに最寄り駅について話はそこで終わったのだが、自分が咄嗟に口にした「迂闊に生きる」という表現が心に残った。

 

もう一つ印象的だったのは、夏休みで遊びにきた甥っ子(小学2年生)とのやりとり。甥っ子が突如、「おじさんは、賢いの?」と聞いてきた。困ったおじさんは「学校の勉強は得意なほうだったけど、それと賢いってのは違う気がするな。自分がやっていける仕事をみつけるまでは、人生の迷子になってばかりだったしね」と返答。甥っ子はさらに「じゃ、おじさんは馬鹿なの?」とつっこんできた。さらに困ったおじさんは少し考え込んで、次のように返答してみた。

 

「そうだね。おじさんは馬鹿だね。ただ、世の中には馬鹿と大馬鹿しかいないんだよ。自分が馬鹿だと知ってるのが普通の馬鹿で、自分が馬鹿だと知らないのが大馬鹿ね。これは大昔のギリシャの偉い人が気が付いたことなんだ。今の君にはなんのこっちゃという話かもしれないが、君がもうちょっとおおきくなった時に、おじさんの言ってることが分かってもらえるかもしれない。」

 

自分なりに一生懸命答えたつもりではあったが、振り返ると煙に巻いているだけのような気がしないでもない。

 

年をとって、自分でもよく分かっていないことを分かっているかのように、あるいは分かっているつもりのことを分かっていないかのように話さねばならないことが増えた気がする。自分ではそのように感じているのだが、話相手はどのように受け取ってくれているのだろうか。そういう事柄について色々と考えてみることを、僕は「迂闊に生きる」にカテゴライズしている。仕事を頑張ったり、家族を大事にしたりすることとは全然違うが、「迂闊に生きる」ことは、ある種の人にとってはとても重要なことなのではないだろうか。

サブスクという単語が日常会話に登場してきたきたのは2021年頃だっただろうか。はじめて耳にしたとき、うろおぼえEnglish知識に基づき、「字幕のことか?」とおもっていたが、字幕は英語でsubtitleだった。気軽に好きな時間に映像作品が楽しめる時代がきたというのはびっくりであり、がきんちょのころレンタル屋さんで時間をかけて映画作品を選んでいた時期が懐かしい。中高時代に映画館に入り浸っていた僕には、映画やドラマという「ジャンル」が動画という「カテゴリー」に吸収されてしまう気がして、ちょびっとさみしい気持ちも湧いてくる。

 

数か月前の話になるのだが、ドキュメンタリー映画『再会長江』を観に京都新風館のアート系映画館uplinkさんに行ってみた。映画館でないと全編がみられない作品である。上映前に餃子とノンアルコールビールを飲んで入場。いつのまにか振る舞いが年をとっていく。入場後にこだわりのコーラもいただき、準備完了。

 

『再会長江』は日本人のドキュメンタリー映画作家さんが、10年ほど前に訪れたときに出会った人々に再び会いに行くというのがメインテーマになっている。上海、南京から武漢、三峡ダム、シャングリラなど長江流域を遡りながら、いろいろな人々と再会していく。10年前の映像も時折挿入され、大都会と山村という空間的な変化だけでなく、時間的な変化も実感できる編集になっている。変化のスピードは相当に速く、「飛行機はどうして落ちないの」と不安を吐露していた雲南地方の少女が、10年後にはスマホを駆使しながら立派な民宿を切り盛りしていた。

 

今回の映画を観て感じたのは、大きな変化の渦中にあるにもかかわらず、中国の人たちが楽しそうに生活されているということだった。裕福な人、貧しい人、都会の人、山村の人、いろいろな人が活写されていたが、みなさんしっかりと生活を営まれていた。むろん、ドキュメンタリーだから悩む人が取材されにくいのかもしれないが、社会変化にともなう軋轢のようなものはこの作品から僕は感じ取れなかった。となると、中国の人の生活スタイルは大きく変化しているものの、根底にあるメンタリティーのようなものはあまり変化していないのではないかという仮説が思い浮かぶ。あくまでこの映画をみた限りという但し書き付きではあるのだが。

 

もし、中国社会は軋轢を生みにくく、日本社会が軋轢を生みやすいのだとすれば、その理由をどう説明できるだろうか。映画館をでたばかりの僕は、中国の易姓革命と日本の転向という対比がポイントにならないかななどと考えてみた。だが、そのあとすぐに、長江流域の壮大な自然の映像がおもいだされ、「そうか、中国は日本よりもはるかに広大だったんだ」と感じたときにスッと腑に落ちた気がした。

 

帰り際に歩幅がすこし広くなるようなドキュメンタリー作品だった。

某国大統領選挙が盛り上がっている。先日、その演説会で大統領候補が銃撃されたというニュースが飛び込んできた。澄みきった青空と国旗を背景に、右耳付近から流血しながら拳を突き上げる候補者と、周囲を警護するサングラスと黒いスーツの人々をとらえた写真が報道された。あまりにも格好よいアングルに驚いた。

 

僕の第一感は、「似たような写真をどこかで見たことあるぞ」だった。似たような写真がなんだったのか、すこし考え込んだあとに、思い浮かんだのは、硫黄島にたてられた某国国旗の写真だった。

 

僕の第二感は、二つの似通った写真の違いだった。国旗と人間では、抽象度が異なる。現在の某国は、国旗による統合よりも、人間による統合のほうが希求されているのではないか。そういえば、「某国をもう一度偉大に」という前々回当選時のキャッチフレーズを、この候補者は最近口にしていない。国としての統一感を訴えることがマイナスと考えておられるのか。

 

前回選挙でこの候補者は落選したが、コロナ禍への対策が評価されなかった点が大きく響いたと僕は勝手に推測している。だが、大統領が変わってからウクライナ紛争が始まり、今度は現職大統領の国際的な舵取りに疑問符がつけられている。コロナ禍にしろウクライナ紛争にしろ、もっと上手くできなかったかといわれると反論しにくい難題である。だが、内政の問題処理と国際的な課題解決とでは、リーダーに求められる資質は異なるだろう。やっかいなのは、選挙の時期に主要な争点となる問題が大統領任期の四年間ずっと続くとは限らないし、全然別の大問題が起こることも十分にあり得るということである。

 

今回の事件が、狙われた候補者の後押しとなるのか、足を引っ張ることになるのか。僕は今のところ前者を予想している。