読書記録のその1でも書いたのだが、近年はいろいろと歴史の本を読むようになってきた。知らないことが多すぎることを痛感する最近である。
〇林屋辰三郎『日本の古代文化』岩波現代文庫、2006年
弥生時代から平安京成立までの歴史を、時代ごとのキーポイントを設定して描いた作品。個人的には前方後円墳と和平を象徴する「盾伏の舞」の関連を指摘した部分が興味深かった。確かに、盾を地面に伏して踊ることが講和の儀式であるとすると、前方後円墳と周濠を合わせるとまさに盾の形に見える。林屋先生は邪馬台国の近畿説を踏襲しながら、ヒミコとトヨの間に、葛城王系と三輪王系の対立をみる。大和を追われた葛城王系が飛鳥から北上し、京都南山城に移住したことを、棚倉・祝園の古社に伝わる祭事からひもといていく下りは、一定の説得力を持っていると思われる。
〇林屋辰三郎『南北朝』朝日新書、2017年
あまりによくわからない南北朝時代について知ろうと手に取ってみた一冊。1991年に出版された朝日文庫の新書版である。いろいろ面白いポイントがあったが、足利義満が没後に「鹿苑天皇」の名で後世に伝えられた(209頁)ことが印象深かった。なお、あとがきに、「上島文書」の記述をもとに、楠木正成と世阿弥が親類関係にあるかもしれないという指摘がなされていて驚いた。その後、この系譜の研究についてはどんな進展がみられているのだろうか。
〇林屋辰三郎『京都』岩波新書、1962年
京都には古代から現在までの歴史が蓄積し、保存されている。寺社仏閣、大学など有名な箇所について時代・地域ごとに解説されており、非常におもしろく読める。この本で日野法界寺の国宝阿弥陀堂について知ったので、休みの日に訪れてみた。訪れる人は少ないながら、美しい阿弥陀堂の屋根の線が印象深かった。阿弥陀如来像の周囲を人々が周りながら念仏できる構造になっており、浄土信仰の熱がしずかに伝わってきた。法界寺のすぐ近くに親鸞生誕の地があり、醍醐から宇治にかけて地域の奥行きを知った一日となった。
〇呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』中公新書、2016年
奈良興福寺の僧による日記をもとに応仁の乱の複雑な過程をわかりやすく整理されている。個人的には京都の市街戦が堀や井楼の登場によって長期化したこと、足軽が登場したことが面白かった。何度か訪れたことのある真如堂が足軽によって略奪されていたこと(「真如堂縁起」)や、足軽大将の骨皮道賢が伏見稲荷社を拠点としていたことを知って驚いた。あと、風呂と茶の湯がセットになった「林間」という営みを経覚さんが楽しみにしていたことも知って面白かった。林間学校の林間となにか関係があるのだろうか。
〇亀田俊和『観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』中公新書、2017年
「観応の擾乱」が林屋辰三郎氏の『南北朝』が初出と知って驚いた。室町時代で個人的によく分からなかったのが、三条殿と鎌倉公方という二本立てがどういう経緯でできたのかという点だったのだが、足利義詮による東国統治がまずあり、義詮が京都に呼び戻された後、基氏が鎌倉公方となったという流れが理解できた。南北朝時代の知識が増えてから、京都府亀岡市の篠村八幡宮に行ってみたが、京都市街と山一つ隔ててすぐのところにあり、地の利的に重要であることがよく分かった。直義側の勢力におされ、京都からでた尊氏は書写山にこもり、巻き返しを図った。書写山圓教寺は訪れたことがあるが、義詮がこもった丹波国石龕寺(せきがんじ)にはいったことがない。いつか訪れてみたいと思う。
〇野島博之『謎とき日本近現代史』講談社現代新書、1998年
現代に近づくにつれて日本史は非常に分かりにくくなる。登場人物が多く、出来事が複雑に絡み合っており、史料も多い。とりわけ明治維新から昭和の戦後までが複雑である。野島さんのこの本は、複雑な日本近現代史に、いくつかの問いをたて、問いへの答えをさぐるなかで、いろいろな切り口から浮かび上がってくる歴史をよみとろうという本である。いわば、「問い」によって複眼的な歴史像を描き出す試みといえる。野島さんは予備校の先生なので、文章がわかりやすくて読みやすい。敗戦直後の一時期に昭和天皇が溌溂とされていたという指摘(178頁)にハッとさせられた。
〇渡辺京二『近代の呪い』平凡社新書、2013年
渡辺京二さんの講演数本をまとめた書物。民衆の生活世界と政治の世界が分離していた徳川時代(近世)から、国家の趨勢に民衆が主体的な責任意識を持つ「国民」となった明治大正時代(近代)への変遷により、生活は豊かになった。その一方で、生活の責任が政府や自治体に移り、自分たちで生活を作り出していく人々の喜びは奪われていった。これがが渡辺さんの基本的な理解の図式である。渡辺さんは国民誕生の契機となったフランス革命について、大佛次郎をもとに考察を進めていく。「自由・平等・博愛」を掲げたとされるフランス革命が、実態としては3つの価値とかけ離れていたことを確認する。そして大佛が『パリ燃ゆ』で取り上げたパリ・コミューンについて言及する。普仏戦争に敗れ、ドイツとの講和を勧めようとするフランスの将軍たちに対して、「あきらめずに戦え」とパリの民衆は主張し、蜂起し、次々に死んでいく。「国家に対して戦争継続を要求する民衆」というと、第二次大戦を経た日本の我々からすると肯定しがたいように思えるが、『パリ燃ゆ』は懸命に生きたパリ民衆の一人一人に注目することで、愚かで醜かったと言えるかもしれないパリ民衆の連帯の経過を共感的に描き出していく。渡辺さんはパリ民衆の振る舞いが正しいとか間違いだという主張はされていない。ただ、民衆が協力しあって生活していたという前近代的なところから西欧近代の文化が生まれ、その文化によりまさに民衆の助け合う生活が失われていったということを、なんども粘り強く渡辺さんは確認されている。渡辺さんが提示された「グローバリズムとリージョナリスムをどう折り合わせていくか」という宿題に、どのように取り組んだらよいのか僕にはまだイメージがわかない。なるようになるのかもしれないし、ならないようにはならないのかもしれない。ただ、自分の生活のどの部分がグローバルで、どの部分がリージョナルなのか、意識しながら日々を過ごせたらと僕は勝手に思っている。
〇大貫隆『聖書の読み方』岩波新書、2010年
日本を代表する新約聖書学者による聖書入門。長年教壇に立たれた筆者が「なぜ聖書は読みづらいのか」という学生目線の疑問から、聖書の構成と難所を指南してくれる一冊。長年の探究に基づく確信を帯びた断言が印象深い。いくつか抜き書きしておく。「真の経験は遅れてやってくる。それを慌てず静かに待つことが重要である」(17頁)、「周縁に躓くことは無駄死にである。せっかく躓くのなら、中心に、真の『躓きの石』に躓くべきである。人を躓かせないようなものは真理ではない」(129頁)、「生前のイエスは弁神論を真っ向から拒絶した。弁神論は不幸が誰の責任なのか、後ろ向きに問う議論である。イエスはそのような後ろ向きの問いに答えないで、ただ前向きに、不幸の解決が近づいていることを約束する」(131頁)。二つだけ疑問点を呈しておく。一つ目は、大貫氏がマルコ福音書13章31節の「天地は滅びても、わたしの言葉は残る」というイエスの言葉を、「神の意志と人間の応答関係こそがイエスにとっての核心である」(127頁)と解釈されている点である。そういう解釈もありだろうが、僕は聖書が後世に伝わらなくなっても残る言葉は何かと考えたい。イエスの言葉が残るのではなく、「わたし」の言葉が残るという点にこだわって、「わたし」を理解したいと思うのである。二つ目は、「電車の中の人の視点」と「電車の外から見ている人の視点」の対比から、同じ現象(聖書)が違って見えることを説明されている点である(90頁)。大貫氏はこの譬えから、キリスト教の立場からだけでなく、キリスト教の立場を降りた視点からも聖書を読むことの大切さを指摘されている。重要な指摘であるとは思うのだが、僕自身は、立場が異なるときに異なって見える事柄ではなく、立場が異なったとしても変わらない事柄こそが、真実あるいは信仰という言葉(ギリシャ語のピスティス)にふさわしいと勝手に思っている輩である。だから、大貫氏の指摘は、「キリスト教」を本来の射程よりも狭い範囲に限定してしまうのではないかと思うのだが、どうだろうか。