ジャンルと疾病概念 | Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

先日、歓送迎会があり、酔った勢いで「疾病disease」と精神医学の話になった。「疾病」とは日本語で俗にいう「病気」という言葉を真面目に取り扱うときの表現である。

 

酔っぱらった僕の脳がはじき出したのは、「精神科の病名というのは、まだ今のところ音楽ジャンルにおけるロックかジャズかの違いぐらいの精度でしか区別できていないのではないか」という戯言であった。聴いている楽曲がロックなのかジャズなのかクラシックなのかは、たいていの場合明瞭にわかる。ただし、同じ楽曲でも、アレンジによってはロックに聴こえたり、ジャズに聴こえたりすることもある。クロスオーバーなる概念もあり、実はジャンルの区別が難しい楽曲もあるというところが、精神科の病名と似ているように思われたのである。

 

遺伝学の成果が積み重なって分かってきたことは、統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症などにオーバーラップする遺伝子がかなりあるということだった。そこでグリージンガー大先生の単一精神病論が復権し、すべての精神疾患をスペクトラムのように考えてはどうかというスタンスも近年見直されつつある。

 

酔いが醒めたあとに思い出したのだが、たしか中井久夫先生がどこかで、ウィトゲンシュタインの「家族的類似」と精神科の診断を重ねておられたと思う。僕の大雑把な理解では、ウィトゲンシュタインは、「疾患」や「音楽ジャンル」どころか、日常会話につかわれるすべての言葉について、外延extensionや内包intensionを厳密に定めることはできず、家族的な類似性が指摘できるに過ぎないと考えた。なんのことはない。僕の酔った脳は、以前に読んだ中井先生の文章をちょびっと変奏して思い出しただけに過ぎなかったのだ。

 

ただ、せっかくの変奏したのであるから、精神科的病名と芸術的ジャンルの似ているところ、似ていないところについてもう少し考えてみてもよいかもと思い、忘れないように覚書いておく。