7歳と9歳の娘は、ポティーワードつまりはうんちとかおしっことかいう言葉が止まらない。

それを嬉しそうに話す。

 

私自体は、東京のお嬢様学校に通ったので、絶対にうんち、とかおしっこ、とかそういった言葉を放つことは幼少期、そして

特に小学校に入ってはなかったように記憶している。

 

ところが、この娘たちのうんち、おしっこワードが止まらないので、毎回毎回やめなさい、と注意しているうちに、ついに私にも移ってしまった。。。

 

ちなみに、数か月前まで、7歳の娘は

「うんちのお腹はうんちだよ~!」とあたかも悪い言葉、英語でいうのであれば、Fuck YouとかBitchだとかと同じ類だと思わんばかりのレベルで、絶対にいけない言葉を言ってるんだよ、という感じで、いたずらそうに、しかし非常に楽し気に話していた。そして、やめなさい、と言ってはいたものの、内心、かわいいなぁ、こんな「うんちのお腹はうんちだよ」というフレーズだけでそこまで史上最悪の言葉を話しているように興奮しているとは、とまで思っていた次第である。

 

しかし、今となっては、母親が、つねに

「うんちだから~」と言い続けている。最悪の場合は「うんち、うんちうんちうんちうんち」と10回くらい連呼している有様。

 

学校でも、ボランティア時に、どーせアメリカ人の子供に「うんち」という単語はわかるはずがないだろう、と

「ママはうんちだから~」と7歳の娘にいうと、口を無理やり彼女の小さな手で塞がれた。子供ながらに、

アメリカとはいえども、日本人の子供は他にも娘以外にいるわけであり、母親がそんな滅相もない、恥ずかしい言葉を

唱えているというのは、羞恥心の極みといったものなのだろう。

 

いうなれば、テゥレット症のようなものであり、汚言症のような状況(もし読者の方に、真剣にテゥレット症で悩まれている方がいらっしゃれば誠に申し訳ない。娘二人とも、一時期チック症が発症したため、その際に色々調べてこともあり、ついついこうして書いてしまっている次第である)ともいえるのであろうが、私もさすがに40超えた大人なので、時と場合に応じて、仕事中や仕事仲間に対しては、絶対に、断固うんち、とは発言しない。また、義両親の前でも、絶対にうんちなぞいわない。そういった心構えはできてる。

しかし、家にいてリラックスしているときはついつい「うんち」と言い続けているうちに、娘たちから、「うんち」や「おしっこ」という言葉が減った。

 

おそらくであろうが、今までは楽しく背徳的に話していた用語が、母親が取って代わるように毎日毎時間話しだし、面白みも減ったうえに、それがどれほどまでに馬鹿馬鹿しいか、ということがわかったのであろうと推測される。

 

そう思えば、私の教育方法というのは、子供からすると反面教師的なものであり、ある意味非常に有効なのであろうと思われた。

 

今後もこのように教育できていければよいとは思うのだが、反抗期になりつつある今、私も母親として反抗すればよいのであろうか。

母親の反抗期とはどんなものであろうか。

子供が思春期に家出したくなるとは聞いたことがあるが、母親も、思春期の娘に罵詈雑言吐かれたら、親も家出したくなるのであろうか。

 

色々悩まされる毎日である。

 

 

 

 

いじめ、というと大げさである。とはいっても、ボスざるみたいな女の子に意地悪をされて

不愉快な気持ちでここ1,2年いた9歳の娘は常にその女の子が嫌いであった。

私もその意地の悪い女の子の話を聞き、あいつは性悪だ!だから気にすんな、とも言ってやって慰めたりもしたものだが、

9歳児からすると、彼女に好かれたいという気持ちのほうが強い。

 

日によって、そのボスざる(ここではQueen Beeと言おう)は気分が変わる。

あるときは優しく9歳児を招き入れ、ある時は突き放す。

たった14人しか1学年にいない女子なのに、その14人をしきっているのはこのQueen Beeなのである。

 

そのQueen Beeは、白人の女の子であるが、キンダーガーテンの時から、あなた、どこのパーティに行くんですか?といったような超ドレッシーなドレスにヘアバンド、もしくはリボンをつけて学校にきていた。幼稚園児の時からそうであった。かたや我が子は

親がドレッシーな女の子らしい服を着せたくても、一切着てくれなかった。

当時はFrozenの真っ盛りであり、アナやエルサのついたピンクや水色の服を着せたくても、家では来てくれていたものの、学校に着ていくなんて断固ありえない、といった有様で、つねにズボン、そしてTシャツ。そう、ただそれだけ。。かたや自分でいうのもなんだが、私はそれなりに東京にいた時からおしゃれが好きだったので、それなりに、太った中年体系ではあるものの、それをマイナスからプラスにはならなくてもゼロにすべく、おしゃれで体系を隠しているわけであるが、母親のそういった健気な努力というのは、当時の娘には伝わらず、他者からみると、なぜお母さんはきちんとした身なりをしているのに、娘さんはあーも適当な恰好をしているんだろう、と思われてもおかしくなかったほどである。

 

それくらい今となっては9歳の娘はオシャレというのもに一切興味がなかった。あったとしても、私の指示は絶対に聞いてくれなかった。彼女は彼女なりのおしゃれというのがあり、母親の意見なんてどーでもよかったわけである。まぁ、そのおかげか、

正直言って、彼女がおしゃれしている、という感覚を私も持った覚えがない。というのも、娘は非常にシンプルなテイストが好きで、私からすると、おしゃれだと思えなかったからである。

 

 

一方でそのQueen Beeは、シナモンロールのパジャマをパジャマで―に着て着たり、1年生の時からイヤリングをつけたり、ネールサロンごっこをして嫌なダサい女の子はそのネールサロンごっこで遊ばせなかったりなど、ある意味で超女らしい、ミーンガールであった。

 

さて、ある時、9歳時がどういうわけか、私が指示したように服を着てくれたことが2,3週間前にあった。白いシャツに白いズボンといういで立ちであり、そこへ頂戴したお下がりがすっごくかわいかったので、そのおさがりジャケットを着ていったところ、あるこれまたTier1のミーンガールに可愛いと褒められたらしい。しかも、なんと、ちょっと気になっている男の子が一緒においかけっこして遊んでくれるようになったらしい。

 

私は母として一番の娘の見方である。その男の子が9歳の娘とおいかけっこして遊ぶようになったのは、あなたのこと好きだからじゃないの?というと9歳児の娘は至極嬉しそうであった。

 

 

女の社会は厳しい。私自身女子高で育ったのでわかるが、おしゃれな女の子はTop Tierに属す。それか上位レベル。ださい女の子というのはカーストの最下位。ぶすでも、おしゃれが上手であったりすると、上の下か中の上に属す。

 

9歳の娘は常に女子からおそらくダサいとみなされていたのか、不人気であった。Queen Beeとその取り巻きに遊ぼう、と声をかけても、あたしたち何にもしてないの、とそのQueen Beeに言われて、悲しいと白状してきたこともあった。Queen Beeが9歳児の娘を押して追い出そうとしたこともあった。お友達に遊ぼうといっても仲間に入れてもらえない、というのは日常茶飯事であった過去が1,2年あったため、彼女は男の子に好かれるととっても嬉しかったらしい。女子にもてなくても、男子にもてればいいか、というのが私の考えであり、9歳児は、だれそれ君が私にCrushしている、だということを色々教えてくれてはいたが、最近少しおしゃれしただけである男の子とおいかけっこしていたことが、そのQueen Beeに、我が子である9歳児の存在をまざまざとみせつけるきっかけになったらしい。

 

なんと、9歳児が、おしゃれをした(ただリボンを頭につけただけ)、スカートをはいた(寒かったのでタイツをはかせた)、イヤリングをつけた(私は9歳でイヤリングつけるのは正直嫌だし、ませてるから嫌い。でもアメリカの女子はマセガキが多いので、あいつらに対抗するために、イヤリングを買って与えてやりつけさせた)ただそれだけで、そのQueen Beeの態度がガラッと変わったのである。

すくなくてもイジメなくなった。対等に遊ばせてもらえるようになった。

 

 

やれやれ、くっだらないことである。本当にあさはかな女である。

今まで馬鹿にして、仲間外れにしていた女の子が、やれリボンをつけた、おしゃれして、シナモンロールのキャラクターの服を着ていた、たったそれだけのことでガラッと態度を変えて今となっては娘に対して優しくしているわけである。

 

超のつくミーンガールである。娘は、そのミーンガールからApprovalを得ようと昔はしていたのに、今となっては対等に遊んでいるそうで、最近は学校の不平不満をあまり言わなくなった。

 

うすっぺらい友情ではあるが、リボンをつけた(3個で10ドル)、Stitchの服をかった(15ドルくらい)っていう小金で

いじめが解決されるのであれば、親としてもありがたいところ。

 

最近では毎日私の朝のファッションチェックが入る。にしても、娘も2年前からずっともっと女の子らしいカッコしてったら?というのに一切聞いてくれなかったわけではあるので、ある意味自業自得ともいえる。

 

 

母親はうざいかもしれない。でも、母親は子供を気遣うから、助言をしているわけである。親のいうことを聞かない子供は

損するのであろう、と思うに至った。

 

 

 

毎週水曜は日本語学校の日。

我が家は週末勉強をあまりさせないので、ゆっくりと宿題に取り組む時間が平日もなく、

ともなると、水曜の学校が終わってから日本語学校が始まる直前の45分が、宿命のホームワーク時間となる。

 

さて、今日も、2時35分にお迎えにいき、我が子を家に連れて帰った。

朝から何度もイメトレとして「今日は家に帰ったら何すんだっけ?宿題。ホームワーク!」と口を酸っぱくして何度も言い聞かせれば

子供も反撃しないだろうという思い込みで、何度も何度も言い聞かせた。

 

さて、家に帰って、「まま言ったよね、さぁ、ホームワーク!おやつは後で食べればよし。先にホームワーク!」と言って、

おやつが食べられることを餌として、ささっとホームワークを終わらせようとした。

 

ところが。。。。

7歳が9歳に何かしら嫌味なことをいったかなんかで、9歳が7歳に反撃をし、これまた至極厭味ったらしい言い方で何かを言ったらしく、7歳が私に告げ口をしてきた。

私はおやつを用意しようとあわただしかったが、7歳が告げ口してきた以上、無視することもできず、9歳に、「あんた、そんな態度ならダメだよ。お友達なんかにそんな態度したら、本当に嫌われるし、態度が悪いからやめてね!!!」と言ったら、

9歳がしくしく泣きだした。私が怒ったこと、注意したことに対して腹が立ち、いら立ったといって泣き出した。

 

その泣き出した態度に、私もさらにいら立ちだした。

 

そこへ、今度は7歳の娘に取り急ぎ宿題を終わらせようとさせ、取り急ぎ6割は終わったようだったので、シナモンロールを与えようとし、残りの4割の宿題をしながら食べてもらおうと思ったので、今度は口にそのシナモンロールを運ぼうとすると、7歳の娘が「ママが食べさせようとしたから形が崩れた!!!」と言い、大泣きしだした。

 

これがとんでもなく意味不明であり、こっちはこっちでさっさと宿題を終わらせて連れて行かなければならないため、助けてあげようとシナモンロールを口に運ぼうとしたら、形が崩れたとかいうくっだらない理由で大泣きしだしたことに、究極的にいら立たされた。

 

その後、なんど私がそのシナモンロールを食べさせようとしても、あれほどまでに食い意地のはっている7歳が、一切拒否して受け付けないことについても、さらにいら立たされた。

その際に、念のため「じゃあ餃子なら食べるのか?」と聞いたら両方食べる、というので、急いで餃子を焼きだしたのであるが、

いざ餃子を食べさせようとしたら、私に怒られたことについて嫌気がさし、さらに食欲がなくなってしまったのか「もういらない。」としおらしく食べないではないか。超食い意地のはっている7歳が食べない、という選択をした、ということは、通常は絶対に考えられないことであり、彼女が相当な怒りや悲しみをもっていたことの象徴である。

 

 

その後、7歳児の娘は大泣きし、宿題も終わらせずにどこかへ消えてしまった。

その間に、9歳は泣き止み、嬉しそうにシナモンロールを食べていた。9歳は宿題が大方終わったので、私に許可を与えられ、シナモンロールを食べていたわけである。

 

途方に暮れた私は、しばしの間休止というか、停止し、ふと我に返り、7歳の娘を呼び寄せたのであるが、7歳児は

大泣きが止まらず、あまりにも泣き叫ぶので、だんだんおかしくなってきて、私と9歳は目を見合わせて笑ってしまった。すると、

私と9歳の姉が二人で自分をみて笑っていることに、さらに怒りが込み上げてきたようで、より大きな声で泣き出した。

 

あまりの大泣き具合に笑ってしまった私であるが、あまりの我儘具合に、私も途中でぶちぎれし、「どうしてママが形を崩しただけであれほど大泣きするの!!!!」といって、ついついてほっぺをたたいてしまった。これをいうなれば虐待というのであろうか。。

 

ここで時刻を見ると、日本語学校に行かなければならない時間である。

 

宿題をさせ、おやつを食べさせるということがいかに難しいことであるか、つくづく感じた今日であった。。子供というのはスムーズにいくようで、まったくスムーズにいかないことがよくよくわかった。。。

 

 

最近、人生が落ち込み気味で、鬱っぽいときがある。

親が年を取り、介護が必要になったり、とはいっても、親が言うことを聞いてくれなかったりなど、

特にアメリカと日本(親は日本にいる)という国を隔てた際には、物事が厄介になるのかもしれない(いや、楽になる、という見方ももちろんある!)

 

そんなかんなで私は至極昨日機嫌が悪かった。

八つ当たり状態である。日中いろいろと運転したせいかもしれないが、子供に八つ当たりしてしまった。。

 

でも、どうしても、2人の娘の前髪を切りたくなってしまったのである。というのも、相当前髪が長かったので。。。

それだけでなく、あまりにも髪が長すぎ、プールのあとやお風呂の後に髪を乾かすのにものすごく時間がかかり、

元々髪を切りたいと思っていた。

 

そんなかんなで、二人をどうにか説得し、イライラしながら髪を切ってのけた。

今思うとそれが大間違いだった。

 

6歳の娘の分はまだ前髪も後ろ髪もジグザクにならずに切れたが、8歳のほうは、ものの見事に、ジグザクになってしまった。

本人は痛く怒り狂っていた。。

 

そして、無事に学校に行ってくれたものの、友達に笑われた、だとか、友達に指をさされてしまった、だとか

暗い話をいろいろ聞かせてくれた。。

 

最初のうちは、また文句言って!!と私もイライラしたが、

あまりにもかわいそうなので、近場のヘアサロンにいってベトナミーズに切ってもらうと、そのベトナミーズがこう言ってくれた。

「お母さん、もう彼女はリトルガールじゃないんだから、ヘアサロンで切ってあげないと。」その担当者には、

昨日私が娘の髪を切り、あまりにも素人の切り方であり、ジグザクでもあり、娘が学校にも行きたがらないので困っている、と事前に伝えたのである。

 

この担当者の発言は至極もっともである。

はっきりいって、普通の日本人のお母さんなら、自宅で8歳の子供の髪を切ることなどしないかもしれない(日本人はおしゃれだから)でも、私のマインドセットはまだ娘が2,3歳の時のままでとまっていたようだ。

 

そもそも、娘たちは長い髪が好きなので、少なくても数年は真面目に髪を切りに行っていなかった。

前髪が切りたくなると、器用な姑がお金が勿体ないからといって切ってくれていた(その姑と主人が親子喧嘩中で、姑に孫の髪を切ってほしいと気楽には頼めず。。)

 

思わずヘアサロンで涙がでてきた。

なんて母親だったんだろう、と自分を責めた。

もうこの子は小さな赤ちゃんじゃない、自由に髪をジグザクに切っても、何もわからない幼稚園生じゃない、保育園児じゃない、

それなのに、私はまだある意味で、子離れできておらず、好きなように切ろうとした、それが彼女にとって便利だろうと思って、切ってしまった。

 

二度と、娘の髪を、彼女に反対される形で切ることはしない(そして娘もさせてくれないだろう。。。)と誓った。

絶対にヘアサロンに連れていき、彼女の好きなような髪型にしてあげよう、と誓った。

 

ちなみに、後付けで申し訳ないが、アメリカのヘアサロンは高い。

大人の髪を切るだけで、100ドル近くすることもざらにある。

 

なので、私は自分の髪すらも、日本に行ったときにまとめて日本人のスタイリストに切ってもらったりしていた。

アメリカのヘアサロンに行く習慣がほとんどなくなってしまったのである。それもあって、娘をヘアサロンに連れていく発想がなかったのであるが、これからは、そんなことは気にしないで、娘の気持ちを尊重したいと思った。

 

ちなみに、娘はいまとなっては、自分の髪に自信をもち、嬉しそうにしている。

 

明日無事に楽しく学校に通ってほしい。

 

 

 

 

最近、愛おしい娘がどうしてもロフトベッドが欲しい、というので、

Facebook Marketをみたり、Amazonをみたり、Ikea商品を研究したりして、ようやくベッドを購入した。

 

それはもう、初日といったら、彼女は大層喜び、

私たち親のベッドで川の字のように寝ていたのが、喜び勇んで自らのベッドで寝てくれるので、

私も主人もシメシメと思ったものであった。

 

ところが。。。1、2週間たつと、夜中に我々をたたき起こして、

また一緒に寝たいというだすではないか。

 

話を聞くと、悪夢を見たのだという。

リンゴを食べていたら、いきなりリンゴがゾンビになっただとか、云々である。

 

親としても寝たいし、あまりにもばかばかしいので、何度も追い返したが、

泣きべそをかいて、私と主人の間に割り込み、そこへと寝落ちることがほぼ毎日となった。

悪夢をみて、起きた際に、親がいないとより孤独を感じるというのである。

 

仕方なく、娘を受け入れ、結局また一緒に3人で寝るようになったのだが、

今度はそれがもっと悪化し、

眠りたくない、というようになった。

 

悪夢を見ることが怖いため、眠りたくない、というのである。

いくらなんでも眠らないということはできないので、

寝させるのであるが、

6歳児の平和なる人生も、それほど平和ではないのかもしれない、と思うに至った。

 

 

本日は、前回のブログにも記載したように、3日かかって6歳の娘がやっと本を買えたかどうか、という

決断が下される日である。

 

迎えに行った際には、6歳児の娘が、お金を無くさず、更に、お金を盗んだ、と怒鳴られることなく

無事にスムーズに、学校のブックフェアで本が買えたかどうか、親としても大層ドキドキした。

 

迎えに言った瞬間、声をかけたことといえば。。

”本買えた?”という一声であった。

 

24人の他の子供達とずらずらとクラスから出てくる娘は、私の質問を聞くと、

大層嬉しそうに、笑みを浮かべた。

 

やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼

 

やっと本が買えた!!!

私も親ばかで、ついつい嬉しくなり、やったやったと娘を抱きしめた。

 

思えば、10ドルを初日に必死で握りしめ、学校のブックフェアに行ってみたものの、欲しい本がタックスを入れると10ドル以上であり、購入できなかったことから始まり、そもそも、1年生には税金という概念もなく、他のボランティアの親が娘にTAXの概念も説明しなければならず、10ドル以上の本が買えず、憤ったことが初日であった。

 

2日目は、20ドルを今度こそは、リベンジ!とばかり握りしめたものの、クラスメートに、泥棒呼ばわりされ、自分のお金を盗んだんだろう、とどつかれ、殴られそうになり、泣きべそをかいた。それどころか、ようやく見つかったお金をさらには無くし、

本当に、最悪な一日であった。

彼女すらも、今日はWorst Day Everと言ってたくらいだ。

 

3日目の今日はようやく本を買うことができた。

 

おめでとう!!本当におめでとう!!!

本がやっと買えたね。

 

 

 

 

昨日の娘の様子は変であった。そう、一言で言うと変。

学校終わりにお迎えに行くと、あれほど楽しみにしていたプレーデートがあるというのにもかかわらず、

そのプレーデートするお友達の前で、今日は最悪だった、とこぼしている。

全然プレーデートすることが楽しくなさそう。。。

 

それというのも、スナックタイムに、大切に20ドルを弁当箱の下に置いていたところ、

元々荒くて有名な男の子に、それが自分のお金であり、君は僕のお金を盗んだ、とどつかれた。

 

体当たりしてきて、怒鳴られ、

You are stealing my moneyと罵られた。

 

もちろん、私の娘がお金を盗むはずはなく、ほどなくして、その男の子のお金が他にあったことにボランティアの親が気づき、

その男の子は娘に謝る羽目になったそうであるが、まったく反省の色が見られなかったらしい。。むろん、6歳のため、娘は大泣きしたそうである。。その男の子が怖くなった、とまで昨夜は言っていた。

 

さて、泣いたそののち、娘は気を取り直して、大切にそのお金をポケットに入れておこうと思ったが、如何せん、ポケットが服についていなかった。

そのため、仲良しのお友達はポケット付きの服を着ていたので、そこにお金を入れてもらった。

そのうち、そのお友達は誤ってお金をポケットから落としてしまった。

 

悲しみのあまり怒り狂っていたところ、たまたま他のボランティアの親が娘が怒りくるっていることに気づき、

理由が20ドルを紛失した、とのことで、オフィスに届き出てくれ、

幸いにも、20ドルがどこかに落ちていたのか、取り戻すことができた。

 

思えば、3日ある初日のブックフェアで本を買いに行った際には、まさか1冊の本で、しかも学校が開催しているものだから、子供向けに安くしてくれているんだろうと思っており、10ドルもあれば十分であろう、と思って10ドルだけを持たせたところ、

10ドルでは好きな本が買えなかったため、もっとお金をくれ、と要求してきた。そもそも、我が家は5ドル以上渡したこともなければ、そもそも、自分のお金を使って買い物をさせたこともなく、10ドルだけでも、親からしたら大金であった。

それなのにも関わらず、20ドルを要求してきたので、親としては面食らったのであったが、教育だとおもって、しぶしぶ20ドルをあげた。

 

そして、2日目は、友達にどつかれ、責められ、泥棒呼ばわり、嘘つき呼ばわりされ、更にはお金を無くした。。

 

本日は3日目、親も気を取り直し、絶対に今回はお金を無くさないよう、落とさないよう、ジョギングする際に

つけるウェストポーチを、大人向きのものではあったものの、6歳のデブともいえる、とはいってもSサイズの大人用ウェストポーチは大きすぎるであろう、そのでっぷりとした腰に巻き付けた。

ブックフェアは午後1時までという。既に今12時43分。。無事に娘が本を買えることを願う。。

8歳の娘は、元々臆病な傾向もあるが、妄想癖も強いように思う。

たとえば、、

本日から始まる学校での放課後クラブの一環で、私は合唱にサインアップした。

元々彼女は大層嫌がってはいたが、関係なくサインアップしたのは、私も酷いと思えるが、

2時のピックアップが3時10分になることは、親としてはありがたいところ。

 

さて、昨日8歳の娘が泣いていた。夜寝る前に、絶叫するような怒りに満ち溢れた鳴き声が彼女の部屋から聞こえ、

これはいかがなものか、と部屋をのぞくと、そこへ彼女が泣き伏せていた。

 

どうしたのかと聞くと、明日から始まる合唱がさぞかし嫌だ、ということであった。

どうしてそこまで嫌なのか、より掘り下げて聞いてみると、なんと彼女は勘違いしており、

サンフランシスコのWar Memorial Opera  Houseで観客に見守られながら一人で歌うと勘違いしていたようである。

 

 

んなはずがない。

8歳で、一度も歌のレッスンも受けたことがないどころか、ピアノもなかったことがなく、楽譜も読めない

8歳児がオペラハウスで一人で観客の前で歌うはずがないのにも関わらず、先日見に行ったオペラのせいで、

ひとりで恐怖と戦っていたのである。

 

そりゃー私だっていやだ。

 

そこで、彼女にこう言った。

あのね、明日合唱を習うところは、普段の学校の音楽室だよ!!

すると、彼女は泣いていた顔を上にあげ、喜びで笑顔になった。

 

しかしながら、もし歌いたくなかったらどうしたらいいのか、と聞かれたので、

うたいたくなかったら、うたわなくていい。中には歌いたくてたまらない子たちもいるんだから、そいつらにまかせて、

自分は小さく歌ったりしたらいい、とコツ⁉を教えてあげた。

そうしたらば、もっと喜び、笑顔となった。

 

ようやく安心したようであった彼女は、眠りにつくことができた。

 

 

8歳の女の子はもっと色々なことを分かっているのだと思ったら、私が今まで色々と経験させてこなかったのか、

ひとりで大舞台に立つと思い、泣いていたわけである。

 

親と子とコミュニケーションはとても大切である、と学んだ瞬間であった。

夏に日本に帰国した。その際、77歳の私の母の手が腫れあがった。

 

 

 

イメージとしては以上なような感じである。

母は嘆き悲しんでいた。もちろん、気持ちは抑制できるので、不平不満をずっといっているわけではなかったが、

死への恐怖が沸き起こったようで、なぜこんなに色々と体に問題が出てくるのだろうか、そういえば、知り合いも、ただ単に旅行にいって疲れで風邪を引いただけなのに、それがきっかけで色々な病気がでてきて、あっというまに逝ってしまった、となど気弱な発言を繰り返しており、私も悲しくなるほどだった。

 

それをみた私の当時5歳の娘はこう言い放った。

「おばあちゃん、Actually, it looks great! Your hand looks like mine! Your hand looks YOUNG!!」

つまり、おばあちゃん、あなたの手とっても素敵!!私の手みたいだから、とっても若く見える!!!

 

https://www.shutterstock.com/search/childs-hand-on-white

 

母は思わず吹き出した!

そうか、5歳児の手のようにぷっくりしてふっくらして若く見える、ということ。5歳児なりに一生懸命励ましたのか、それとも

自然にそう思ったのかは謎であり、恐らく、本当にナチュラルに、ふっくらして若く見える、と思ったのだとは思うが、

この発言に大笑いしてしまった。

 

 

6歳の娘と本を読んでいた。

普通の、なんの変哲もない、英語の本である。

犬がどーのこーの、というたわいのない本である。

 

しかし、6歳の娘は、何かいたかも、金を見つけた炭鉱堀のように、

興奮しているではないか!

 

彼女曰く、このDOGはGODの反対である!ということである。

 

まぁ、たしかに、DOGを反対から読めばGODである。

 

これだけで甚く感動し、更には訴えてくる娘をいとおしいと思った。