我が名は狼 天は未来を見つめ 地は過去を見つめ 人は現在を見つめる -96ページ目

我が名は狼 天は未来を見つめ 地は過去を見つめ 人は現在を見つめる

詩人-我が名は狼の世界へようこそ 私は、詩を書き続けて 約15

年以上を経つでしょうか? 言葉と文字に触れ合い そして 学ぶ

ことが沢山ありました。 これからもまだまだ 言葉と文字を心で

感じながら 詩を書いていきます。 


何気なく使う言葉で 人は誰かを傷つけてしまう 私もその一人


気をつけていても その人にとっては心の中に刺さる言葉 言葉は素晴らしいけど恐ろしい


私は いままでにも 誰かを傷つけて生きてきたんだ そう考えた瞬間・・


私は言葉を使う恐怖に怯えていた いろんな形の言葉が飛び交うなかで・・


傷つけない言葉で 人と話す言葉があったらいいのに・・そうすれば 


今よりずっと 人と話すことが楽しくなれるのに 



言葉をなくしたいと一瞬・・思ったけど 言葉をなくした世界を想像したら 


もっと 怖い世界になるね 言葉・・・大切だけど・・使い方を間違えば


誰かを知らない内に傷つける恐ろしい言葉・・・

もしも 君に幸せが訪れたなら 僕は君のそばから 居なくなる

僕は 君にキッカケを与えただけだからね・・だから 心から願う 君の幸せを・・

ただ一つ 君に言える事 僕は君の事 好きだったでもそれは 言ってはいけない言葉


この空の下で 今日も明日も 君は前に進もうとしている 

君の笑顔は とっても綺麗だからね 少しおっちょこちょいな君 可愛いよ

愛してください 君を 愛してください 人を  すべての人に優しさを

愛してください 心を 愛してください 過去を 恐れないで


君の大切な想い出の片隅でいいから 僕の事 忘れないで・・

君の優しさは 僕にとって大きな 支えになるから


君は真実ばかりを 探してばかりいたね その真実を知ると言う事は

いままでの自分の生き方に 合わない生き方をするから 君は後悔と成長を

繰り返して 君は大人になっていくんだよ 


君に贈った言葉は 嘘じゃないよ・・僕は君の幸せを願っているだけ

過去の自分に重なりながら 僕は君を見ていたよ


こんな時代に生まれたきた後悔 あんな大人になりたくと言う反感 

君は これから色んな事を知って 経験していくんだよ


それはとっても 綺麗事ばかりじゃないけど・・君は負けちゃいけないよ

君には乗り越えられる強い信念がある 君には 人の痛みがわかる 優しさがあるから


君がどうしても・・困っているときは 心のメッセージを君に贈る

君が 幸せになれるように・・・

ドイツの哲学者ニーチェは十九世紀の後半に生き、二十世紀の曙を前に没した

(1844~1900年)24歳でスイスのバーゼル大学教授となったが、教職にあったのは

わずか10年ほどで、その後は病気療養のためにヨ-ロッパ各地を旅しながら独特の著述と思索を

続けた。 

ニーチェの著作の中で最(もっと)も広くタイトルを知られているのは

「ツァラトゥストラはかく語りき」だろう。この書名を知らない人でも、

リヒャルト・シュトラウスが作曲した「ツァラトゥストラはかく語りき」の旋律は聞いているかも

知れない。この曲は 映画「二〇〇一年宇宙の旅」のテーマソングともなっている。


ニーチェは哲学者だったとは言うものの、いわゆる難解で抽象的な事柄を思案して

理論を説いた人ではなかった。 

彼は当時のキリスト教道徳をあまりにもあの世的だと批判し、この世における

真理・善・道徳こそ大切だと強く唱(とな)えた。つまり、今生きている人間のための哲学を

打ち出したのだった。


ニーチェの名が今なお世界的に知られているのは、彼の洞察力が鋭いからである。

急所を突くような鋭い視点・力強い生気・不屈の魂・高みを目指す意思が新しい名文句とも

言える短文で発せられるから、多くの人の耳と心に残るのである。

その特徴は主に短い警句と断章に発揮されている。ニーチェの哲学というか独特な思想は

カントやヘーゲルのように壮大な体系を目指してまとめあげたものではない

情熱的な文章で綴られた断片や断章が多い。

断片といえども、ニーチェの発想には魅力がある。

たとえば、「人間の肉体は大きな理性であり 精神と呼ばれているものは小さな理性なのだ」

などと述(の)べているのだ

こうゆう大胆な発想には 確かに 芸術的な魅力があるといわざるを得ないだろう。

カントのような実直な哲学者ならば、自説の理由を述べて哲学の骨子とするのだが

ニーチェはその発想をそっけなくポンと置いたままなのだ。その点で、哲学者であるよりは芸術家に

近いといえよう。

昔から、ニーチェについての流言飛語や誤解はすくないくない。ナチスの思想の土台となった

ニヒリズムの哲学を流布させた、反ユダヤ主義だった、等々。


ニーチェの思想がヒトラーやナチズムの思想に影響を与えたというのは悪質なデマだ。

ヒトラーとナチズムは自分たちの空虚さを埋めつつ虚勢を張るために、さまざまな分野の既存の

思想を勝手に曲解して取り入れることを恥じなかった。

また、ニーチェの妹がナチズムに接近して手を貸し、ハンガリーのマルクス主義哲学者ルカーチが

ニーチェをナチズムの先駆けと主張したことで誤解が大きく広まったという経緯もある。


ニーチェは反ユダヤ主義かといえば、これもそうではない。むしろ反宗教と言うべきだろう。

ニーチェは宗教の何を嫌ったのか。おしなべて宗教というものが彼岸に

すなわち神とかあの世とか無限性に道徳の尺度を求める幾度を押し付けようとするからだ。

そうではなく、もっとこの世に生きている人間の道徳が必要だとニーチェは考えたのだ。

よって、ニーチェの思想は「生の哲学」と呼ばれることになった。

ニーチェはニヒリズムの哲学者ではない。むしろ、ニヒリズムを批判したのがニーチェだった。

ニヒリズムという用語は日本語では虚無主義と訳されていることが多い。

ニヒルはラテン語で無という意味であり、絶対価値や真理などないという立場がニヒリズムだ。

現代は価値の相対化によって絶対価値がないという状態だから、ニヒリズムの時代とも言える。

しかし実際には、現代人の絶対価値は金銭と利潤である。人間はどこかに絶対価値を見出して

いないと不安で耐えられないのだ。

十九世紀までの西欧での絶対価値と真理はキリスト教道徳だった。しかしニーチェは

キリスト教道徳はありもしない価値を信じ込ませる宗教だと解釈したのだ。その道徳は

本物ではない、生きている人間のためではないと考えた。

では、近代の金銭や利潤は現代の新しい現代価値だろうか。ニーチェは、これを神の

代替物としての価値だとした。つまり、ニヒリズムから逃げるための新しいニヒリズムだと

批判したのである。

「我々は永遠の無の中を漂っているのではないだろうか」

ニーチェは「ツァラトゥストラはかく語りひき」で書いている。

また、遺稿をまとめた「力の意思」では

『今の道徳への疑いが世界を席巻するようになるだろう」と書いている。まさに現代の状況を予言

しているかのようである。

ニーチェの哲学は決して難しくない。少し読んでみれば、興奮を覚えるだろう。

ニーチェの文章が読者を興奮させるのではなく、自分の頭で考えるという生々しさに読者が

刺激とインスパイアを受けるからだ。そこにニーチェの最大の魅力がある。


































































































































アラン  本名(エミール=オーギュスト・シャルティエ)

十九世紀から二十世紀にかけて活躍した、フランスの哲学者です。

才気あふれる哲学教師として、アンドレ・モロア、シモーヌ・ヴェイユらを輩出する

一方でアランのペンネームで数多くの本や記事を精力的に発表しました。

1906年のはじめ、アランは地方紙に毎日原稿用紙二枚程度の短い文章を書くようになりました。

このコラムは Propos d`un Normand (あるノルマンディー人のプロポ)と見出しで

第一次大戦が勃発するまでの間、アランは論説を書き続けました。

1914年までにこうしたプロポを3078編、さらに大戦後には約2000編を複数の

新聞や雑誌に書きました。

アランは、哲学、政治学、美学などに関する著作を発表する一方で、これら大量のプロポを

テーマに沿って編集した本も何冊か出版しました。

なかでも「幸福」について記した93編のプロポをまとめ、1928年に出版したのが

「幸福論 Propos sur le bonheur」です。


「幸福論」と名のつく本は、世の中に多く存在しています。

なかでも世界中で翻訳され古典として読み継がれているのが、 ヒルティ、ラッセル、

そして・・アランによるもので これらはよく、世界の三大幸福論と言われています。










白銀の狼よ 今こそ 己の牙を剥け 貴様の受けた恥辱を今 はらすのだ


白銀の狼よ 今こそ 己の爪で切り裂け 貴様の受けた傷を はらすのだ


己 一匹狼 戦いは始まったばかりだ 己の意地を見せて 進むんだ


痛みは時間が忘れさせてくれる 苦しみは 心に閉じ込めろ そして


その全てを貴様の宿敵にすべてに 刃を向けのだ


さぁ・・・噛みつけ さぁ・・切り裂け さぁ・・吼えろ


これが貴様の力だ誰にも真似はできやしない 


奪われた誇りなら 奪い返せ そして・・自らを示すのだ 誇り高き狼だと


決して・・怯(ひる)むな 怯んだ瞬間 相手に貴様の喉笛掻っ切られるぞ


白銀の狼よ 今こそ その眼光で相手を 威圧しろ


白銀の狼よ 今こそ その脚力で相手を 翻弄(ほんろう)するのだ


さぁ・・貴様の持つ力で  立ち向かえ そして 己の意地を見せるんだ


さぁ・・今こそ 貴様のその心で 恐怖 不安を振り払うのだ 


貴様は 誇り高き狼  誰にも 真似はできやしない









狼の群れから離れて たった一匹の狼が追い求める旅は 今 ここに始まる

ある時 森で遭遇した敵に襲いかかられてなんとか撃退したものの無傷ではなかった

その争いで 片目を失ったのである・・その名は ムーン 

傷を負った ムーンは その場でのたうちまわり・・叫び 嘆いた・・


ムーン「なぜ・・見えない なぜ・・俺の目がないのだ・・・うぉぉぉぉぉ~~~」


その時 ムーンは 狼族の中では 優秀な戦士であった それまで・・ムーンは

ムーンの妹 サンの面倒を見て 兄弟仲良く 暮らしていたのだ・・

それが・・片目を失ったことで ムーンのいままでの生活が変わっていったのだ

ムーンは 片目が失ってからは・・自信をなくし・・いままでのように 狩りはできなくて

周りとの交友をも断ち切ったのである・・そして 夜になるとムーンは森の奥の祠(ほこら)に行っては

嘆きの遠吠えを吼(ほ)えたのである 


ムーン「俺はこれから・・どうやって生きていくんだ・・俺はこれから どうしたらいいんだ・・」と


妹のサンは こんな兄(ムーン)を見るのが嫌で 悲しくて 苦しい思いをしてるムーンに

なんとか・・昔の兄(ムーン)に戻って欲しいと願ったのである


サン「兄さん・・こんな 兄さんを見たくないよ・・一人で苦しまないで・・」

















 
キツネの小太郎~~~今日も元気に遊びに出かける コンコン 

小太郎の呼びかけに仲間の友達も集まって コンコンコン

今日はなんで 遊ぶとお互いのしっぽに カミカミ~~ 

うれしいことも かなしいことも みんなで一緒に コンコンコン

ちょっぴり寂しがり屋の小太郎 だけど 近くに友達がいるから 寂しくない 



小太郎のお昼寝から 終わって 木のお家(うち)に住む リスさんに会いにいくよ コンコン~

リス君~リス君 遊びに来たよと リス君のお家の前で コン コン コン

おさんぽしよう~~とリス君も 駆けていく  楽しくお出かけ コンコンコン

森のなかへ と リスくんと小太郎は 楽しそうな声を出して 森の奥へと入っていった

コン コン コン (キツネの小太郎の声は君に聞こえるかな~)






悲劇の出来事に 耐え切れなくなったら 素直にこの現実を受け入れて


心のままに 嘆き 苦しみ 泣けばいい 無理したぶんだけ・・辛くなるから


素直に感情を表(あらわ)せないのなら もう少し自分を好きになるように


そっと・・自分の心と話をしよう 少しづつ 少しづつ・・・向き合えるから


人は 怒り 悲しみ 苦しみによって 自分を失い 自暴自棄になり 自分を追い詰める


だけど・・それは とっても悲しい事 だって 自分を責めているだけだから・・


生と死の間で・・人は・・・悲しみの奥に行こうとしている


そこに行っても 意味ないのに人は追い詰める そして・・人は自分を信じれなくなる



悲しみに大きい小さいはない 人の悲しみは計り知れない だから 人に


悲しい過去を聞くときは その悲しみを背負う事 忘れてはいけない・・


決して・・わかりあおうなんて・・思ってはいけない・・だって それは


その人にとって 辛い悲しみかもしれないけど その人にとっては大事な想い出の傷跡だから


人は苦しみの数を計り知れないほど体験して経験して 心のタンスに閉まっている


その引き出しの中は 人に見せたくないものもあり・・でも 人はそれを見たがる


そこには・・その人の沢山の心の傷跡が・・沢山 落ちているからね


でも・・それを拾う人は 興味 同情 共感だけで 知ろうとする 


その人にとっては忘れられない過去で思い出したくない事 その時乗り越えられたかも知れないけど


人は その時の感情 状態によって乗り越えられないかもしれないから 

 
人の悲しみは延々続く・・どこまでも だけど そのたびに 乗り越えなくてはならないのが現実


だから・・悲しみの分だけ・・人は強くなれる だけど・・その分 悲しみの深さも増える


それが・・悲しみの重さ・・

最後かも知れない 君と逢うのは これで・・・

優しい風が僕と君を包みこんで 君と手を繋いで歩いている

明日になれば 君の声が聞けない 明日になれば 僕の声が君に届かない

いままで過ごした君との時間を想い出して 僕の頭の記憶は君との想い出でいっぱいだよ

君との出逢いは ドラマチックとは言えないけど 君と出会えた事 君と話せた事

僕の胸の中に 刻みこんでおくよ 

いままで君と喧嘩したり 笑いあったり 泣いたり 繰り返す日常の中で

僕と君は 少しづつ わかりあえていたね・・

悲しみも全部 苦しみも全部 僕と君は知ろうとしていたね

どんなに・・・悲しい別れでも どんなに 苦しい出来事でもいいから

だんだんと君と僕は 惹かれあっていたね 君と僕の心が近づいていったのは そして

最後かも知れない日に 二人は・・・


最後かも知れない日に 僕と君は 愛し合った 
最後かも知れない日に 君と僕は 一つになった

君と話ができるのがこれで最後かもしれないんだね・・まだまだ君の笑顔見ていたいのに

僕と話ができるのはこれで最後かもしれないんだね・・まだまだ言ってない事があるのに

お互いが最後かも知れない日に抱きしめあい  二人は深く深く愛しあった

この流星が流れる中で 二人が 最後となる日に 二人が愛を確かめあった日


君と別れる時 君は 泣いていたね・・君が泣いていたのは気づいていたけど

振り向くと君の傍から 僕が離れられなくなってしまいそうだったから・・ごめんね・・

最後かも知れない日 君と別れの日 お互いが愛した日 

さようなら・・・・君の事 愛しているよ・・・







(この詩は ある曲を参考にして書いてみました・・)