の続きです
# 異能の転生者
## 第四十六章 証明
### 一
場所は学院の校庭だった。
グレイが選んだ。
対魔法結界が施されているこの場所が、
フリーダの魔法を見せるには最も適していると判断した。
ただし今回は、その結界が持つ意味が以前とは違った。
以前はフリーダの魔法が
外部に影響を与えないための結界だった。
今回は、フリーダの魔法が結界を突破しないかどうかを
確認するための結界でもあった。
チャールズ・レイスナーは校庭の端に立っていた。
随行の者は連れていなかった。
この場に来たこと自体、秘密にしていた。
王子が学院の校庭に非公式に訪れているという事実は、
今は表に出すべきではないとルークに言われていた。
グレイはフリーダに向かって、静かに指示を出し始めた。
「木と水の複合から始めろ」
フリーダは頷いた。
右手を上げた。
左手を上げた。
両手の間に、異なる色の魔力が同時に現れた。
緑と青が、互いに反発せずに共鳴し始めた。
通常、異なる属性の魔力は干渉し合って不安定になる。
しかしフリーダの手の中で、
二つの属性は一つの力として統合されていった。
放たれた魔法は、複合の形だった。
木の生命力と水の流動性が組み合わさり、
螺旋を描きながら標的に向かった。
標的に触れた瞬間、標的の周囲に植物が急速に成長し、
同時に水が内側から湧き出した。
チャールズは目を細めた。
「次、火と土」グレイが言った。
フリーダが切り替えた。
今度は赤と茶が現れた。
火の破壊力と土の重厚さが融合した魔法が、
別の標的に向かった。
爆発と地盤の隆起が同時に起きた。
衝撃が校庭の石畳を揺らした。
「白と黒」
最後の複合だった。
白魔法と黒魔法は、本来最も相性が悪いとされていた。
光と闇、癒しと破壊、
相反する性質を持つ二系統を同時に扱うことは、
理論上は不可能に近いとグレイ自身が長年考えていた。
しかしフリーダの両手から、白と黒が現れた。
反発しなかった。
二つが螺旋状に絡み合い、これまでの複合魔法とは
全く異なる性質を持つ力になった。
それが放たれた時、
チャールズには何が起きたかを言語化できなかった。
標的が、存在したまま、
しかし何かが根本的に変化していた。
グレイが満足そうに頷いた。
「続けろ。全系統同時複合を」
フリーダは一度、深く息を吸った。
六つの色が、フリーダの周囲に同時に現れた。
木の緑、火の赤、土の茶、水の青、白の輝き、
黒の深み——それらが渦を巻いて、
一つの大きな力として統合されていく過程を、
チャールズは息を呑んで見ていた。
放たれた。
衝撃は、校庭の対魔法結界に当たった。
結界が、きしむような音を立てた。
学院の設計者たちが相当の強度を見込んで作った結界が、
初めて本気で試されるような音だった。
結界は持ちこたえた。
しかし、その表面に亀裂のような光が走った。
チャールズはそれを見ていた。
時間が経っていた。
通常の学院生徒であれば、
とうに魔力が尽きている時間だった。
しかしフリーダはまだ立っていた。
呼吸が少し乱れていたが、
消耗の色は予想よりはるかに薄かった。
「これが」
チャールズはようやく言葉を出した。
「これが今のフリーダの実力か」
グレイはチャールズを振り返った。
「まだ発展途上です。
三ヶ月後には、今日見たものをさらに上回るでしょう」
チャールズは何も言えなかった。
---
### 二
沈黙の中で、チャールズは別のことを考え始めていた。
最近、王城の話が頭から離れなかった。
箝口令が敷かれた、あの夜の事件のことだった。
天全員が太刀打ちできなかった。
王城が一夜で変貌した。
しかし翌朝には何事もなかったかのように
元通りになっていた。
詳細は知らされていなかった。
しかし断片的な情報は、
チャールズの耳にも届いていた。
今、校庭にいる人物を見た。
フリーダを。それからルークを。
「まさか」
チャールズはフリーダを見た。
「陛下が箝口令を敷いたという、
王城での事件は——フリーダが?」
フリーダがチャールズを見た。
突然、自分に向けられた驚愕の視線の意味が、
フリーダには全くわからなかった。
きょとんとした顔のまま、首を傾げた。
「あれは僕のやった事で、フリーダは関係ないよ」
ルークが割って入った。
チャールズに向かって言いながら、
ちらりとフリーダに視線が向いた。
その瞬間、ルークの頬に赤みが差した。
フリーダは気づいていなかった。
グレイは気づいていて、
しかし何も言わなかった。
チャールズはルークを見た。
驚きが、さらに驚きに重なっていく顔だった。
「君が」
チャールズはゆっくりと言った。
「天全員を制圧したというのか」
ルークは頭を掻いた。
苦笑いをしていた。
否定もしなかった。
肯定の言葉も出なかった。
ただ、その反応が全てを語っていた。
チャールズは少しの間、ルークを見た。
それからフリーダを見た。
それからグレイを見た。
とんでもない人たちが、味方になってくれたものだ
——その思考が、チャールズの顔にそのまま出ていた。
隠す余裕がなかった。
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## 第四十七章 兄妹
### 一
ランドルフ男爵家の屋敷は、王都の西区画にあった。
火天ライナス・ランドルフは、
その日も朝から機嫌が悪かった。
食卓での表情が険しかった。
使用人が近づくのを躊躇うほどの空気を、
ライナスは無意識に発していた。
彼の周囲では、感情が魔法に直接影響する。
怒りが強ければ、周囲の温度が上がる。
テーブルの端に置かれた木製の飾りが、
今朝は焦げ跡を作っていた。
アイーダ・ランドルフは、
兄の向かいに座って、冷静に朝食を取っていた。
兄の機嫌については、慣れていた。
しかし最近のライナスは、その度合いが増していた。
あの夜以来だった。
「また考えてるの」
アイーダは言った。
「うるさい」
「あの人のこと」
ライナスは返事をしなかった。
しかし食器を置く音が、少し大きかった。
アイーダは兄を見た。
ライナス・ランドルフは、天の中でも異色の存在だった。
若かった。
現役の天の中で最も若く、最も好戦的だった。
火天としての実力は本物で、
その破壊力は現役最高水準にあった。
しかし若さが、判断の精度を下げることがあった。
「ライナス兄さん、あの人と戦ったら勝てると思う?」
「当然だ」
ライナスは即座に答えた。
「あの夜は国王に止められただけだ。
俺が本気を出せば——」
「負けるよ」
ライナスが顔を上げた。
アイーダは兄を見ていた。
感情的な言葉ではなかった。
分析の結果を述べている顔だった。
「どういう意味だ」
「見たから。
私、あの人を何度か見たことがある。学院で」
アイーダは王立魔法学院の生徒だった。
入学試験の総合第二位。
ルークがいなければ首席だった。
魔力量は卓越の評価を受け、
火、水、黒の三系統に加えて
風魔法に特別な適性を持っていた。
魔法制御の精度において、
彼女はAクラスの中でも頭一つ抜けていた。
あの「卓越」評価を受けてAクラスに入った少女
——入学時にルークの次に注目されていた人物だった。
「学院で、あの人を見た時に思った。次元が違うって」
「お前が何を見たか知らないが——」
「ライナス兄さんは火天だから、
炎を見れば大体の出力がわかるでしょ」
アイーダは続けた。
「私もそれと同じように、
魔法を見ればある程度の実力がわかる。
だからルーク・グレイブヤードを見た時に、
すぐにわかった。勝てない、って」
ライナスは黙った。
「グレイ教授と一緒に研究してる場面も見た。
あの二人が話してる内容は、
私には半分も理解できなかった。
まだ自分が学ぶべきことが
こんなにあるんだって思ったくらい」
アイーダの声には、羨望があった。
隠していなかった。
「できるなら、あの人たちに直接教わりたいくらい」
ライナスの眉間に、深い皺が刻まれた。
「お前が言うことか。俺は火天だぞ」
「だから言ってるの」
アイーダは静かに言った。
「ライナス兄さんのことを、ずっと凄いと思ってきた。
本当に。
でもルーク・グレイブヤードを見た時に、
初めてライナス兄さんでも
届かない場所があるって思った。
それって、すごく大事なことじゃない?」
ライナスは返事をしなかった。
しかしその沈黙は、怒りの沈黙ではなかった。
何かを処理しようとしている沈黙だった。
アイーダはそれ以上を言わなかった。
兄に届くかどうかは、兄が決めることだった。
---
### 二
昼過ぎ、屋敷に来客があった。
執事が来て、ライナスに告げた。
「黒天ヴィルヘルム殿下がお見えです」
ライナスは少し眉をひそめた。
ヴィルヘルムがランドルフ家を直接訪ねることは、
珍しかった。
天同士の往来がないわけではないが、
事前の連絡なしに訪ねることは、
礼儀の面でも珍しかった。
アイーダはその名前を聞いた瞬間、表情を変えた。
変えた、というより、整えた。
感情を表に出さないように、
意識的に整えた顔だった。
「私は席を外す」
アイーダは立ち上がった。
「なぜだ」
「ヴィルヘルム殿下が来る理由は、
多分ルーク・グレイブヤードのことでしょ。
その話し合いに私が同席したら、
余計なことを言いそうだから」
ライナスはアイーダを見た。
「余計なことって何だ」
「ルークに勝てると思うなら、
やめた方がいいって言いたくなること」
アイーダはそれだけ言って、部屋を出た。
廊下に出たアイーダは、少しだけ足を止めた。
ヴィルヘルムが来た。
その事実が持つ意味を、アイーダは考えていた。
黒天と火天が手を組もうとしている。
それが何を意味するか。
そしてその動きが、学院にいるルークや、
フリーダに、どんな影響を及ぼすか。
アイーダは廊下を歩きながら、
自分の選択肢を整理していた。
兄の隣にいることと、自分の判断に従うこと。
その二つが、
今後、交わらない方向に進む可能性があった。
応接間から、ヴィルヘルムの声が聞こえた。
扉越しでも、
その声の持つ独特の重さが伝わってきた。
アイーダは廊下を進んだ。
足音を、できるだけ小さくしながら。