の続きです
# 異能の転生者
## 第十九章 探索
### 一
グレイは満足していなかった。
新しい障壁、誘導弾——それらは確かな成果だった。
しかし彼の目標は、成果を出すことではなかった。
成果を土台にして、さらに先へ行くことだった。
問題は、自分一人では限界があるということだった。
グレイが使える魔法は火、土、水の三系統だった。
それぞれにおいて、現役の魔法使いの中でも
最上位の練度を持っている。
しかし三系統という幅は、
今グレイが目指している方向においては
制約になりつつあった。
ルークとの話し合いで開発した新技術は、
原理として成立した。
しかし原理を様々な系統の魔法に適用することで、
初めてその可能性の全体像が見えてくる。
火属性での誘導弾と、木属性での誘導弾では、
軌道の特性が根本的に異なる可能性がある。
土属性の層状障壁と、白魔法の層状障壁では、
対応できる攻撃の種類が変わるかもしれない。
つまり、自分以外の誰かが必要だった。
今までのグレイならば、
その「誰か」を選ぶ基準は明確だった。
魔力量だ。
どれだけ大きな魔力を持っているか。
それが全てだった。
しかし今は違った。
魔力量を基準から外した。
その決断は、ルークとの模擬戦から来ていた。
微量の魔力しか持たない者が、
大魔法使いである自分を圧倒した。
魔力量と実際の能力の間に、
これほどの乖離が存在し得るという事実は、
グレイの評価軸を根底から書き換えた。
では何を基準にするか。
グレイは考えた。
使える魔法の種類。成長の余地。
そして、新しい発想を受け入れられる柔軟性。
学院の記録を引き出した。
入学試験の評価だけでなく、各生徒の適性記録、
魔法系統の適合データ、過去の模擬戦の記録
——入手できる全ての情報を集めて、机の上に広げた。
一人ずつ、丁寧に見ていった。
魔力量の列は意図的に視界に入れないようにした。
それは今回の評価には関係ない。
使える系統の数、各系統での精度の評価、
成長曲線の傾き——そちらに集中した。
リストを絞り込んでいくと、いくつかの名前が残った。
その中で最初に目が止まったのが、
Bクラスにいる一人の生徒だった。
ホバート・ダーウェント。
木、火、土、水の四系統が使える。
四系統というのは珍しかった。
通常、複数系統を扱える魔法使いは
二系統か三系統が限界で、
四系統に適性を持つ者は百人に一人もいない。
魔力量の評価は上位で、精度の評価も悪くなかった。
可能性はある、とグレイは判断した。
リストに加えた。
しかし、その名前の横に小さく書き添えた。
要観察、と。
記録の数字だけでは見えないものがある。
人間としての質は、実際に会わなければわからない。
グレイはその点について、以前より慎重になっていた。
---
### 二
ルークも、学院の中を観察していた。
グレイへの協力という目的があった。
様々な系統の魔法を使える生徒を探すという課題を、
ルークも意識していた。
しかし同時に、もう一つの可能性を、
ルークは心の隅に置いていた。
超能力を持つ者が、いるかもしれない。
可能性は低かった。
前世においても、超能力者は極めて稀な存在だった。
この異世界においては、
そもそも超能力という概念が存在しない。
しかし、概念が存在しないことと、
能力を持つ者がいないこととは別の話だ。
魔法と誤認されているだけで、
実は超能力を持っている者がいるかもしれない。
あるいは、魔力とは異なる何かを持っていながら、
それを自覚していない者が。
ルークは授業の合間に廊下を歩く時、
校庭に出る時、カフェで食事をする時、
周囲をさりげなく観察していた。
特別な感知を使うわけではなかった。
ただ、人間を注意深く見る。
それだけのことだった。
学院には多様な生徒がいた。
魔力の評価が高い者、低い者。
貴族出身者、平民出身者。自信に溢れた者、
おどおどした者。様々な人間が、
この場所に集まっていた。
ルークはその多様さを、興味深く眺めていた。
前世において、人間を観察することは
ルークの数少ない楽しみの一つだった。
宇宙の果てまで見渡せる存在にとって、
人間の小さな感情と行動の複雑さは、
それ自体が一種の不思議だった。
なぜこれほど小さな生き物が、
これほど複雑な社会を作るのか。
なぜこれほど多くの感情を持つのか。
今生でも、その興味は変わっていなかった。
---
## 第二十章 遭遇
### 一
その日の午後、
ルークは本館から中庭に出る廊下を歩いていた。
次の授業まで時間があった。
図書館に向かうつもりだった。
校舎の角を曲がった時、視界の端に何かが入った。
校舎の陰だった。
本館の外壁と、渡り廊下の壁が作る、
人目につきにくい隙間のような場所。
そこに、人が集まっていた。
五人か、六人か。輪になっていた。
輪の中心に、誰かがいた。
ルークは足を止めなかった。
歩調も変えなかった。
しかし視線だけを、その方向に向けた。
この学院では珍しくない光景だった。
魔力量の評価が低い生徒、
あるいは出身が平民の生徒が、
魔力評価の高い貴族出身の生徒たちに囲まれる。
声を荒げるわけではない。
直接的な暴力が振るわれるわけでもない。
ただ、じわじわと追い詰める。
言葉で、視線で、その場の空気で。
この学院が魔力量を価値の基準としている以上、
その基準で上位にいる者たちが
下位の者を見下す構造は、必然的に生まれる。
学院の上層部はそれを黙認していた。
あるいは、意図的に見て見ぬふりをしていた。
ルークはそれを変えようとは思っていなかった。
構造の問題は、一人が介入したところで変わらない。
変えようとすれば、変えるための力と
時間と意志が必要で、
今のルークにその動機はなかった。
通り過ぎようとした。
その時、輪の隙間から、
中にいる人物の顔が一瞬だけ見えた。
ルークの足が止まった。
知らない顔だった。
見たことがなかった。
だから釘付けになった理由は、
既知の何かを思い出したからではなかった。
ただ。
顔が良かった。
ルークの基準において、という話だが
——端正というより、柔らかい印象の顔だった。
目元に落ち着きがあり、
しかし今は困惑と緊張が混じっていた。
髪は薄い茶色で、乱れていた。
おそらく囲まれた時に乱れたのだろう。
ルークは自分の中で何かが決まるのを感じた。
理屈ではなかった。
論理的な判断でもなかった。
前世も含めて、
ルークが経験したことのない種類の決断だった。
その輪に近づいていた。
---
### 二
輪の中心にいる人物が、
女性だということは近づいてわかった。
地面に座り込んでいた。
囲んでいる者たちの一人が、何かを言っていた。
声に嘲りがあった。
内容は、魔力評価が低いことへの侮辱だった。
この学院でよく使われる種類の言葉だった。
囲んでいる者たちの中心にいる男を、
ルークは確認した。
見覚えがあった。
記憶を辿ると、グレイのリストに載っていた
名前と顔が一致した。
ホバート・ダーウェント。Bクラス。
木、火、土、水の四系統使い。
最初に顔を見た時から、
何か気に食わないものを感じていた。
それはルークの偏見だった。
自覚していた。
顔の印象で人を判断することは正確ではない。
しかし偏見であると自覚しながら、
その印象が拭えないこともある。
いかにも、という顔だった。
自分の優位を疑ったことのない人間の顔。
他者を見下すことを当然と思っている人間の顔。
ゴールに少し似ていた。
それが原因かもしれなかった。
「ホバート」
ルークは声をかけた。
輪が崩れた。
全員が振り返った。
ホバートはルークを見た。
一秒、二秒、誰であるかを確認する時間があった。
それからホバートの表情が変わった。
軽蔑だった。
しかしその軽蔑の底に、別のものがあった。
Aクラスとの差への不満だった。
入学試験の総合第一位がAクラスに入り、
自分はBクラスだという事実。
その不満が、ルークを見た瞬間に出口を見つけた。
「なんだ、Aクラスの魔力なし君か」
ホバートは言った。
取り巻きたちが追従するように笑った。
「魔力もないのに第一位とか、
試験がおかしいんじゃないか。
あんな試験に意味があるとは思えないね」
ルークは何も言わなかった。
ホバートはそれを怯みと取ったのか、一歩前に出た。
「ここは関係ない奴が来る場所じゃない。
さっさと失せろ」
取り巻きたちが動いた。
ルークを囲む形に広がり始めた。
ルークはその動きを視界の端で確認しながら、
ホバートを見ていた。
この男に対して何をすべきかを考えた。
傷つける必要はない。
そこまでの理由がない。
しかし、このまま引き下がることも、
ルークの性質には合わなかった。
降りかかる炎は払う。
手加減はするが、手を引くことはしない。
ルークは息を一つ吐いた。
それから、威圧を放った。
声もなく、動作もなく、
ただ、ルークの内側にある何かが外側に滲み出た。
それは魔法ではなかった。
しかし、この世界の者には魔法との区別がつかない。
ルークの存在そのものが発する圧力だった。
前世において、惑星を砕き、次元を越えてきた何かが、
ごく薄く、表面に出てきただけだった。
ルークが本気を出したわけでは全くなかった。
それでも。
ホバートの顔から血の気が引いた。
取り巻きたちの動きが止まった。
足が、勝手に後ろに下がった。
後退しようとしているのに、
体が命令を聞かないような動き方だった。
ホバートは口を開こうとした。
しかし声が出なかった。
目が、ルークを見ていた。
何を見ているのか、
ホバートには説明できなかっただろう。
魔法使いとしての格の差でも、体格の差でも、
人数の差でもなかった。
ルークが立っているというそれだけの事実が、
この場の全ての優位を消していた。
十秒あったか、なかったか。
ホバートが最初に動いた。
くるりと向きを変えて、足早に歩き始めた。
取り巻きたちが慌てて続いた。
誰も言葉を残さなかった。
足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
ルークは彼らが消えた方向を一度だけ見た。
それから、地面に座り込んでいる人物に向き直った。
手を差し伸べた。
---
### 三
女性はルークを見上げた。
さっきまで困惑と緊張で強ばっていた顔が、
少しずつ解けていくのがわかった。
差し伸べられた手を、一瞬だけ見た。
それから、その手を取った。
立ち上がった時、ルークは初めて全体を見た。
背が高かった。
ルークと同じくらいか、わずかに低いくらいだった。
女性としては長身だった。
体型はふくよかで、それが彼女の柔らかい顔の印象と、
どこか合っていた。
髪は乱れていたが、
本来は丁寧に整えられていたことがわかった。
「ありがとう」と彼女は言った。
声は落ち着いていた。
さっきまでの状況を考えれば、
思ったより落ち着いていた。
動揺が収まるのが早い人間だということが、
その声からわかった。
ルークは自分の頬が少し熱くなっているのを感じた。
それは久しぶりの感覚だった。
あるいは、初めての感覚だったかもしれない。
前世においても、今生においても、
顔が熱くなるという経験を
ルークはほとんど持っていなかった。
「自分はルーク・グレイブヤード。
グレイブヤード伯爵家の三男です」
名乗りながら、
こういう時に伯爵家の家名が便利だということを思った。
平時ならば家格を持ち出すことに意味を感じないが、
今この瞬間に限っては、
自分がどういう人間であるかを
手短に示せる言葉として機能する。
女性はルークを見た。
それから、真っ直ぐに答えた。
「ありがとう。私はフリーダ・ラングバルト。
ラングバルト男爵家の長女です」
フリーダ・ラングバルト。
ルークはその名を聞いた瞬間、記憶に刻んだ。
意識的にではなかった。
気がつけば、刻んでいた。
絶対に忘れないと、
心の深いところで何かが決めていた。
「怪我は?」
「ないです。ありがとう、助かりました」
フリーダは少し髪を整えながら言った。
「ルーク・グレイブヤード
——Aクラスの、入学試験トップの方ですか」
「そうです」
「噂は聞いていました」
フリーダは言った。
声に、噂に対する評価が混じっていなかった。
事実として確認している声だった。
「まさか直接お会いするとは思いませんでしたが」
ルークはフリーダを見た。
囲まれていたということは、
この学院で何らかの形で目をつけられている
ということだ。
魔力評価が低いのか、出身が問題なのか、
あるいは別の理由か。
「ラングバルト家は男爵家と言っていましたが、
学院では何クラスですか」
「Cクラスです」
フリーダは少し間を置いてから続けた。
「魔力評価は低位です。
低位でここに来ること自体が珍しいらしく
——それで、ああいうことになりがちで」
低位。
ルークは、自分が微量の評価を受けていることを思った。
低位はそれより上だが、
Aクラスのほとんどが卓越以上の評価を
受けている中では、確かに浮いた存在になる。
「使える魔法の系統は?」
ルークは聞いた。
フリーダは少し不思議そうな顔をした。
魔力評価の低い者に、
通常聞く質問ではなかったからかもしれない。
「六系統、全部です」
ルークは一瞬、止まった。
「全系統ですか」
「はい。ただ、どれも出力が弱くて
——魔力量が少ないので、大きな魔法は使えなくて」
フリーダはどこか慣れた様子で言った。
それを何度も説明してきた人間の言い方だった。
「だから低位の評価で、Cクラスです」
ルークはフリーダを見た。
六系統全て。
木、火、土、水、白、黒
——天の称号がそれぞれの系統の頂点に存在する、
六つの魔法系統を全て使える者が、ここにいた。
魔力量が低いという理由だけで、
Cクラスに置かれていた。
グレイが探していたものが、ここにあった。
ルークの頬はまだ少し熱かった。
しかしその熱とは別のところで、
明確な思考が動き始めていた。
フリーダ・ラングバルトという人物が、
この先どういう意味を持つことになるか。
その問いが、静かに形を作り始めていた。