第三百二十六弾「異能の転生者」

第三百二十七弾「異能の転生者 その2」

第三百二十八弾「異能の転生者 その3」

第三百二十九弾「異能の転生者 その4」

の続きです

 

 

# 異能の転生者

## 第十一章 決着

### 一

グレイ・サンダーズは、限界を知らない男だった。

少なくとも、これまでの人生においては。

魔法師団の上位魔法士たちと渡り合い、
複数の国の強者と交えた経験を持ち、
現役の天に近いとさえ評価された時期がある。
その長いキャリアの中で、
手詰まりという感覚を味わったことは、
ほとんどなかった。

しかし今、その感覚が、
疑いようのない現実として目の前にあった。

魔力が減っていた。

これだけの攻撃を続ければ当然だった。
しかし問題は量だけではなかった。
手段が尽きていた。
攻撃の角度を変えた。
魔法の属性を変えた。
槍との連携のパターンを変えた。
速度を上げ、出力を上げ、数を増やした。
試せることは全て試した。

だがどれも届かなかった。

一方でルークは、変わっていなかった。

表情が変わらなかった。
呼吸が乱れていなかった。
動きに重さが加わっていなかった。
グレイが全力で攻め続けた時間と、
ルークが消耗した量が、全く釣り合っていなかった。
いや、釣り合っていないどころか、
ルークには消耗という概念が存在しないかのようだった。

グレイの脳裏に、断片的な思考が流れた。

あの障壁を突破できれば。
隙間を突ければ。
速度で上回れれば
——しかしどれも、続く言葉を持てなかった。
突破できない。
隙間がない。
速度が足りない。
それが事実だった。

槍を構え直そうとした。
腕が重かった。

魔力の消耗が、体に出始めていた。
長年鍛えた体でも、これだけの魔力を
短時間に使い続ければ、
体の芯から力が抜けていく感覚が来る。
それを知っていたから、
グレイはこれまでの戦闘で消耗戦を避けてきた。
相手を早期に圧倒することで、
自分の消耗を最小化してきた。

今日は、その逆が起きていた。

相手の消耗がゼロで、自分だけが消耗していく。

グレイは息を整えようとした。
しかしルークが動いた。

---

### 二

ルークはそろそろ終わりにしようと思った。

これ以上続けることに意味はなかった。
グレイが手詰まりであることは、
数分前から明らかだった。
彼の攻撃のパターンが繰り返しになり始めた瞬間に、
ルークはそれを確認していた。
新しい手が出てこない。
出しようがない。

問題は、どう終わらせるかだった。

相手を傷つけることは、
今は適切ではないとルークは判断していた。
グレイは確かに最初から手加減をしなかった。
それはルークへの悪意でもあり、
自分の目で確かめようとする意志でもあった。
どちらの側面も否定できなかった。
しかし、この場で教師を傷つければ、話が複雑になる。
複雑になることをルークは好まなかった。

傷つけずに、しかし明確に。

それが条件だった。

ルークは視線を校庭の端に向けた。
レンジの先に、先ほど貫通した的の残骸があった。
あの時に使った光の矢。
あれを、複数同時に。

意識を集中した。

光の矢が、空中に現れた。
一本ではなかった。
数十本が、ルークを中心として宙に浮かんだ。
それぞれが指ほどの太さで、
内側から白い光を発していた。

グレイがそれを見た。

目が大きくなった。
数十本の光の矢が同時に存在している。
それだけでも常識を外れていたが、
問題はその配置だった。
全方位だった。
ルークを中心として、
あらゆる角度に向かって浮かんでいる。
上から下から、左右から、斜めから
——グレイを包囲するような配置が、
一瞬で完成していた。

グレイは動こうとした。
どこかに抜け道があるはずだと、
体が反射的に探した。

矢が動いた。

一斉にではなかった。
順番に、しかし連続的に。
まるで意思を持っているかのように、
グレイの動きを読んで軌道を変えた。
逃げようとする方向に、先回りして矢が向かった。
攻撃しようとすれば、その手元に矢が迫った。

グレイの体が、防御に徹した。
魔法障壁を展開しようとした。
しかし残った魔力では、
完全な障壁を張ることが難しかった。

矢は当たらなかった。

ただ、グレイの動ける範囲を、着実に狭めていった。
左に動けば右から矢が来て動けなくなる。
右に動けば今度は左が閉じる。
後退しようとすれば背後から。

追い込んでいるのではなかった。
包囲していた。

グレイは気づいた。
この矢は自分に当てるつもりがない。
しかし、どこにも行けない。

その理解が来た瞬間、矢が一点に集中した。

グレイの持つ槍だった。

数十本の矢が、それぞれ異なる角度から、
槍の各部位に向かって同時に収束した。

衝撃音があった。

金属が砕ける音だった。

グレイの手の中で、槍が四散した。
根元から、中ほどで、穂先の手前で、
それぞれが別々の場所で折れ、
砕け、弾け飛んだ。
金属の破片が地面に落ちた。

グレイの両手が空になった。

それと同時に、四方からバリアの壁が現れた。

グレイを囲む四面の壁。
透明だった。
しかし確かにそこにあった。
グレイが手を伸ばすと、見えない壁に触れた。
押しても動かなかった。
魔法を叩きつけても、揺れもしなかった。
上も、下も、同様だった。

グレイは完全に身動きが取れなかった。

沈黙があった。

長い沈黙だった。

グレイは自分の両手を見た。
空の両手を。
それから囲む四面の壁を見た。
それからルークを見た。

ルークは立っていた。
変わらない表情で。
変わらない呼吸で。

グレイは目を閉じた。

一秒あったか、なかったか。

「……参った」

声は低かった。
かすれていた。
しかしはっきりと聞こえた。

バリアの壁が消えた。

---

### 三

一瞬の静寂があった。

それから、歓声が上がった。

Aクラスの生徒たちは、
いつの間にか自分たちの模擬戦を止めて、
この戦闘を見ていた。
互いのペアを忘れていた。
見入っていた。
そして今、その感情が音になって出てきた。

驚きと興奮と困惑が混ざり合った声だった。
純粋な喝采とは違った。
何かとてつもないものを目撃してしまった
という戸惑いが、歓声の底に流れていた。

グレイ・サンダーズが負けた。

この学院において、それは起きてはならないことだった。

教師と生徒の力関係は、この場の秩序の前提だった。
その前提が、今日、崩れた。
しかも相手は、魔力「微量」の新入生だった。

生徒たちはルークを見た。

ルークは特に何もしていなかった。
ただ立っていた。
グレイが降参を告げた瞬間から、
表情は変わっていなかった。
勝利を誇る様子がなかった。
安堵している様子もなかった。
ただ、終わったという事実を
確認しているような顔だった。

グレイは地面を見ていた。

周囲の音が、
彼の耳に届いているかどうかわからなかった。
生徒たちの歓声が、
何か遠い場所の音のように聞こえていた。

ルークはグレイを見た。

この男が今どういう状態にあるか、
ルークには見えていた。
体の消耗だけではなかった。
もっと根本的な何かが、グレイの内側で折れていた。
長年信じてきたものが、
今日の結果によって
根底から揺るがされた人間の顔をしていた。

それについて、ルークは何も言わなかった。

言うべき言葉を持っていなかった、
というより、言うべき言葉がないと判断していた。
グレイが向き合うべきことは、
ルークが言葉にできるものではなかった。

---

## 第十二章 箝口令

### 一

その日の夜のうちに、学院の上層部が動いた。

グレイ・サンダーズが新入生に敗北した。
その事実は、Aクラスの生徒十二名と、
その場にいた数名の教官が目撃していた。
口伝えで広まるには十分な人数だった。

学院長が緊急の会議を開いた。

結論は速かった。

箝口令を敷く。
関係者全員に対して、
今日の出来事を外部に一切漏らさないよう命じる。
違反した場合の処分も明示した。
教師に対しては職の問題。
生徒に対しては、評価への影響を示唆した。
明言はしなかったが、意図は明確だった。

生徒たちは翌朝、担任から個別に呼ばれた。
今日見たことは話さないように、と言われた。
理由の説明はなかった。
ただ、命令として告げられた。

Aクラスの生徒たちは、それぞれの反応を示した。

従順に頷く者、内心で疑問を持ちながら黙る者、
理不尽を感じながらも逆らえない者——様々だった。
しかし全員が、少なくとも表向きは箝口令に従った。
この学院に反抗することのコストを、
彼らはよく理解していた。

グレイは翌日から学院に来なかった。

公式な説明はなかった。
体調不良、とだけ事務的に伝えられた。
いつ戻るかも告げられなかった。

---

### 二

グレイが休んでいる間、
Aクラスの授業は座学中心に切り替わった。

代理の教師が来た。
年配の女性教師で、魔法理論の専門家だった。
彼女はグレイとの対戦について一切触れなかった。
最初の授業の冒頭で
「グレイ教授は体調を崩されています。
回復するまでの間、私が担当します」
とだけ言い、すぐに授業に入った。

座学の内容は、魔法理論の基礎から始まった。

魔法の系統分類、各系統の特性と相互関係、
魔力の構造と流れ方——体系的な内容だった。
ルークはそれを聞きながら、
この世界の魔法理論の全体像を改めて整理していた。

理論として興味深い部分はあった。

この世界の魔力は、ルークの超能力とは
根本的に異なる原理で動いていた。
しかし、いくつかの点で類似した構造も見えた。
エネルギーの集中と放出のパターン、
方向性の制御方法、
複数の力を同時に扱う際の干渉の問題
——表面的な形は違っても、
根底にある原理には共通するものがあった。

ルークは授業を聞きながら、
そういった考察を静かに進めていた。

Aクラスの他の生徒たちは、
どこか落ち着かない様子だった。

グレイが休んでいる理由について、
公式な説明がないことへの不安があった。
あの対戦を見た後で、
何も言われないままグレイが消えた。
その事実が、様々な推測を生んでいた。

ルークにはさっぱり解らなかった。

あの対戦の後、
グレイが受けたダメージについては把握していた。
体の消耗と、精神的な衝撃。
どちらも、数日の休養で回復するものだと
ルークは見ていた。
物理的には問題なかった。

ではなぜ、まだ来ないのか。

ルークにはその答えが見えなかった。
グレイという人間が、今どういう状態にあるのか。
敗北という経験が、
彼の内側でどのように処理されているのか。
それはルークが理解しにくい領域だった。

誇りを、信念を、
積み上げてきたものを、否定されること。

その痛みの質が、ルークには実感として掴みにくかった。

前世のフレデリック・マクミランは、
自分の力が否定された経験を持っていなかった。
否定できる者がいなかったから。

だからグレイが感じているものの深さが、
正確にはわからなかった。

ただ、相当のものだろうとは思っていた。

---

### 三

グレイが休んでいることについて、
学院内の噂は静かに、しかし確実に広まっていた。

箝口令は完全ではなかった。

十数人が目撃した出来事を完全に封じることは、
現実的には難しかった。
言葉に出さなくても、表情に出る。
態度に滲む。
誰かの耳に届いた断片が、
別の誰かの断片と合わさって、輪郭を持ち始める。

魔力「微量」の新入生に、グレイ教授が負けたらしい。

その噂が、他のクラスの生徒たちの間に流れ始めた。
信じる者は少なかった。
信じたくない者の方が多かった。
しかし否定する材料も、誰も持っていなかった。

グレイの休みは一週間を過ぎた。

その理由について、様々な憶測が生まれた。
病気、過労、家の事情
——しかしAクラスの者たちが口を閉じている事実が、
何かを示唆しているように見えた。

あの新入生に敗れたことが、
よほどのショックだったのではないか。

その解釈が、最も広まった解釈だった。

ルークはその噂を、廊下を歩く時に断片的に耳にした。
自分についての話を他人の口から聞くのは、
奇妙な感覚だった。
話されている内容の事実関係は正確だったが、
そこに込められた感情の読み方が、
ルークの内側にある理解とずれていた。

グレイが受けた衝撃の核心は、
敗北そのものではないとルークは思っていた。

魔力が全てだという信念。
その信念の上に立った世界観。
それが今日の一つの出来事によって成立しなくなった。
人間にとって、世界の見方が崩れることは、
単に戦闘に負けることよりはるかに大きな出来事だ。

それに向き合う時間が、
グレイには必要なのかもしれなかった。

授業が終わった午後、
ルークは学院の図書館に向かった。

この学院の蔵書は相当なものだった。
魔法理論の古典から、各国の歴史書、
天の記録、魔法生物の生態まで
——ルークが興味を持てる素材は十分にあった。

グレイが戻るまでの間、学べることを学んでおく。

それがルークにとっての、今できることだった。