の続きです
# 異能の転生者
## 第十三章 検証
### 一
グレイ・サンダーズは、
敗北を引きずる男ではなかった。
それは強がりではなく、
彼が長年かけて身につけた思考の習慣だった。
起きた事実は変えられない。
変えられないものに感情を注ぎ込むことは、
資源の無駄だ。
ならば、その事実から何を引き出せるかを
考える方が建設的だ
——そういう考え方が、グレイの中に根付いていた。
だから、学院を休んだのはショックのためではなかった。
検証のためだった。
自室の書斎に籠もり、
グレイはあの模擬戦を最初から最後まで、
一つ一つの動作に分解して記憶から取り出した。
何を試みて、何が起きたか。
どの攻撃がどのように止められたか。
相手の動き方の特徴は何だったか。
まず最初の問いを立てた。
今の自分の能力で、勝てたか。
答えを出すのに、一日かかった。
結論は、否だった。
感情を排して検証した結果がそれだった。
あの模擬戦でグレイが使えた手段は、
全て使い切っていた。
攻撃の角度、魔法の属性、槍との連携、出力の増減
——考えられるパターンは全て試みた。
そのどれもが通用しなかった。
では、何か新しい技術を身につければ勝てるか。
これが二日目の問いだった。
グレイは自分が習得していない魔法の技術を洗い出した。
理論上は存在するが実用化されていない術式、
他国の魔法使いが使う特殊な系統、
古い文献に記録された失われた技法
——それらを一つずつ検討した。
仮にそれらを習得したとして、
あの障壁を突破できるか。
答えは、おそらく否、だった。
問題は技術の種類ではなかった。
あの障壁が魔法に対して示した反応を思い出すと、
属性や術式の違いが本質的な差を生むとは思えなかった。
どんな魔法を当てても、
同じように消えるだろうという予測が立った。
では、あの力は魔法ではないのか。
三日目に、グレイはその仮定を立てた。
魔法ではない、と仮定する。
ならば何か。
グレイの知識の中に、
魔法以外の力という概念は存在しなかった。
この世界において、超自然的な力は魔法だけだ
という認識が、グレイの中では自明のことだった。
しかし、その前提自体を疑う必要があるかもしれない。
もしあの力が魔法でないとすれば、
魔法で対抗することは可能か。
グレイは考え続けた。
四日目、五日目と、検証は続いた。
書斎の机の上に、メモが積み重なっていった。
魔法理論の文献を引き出し、対照しながら考えた。
睡眠は取っていたが、食事は不規則になっていた。
そして六日目の朝、グレイは一つの結論に達した。
自分一人では、答えが出ない。
それは敗北宣言ではなかった。
論理的な帰結だった。
あの力の正体を知らない状態で、
その力に対抗する方法を考えることは、
前提が欠けた問いに答えようとすることだ。
どれだけ考えても、推測の域を出ない。
ならば、最も効率的な方法は何か。
答えは明快だった。
直接、本人に聞く。
グレイはメモを整理しながら、
その結論の正しさを確認した。
プライドの問題ではなかった。
効率の問題だった。
自分が一週間かけて辿り着けなかった答えに、
本人との対話が数時間で近づける可能性がある。
ならば、躊躇する理由はない。
七日目の朝、グレイは学院に向かった。
---
### 二
学院の廊下を歩いた時、
最初に気づいたのは視線だった。
いつもと違った。
グレイが廊下を歩けば、生徒たちは道を開ける。
教師たちは会釈をする。
それは彼の地位と実績に対する、
当然の反応として長年続いてきたものだった。
しかし今日は、何かが違った。
視線が、どこか腫れ物に触るような質を帯びていた。
道は開く。
しかし開き方が、心なしか早かった。
会釈をする教師の目が、微妙に泳いでいた。
廊下の向こうから来た若い教師が、
グレイを見た瞬間に別の方向に曲がった。
グレイは不思議に思った。
一週間休んだことへの反応にしては、奇妙だった。
休養は珍しくない。
特別なことではない。
なぜこれほど周囲の空気が変わっているのか。
職員室に入った時、会話が途切れた。
複数の教師たちが、一斉にグレイを見た。
それから、それぞれが何かをするふりをして、
視線を逸らした。
誰かが「お戻りでしたか」と言った。
声が少し高かった。
「ああ」とグレイは答えた。
「少し調べることがあった」
それ以上を説明する気はなかった。
しかし周囲の反応が、
グレイの中に小さな疑問を植えつけた。
箝口令が敷かれていることは知らなかった。
学院の上層部が何を決定したか、
グレイは把握していなかった。
休んでいる間に学院内で何が動いたか、
今の段階では情報がなかった。
ただ、この空気が何かを意味していることは、
長年の経験から感じ取れた。
後で確認すればいい、とグレイは思った。
今は、目的を果たすことが先だった。
---
## 第十四章 カフェ
### 一
昼になった。
グレイはルークがどこにいるかを、
学院の事務から確認した。
午後の授業が始まる前の昼食の時間、
Aクラスの生徒の多くは学院内のカフェを使うという。
カフェは本館の一階にあった。
石造りのアーチ天井の下に、
木製のテーブルが並んでいる。
窓から中庭が見えた。
昼の時間帯は生徒たちで賑わう場所だった。
グレイが入った瞬間、空気が変わった。
会話が止まった。
動きが止まった。
複数の視線が、一斉にグレイに向いた。
それから、グレイが何者であるかを確認した視線が、
次の動きを探し始めた。
グレイはそれを無視して、室内を見渡した。
端の席に、一人で食事をしている生徒がいた。
ルークだった。
窓際の隅のテーブルに、一人で座っていた。
食事の内容は簡素だった。
皿の上のものを静かに口に運んでいた。
周囲の騒ぎにも、グレイが入ってきたことにも、
気づいていない様子だった。
あるいは気づいていて、
関与しないと決めているのか。
グレイはルークのテーブルに向かって歩いた。
周囲の生徒たちの視線が、グレイの動く方向を追った。
グレイがルークのテーブルに近づくにつれ、
その視線が徐々に緊張を帯びていった。
グレイはルークの向かいの椅子を引いて、座った。
カフェの中が、一瞬、完全に静止した。
それから、誰かが短い悲鳴に近い声を上げた。
小さな騒動が起きた。
隣のテーブルの生徒が立ち上がり、
出口に向かって走り始めた。
廊下に出た足音が遠ざかっていく。
報告に行ったのだろう、誰かに。
残った生徒たちは、動けなかった。
見ていた。
ルークが顔を上げた。
向かいに誰かがいることに気づいた瞬間、
わずかに目が大きくなった。
それがルークの「少し驚いた」という反応だった。
それ以上は変わらなかった。
グレイを見た。グレイが自分を見ていた。
「君と話し合いたい」
グレイは言った。
前置きなしだった。
ルークはグレイを見たまま、少し間を置いた。
それから口を開いた。
「あなたは自分には魔力が無い事で、
魔法使いとして見下していたのでは?」
声は穏やかだった。
しかし言葉の端に、かすかな質感があった。
皮肉と呼ぶには薄すぎる。
しかし完全に中立でもない。
事実の確認と、それに対する感情の痕跡が
混ざったような言い方だった。
グレイは、その言葉をそのまま受け取った。
否定しなかった。
言い訳もしなかった。
「そうだ」と言った。
「私はそう思っていた。
魔力量が能力の全てだと信じていた。
だから君を、その基準で判断した」
ルークは何も言わなかった。
続きを待っていた。
「私の考え方は、君との模擬戦で崩れた」
グレイは続けた。
「一週間、自室で検証した。
今の自分の能力で君に勝てたか。
新しい技術を身につければ勝てるか。
君の力が魔法とは異なると仮定して、
魔法で対抗できるか。それぞれを考え続けた」
「結論は?」
「自分一人では答えが出ない。
ならば直接、君に聞くのが最も効率的
だという結論になった」
ルークは少し黙った。
グレイという人物を、改めて見ていた。
最初の授業で感じたことと、
今感じることが、微妙に違っていた。
「ならばより高みを目指すために、
君に協力してもらう方が得策だと考えを変えた」
グレイは真っ直ぐにルークを見て言った。
「以前の私の言動を不快に思っていたならば、
謝罪しよう」
そう言って、グレイは頭を下げた。
カフェの中に、また新たな悲鳴が上がった。
複数の声だった。
立ち上がる音がした。
壁際に押し退く音がした。
グレイ・サンダーズが頭を下げた
——その事実が、見ていた者たちには
信じがたい光景として映ったのだろう。
ルークはそのざわめきを聞きながら、
グレイの下げた頭を見ていた。
ある意味、純粋な人だな、とルークは思った。
最初の授業で感じた傲慢さは、確かに不快だった。
しかしそれは、
グレイが長年かけて積み上げた信念から来ていた。
信念に基づいた傲慢さは、少なくとも根がある。
根のない傲慢さよりも、向き合い方がわかる。
そして今、その信念が覆された時、
この男は一週間かけて検証し、論理的な結論を出し、
こうして頭を下げに来た。
感情に流されていなかった。
プライドで目を曇らせていなかった。
噂で聞いていたグレイ・サンダーズの像
——偏見に満ちた、自分の基準以外を認めない教師
——とは、少し違うものが見えてきた。
完全に違うとは言えなかった。
陰の部分がある人物であることは変わらない。
しかし少なくとも、事実の前では動ける人間だった。
ルークは息を一つ吐いた。
「そこまで言われるならば、協力します」
グレイが頭を上げた。
その目に、安堵と、それから何か別のものがあった。
先を見ようとしている目だった。
「一つだけ聞かせてください」
ルークは続けた。
「一週間の検証で、どこまで辿り着けましたか」
グレイは少し目を細めた。
それから、静かに答え始めた。
「あの障壁が魔法障壁でないことは確信している。
魔法であれば、
あれだけの魔力を叩き込めば崩れるはずだ。
しかし崩れなかった。
属性を変えても、出力を変えても、
組み合わせを変えても、何も変わらなかった」
「続けてください」
「魔法とは別の原理で動いているとすれば、
魔法で対抗することは根本的に難しいかもしれない。
しかし、もし何らかの形で
その原理に近づくことができれば
——魔法の可能性はまだ広がる余地があるはずだ。
その可能性を確かめたい」
ルークはグレイの言葉を聞きながら、
内側で評価していた。
一週間で、そこまで辿り着いた。
前提を疑うことができた。
可能性の方向を見つけた。
感情を排して考え続けた。
大魔法使いと呼ばれるだけのことはある、
とルークは思った。
「一つだけ今日の段階で言えることがあります」
「聞かせてほしい」
ルークは少し考えてから言った。
「あなたの方向性は、間違っていない」
グレイの表情が、わずかに動いた。
カフェの中では、まだざわめきが続いていた。
遠くから足音が近づいてくる気配があった。
報告を受けた誰かが来るのだろう。
しかしルークとグレイは、その音に構わなかった。
二人の間に、何かが始まっていた。