第三百二十六弾「異能の転生者」

第三百二十七弾「異能の転生者 その2」

第三百二十八弾「異能の転生者 その3」

第三百二十九弾「異能の転生者 その4」

第三百三十弾「異能の転生者 その5」

第三百三十一弾「異能の転生者 その6」

第三百三十ニ弾「異能の転生者 その7」

第三百三十三弾「異能の転生者 その8」

の続きです

 

 

# 異能の転生者

## 第二十一章 逆恨み

### 一

ホバートは歩きながら、拳を握っていた。

校舎の角を曲がり、渡り廊下を抜け、
Bクラスの教室に向かう道を歩きながら、
その拳は緩まなかった。
顔が赤かった。
怒りで赤いのか、屈辱で赤いのか、
本人にも区別がつかなかった。

頭の中を占めているのは、ルークのことだった。

あの目だった。

ルークがこちらを見た時の目。
怒っていなかった。
怒鳴っていなかった。
特別なことは何もしていなかった。
ただ見ていた。
それだけなのに、体が動かなかった。
声が出なかった。
足が勝手に後退した。

その事実が、何より許せなかった。

自分はダーウェント子爵家の嫡男だ。
この学院でも上位の家格を持つ。
魔法は四系統使える。
同世代の中では魔力量も高い。
そういう自分が、魔力「微量」の、
伯爵家とはいえ三男坊に、
一言も言い返せずに退いた。

取り巻きたちが横にいた。
それが余計に屈辱だった。
見られていた。
全員に見られながら、逃げた。

フリーダのことは、もう頭になかった。

あの場で何をしていたか、なぜ囲んでいたか、
そういう記憶は既にどこかに消えていた。
都合の悪い記憶を処理することに、
ホバートは長年慣れていた。
自分が何かをした記憶は薄れ、
自分が何かをされた記憶は鮮明になる。
それがホバートという人間の記憶の仕組みだった。

今の彼の記憶の中では、
ルークが突然現れて自分を威圧した、
という出来事だけが残っていた。

許せなかった。

「父上に言う」

独り言のように呟いた。
取り巻きの一人が聞いて、
「それがよろしいかと」と即座に応じた。

ダーウェント子爵。
王都でも一定の影響力を持つ貴族だった。
学院の理事会にも顔が利く。
息子が不当な扱いを受けたと訴えれば、
動いてくれるはずだ。

グレイブヤード伯爵家の三男坊など、
父上が動けばどうにでもなる。

ホバートはそう確信しながら、廊下を歩き続けた。
自分がフリーダを囲んでいたという事実は、
もう完全に消えていた。
逆恨みに自覚はなかった。
彼の中では、自分が被害者だった。

取り巻きたちは何も言わなかった。

言えるはずがなかった。
ホバートの記憶の書き換えに、
異議を唱えることのコストを、
彼らはよく知っていた。

---

## 第二十二章 合流

### 一

グレイの研究室の扉を開けた時、
グレイは机に向かっていた。

複数の紙が広げられていた。
術式の設計図のようなものと、
数式のような記号が交互に並んでいた。
ルークが入ってきた音に気づいて顔を上げた。

「来たか」
グレイは言った。
それからルークの隣にいるフリーダを見た。

「その子は?」

「フリーダ・ラングバルト。Cクラスの生徒です」

グレイの表情が、わずかに動いた。
期待していたものと違った、という顔だった。
ホバートの名前がリストにあることを
ルークも知っていたはずだ。
なぜホバートを連れてこなかったのか、
という疑問が顔に出ていた。

「ホバートではないのか」

「ホバートは別の用事をしていたので」

その言い方の意味をグレイは追求しなかった。
しかし何かを察した顔をした。

「では、なぜこの子を」

ルークはフリーダを見た。
フリーダはグレイを見ていた。
大魔法使いと直接向き合うことへの緊張が、
その表情に出ていた。

「使える魔法の系統を教えてください」
ルークはフリーダに言った。

フリーダは一度だけ息を吸った。
「六系統、全部です」

グレイが固まった。

一秒の沈黙があった。

それからグレイは立ち上がった。
椅子が後ろに引っかかって音を立てた。
机を回った。
フリーダの前まで来た。
フリーダが少し後退りした。

「全系統?木、火、土、水、白、黒、全てか」

「はい」
フリーダの声が少し小さくなった。

「ただ、魔力量が低くて——」

「魔力量は関係ない!」

グレイの声が研究室に響いた。

その後に続いたのは、言葉というより感嘆の息だった。
グレイは両手で顔を覆った。
それから天井を仰いだ。
それからまたフリーダを見た。
目が、かつてルークが
一度も見たことのない種類の輝きを帯びていた。

「六系統全て——それがどれほど稀なことか
——全系統を持つ者が魔力量を上げられれば
——理論上、どの属性の複合魔法も——」

グレイは一人で呟きながら、
研究室の中を歩き回り始めた。

フリーダはその様子を見て、
静かにルークの方に寄ってきた。

「あの方、大丈夫ですか」
と小声で聞いた。

引いていた。
明らかに引いていた。

ルークは、自分の中から笑いが出てくるのを感じた。

久しぶりだった。
声を出して笑うことが。
この転生の生において、
腹の底から可笑しいと思ったことは、
ほとんどなかった。

しかし今は、笑っていた。

「大丈夫です。あの人の普通です」

フリーダはルークが笑っているのを見て、
少し驚いた顔をした。
それから、つられるように、小さく笑った。

グレイがようやく落ち着いた。

「失礼した」
と彼は言った。
声を整えながら。

「私はグレイ・サンダーズ。
この学院で魔法理論と実技を担当している。
君と一緒に研究をさせてもらいたい」

フリーダは少し間を置いてから、頷いた。

---

## 第二十三章 研究

### 一

その日から、放課後の時間が変わった。

グレイの研究室、あるいは校庭の一角
——三人が集まって、研究を進める時間が始まった。

グレイは最初から全力だった。

フリーダが六系統全てを持つと確認した翌日には、
既に実験の計画を三十項目用意していた。
各系統の出力測定、系統間の干渉実験、
複合魔法の試みと失敗の記録、魔力の流れ方の観察
——体系的で、準備が細かかった。

フリーダは最初、そのペースに戸惑っていた。

引っ込み思案だった。
自分から意見を言うことが少なかった。
グレイが質問を向けると、答えるまでに間があった。
その間は、考えているのではなく、
答えていいかどうかを測っているように見えた。

それを見てルークは思った。

この学院で、低位の評価を受けながら
Cクラスに置かれてきた。
自分の能力を示すたびに、
しかしそれは魔力量が低いという理由で
価値を認められなかった。
そういう経験が積み重なれば、
自分の意見を出すことへの躊躇いが生まれる。

グレイはフリーダのペースを理解すると、
質問の仕方を変えた。

答えを求める質問より、試してみることを求めた。

「この魔法を放ってみてくれ」

「この系統の力をどう感じるか教えてくれ」

——フリーダが言葉にしなくていい形で、
情報を引き出していく。
グレイの指導者としての側面が、
ここでも出ていた。

ルークはその様子を観察しながら、
フリーダを注意深く見ていた。

超能力の発現を探っていた。

フリーダが魔法を放つ時、その力の流れ方を観察した。
魔法特有の術式を介した動き方の中に、
別の何かが混じっていないか。
グレイの新しい障壁が誕生した背景に、
ルークとの対話があったように、
フリーダの中にも何か別の原理が
潜んでいるかもしれないという仮説を、
ルークは持っていた。

最初の一週間、変化はなかった。

フリーダの六系統の魔法は
それぞれ確かに機能していたが、出力が揃って低かった。

どの系統も、同世代の生徒たちの
下位に位置する出力しか出なかった。
複合魔法の試みは、系統の切り替えの際に
干渉が起きて、うまく統合できなかった。

グレイは落胆しなかった。

「魔力量が足りない。基礎から上げよう」

そう言って、魔力量増加の訓練を追加した。

---

### 二

グレイが開発した魔力量増加の訓練法は、
一般に知られているものとは異なっていた。

通常の訓練は、魔力を使い切ることで
器を広げようとする。
限界まで消費して、回復させて、また消費する。
その繰り返しで、少しずつ容量が増えるとされていた。
しかし増え方は緩やかで、
多くの者は生涯で評価が変わることはなかった。

グレイの方法は違った。

魔力を使い切るのではなく、
魔力の流れ方そのものを変えることに着目していた。
体内における魔力の循環経路を、
意識的に拡張する訓練だった。
川の流れを広げるように、
魔力が通る道を少しずつ太くしていく。
消費と回復のサイクルではなく、
構造そのものを変える。

アクアがこの訓練で二ランク上昇したのは、
彼女がその方法に特別な適性を持っていたからだった。
全員に同じ効果が出るわけではない。
グレイはそれを知っていた。

フリーダへの適用は、最初は慎重に行った。

三日目に、変化が出た。

測定値が上がっていた。
わずかだったが、確かに上がっていた。
グレイは数値を見て、計測をやり直した。
同じ結果だった。

「上昇率が高い」
グレイはルークに言った。

「他の生徒への適用と比べて、明らかに高い。
フリーダ、この訓練をしている時、
体の中でどういう感覚があるか」

フリーダは少し考えた。

「水路が広がっていく感じ、です。
ただ、一本ではなくて
——六本が同時に広がっていく感覚があります」

グレイとルークは目を見合わせた。

六系統全てを持つことで、
魔力の循環経路が六つ存在する。
その全てが同時に拡張されていれば、
上昇率が他より高いことの説明がつく。

訓練は続いた。

一週間、二週間。
フリーダの魔力量は着実に上がっていった。
他の生徒では数ヶ月かかる上昇を、
フリーダは数週間で達成した。

一ヶ月が過ぎた頃、測定値が切り替わった。

低位から、標準へ。

グレイは数値を確認して、静かに目を閉じた。
この変化がどれほど稀なことか、誰より知っていた。
魔力量が一ランク上がること自体、
ほとんどの者には一生起きない。

「複合魔法を試してみよう」
グレイは言った。

フリーダが頷いた。

校庭に出た。
グレイが指示する組み合わせを、フリーダが試みた。
最初は失敗していた系統の切り替えが、
魔力量の向上によって、少しずつ安定し始めた。
火と水の複合。
土と木の複合。
それぞれが干渉を起こさずに
共存する瞬間が、出てきた。

その瞬間、フリーダの顔が変わった。

うまくいった、という実感が、表情に出た。
抑えようとして、抑えきれなかった。
それからフリーダは振り返った。

ルークを見た。

ルークが見ていた。

フリーダは二歩、三歩と駆けて、
そのままルークに抱きついた。

ルークは固まった。

それは予測していない動作だった。
フリーダが引っ込み思案であることを知っていたから、
なおさら予測していなかった。
フリーダの喜びが、
普段の慎重さを超えた瞬間だった。

ルークの頬が、また熱くなった。

その瞬間、別の音がした。

何かが弾かれる音だった。

二人が同時に音の方向を見た。

グレイが、数メートル後方に吹き飛んでいた。
地面に手をついて、体を支えていた。
その顔に、困惑と驚愕が同時に浮かんでいた。

「今、何が——」

グレイは自分が飛ばされた方向から、フリーダを見た。
フリーダはルークに抱きついたまま、
目を丸くしてグレイを見ていた。

ルークはグレイが飛ばされた瞬間に、
何が起きたかを既に把握していた。

バリアだった。

フリーダから発生したバリアが、グレイを弾き飛ばした。

魔法障壁ではなかった。
グレイが開発した新しい障壁でもなかった。
ルークが持っているものと、
同じ原理の何かが、フリーダの内側から出てきた。

「フリーダ」ルークは言った。

「今、自分で何をしたか、わかりますか」

フリーダはルークから離れた。
頬が赤かった。それから、自分の手を見た。

「わかりません。何かを、したんですか?」

グレイが立ち上がって近づいてきた。

「もう一度やってみてくれ。
私が近づく。同じことが起きるか確認したい」

フリーダは頷いた。

グレイがゆっくりと近づいた。
今度は観察しながら。

三歩目で、何かが起きた。

グレイの体に、外側から圧力がかかった。
前に進めなくなった。
押し返されているわけではなかった。
ただ、それ以上近づくことができなかった。

「これは」
グレイは立ち止まったまま言った。

「魔法ではない」

「はい」
ルークは言った。

グレイはフリーダを見た。

「意識してやっているか」

「いいえ」
フリーダは首を振った。

「全く」

グレイはその場に立ったまま、
しばらく何も言わなかった。
頭の中で何かが急速に動いているのが、
外から見てもわかった。

それからグレイは、一つずつ実験を試みた。

フリーダに様々な刺激を与えた。
驚かせた。
急に大きな音を立てた。
後ろから近づいた。
悪意を込めた魔法を小さく放った。

結果は一貫していた。

フリーダに何らかの脅威が向かう瞬間、
あるいはフリーダ自身が強い感情を持った瞬間に、
あの力が出た。
バリアが、フリーダの周囲に現れた。

ルークはその全てを、注意深く観察していた。

フリーダのバリアは、ルークのものより遥かに弱かった。

グレイを弾き飛ばせたのは、
グレイが無防備だったからだ。
本格的な攻撃には耐えられないだろう。
しかし、原理は同じだった。

同じ原理が、別の人間から出ていた。

この世界に、超能力を持つ者がいた。

ルークはその事実を確認した瞬間、
自分でも予想していなかった感情が来た。
驚きだった。
純粋な驚きだった。
前世も含めて、これほど驚いたことが、
ルークにはあまりなかった。

「ルーク君」
グレイの声がした。

振り向くと、グレイが目を赤くしていた。

泣いていた。

大魔法使いが、校庭の真ん中で、
声を殺して泣いていた。

「これは——これは、魔法の新しい地平だ。
魔法と、別の力が、同じ人間の中に共存している。
これが本当なら——魔法の可能性は、
私が考えていたものより、遥かに広い——」

声が途切れた。

ルークはグレイを見た。

この男がここまで感情を露わにするのを、初めて見た。
一週間の検証の後でも、新しい障壁が完成した時でも、
グレイは喜びを抑制していた。しかし今は違った。

フリーダがルークを見た。
少し困った顔をしていた。

「あの方、本当に大丈夫ですか」

ルークは少し考えた。

「大丈夫です。あの人の、特別な普通です」

フリーダは少し間を置いてから、小さく笑った。

校庭に、夕方の光が伸びていた。