第三百二十六弾「異能の転生者」

第三百二十七弾「異能の転生者 その2」

第三百二十八弾「異能の転生者 その3」

第三百二十九弾「異能の転生者 その4」

第三百三十弾「異能の転生者 その5」

第三百三十一弾「異能の転生者 その6」

第三百三十ニ弾「異能の転生者 その7」

第三百三十三弾「異能の転生者 その8」

第三百三十四弾「異能の転生者 その9」

第三百三十五弾「異能の転生者 その10」

第三百三十六弾「異能の転生者 その11」

の続きです

 

 

# 異能の転生者

## 第三十三章 審判

### 一

真夜中の王都は静かだった。

石畳の通りに人影はなく、
建物の窓に灯る明かりも少なかった。
風が低く吹いて、街路樹の葉を揺らした。
どこかで夜番の衛兵が歩く足音がして、
それが遠ざかっていった。

その静寂の中に、ルークは立っていた。

ダーウェント子爵家の正門の前だった。

誰にも見えなかった。
隠蔽は完全だった。
光を屈折させ、音を吸収し、
存在を示すあらゆる情報を遮断していた。
衛兵が三メートル先を歩いても、
気づかなかった。
気づけるはずがなかった。

ルークは屋敷を見た。

三階建ての石造りの建物だった。
子爵家として相応の規模だった。
正門から続くアプローチに手入れされた植木が並び、
屋敷の外壁に松明が等間隔に灯されていた。
警備の騎士が二名、正門の左右に立っていた。

ルークは正門に向かって歩いた。

騎士たちは気づかなかった。

扉に触れた。
触れた部分から、分子の配列を一時的に組み替えた。
固体が、ルークの体に対してだけ、その性質を失った。
扉をすり抜けた。

屋敷の内部に入った瞬間、ルークは意識を広げた。

家全体の構造を把握した。
壁の厚さ、部屋の配置、人間の位置
——全てが、ルークの認識の中に地図として描かれた。
使用人が七名。
警備の者が屋内に四名。
家族は三名
——子爵、子爵夫人、そしてホバート。

それから、ルークは家全体を封じた。

次元境界を、屋敷全体を包む形で展開した。
外側の世界と、この屋敷の内側を、完全に切り離した。
扉は開かなくなった。
窓は外に繋がらなくなった。
どれほどの力で叩いても、
壁は外部に振動を伝えなくなった。

音が、屋敷の外に漏れることは、もうなかった。

この家の中で何が起きても、外の世界には届かない。

ルークはその静寂を確認した。

それから、ホバートの自室に向けて意識を向けた。
遠隔探査が、部屋の詳細を映し出した。
ベッドに横たわっているホバートの姿。
眠っていた。
規則的な呼吸をしていた。

今夜の恐怖を、まだ知らない顔で。

---

### 二

瞬間移動は音を立てなかった。

一瞬前まで廊下にいたルークが、
次の瞬間にはホバートの自室の中央に立っていた。
空間の移動に、過程は存在しなかった。

ホバートが目を開けた。

寝返りを打とうとした瞬間に、
視界にルークが入った。

反応は、一瞬遅れて来た。

脳が状況を処理するより先に、体が動こうとした。
ベッドから飛び起きようとした。
叫ぼうとした。

声は出なかった。

ルークが部屋を無音空間にしていた。
空気の振動が、音として伝播することを止めていた。
どれほど声帯を震わせても、音にならなかった。

ホバートは口を開けたまま、
声にならない何かを出し続けた。

目が大きく開いていた。
白目の部分が増えていた。
ルークを見ていた。
なぜここにいるのかを理解しようとして、
理解できないでいた。

ルークはホバートを見た。

この少年が何をしたか。
フリーダを囲んで虐めていた。
父親に嘘をついてラングバルト家を陥れた。
グレイへの噂を広め、学院内に混乱を作った。
そして最終的に、
その嘘がラングバルト男爵の死に繋がった。

直接手を下したわけではない。

しかし、その連鎖の最初の石を置いたのは、
この少年だった。

ルークは右手をわずかに動かした。

音は出なかった。

ホバートの両腕と両脚が、肩と股関節から切り離された。

ベッドの上に、四つの衝撃が伝わった。
ホバートの顔が、苦痛の形に変わった。
全身の筋肉が硬直した。
口が開いたまま固まった。
声にならない絶叫が、無音の部屋に満ちた。

ルークはそれを見ていた。

感情的な満足はなかった。
これは罰ではなかった。
情報を得るための手順の一つでもあった。
しかし同時に、結果への対処だった。
降りかかった炎の、その源に対する返答だった。

ホバートの意識が残っていることを確認した。

それから、首を切断した。

一瞬だった。
苦しむ時間はなかった。
ホバートの頭が、ルークの手の中に収まった。
体はベッドの上に残った。
断面から血は出ていなかった。
ルークが処理していた。

ルークはホバートの頭を持って、部屋を出た。

---

## 第三十四章 子爵

### 一

ダーウェント子爵の寝室は、屋敷の最奥にあった。

厚い扉だった。
内側から鍵がかかっていた。
しかしルークにとって、
それは扉がないことと同じだった。

瞬間移動で、部屋の中に現れた。

子爵は眠っていた。

五十代の男だった。
顔に権威の跡があった。
長年、人の上に立ってきた者の顔だった。
眠っている今は、その権威が薄れて、
ただの中年男の顔になっていた。

ルークが現れた気配に、子爵が目を開いた。

天井を見ていた視線が、横に動いた。
部屋の中央に立つルークを捉えた。

反応はホバートと同じだった。

飛び起きようとした。
叫ぼうとした。
声は出なかった。
体が動こうとしたが、
ルークが重力操作で子爵をベッドに縫い付けていた。
起き上がることができなかった。

目だけが動いていた。

恐怖で、視点が定まらなかった。

ルークを見て、部屋の扉を見て、

また窓を見た。逃げ道を探していた。

やはり親子だな、とルークは思った。

パニックに陥った時の反応が、ホバートと同じだった。
叫ぼうとして、逃げようとして、
それが全てできないと理解した時に固まる。
同じ血が、同じ反応を作っていた。

ルークは手の中にあるものを、
子爵に向かって投げた。

ホバートの頭だった。

子爵の両手が、反射的に動いた。
受け取った。
自分の両手に収まったものが何であるかを、
指先の感触と視覚が同時に伝えた。

理解した瞬間の子爵の顔を、ルークは観察した。

人間が極限の恐怖に達した時、表情は単純になる。
複雑な感情が消えて、ただ一つの感情だけが残る。

子爵の顔には、恐怖だけがあった。

思念通話を開いた。

声を使わず、意識と意識を直接繋ぐ。
この世界に存在しない技術だった。
相手の頭の中に、言葉が直接届く。

『それがあなたたちの、
自分本位な行動の結果です』

子爵の体が、ベッドの上で震えた。
頭の中に声が響いたことへの驚愕と、
手の中にあるものへの恐怖が、
同時に子爵を揺さぶっていた。

『あなたも同じようになりたいですか』

子爵は首を振った。
横に、激しく、何度も。

ルークは一呼吸置いた。

『ラングバルト男爵を暗殺させたのは誰ですか』

子爵の動きが止まった。

首を振ることも、頷くことも、しなかった。
ただ、固まった。

ルークはその変化を読んだ。

恐怖よりも強い何かが、子爵の中にあった。
それが口を閉じさせていた。
この問いに答えることへの恐れが、
目の前の恐怖を上回っていた。
それほどの存在が、背後にいるということだった。

子爵は口を開かなかった。

ルークは右手をわずかに動かした。

子爵の左脚が、膝から切り離された。

子爵の口が開いた。
声は出なかった。
しかし体全体が、苦痛の形に曲がった。

『答えるまでこれを続けます』
ルークは思念通話で言った。

『答えますか。それともこの世から退場しますか』

子爵は歯を食いしばっていた。

言えない、という意志が、その顔に出ていた。
この問いに答えることが、
自分の死より怖い何かに繋がっていることを、
子爵は知っていた。
だから言えなかった。
言えば、別の方向から死が来る。
そういう計算が、極限の恐怖の中でも動いていた。

しかし、思考は別だった。

口は閉じることができる。
しかし頭の中の言葉は、止めることができない。
恐怖に晒された人間の思考は、抑制を失う。

子爵の頭の中で、言葉が動いていた。

第一王子の命令だ。
第一王子に逆らえば、自分の家が終わる。
だから言えない。言えるはずがない。
しかしなぜこの少年は
——なぜここまで知っている
——何者なのだ——

ルークはその思考の流れを、静かに読んだ。

『第一王子の命令ですか』

子爵の目が、大きく開いた。

口を開いていなかった。
何も言っていなかった。
それなのに、目の前の少年は知っていた。
なぜ——どうやって——

その困惑が、答えの代わりになった。

ルークは子爵の脚を元に戻した。
骨と肉が繋がる感覚を、
子爵は茫然とした顔で感じていた。
痛みが引いていくことへの安堵と、
自分の体が戻ったことへの混乱が、
同時に子爵の顔に出た。

ルークはホバートの元に戻った。

切り離した四肢を、元通りに繋いだ。
頭を、首の上に戻した。
骨と肉と神経が、正確に組み直された。
外傷が消えた。

ホバートの目が、戻ってきた。

意識が戻る瞬間の顔があった。
混乱、それから記憶が戻る感覚、
それからまた恐怖。

ルークはホバートを見た。

この少年には、
今夜のことを覚えていてもらう必要があった。
忘れさせることは簡単だった。
しかし、忘れれば同じことを繰り返す。
この恐怖が記憶に残ることで、初めて意味を持つ。

ルークは何もしなかった。

ただ、今夜の記憶を、消さなかった。
それだけだった。

ホバートの顔に、恐怖が張り付いたまま残っていた。

ルークは子爵の寝室に戻った。
子爵も同じ状態だった。
手の中にあったものが消えていた。
脚が戻っていた。
しかし顔には、今夜経験したことが刻まれていた。

それで十分だった。

次元境界を解いた。

屋敷が、外の世界と繋がった。
夜の空気が、どこかから入ってくる感覚があった。

ルークは屋敷を出た。

---

## 第三十五章 王城へ

### 一

王都の夜空に、星が出ていた。

ルークは屋敷の外に立って、少しだけ空を見た。

第一王子。

ダーウェント子爵が言えないほどの存在。
ラングバルト男爵の暗殺を命じた者。
レイスナー第二王子との因縁がある中で、
今度は第一王子が関わっていた。

王国の権力の中枢が、この問題の根にあった。

ルークはそれを確認した上で、判断した。

根を断たなければ終わらない。
ダーウェント子爵を脅かしても、
その上に第一王子がいる限り、別の手が来る。
別の者を使って、別の方法で、
フリーダを狙い続けるだろう。

ならば、第一王子に直接向かう必要があった。

王城の方向を見た。

王都の中心部に、夜の闇の中でも城の輪郭が見えた。
高い塔が、星空を背景にして立っていた。

王城への侵入は、学院への侵入より複雑だった。
警備の数が違う。魔法による結界が重なっている。
不審者を感知するための術式が
各所に張り巡らされている。

しかしルークにとって、
それは難易度の問題ではなかった。

ルークは隠蔽を完全にしたまま、
王都の夜の中を歩き始めた。

石畳を踏む音もなかった。影も落とさなかった。

ただ、王城に向かって、静かに動いていた。