この漫画、切ない。切なすぎる。
タッチ以降、あだち充漫画を読んでなかったので、まとめて大人買いして一気に読んだのだけれども、適当な順番で読んだら、H2が最後になった。
ラフ、KATSU!、クロスゲーム等、青春ラブコメものは安定して、ラストは主人公とヒロインがうまくいってたので、もう「あだち充漫画」はそういうものとして読んでいたから、余計に反動が。
まず、主人公は誰か?という点を再確認しておきますが、比呂(ヒーロー)、英雄(ヒーロー)でH2なわけですが、どうみても、主人公は比呂。これは描かれるシーンの量。物語の軸になっている人。
内面の描写(心の声・モノローグやセリフなしの表情のコマ)からして、間違いなく比呂。
ヒロインはやはり、ひかり。春華も重要なキャラだが、「みゆき」での鹿島みゆきに該当するキャラ。
(ちなみに、ひかりと春華でもH2になる。というか皆H。)
そもそもストーリーの最初から、ヒロインには彼氏が居て、その彼氏は主人公の親友というこれまでにない設定。
ん?近いものはあるか。少女漫画の分類にはなるけど、「日当たり良好」のかすみには許嫁に近い克彦さんがいたし、「ラフ」でも許嫁がいた。「みゆき」もとりあえず真人は鹿島みゆきと付き合ってるし。


で、まず切ないのは主人公の思春期が遅く、女性を意識し始めた中二の時にはすでに幼なじみのヒロインを親友に紹介して、カップルになっていて、女性への意識の目覚めと同時に失恋を経験するという悲しさ。
それでも、ヒロインは幼なじみ以上の感情を抱いてくれているようであり、ヒロインが思春期になった時にはまだ主人公がガキっぽく、背も低く、恋愛対象として見てなかったが、その後、ひとりの男として意識しているように描かれているので、逆転ハッピーエンドなんかなぁ、と思いながら読んでいた。


そして、グンと話は飛んで、終盤、高3の夏、甲子園出場の予選前、ひかりの母が亡くなり、比呂、ひかり、共に悲しみを心の奥へ押し込み、また野球への日常に戻ろうとするときに、何気なくひかりは比呂を映画に誘う。あくまでもさりげなく、時間が空いてるなら。。。という感じで。
そして、比呂も何気なく誘いに乗り、映画を観て、そのあと特にセリフもなく、デパートでウィンドウショッピングしているような淡々としたコマがあり、公園でくつろいだところで、比呂が「ボチボチ合宿所に行かなきゃ」ということで、別れることになる。
ひかりはその時、無言で比呂の頬にキスをし、(口にしているようにも見える)
「比呂と幼なじみでよかった。」「さようなら。」
と言って去っていく。「さようなら。」のコマではうっすらと涙が描かれている。
ここを読んで、「うわぁぁぁ」ってなりました。これ、もう、ラストで結ばれることないじゃん!
明らかにデート的な行動をして、別れ際に「じゃあね」や「バイバイ」ではなく、「さようなら。」
ひかり、気持ちにけじめを付けてるのは明らか。
ここから読むのが辛くなった。


その後、両者甲子園出場が決まり、甲子園での比呂と英雄の対決を前にして、英雄はひかりに、対決の後、俺か比呂か選ぶ機会を与えると告げる。
もちろん、このことは比呂へは内緒のはずだったが、バレてしまう。


ここから切なさが加速。
二人の目標で楽しみでもあった甲子園での対決の試合。比呂にとっては気持ちにけじめを付けて、幼なじみへの恋へ終止符を打つ、2回目の失恋をするための試合になってしまったから。
「さようなら。」の時に自分へ傾くことはないと気付いたと思うから。
対決の結果で選ばせると英雄は言っていても、結果に関係なく比呂を選ぶことはないと思ったはず。
切なくて苦しい試合が始まる。
この試合が幼なじみへの恋へ終止符を打つ切ない試合であることを作者も明確に描いている。
比呂は野球が好きで、試合を楽しむ性格であるというこれまでの描写。
それが、とにかく必至で勝とうと苦しそうに野球をしている。
英雄との勝負も第一打席、隠し持っていた高速スライダーで抑え、第二打席は前の攻撃でランナーとして走り回った比呂に呼吸を落ち着かせる時間を与えるためバッターズサークルで靴紐を結ぶふりまでした英雄に対し、意表をつく連続三球スローボールで三振、第三打席はスライダー、フォーク、スローカーブで打ち取る。
もちろん、全球ストレート勝負なんて、ピッチャーに不利すぎるが、二人が望んだ甲子園対決、野球が大好きな比呂。そんな彼なら四球覚悟のコースを突いたストレートを織り交ぜるなど、もう少し、自分にとって気持ちのいい勝負の方法もあるはず。そもそも第三打席は7回2-0の先頭バッターであり、ホームラン1本出ても1点リードの状況でさえ真っ向勝負を避けている。
そして、英雄との勝負、第四打席目。最大の切なさを感じるシーン。
9回裏2-0で比呂の千川高校がリード、ツーアウトで英雄との対決。抑えれば勝ちで英雄との最後の勝負になるであろう場面。
ようやく比呂は真っ向勝負に挑む。渾身のストレートを投げていく。一球目は高く外れるボール。
肩慣らしと思える投球。2球目のストレートを英雄はフルスィングでファウルチップ。
3球目、心の中で「真っ向勝負なんて言葉は…打者にとって都合のいい…きれいごとだぜ!」と言いつつもストレート。バットの真芯で捉える英雄。大きな当たりはホームランかと思えたが、上空の風により、ポール直前でわずかに切れてファウルの判定。
風になびく甲子園の旗の描写。しかし、すぐ後のコマで旗は垂れ下がり、風は一時的なものであったことが分かる。
運良くホームランを免れた比呂。そして心のセリフ・モノローグで、
「ちくしょう……どうしてもおれに勝てって……か。」
野球を楽しむことさえ捨てて泥臭く勝ちに徹していた比呂が内心勝ちたくないと思っている。
これは、試合後の英雄とひかりのやりとりでも分かるが、比呂は勝っても負けてもひかりが自分に傾くことはないと思っているが、自分が勝つことでひかりの英雄への気持ちがより強いものになると確信している。
ひかりは何度か「負けるヒデちゃんは想像できないなぁ」と呟いているし、英雄はしっかり者で、スキがなく、自分が必要なのかを少し疑問に思っている。逆に幼なじみの比呂に対しては何かと世話を焼いている。
万が一、比呂が負けた場合に期待していることがあるとしたら、ひかりが同情から今までのように比呂を気にかけ、曖昧な関係が続くかもしれないということぐらい。
それはそれで、比呂は納得しないだろう。
そういうことを踏まえて、負ける英雄を見せて、英雄だって完璧な人間ではない。ひかりが必要ということを見せつける。そうすることによって自分の初恋に終止符を打つ。そういう思いで勝負に挑んでいる。
切ない。

そして、最後の勝負は

・英雄との勝負の配球は捕手の野田から比呂に任せると言われていた。
・ロージンバッグを三回放り上げ、捕手の野田に高速スライダーを投げる合図をする。
・英雄のストレートが来ると信じきった顔を見つつ「そのバカ正直さにひかりはホレたんだ」と内心で呟く。
・投げるフォームは高速スライダーのものになる。
・しかし結果はど真ん中のストレートで英雄を三振にとる。
・喜ぶ千川ナインの中で比呂の頬を伝う一筋の涙。

そして、比呂と捕手の野田との会話

野田「スライダーのサインだったぞ。」
比呂「曲がらなかったんだよ。」
比呂「お前こそなぜミットを動かさなかった?」
野田「…たぶん。曲がらねえような気がしてたんだよ。」
比呂「あんな球…二度と投げられねえよ。」
野田「投げさせられたんだよ。だれかに…な。」

ここは、読者に本当はどうだったのか解釈を委ねている。いくつかの捉え方があるが、どう捉えても話の結末には直接関係がないから、作者もこういう余韻を持たせたのだろう。
なのに邪推ながら捉え方をいくつか挙げてみると、
まず、前提として上記に書いたような理由でズルくても勝つことに拘っている比呂は高速スライダーを選ぶ。

1.本当に高速スライダーを投げたが、偶然曲がらなかった。
2.高速スライダーを投げようと思っていたが、投げる瞬間、英雄との目標、楽しみであった甲子園での対決、真っ向勝負すべきという思いが交錯し、半無意識にストレートを投げた。

といったところか。
野田の「投げさせられたんだよ。だれかに…な。」の「だれか」とは、ひかりであり、英雄であり、春華であり、皆の気持ちを察している野田であり、比呂自身であろう。亡くなったひかりの母かもしれない。「だれか」は重要ではなく、このまま曖昧な関係を続けてしまったら、後で皆が余計に辛い思いをすることになるであろうから、運命だったんだということだろう。

試合後、観覧席でひかりはボロボロと涙を流していて、きっとひかりも比呂への幼なじみ以上の気持ちに終止符が打たれたことに涙していたのだと思うが、それに加えて、比呂のこの試合の中での心情も出来る限り伝わっていて欲しいと切に思う。

最後の救いは春華がいること。春華は春華でずっともどかしくも真っ直ぐに比呂のことを思い続けていたのだから、これはこれで切ない。
しかし、そんな春華へ惹かれている自分に気付いたからこそ、比呂もひかりへの思いを断ち切ろうと決心できたんだろうから、比呂と春華の幸せを願わずにはいられない。


2014/8/2追記

ひかりに比呂のこの試合の中での心情もできる限り伝わっていて欲しいと思う。
と書いたが、伝わっていたと思う。

まず、試合後、比呂の表情ではなく試合後の甲子園の描写が続くコマで比呂のモノローグがある。
「その涙が……決して勝利の涙ではないことをおれは知っていた。-そして、たぶん、もう一人……」

その後、試合後の夕方、ひかりと英雄のやりとりが描かれている。

ひかり「いつもカギを閉めてるものね。ヒデちゃんのその部分にわたしの居場所があるんだって。-だから、なるべくドアは開けておくようにって。」
英雄 「比呂がそういったのか?」
ひかり「ううん。比呂はヒデちゃんを三振に奪っただけよ。」

「三振に奪っただけよ。」と言っているが、「あるんだって。」「おくようにって。」という言葉尻、自分で考えたにしては、客観的で的確な内容。
ひかり自身の言葉とは思えない。試合前(がんばれ。負けるな。を言ってくれるようお願いし、泣かせてしまった後?)に比呂が言った言葉と捉えて間違いないだろう。
だからこそ、ひかりは試合後、あれほどボロボロと涙を流し、比呂もひかりが泣いているであろうと想像できたのだ。
(2016/1/30追記:ここの解釈についてコメントにご指摘を頂きました。ご参考ください)

あだち充漫画では、主人公やヒロインにストレートなセリフを言わせず、意味深なセリフや表情、行動のエピソードを重ねて描いて読者に真意を想像させる、というシーンは多い。
けれど、H2以外の作品では作者の親切心からか、とても分かり易く描かれている。一人のセリフや表情だけでは分からなくても、周りの何人かとのやりとりを辿ればちゃんと理解できるように描かれている。
しかし、H2は結構、意図してその親切心を抑えているように思う。読者の想像に任せるように。
ネットでもH2の結末は、もやもやする、分かり難いといった感想をチラホラ見かける。
これは、上記に書いた作者の意図によるものだと思う。この点でもあだち充作品の中では少し異質な作品だと思うし、筆者には印象に残る作品だった。

2016/1/31追記

ひかりの
「いつもカギを閉めてるものね。ヒデちゃんのその部分にわたしの居場所があるんだって。-だから、なるべくドアは開けておくようにって。」
という言葉は比呂が言ったものではないと思うとコメント欄にご指摘をいただき、最終巻を読みなおしてみた。

確かに比呂は直接そんなことを言ってないような気もした。
ひかりが大事な会話の中で嘘をつくような人柄ではない気がする。。。
だから「ううん。」という否定はそのままの意味であるが、「三振に奪っただけよ。」の「だけ」は逆説的であり、「だけ」ではなく、三振に奪る、勝負に勝つ、この試合に対する姿勢には意味があり、それを感じ取って比呂から教えられたから「あるんだって。」「おくようにって。」という言い回しになったとも考えられる。
(ここが解釈としては微妙で難しい。「ううん」と言いつつ「奪っただけ」という部分については逆説的で嘘というほどではないが、遠回しな言い方をしているわけで、すると「ううん」もどうなのか?とも思えてくる。。。例えば結構昔に比呂が英雄のことをそのように評していて、ひかりは試合を観て思い出し改めて気付かされたとか。。。)

自分は試合前日に比呂がひかりと会い、ひかりを泣かせてしまったあと、フェードアウト的な描写で次には二人共宿舎に戻っている描写に飛んでいたので、何かしら会話があっただろうと想像した。
例えば、ひかりが英雄が自分を本当に必要としているのか分からないといった日頃の疑問を口にし、比呂がそれに答えるかたちで上記のようなことを言ったのではないかと想像した。
けれども、もし比呂がそんなことを直接言ったとしたならば、ひかりがこの試合を観る意味が薄れてしまうと感じた。言葉ではなく試合から感じとったと捉えた方が二人の関係性もより深いものに感じる。
ちなみに、泣かせた後に何も会話がないとも思えないので自分は、背を向けながら
「まぁ明日の試合みてな。負ける英雄を見せてやるよ。」と冗談っぽく言いながら去る比呂を想像した。

第四打席の前に新聞記者の叔父にひかりは
「なんのためにここまでの三打席ガマンしてきたと思うの。比呂らしくないピッチングで…」
「勝負は一打席、最初で最後の真っ向勝負…残った力を振り絞って、今までで一番速い球を投げてくる。」
「――と、ヒデちゃんは信じてるわ。」
と語る。「なんのためにガマンしてきたと思うの、二人とも…」ではなく比呂に焦点が当たっている。英雄の部分は付け足した感じだ。このセリフからもひかりがこの試合で比呂の心情を読み取っていることが分かる。
この後、叔父からの雨宮ひかりはこの勝負どうなると思うかという趣旨の質問に
「やっぱり…想像できないなァ、負けたヒデちゃんは…」
とつぶやいてる。「やっぱり」がついているので上記のような比呂のセリフを想像したわけだ。

「ううん。比呂はヒデちゃんを三振に奪っただけよ。」のセリフに戻るが、このあと英雄は試合前に準備で両校がグラウンドに交じる中で比呂が野田に言うフリをしながら英雄に聞こえるように言った
「知ってるか?おれはひかりのことが大好きなんだぜ。」
を思い出しつつ
「おれは…何もわかってなかったのか…」
と言い、英雄も比呂の心情を察する。「三振に奪っただけよ」という言葉だけで伝わるのは、比呂、ひかり、英雄の関係性によるものだ。
そもそも普段の英雄なら試合中に察しただろうが「ひかりのことが大好きなんだぜ」という言葉で冷静さを失っていたのだろう。ひかりのこととなると周りが見えなくなる英雄だから。
「知ってるか?おれはひかりのことが大好きなんだぜ。」
という言葉は比呂の決意表明だ。大好きだからこそ英雄に託す。その思いをこの試合に込めるという。。。もちろん比呂も聖人君子ではないから挑発的な感情もこもっているが。

また長々と書いてしまいましたが、あくまでも解釈のひとつであり、いろいろと想像できる漫画ですので、昔読んだ方も読み返して楽しんでみてください。