【ネタバレを含みます】

 

映画「エスター」を観た。

久しぶりにゾクゾクさせていただきました。

 

ブログのタイトルに付けた「古典的演出による現代的ホラー」というのを解説していきたいと思います。

 

古典的演出というのは、ホラー映画の「来るぞ、来るぞ」、「もしかして?…」とドキドキさせる演出で、例えば最初にエスターが起こす事件、同級生の女の子を公園で突き落とす前のシーン。

同級生の女の子はエスターを探して公園の木で作られた大きめのすべり台を備えたアスレチックジムを進んでいくのですが、階段を上りきるところとかでゆっくりと進ませて、何かが起こりそうなBGMをつけて、「エスターが突然現れるのか?」とドキドキさせる。息をひそめて更に探し、BGMが無音になったところで突然ドアから男の子たちが笑いながら現れる。急に音がするからビクッとする。

これはホラー映画のものすごく古典的演出。

カメラアングルなんかでもドキドキさせる。固定カメラのアングルで母親が冷蔵庫のドアを開ける。冷蔵庫に近いアングルなので画面はドアで覆われて後ろが見えなくなる。開ける前は後ろの廊下に誰も居なかったが、閉めたときに廊下にエスターが立ってるのでは?と思わせる。

このあたりになるとホラー映画をほとんど観たことのない人は何も思わないかもしれない。けれどそこそこホラー映画を観てる人は「あー来るかも」と思ってしまう演出。

こういう古典的演出が序盤にすごく出てくる。けれど8割ぐらい何も起こらない。「来るのか?来るのか?」と思わせて肩透かしを食らう。「なんだよ、来ないのかよ」と苦笑いしながらも単純にドキドキしてしまう。

 

次に現代的ホラーというのは、このエスターという子の正体がひと昔前なら「悪魔か何かに取り憑かれた子供」「復讐のために生まれ変わった子供」とかのようなオカルト的な存在というパターンだった。それが生まれつきのホルモン異常で見た目が老けない33歳の女性という正体。

「13日の金曜日」のジェイソン、「エルム街の悪夢」のフレディ、「オーメン」のダミアンといった殺人鬼、怪人、悪魔などによるホラーブームのあと、「羊たちの沈黙」のようなサイコサスペンス、サイコスリラー、と呼ばれるようなジャンルが流行った。

もの凄くざっくりと言ってしまうと「精神異常者」がもたらす恐怖。

そういう映画や漫画や小説が増えてサイコパスという言葉も一般化した。

現実世界でも理解し難い動機による殺人や事件が増えていった。

そして精神的疾患、障害についての知識が昔よりも広まった。

知識といえるほど理解できているわけではないけれど、うつ病やパニック障害なんかは職場や知人などで患った方を知っているという人は増えたであろう。知人でなくとも著名人のカミングアウトもある。

この映画の中にもそういう現状がよく分かるシーンがある。エスターの異様さに気付いて「境界性人格障害」「反社会性人格障害」などの障害名を母親がネットで検索するシーン。現在の我々はそういう言葉を耳にする程度かもしれないが知っている。昔ならこんなシーンが出てきたら、「この人はそういう分野に詳しい人?」としか思えなかった。それが違和感なく受け入れられる。そういう現状。

(今の若い人は知らないかもしれないけど、昔は精神的な病は何でも「ノイローゼ」という言葉で片付けていたんですよ…)

そういう現代だからこそのホラー映画、という意味で「現代的ホラー」と題してみたわけです。

 

サイコサスペンス、サイコスリラー映画がたくさん作られたことで、そして現実世界で理解しがたい動機による殺人が増えたことによって、怪物や悪魔や呪いのようなオカルトよりも、人間そのもののほうが実は恐いということを知っているからこそのホラー映画。サイコサスペンスと古典的ホラーの融合。

裏を返すとエスターの正体がオカルト的なものでないからこそ、オカルトホラーの古典的演出を繰り返してミスリードを誘ったとも考えられる。

 

観客を惹きつける脚本も見事で、耳が不自由なマックスちゃんの唇を読む能力を利用するエスターに怒りを覚えるし、母親がアルコール依存症であった過去から夫にエスターの異様さを訴えかけても信じてもらえないことにイライラする。これもアルコール依存症の怖さや完全に絶ち切るのが非常に難しいことをテレビなどのドキュメンタリーで取り上げられて昔より知識が広まってるからこそで、夫の対応も理解できるから、もどかしい。

脚本家は心理学を学んでるの?と思うぐらい観てる人の心理をチクチクと攻撃してくる展開。

 

そして殺人に快楽を感じる快楽殺人者ではなく、夫を寝取るための33歳の欲情が動機というのが恐ろしい!!

序盤キッチンでの夫婦のSEXを目撃するエスター。

「うーん、このシーン必要かなー?」って正直思った。ホラー映画にお色気シーンはつきものだったりするけど、人妻だしな…と…

それがエスターが化粧して夫に迫るシーンでなんとなくエスターの目的、正体が分かり始めて「あのシーンはそういうことか!」って寒気がしました…

 

しかし、怪物や悪魔でなく人間が恐い「現代的ホラー」なんて言いましたけど、アルフレッド・ヒッチコックが1960年に「サイコ」で精神異常者がもたらす恐怖を描いてるんですよね…母親との多重人格というビリー・ミリガンで広まった解離性同一障害までも扱って…すごい…