東北へのまなざし 1930-1945
2022年4月9日(土)~5月15日(日) 岩手県立美術館
2022年6月4日(土)~7月10日(日) 福島県立美術館
2022年7月23日(土)~9月25日(日) 東京ステーションギャラリー
チラシからは想像もつかないボリューミーな展示でした。
ボリューミーなんですが、退屈さはまったくなく、展示された民具や郷土玩具、
写真やイラストなど膨大な資料のひとつひとつに先人の声を聴いて、対話しながら東北をあるいているような気がしました。
私は岩手で生まれ育ち、短大が山形、その後福島に就職し、岩手に戻って結婚して青森に住み、現在岩手在住、
ということで東北はずっと住んでいるところなのですが、
1930年-1945年という、自分が生まれるより30年~20年前の時代のものを子どもの頃見たことがあって、懐かしい気もしました。箱型ではないのですが、ガッチリした木製の橇は家にあったし、豪雪地方ではない岩手県南部とはいえ、昔の雪は深く、暖房もいまとは違ってつねに寒かった記憶があります。
とはいえ、私は1963年生まれなので、子ども時代過ごした実家も戦後まもなく建てられたバラック(といういい方を祖母がよくしていたのですが、バラックという言葉の意味を知ったのはわりに最近です)だったし、知らないものの方が多いはずなのに。-
あ、図録がすごくよかったです。
くるみ製本になっていて、その表紙がなんともいえないヌメっとした質感で、
膨大な資料を収めるとふつう、写真が小さくなって(すごく厭)機械的な感じを受けるのですが、
この図録は写真が1点1点丁寧でよかった。
図録はいつも買うことにしているのですが、製本がしっかりした図録は内容も充実している気がします。
まっさきに目に入ったのは、このページと同じ構成の大きなパネルでした。
そこに展示されているものが実物で、写真ではないのです。
そこは感動するところではない気がするが、私はそこに感動してしまい、いつもだったらキャプションはあとで図録を読めばいいでしょ、という雑な構えで展示された作品だけを見て歩くタイプなのですが、
この展覧会はそこに書かれた言葉も展示のひとつという気がします。
ひとつひとつ展示を見てあるいて、最初に何とも言えない感動を覚えたのは
棟方志功の「東北経鬼門譜」6曲1双。棟方志功の版画があまり好きではないのですが、これはよかった。
その後、こけし群に出逢い、郷土玩具に出逢い、ブルーノ・タウトの撮った写真や今和次郎、純三の考現学など展示はつづくのですが、純三の描くイラストやその説明の文字が可愛くて、これはいまでも通用する文字だなあと思いました。この手書きのイラストや文字を可愛いと感じるのはなぜなんだろう。
最終章の吉井忠の山村報告記はまったく予期していなかったので、ちょっと驚きました。吉井忠は池袋モンパルナスの画家という認識で吉井忠の描いた少女や若い女性の絵は見たことがあったのですが、1941年、福沢一郎、瀧口修造が治安維持法違反の嫌疑により特高警察に逮捕されたということからはじまる本章は、東北の山村を愚直なまでに丹念に取材した記録でした。
1930年-1945年の東北の暮らしの中に美しさや可愛らしいもの、心を打たれるなにかを見出した人々。
企画展示室をかなり長く(時間的にも距離的にも)歩いた気がしましたが、幼い頃の自分や両親や祖父母がいた実家や、父の実家だった古い農家、牛小屋があったり井戸から汲んだ水を水甕に入れてつかっていた土間の台所などを思い出したりもしました。
この展示は「東北へのままざし1930-1945」だったのですが、いつか「東北へのまなざし2011-2025」という展示も生まれるのだろうか、そんなことも考えました。