「菅原さん、チャレンジ前だから、飲み物だけですよね」
メニューをじとっと眺めていた菅原だったが、はっと目が覚めた。
そうだった。
春の女王戦で、けっこう痛い目にあったじゃないか。
というのも。
一回戦のきゅうりで圧勝した菅原は、かなりいい気になっており、
二回戦のおしる粉直前に、なんと、
赤飯おこわのおにぎりをぱくつく、
という暴挙に出たんである。
まあ、そのおにぎりを食べなかったら、
次の試合に駒を進めていた、というものでもないだろうけれども。
おしる粉勝負のあと、
「どうして、こんなところで負けるんだー」
と、曽根さんが、ドラマでよくある、
恋人の胸に、バカバカ、みたいな感じで、
泣き叫んでいたが(放映されない部分にも、相当おもしろいシーンがあるのだ)、
感動しにくい体質の菅原は、
なぜここで泣く。
と、冷静であった。
菅原はむしろ、
いつも無口で、静かに座っている池田さんが、
こそっと、体を寄せるようにして、
「菅原さん、試合前にお強食べてたから…。もち米って、
お腹でふくれるから」
と、たぶん、慰めようと思って言ってくれたことの方が、
印象深かった。
思い返してみれば、
菅原と池田さんだけが、泣いていなかった。
三宅さんも、正司さんも、みんな泣いていたのである。
だが、菅原は、
「そりゃ、あんだけお汁粉を食べれば、血糖値も上がるべさ。
感情コントロールが利かなくなったんだよなみんな」
と、シニカルだった。お汁粉を一番、食べていなかったからこそで、
まったく威張れた話ではないのである。
その後、曽根さんはロケバスで菅原に、
「次、強くなって来てください」
と書いたメモを渡したのであるが。
菅原はその時点では、
「ありえねー」
と、思っていたが、ま、一応、記念にメモは取っておいた。
使われないまま終わってしまった、パスポートに挟んで。
このあと、三宅さんが、二人入って何も注文しないのもなんだし、
と、日替わりランチかなにかを頼み、
菅原は、たぶん、ウーロン茶を啜っていたのではないか。
食べた物の記憶は、曖昧なのだ。
ただ、チャレンジ前だからね、と、
菅原に食べることを勧めなかった
ミヤケトモコを、
この人は真面目なんだ、と、
つよく思った。
この時のことは、長く、菅原の記憶にとどまり続けたのであった。
さて。
とん陣到着である。
店頭のショーケースには、でんと2.5kgのとんかつ定食と、
記録ホルダーの、
ジャイアント白田と、
三宅さんの、写真入りのサインが飾られていた。
タイムをもう一度確認する。
三宅智子、10分55秒。
菅原は、かたわらの三宅さんを見やり、
一歩、足を踏み出した。
ゴングが聞こえたようだった(つづく)
って、いつになったらトンカツに辿りつけるんであろうか。
我ながら、いい加減に脱線するのをやめてもらいたいもんである。
ところで、ジャイアント白田だけが、白田さん、ではないのは、
この当時は、面識もゆかりもない、彼岸の人だったからである。
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