ウルトラマン・Hの ひとりごと -25ページ目

ウルトラマン・Hの ひとりごと

音楽について語りたくてたまらないんです。

朝起きて朝刊を見たら、「デニス・ホッパー」さんが亡くなったとのニュースが目に飛び込んできました。 叫び


1969年公開の映画、「イージー・ライダー」の中で、「ピーター・フォンダ」と並んで、バイクをぶっ飛ばしていました。

この映画、バイクに跨ったガンマンの物語(西部劇)といったところでしょうか。 映画

事実、デニス・ホッパー演じるビリーは「ビリー・ザ・キッド」、ピーター・フォンダ演じるワイアットは言わずと知れた「ワイアット・アープ」から取ったネーミングなんですよね。

デニス・ホッパー」は、この映画で監督、脚本を手がけ、主演も努めました。


ストーリーは、バイクで走るシーンばかりで、何だか単純過ぎて忘れてしまいましたねえ。 ゲーム

前輪が前の方にあって、ハンドル・グリップが頭よりも高い、あんなバイク、運転しづらいだろうなあと言うのが感想ですが、あれは、1,200CCのハーレー・ダビットソンなんですよね。 かっこいい!


ところで、「イージー・ライダー」と言えば、「ステッペン・ウルフ」の「ワイルドで行こう」です。

ステッペン・ウルフ」は、1967年カナダで結成されたロック・バンドです。自転車

バンド名は、ヘルマン・ヘッセの小説「荒野の狼」から名付けられました。

アルバムは、全世界で2,500万枚以上のセールスを記録しています。


映画「イージー・ライダー」の中では、シングルカットされた「ワイルドで行こう」と、「ザ・プッシャー」の2曲が使われていました。

デニス・エドモントン作曲のこの「ワイルドで行こう」は、映画のヒットもあって、全世界で知られるようになり、全米チャートでは第2位を記録しています。

解説で作曲者「マース・ボンファイア」と書かれていますが、これはデニスのペン・ネームなんです。


「ワイルドで行こう」の歌詞の中に、「ヘヴィ・メタル・サンダー」という言葉が出てきます。

実はこれ、音楽のジャンルの事ではなくて、バイクの事を表現した言葉なんですが、これが後にハード・ロックのジャンルのひとつ、「ヘヴィ・メタル」の語源になりました。


シャ-プなドラムとギターのフレーズにベースが被さってきて、ジョン・ケイのワイルドなボーカルが始まります。

サビはギターとキーボードがボーカルにユニゾンして、間奏はギターのアグレッシブなカッティングに荒々しくキーボードが入ってきます。

全般的にロックンロールなのですが、ブルースの匂いもプンプンする、まさしくハード・ロック(ヘヴィ・メタル)の原点とも言うべき名曲です。


「ステッペン・ウルフ」の「ワイルドで行こう」を聴きながら、「デニス・ホッパー」さんのご冥福をお祈りしようと思います。

ア~メン! 目 目


つづく






1955年、ジルベール・ベコーによって発表されたシャンソンの名曲「神の思いのままに」に、英語で歌詞を付けたのが、この「レット・イット・ビー・ミー」です。ラブレター


作詞は、ピエール・ドラノエ、作曲は、偉大なるシャンソン歌手ジルベール・ベコーです。


最初は、1960年、フォーク・デュオのエヴァリー・ブラザーズが唄って、全米第7位のヒットとなりました。ベル


その後、アンディ・ウイリアムス、グレン・キャンベル、ナンシー・シナトラ、ロッド・スチュワート、ボブ・ディラン・・・etc. と、数え切れないほどのアーティストによって唄われ、スタンダード・ナンバーになりました。カラオケ



どれも素晴らしく甲乙付けがたいのですが、私は、やっぱり、エルヴィス・プレスリーの唄う「レット・イット・ビー・ミー」が、一番好きですね。音譜



君に出会った日は 神のお恵み

いつまでも 一緒にいたいから お願いだ

このボクを 愛して欲しい

幸せを 壊さないで欲しい

もしも 君が生涯を誰かと共に過ごすなら

このボクを 選んで欲しい



1970年にリリースされた「エルヴィス・オン・ステージ2」で唄われる「レット・イット・ビー・ミー」です。

エルヴィスの唄っている姿、少し照れた笑顔が浮かんできます。ドキドキ



ふたりが会うたびに

この愛は 深くなるばかり

君の愛がなければ

ボクの人生など 何の意味もないんだ



エンディングの盛り上がりは、涙なくしては聴けません。あせる


感動!   感動!!  感動!!!


あ~! 素敵な歌ですねえ。(一人で感動に浸っています。)


つづく



ロネッツ」は、1961年にデビューしました。

ベロニカとエステラのベネット姉妹と、いことのネドラ・タリーの三人娘です。

中でもリード・ボーカルのベロニカ・ベネット(別名ロニー・ベネット)は、可愛いかったなあ~ドキドキ


当時はちょうどガールズ・グループ花盛りで、ボーカルに華のあるグループはやっぱり目を引きました。

この「ロネッツ」というグループ名なんだけど、(~ettes)って付くのは、(~の女の子達)っていう意味なんだとか。

ベロニカの別名ロニーを取って、[Roney]+[ettes]=[Ronettes]という訳です。キスマーク


1962年、あの天才フィル・スペクターが、クリスタルズのバック・コーラスを探していた時に、ロネッツと出会うことになるのです。

(フィル・スペクターについては、別の機会におしゃべりしたいと思います。)

そして、オーディションで、フィルの目の前でロネッツが唄い始めると、

これだっ、この声を探していたんだっ!」

フィルが大声で叫んだそうです。

ベロニカの声を聴いた、その時のフィルの頭の中には、たぶんクリスタルズという言葉は無くなっていたんじゃないかと思います。


ベロニカの声の虜になったフィルは、その声を生かすべく、L.A.で強力なプロジェクトを組んで曲作りをし、彼女達に徹底した歌唱指導をしました。

そして半年後、何と42回ものテイクを録って、その中のひとつのテイクが選ばれます。

1963年、名曲「ビー・マイ・ベイビー」の誕生でした。ベル

この曲は、瞬く間に全米ヒット・チャートを駆け上り、第2位にまで上り詰める大ヒットとなったのでした。


ドラムのシンプルなリズムで始まり、太く個性的なベロニカの魅力あるボーカルが心地よく響きます。

遊園地ではしゃぐようにコーラスがかぶさってきて、本当に心にしみる良い曲です。

ベタベタのラヴソングなんですが、たぶんこれはフィルがベロニカに捧げたラブレターなのでしょう。

事実、1968年、二人は結婚しています。チョコ

でも、1973年には、もう離婚してしまうのですから・・・(ロニーちゃん、可哀そう爆弾)。

ちょっとベロニカの悲しそうな顔が浮かんで、余談になってしまいました。


この曲を作曲したのは、バリーとグリニッジの夫妻で、二人はこの1曲で音楽史に名を残す存在となったのでした。クラッカー


日本では、田中美奈子さんと、弘田三枝子さんがカバーしました。

ハマショーこと浜田省吾がカバーしているのを知る人は少ないんじゃないかなあ。


ちなみに、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが作曲して発表した「ドント・ウォーリー・ベイビー」は、「ビー・マイ・ベイビー」に感動したブライアンがロネッツに贈ったアンサー・ソングなのです。


そんなロネッツでしたが、1965年、ガールズ・グループのブーム終焉と共に、人気も下火になり、1966年、その短かった活動に終止符が打たれてしまいました。(ノ_-。)


我がバンドのライヴで、いつもオープニングを飾るのが、この「ビー・マイ・ベイビー」です。

いつまでも大切にしていきたい曲ですね。


つづく







前回のブログでヴェンチャーズの事を少し書いたこともあって、ちょっとお話ししたくなりました。


1958年、シアトルで、ドン・ウイルソンボブ・ボーグルが出会って、「ザ・ヴェンチャーズ」を結成。

その後、ノーキー・エドワーズがベースで加わり、1962年、メル・テーラーが加入して、お馴染みの4人組が誕生しました。


彼らは、初期の頃から、フェンダー社のギター、ストラトキャスターを使っていました。

ノーキーさんは、その後、ボブさんに変わってリード・ギターにチェンジしましたが、年によってストラトキャスターからテレキャスターへと、弾くギターを変えています。


その当時、エレキ・ギターと言えば、フェンダー社とギブソン社のものが主流でした。

ギブソン社のギターは、ネバッとした重々しい音がするのに比べて、フェンダー社のそれは、スコーンと抜けるような乾いた音が特徴です。

ノーキーさんがもしギブソン社のエレキ・ギターを好んで使っていたら、あの軽快なヴェンチャーズ・サウンドは、生まれてなかったかも知れません。


そう言えば、ジョン・ダリルがキーボードとして加入していた頃、リード・ギターはジェリー・マギーが務めていて、来日した時、ジェリーさんは、ギブソン社のレスポールを弾いていました。

そう、ちょっと不思議な感じがしたのを憶えてます。


ところで、ヴェンチャーズと言えば「モズライト・ギター」なのですが、ノーキーさんとそのモズライトの出会いが面白い。


ノーキーさんが、それまで弾いていたテレキャスターのネックの太さが気になっていて、細めに削ってもらおうと、ベーカーズフィールドの「セミー・モズレー」へ行って、お店にギターを預けます。

その替わりに、そこにあったモズライト・ギターを借りたのでした。

そして、弾いてみたら、これが実に心地よい音譜 フィーリングもピッタリビックリマーク

1963年、リリースしたアルバム「SURFING」から、モズライトの音が響き渡るようになります。

ここに、モズライトとヴェンチャーズの黄金期が始まったのでした。


1965年に来日した時、彼らが弾くギターは、もちろんモズライトでした。

この時使っていたのが、ファンなら誰でも喉から手が出るほど欲しがる、パール・ホワイトのモデルだったのです。

その年の最終公演が終わった時、ノーキーさんは、親友の加山雄三さんに、そのギターをプレゼントしました。


1984年、ノーキーさんに代わって、リード・ギターとしてジェリーさんが加入しました。目


ノーキーさんとジェリーさん、二人のギタースタイルは、プレイもサウンドも全然違います。

ノーキーさんは、カントリー・ミュージックやブルー・グラスに根ざした、テンポの速いストレートなサウンドを聞かせてくれました。

ジェリーさんは、リズム&ブルースやブルースの色が濃いサウンドを聞かせてくれました。

リード・ギターが交代した当時は、ノーキー派とジェリー派にファンが分裂した事もありましたが、どちらも素晴らしいギタリストである事は間違いありません。ラブラブ!


と言うか、ジェリーさんの加入がなかったら、「京都の恋」「雨の御堂筋」「京都慕情」といった日本歌謡的なサウンドの名曲は生まれてなかったのではないかと思います。


毎年、夏になると、ザ・ヴェンチャーズは日本にやって来ます。飛行機


現在のヴェンチャーズのメンバーは、リード・ギターにジェリーさん。

メルさんが1996年に亡くなられて、息子のレオン・テイラーがドラムを引き継ぎました。

つい最近亡くなられたボブさんに代わっては、スタジオ・ミュージシャンのボブ・スポルディングが加入してベース・ギターを弾いています。


リーダーのドンさんは、御年72歳になられる訳ですが、実にお元気で、あのリバーブをたっぷり効かせた「テケテケテケテケ・・・」を炸裂させてくれています。 波波


ドンさん無くしては、ヴェンチャーズはあり得ませんね。


つづく







1964年、ビートルズのアメリカ侵略に対抗するために、一大オーディションが開催されました。

約400人の若者の中から選ばれたのが、この4人でした。チョキ


デイヴィー・ジョーンズ(ボーカル・パーカッション)

マイク・ネスミス(ボーカル・ギター)

ミッキー・ドレンツ(ボーカル・ドラム)

ピーター・トーク(ボーカル・キーボード)


参考物件によると、この時のオーディションには、ポール・ウイリアムス、スティーブン・スティルス(C,S,N,Y)、ダニー・ハットン(スリー・ドッグ・ナイト)など、錚錚たるメンバーが参加していたそうです。叫び


イギリス出身のデイヴィーは、当時、舞台俳優として活動していましたが、オーディションの前から合格は決まっていたんだとか。

マイクは、カントリー・ミュージシャンとしてへたなギターを弾いていました。

ミッキーは、シニア・ハイスクールの学生、ピーターは、インディーズで活動中でした。


こうして集められ作られたアイドル・グループ、「ザ・モンキーズ」は、終生【作られたグループ】というレッテルが付いて回ることになります。 (T▽T;)

もうひとつおまけに、彼らは【楽器が全然弾けない】とも言われていましたが、どうやらこれはホンマだったようですね。 (ノ_・。)


ビートルズ主演の映画「ビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!」をヒントに、1966年、「ザ・モンキーズ・ショー」が、TV放映されることになりました。

同年に発売されたデビュー・アルバム「ザ・モンキーズ(恋の終列車)」は、500万枚のセールスとなりました。!!


1968年、TVシリーズが終了すると、その人気に陰りが見え始め、翌年、ピーターが脱退(ヒッピーになったとか?)、暮れにはマイクが脱退して、モンキーズは二人だけになってしまいました。

それでも、1970年、「チェンジズ」をリリースしたのですが、それを最後にモンキーズは解散しています。ダウン


それから10年後、「デイドリーム」がTV-CMに使われ、TBS系で「ザ・モンキーズ」が再放送されたこともあって、再び大きなブームがやってきて、マイクを除く3人が来日しました。


「恋の終列車」、「アイム・ア・ビリーバー」、「自由になりたい」・・・等、彼らの残した楽曲には、良いものが沢山あります。

私は、中でも「デイドリーム・ビリーバー」が一番好きですね。

これは、1967年にリリースされて、ビルボード週間ランキング第1位に輝きました。

この曲、今もTV-CMで流れていますよね。ラブラブ!


それから、1968年リリースの「すてきなバレリ」もなかなか良い曲です。

彼らは楽器演奏がダメだと言われていましたが、この曲がまさしくそれで、バックは全てスタジオ・ミュージシャンです。

特に、この曲のギターは、あのベンチャーズのリード・ギター、ジェリー・マギーが弾いています。

TVのライヴで、この曲のギター・アドリブをマイクが弾くシーンで、指が演奏と全く合っていなかったのを、今でも思い出します。(アテレコだったのですね。)べーっだ!


イギリスのビートルズに対抗して作られたアメリカのアイドル・グループ「ザ・モンキーズ

忘れてはいけないグループのひとつですよね。


つづく