前回のブログでヴェンチャーズの事を少し書いたこともあって、ちょっとお話ししたくなりました。
1958年、シアトルで、ドン・ウイルソンとボブ・ボーグルが出会って、「ザ・ヴェンチャーズ」を結成。
その後、ノーキー・エドワーズがベースで加わり、1962年、メル・テーラーが加入して、お馴染みの4人組が誕生しました。
彼らは、初期の頃から、フェンダー社のギター、ストラトキャスターを使っていました。
ノーキーさんは、その後、ボブさんに変わってリード・ギターにチェンジしましたが、年によってストラトキャスターからテレキャスターへと、弾くギターを変えています。
その当時、エレキ・ギターと言えば、フェンダー社とギブソン社のものが主流でした。
ギブソン社のギターは、ネバッとした重々しい音がするのに比べて、フェンダー社のそれは、スコーンと抜けるような乾いた音が特徴です。
ノーキーさんがもしギブソン社のエレキ・ギターを好んで使っていたら、あの軽快なヴェンチャーズ・サウンドは、生まれてなかったかも知れません。
そう言えば、ジョン・ダリルがキーボードとして加入していた頃、リード・ギターはジェリー・マギーが務めていて、来日した時、ジェリーさんは、ギブソン社のレスポールを弾いていました。
そう、ちょっと不思議な感じがしたのを憶えてます。
ところで、ヴェンチャーズと言えば「モズライト・ギター」なのですが、ノーキーさんとそのモズライトの出会いが面白い。
ノーキーさんが、それまで弾いていたテレキャスターのネックの太さが気になっていて、細めに削ってもらおうと、ベーカーズフィールドの「セミー・モズレー」へ行って、お店にギターを預けます。
その替わりに、そこにあったモズライト・ギターを借りたのでした。
そして、弾いてみたら、これが実に心地よい
フィーリングもピッタリ![]()
1963年、リリースしたアルバム「SURFING」から、モズライトの音が響き渡るようになります。
ここに、モズライトとヴェンチャーズの黄金期が始まったのでした。
1965年に来日した時、彼らが弾くギターは、もちろんモズライトでした。
この時使っていたのが、ファンなら誰でも喉から手が出るほど欲しがる、パール・ホワイトのモデルだったのです。
その年の最終公演が終わった時、ノーキーさんは、親友の加山雄三さんに、そのギターをプレゼントしました。
1984年、ノーキーさんに代わって、リード・ギターとしてジェリーさんが加入しました。![]()
ノーキーさんとジェリーさん、二人のギタースタイルは、プレイもサウンドも全然違います。
ノーキーさんは、カントリー・ミュージックやブルー・グラスに根ざした、テンポの速いストレートなサウンドを聞かせてくれました。
ジェリーさんは、リズム&ブルースやブルースの色が濃いサウンドを聞かせてくれました。
リード・ギターが交代した当時は、ノーキー派とジェリー派にファンが分裂した事もありましたが、どちらも素晴らしいギタリストである事は間違いありません。![]()
と言うか、ジェリーさんの加入がなかったら、「京都の恋」「雨の御堂筋」「京都慕情」といった日本歌謡的なサウンドの名曲は生まれてなかったのではないかと思います。
毎年、夏になると、ザ・ヴェンチャーズは日本にやって来ます。![]()
現在のヴェンチャーズのメンバーは、リード・ギターにジェリーさん。
メルさんが1996年に亡くなられて、息子のレオン・テイラーがドラムを引き継ぎました。
つい最近亡くなられたボブさんに代わっては、スタジオ・ミュージシャンのボブ・スポルディングが加入してベース・ギターを弾いています。
リーダーのドンさんは、御年72歳になられる訳ですが、実にお元気で、あのリバーブをたっぷり効かせた「テケテケテケテケ・・・」を炸裂させてくれています。 ![]()
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ドンさん無くしては、ヴェンチャーズはあり得ませんね。
つづく