「ロネッツ」は、1961年にデビューしました。
ベロニカとエステラのベネット姉妹と、いことのネドラ・タリーの三人娘です。
中でもリード・ボーカルのベロニカ・ベネット(別名ロニー・ベネット)は、可愛いかったなあ~![]()
当時はちょうどガールズ・グループ花盛りで、ボーカルに華のあるグループはやっぱり目を引きました。
この「ロネッツ」というグループ名なんだけど、(~ettes)って付くのは、(~の女の子達)っていう意味なんだとか。
ベロニカの別名ロニーを取って、[Roney]+[ettes]=[Ronettes]という訳です。![]()
1962年、あの天才フィル・スペクターが、クリスタルズのバック・コーラスを探していた時に、ロネッツと出会うことになるのです。
(フィル・スペクターについては、別の機会におしゃべりしたいと思います。)
そして、オーディションで、フィルの目の前でロネッツが唄い始めると、
「これだっ、この声を探していたんだっ!」
フィルが大声で叫んだそうです。
ベロニカの声を聴いた、その時のフィルの頭の中には、たぶんクリスタルズという言葉は無くなっていたんじゃないかと思います。
ベロニカの声の虜になったフィルは、その声を生かすべく、L.A.で強力なプロジェクトを組んで曲作りをし、彼女達に徹底した歌唱指導をしました。
そして半年後、何と42回ものテイクを録って、その中のひとつのテイクが選ばれます。
1963年、名曲「ビー・マイ・ベイビー」の誕生でした。![]()
この曲は、瞬く間に全米ヒット・チャートを駆け上り、第2位にまで上り詰める大ヒットとなったのでした。
ドラムのシンプルなリズムで始まり、太く個性的なベロニカの魅力あるボーカルが心地よく響きます。
遊園地ではしゃぐようにコーラスがかぶさってきて、本当に心にしみる良い曲です。
ベタベタのラヴソングなんですが、たぶんこれはフィルがベロニカに捧げたラブレターなのでしょう。
事実、1968年、二人は結婚しています。![]()
でも、1973年には、もう離婚してしまうのですから・・・(ロニーちゃん、可哀そう
)。
ちょっとベロニカの悲しそうな顔が浮かんで、余談になってしまいました。
この曲を作曲したのは、バリーとグリニッジの夫妻で、二人はこの1曲で音楽史に名を残す存在となったのでした。
日本では、田中美奈子さんと、弘田三枝子さんがカバーしました。
ハマショーこと浜田省吾がカバーしているのを知る人は少ないんじゃないかなあ。
ちなみに、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが作曲して発表した「ドント・ウォーリー・ベイビー」は、「ビー・マイ・ベイビー」に感動したブライアンがロネッツに贈ったアンサー・ソングなのです。
そんなロネッツでしたが、1965年、ガールズ・グループのブーム終焉と共に、人気も下火になり、1966年、その短かった活動に終止符が打たれてしまいました。(ノ_-。)
我がバンドのライヴで、いつもオープニングを飾るのが、この「ビー・マイ・ベイビー」です。
いつまでも大切にしていきたい曲ですね。
つづく