選手が心を傾けるスポーツコーチ ヤディ(八所和己) -7ページ目

“競技に敬意を払う“ スポーツの新しい視点を見つける

こんばんは。
プレイフルコーチの
ヤディです。

 

◆「競技に敬意を払う」という言葉


みなさんは、
ジム・トンプソン著『ダブルゴールコーチ』を
ご存じでしょうか?

彼が語った「競技に敬意を払う」
という言葉――私はとても好きです。

スポーツをする時、
その競技にどれだけ思い入れがあるか?
この姿勢が、実はとても大切だと感じています。

 

◆ゲーム性を理解することの大切さ

スポーツは“ゲーム”です。
だからこそ、
その競技のゲーム性をしっかり理解する。

 

「できる・できない」ではなく、
どう攻略するか?
どんな駆け引きがあるのか?

そんな視点で向き合うと、
スポーツの見方が変わってきます。

例えば野球。
一球ごとに状況が変わり、
味方と密にコミュニケーションを取りながら、

相手とも駆け引きを
繰り広げる“対戦型のゲーム”です。

サッカーやラグビーは、
動きの中で瞬時に判断し、
味方と目まぐるしくやり取りしながら
ゴールを目指す“ゴール型ゲーム”。

バスケットボールは
24秒ごとの
非言語コミュニケーションが命。

対話だけでは追いつかない
スピード感があります。

そしてテニス。
ティモシー・ゴールウェイの
『インナーゲーム』にあるように、

相手との戦いと同時に、
自分自身との“内なるゲーム”も繰り広げられます。

 

◆ゲーム性とコミュニケーションの関係

 

スポーツにおけるコミュニケーションは、
ルールや状況、空間とも“対話”しながら、
どうやってゲームを攻略するかを考える――

この発想が、
勝利至上主義では見えない
“本当の面白さ”を引き出してくれます。

指導者と選手は、
同じゲームを攻略する仲間。

信頼関係がなければ成り立たないし、
司令塔(指導者)と実践者(選手)は、
対等な立場で知恵を出し合う存在です。

 

◆“怒り”ではなく、“共に攻略する”姿勢を

 

スポーツの現場で、
指導者が感情的に怒りをぶつける場面――

実は、ゲーム性を理解していれば、
そんな発想にはなりません。

「どうやったらこのゲームを攻略できるか?」
「どんな工夫ができるか?」

この視点で関われば、
スポーツはもっと面白く、
指導者と選手の関係も
“人と人”として豊かになります。

 

◆スポーツの本当の価値を味わおう

 

競技に敬意を払い、
ゲーム性を理解し、

その中でコミュニケーション力を磨く――
これが、スポーツの本当の価値を引き出すコツです。

ぜひ皆さんも、
スポーツを“攻略するゲーム”
として捉え直してみてください。
きっと、
今までとは違う景色が見えてくるはずです。

 

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プレイフルコーチ ヤディ

 

 

対照的な2つのチーム ~ベンチで見えた“声かけ”の力

こんばんは。
プレイフルコーチの
ヤディです。

◆中学サッカー大会でのワンシーン
先日、
中学生のサッカー大会で、
印象的な2つのチームに出会いました。

試合はワンサイドゲーム。
最初の得点はあっけなく入り、
そこから気づけば0‐5。

ハーフタイムのベンチ風景が、
両チームの違いを鮮明に映し出していました。

◆勝っているチームの“主体性”

勝っているチームのベンチは、
選手同士が積極的に言葉を交わし合い、

「誰がどう動く?」
と自分たちで作戦を練っています。

監督やコーチは、
必要なときに補足するだけ。

まさに主体性を感じる
チームづくりができていました。

◆負けているチームの“指示待ち”

一方、負けているチームのベンチでは…
「おい!お前らのための大会だろ!」
「昨日やったことをやれよ!」

コーチングスタッフの苛立ちが隠せません。
選手たちは声も出さず、
ただ頷くだけ。
試合に出ていないメンバーは
退屈そうに座っています。

後半が始まっても、
差は広がるばかり。

コーチの声は次第に悲壮感を帯び、
選手たちも悔しさを
感じている様子はなく、
淡々と終わりを待っているようでした。

◆“声かけ”が生むチームの空気

気になったのは、
2つの声かけ。

1つ目は、
「お前らの大会だろ!」
 確かにその通り。
でも、
その先が見えない。ー

コーチの「勝ちたい」
という思いが先行し、

選手の気持ちと
ベクトルが合っていない
ように感じました。

2つ目は
「昨日やったことをやればいいんだよ」

昨日の練習と同じ状況が
試合で訪れることは稀。

選手たちは戸惑い、困惑し、
指示待ちでその場を
やり過ごすしかなくなっていく…。

こうして、サッカーは好きでも
「チームは好きじゃない」
と感じる子が生まれ、
純粋な“やりたい”
という気持ちが削がれていくのです。

◆指導者の影響力とコミュニケーション

指導者の影響力は本当に大きい。
「俺の言う通りやれば勝てる」
と振りかざすだけでは、
選手のモチベーションも、
チームの一体感も生まれません。

スポーツは、
勝ち負けだけでなく、
人間的な成長や
学校では学べない体験を重ねる場。

その素晴らしさを
伝えるのが指導者の役割です。

◆明るい未来をつくる“声かけ”を

指導者と子供(選手)のコミュニケーションは
明るい未来をつくる架け橋になる――
私はそう信じています。

皆さんも、
どんな“声かけ”が
子どもたちのやる気や
成長につながるのか、
ぜひ一度、
現場で見直してみてください。

プレイフルコーチ ヤディ

スポーツと教育のブレイクダウン~指導のポイントを考える~

小学校に体育の出張授業に
行くことがあります。

種目はタグラグビーだったり、
オリジナルスポーツの
リングビーだったり。

都内の小学校に
出張授業に行った時のお話です。
事前の打ち合わせの時に

「私の授業は教えないんですよ」
と言うと、
担任の先生は、
キョトン・・・・。
「え?教えないんですか?」

しばし沈黙・・・・。

「教えないってどうやって・・・?」
私は“教えない”という
意味について伝えました。
すると・・・
「なるほど!!」という納得の表情。

未だにその先生の表情は
忘れられません。


学校教育に携わる
教員、すなわち先生たちに
とって、“教えない”は
職場放棄を
意味するのかもしれません。

ティーチャーは
ティーチングが仕事。
そう言うと当たり前のように
聞こえてきます。
でも、体育の指導に関して言えば
本当にそうなのか?
と疑問を持つことができそうです。

別の小学校では、
担任の先生以外に
体育の補助教員がいて
完璧にサポートしています。

この先生たちが何ともスパルタで。笑
子どもたちよりもパワフルな感じ。

指導要領というフレームに
きっちりはまって、はみ出すことなく
授業を進めていきます。

では、実際に担任の先生たちは
どうか?
というと、これは本当に様々です。

我々外部の講師が来ると
授業にすら顔を出してこない
先生もいます。

また、
熱心に質問をしながら
学びをしている先生もいます。

自分が生徒のように張り切って
ゲームに参加する先生も。

これに関しては本当に様々です。

ただ、一貫して言えるのは
「知るとすぐに教えたがる」
ということです。
先生のティーチング癖は
職業病ですね。笑

教えて何がいけないの?
そんな疑問が
聞こえてきますが、
教えるのがいけないわけでは
ありません。

指導者ですから
教える場面はあるんです。
一言で言うと、
教えると教えないの使い分け。
といったところでしょうか。

日本の体育の授業は
運動会や部活動に直結
しているような面があります。

それはスポーツと教育が
密接な関係性であることを
示しています。

世界に目を向けると
もっと遊び心のある
コンセプトを耳にします。

例えば興味や能力によって
選択できる。
健康教育が組み込まれている。
そして、学校外との連携もあるようです。

スポーツの本来持つ魅力。
遊び心や、気晴らしといった
意味。
それが体育教育となった途端
切り離されてしまう。

スポーツを教育と捉えるか?
それとも教育に縛られない
非日常の体験と捉えるか?

ブレイクダウンの攻防は
果てなく続くような気がしています。

指導者の教えると教えないの
二刀流を身に着けると
その答えも
見えてくるかもしれませんね。

私自身は体育という授業の
あり方を根本から見直して
体育とスポーツという
カテゴリに分けると
もっと明確な役割分担が
できるのかなと
感じています。

皆さんは
どう感じているでしょうか?

スポーツと教育のブレイクダウンは
部活動にもつながっています。

プレイフルコーチ ヤディ