笑い事ではないのだけど・・・・


祖母が亡くなった夜中、病気で寝込んでいた父だけ家に置いて、母と私は祖母をたずねた。

夜中なくなって、明け方いったん自宅に戻ることになった。


さて!!!ここで!!!私の父が一つ、「おおボケ」をかましてくれた。


叔母を連れて家に帰ったところ、「チェーン」がかかっていたのだ!!!


寝込んでいる父。

起こすのはかわいそうですが、仕方ないので自宅に電話をした。。。。。。。。。。。。起きない。

父の携帯に電話をした。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。起きない。

玄関のチャイムを鳴らした。。。。。。。。。。。。。。。。。。起きない。

外から口を玄関に突っ込んで、父を呼んで見た。。。。。。。。。。。。。。。。。起きない。


祖母が亡くなった緊張感。明け方の寒い時間。。。。ですが、私たちは思わず笑ってしまった。


こんなとき、どうしたらいいのでしょうか?


電話は長く鳴らしすぎて留守電になってしまったので、次からは殆ど呼び出し音が出る前から留守電に切り替わっちゃいますし、携帯を鳴らしても、どうやら バイブ。

玄関のチャイムでも起きない。


当然チェーンは、外から開けることができない。色々努力したけど、これだけは確かにできなかった。



そこで私が考えたのは、自分の携帯の音量を最大にして家に投げ込み、母の携帯から電話をかけ続けた・・・そして30分ほど。


私の父は、ようやく起きた。


大変な経験でした。


久しぶりに「本日の彼女」


彼女は相変わらず、人の意見を聞き入れない、人の悪口を時間かまわず、所かまわず言い続ける、などの「クセ」は治らず、悪循環を繰り返している。周囲がその悪口に同意をしてくれないと、その悪口はどんどん膨張して、耳をふさぎたくなるほどの悪口にまで発展する。。。


ところで私の仕事へのパワーの源は、「虎視眈々」。

何を狙っているかというと、正社員になること。


目標は他にもたくさんあって、仕事ができるようになること、あるいは素敵ないい女になること(・・。)ゞ


正社員は・・・・

正直、いま、正社員同様に働いているので、給与体制と福利厚生体制だけが違うことに相当不満を持っている。

世の中には、非正社員は非正社員なりのメリットがある、と考えている人も多いらしいが、私の場合はまったくそんなこと、ない。

もっと言えば、会社の基幹業務にも係わっているし、都合のいい非正社員として扱われている、という悔しさは1日たりとも忘れられない。それは、でも私にとって、パワーにもなっている。くっそぉ。今に見てろ!



・・・そんなわけだから、「彼女」へのイラダチは本当に大きい。

人に悪く思われないようにだけして、これまでの会社生活を送ってきた彼女には、自分の意思がまったくない。


いかに自分が恵まれた環境にいるかを実感していないのだと思う。

最近は殆ど席にもおらず、他人と10分ほど仕事の打ち合わせをしたら、そのご褒美として(?)3時間ぐらいいなくなる。

また戻ってきて、10分ほど事務的な話をしたら、そのご褒美として(??)3時間ぐらいいなくなる。。。の繰り返し。

お昼休みをあわせれば、彼女の日中は20分の会話と、6時間の行方不明状態で終わる。


で、仕事が溜まるので、夜中徹夜して仕事をしようとする・・・・当然、出来ない。


で、次の日、朝人の顔を見るなり、「皆、私に仕事を押し付けて帰るから、私だけ休日も睡眠時間もあったもんじゃない!」という苦情から始まり、周囲の人の悪口に発展していく。


はぁ・・・・勝手にしてくれ。勝手に徹夜しているんだから、朝から私に文句を言わないでくれ。。私は秋のこの天候に、とてもさわやかな気分で会社に行って、爽やかに充実感を感じながら仕事してんだから。



でもさ、、そんな日々がかれこれ1年続いているのに私の3倍の給料をもらっている。

家賃の15万円は会社が負担している。

で、彼女は「私、パートでも何でもいいんだよねー。充実感があれば、職種にも雇用形態にもまったくこだわらなーい。watchちゃんが何で、正社員にこだわるのか、全然わかんなーい。そんな小さなことに、こだわるの、watchらしくないよ~~」って。


だから私は腹が立つのです。彼女が病気であっても腹が立つのです。


いつぞや、深田恭子さんのメナードのCMで「幸せになる、覚悟がある」といったフレーズがありましたが、今の彼女は「幸せになる覚悟」がないんだから、幸せを感じられるはずがない。


仕事に対する自分の思い、自分の意見があって当然。

それが会社の意見、先輩の意見と異なることもあって当然。

その時、尻尾巻いて帰っていくのではなく、双方の意見を出し合って話をして、自分も納得できる道を探す勇気と覚悟と責任を彼女が持っているか、というとそれがない。覚悟がなさすぎる。


・・・・と今朝も、彼女からの電話&メール攻撃をかわし、文句をここでブーたれているwatchでした。


私は幸せになるぞ。正社員にもなるぞ。資格試験、受かってみせる。






突然、副業の方で某有名歌手のバックで演奏をしないか?と声がかかった。


なぜ私?

以前所属していた事務所に問い合わせがあったらしいのだけど、先方が希望するタイプの人材が私しかいないから。


その人材とは、①女で②遠征が可能で③バックでの演奏に耐えることができて、④隙間があれば一人でも演奏する度胸のある人、ということだったらしい。①は当然だけど、④はちょっとうれしい。


そんなわけで、先日、突然私が以前所属していた事務所の人と先方の事務所の人が会社近くまで会いに来た。

話は私にとって非常に「おいしい」もの。

練習場が与えられる。演奏をさせてもらえる。お金になる。


が、今私は芸能界にデビュー(ちょっと違うか・・)する気はまったくありません・・・・



・・・てなわけで、お断りすることは決めているものの、ちょっとおもしろい経験でした。


芸能界は不要だけど、練習場と練習する時間、演奏する場はいつか、ゲットするぞー。

それがお金になればナオサラ良しっ!!!

それは私の演奏が認められたことだから。まぁ、そんな感じで、うれしかったです。



でもやっぱり、まずは本業、本業!!

そして待ちに待った、おばあちゃんの100歳の誕生日にお葬式をすることになりました。

超晴れ女だったおばあちゃんらしく、明日もおそらく晴天。



そうそう、おじいちゃんの話も忘れてはなりません。


おじいちゃんは、数年前に亡くなりました。


おじいちゃんは昔ながらのおじいさんで、厳格。私にも厳しくよく怒られました。

でもやはり二言目にはwatchちゃん、watchちゃん。


私がインスタントの料理を作ってもおいしい、おいしい、と食べてくれる、そんなおじいちゃんでした。


おじいちゃんが病気で入院してから数日、私は突然にお見舞いに行ってみました。

眠りっぱなしでしたが、看護婦さんによると「今日は調子いいですよ」とのこと。

ですが、その時、いつ亡くなってもおかしくない、という状態でしたのでお話できるような状況ではありませんでした。


数時間後に付き添いにくる予定だった叔母に置手紙をして私は家に帰った。。。。でもその叔母が来る前に亡くなりました。


看護婦さんは調子いい、と言っていたのに。

でもおじいちゃんは私がお見舞いに行くのを待っていてくれたのかなぁ・・・・なんて。


おじいちゃんも私を命をかけて教育してくれてたのかなぁ。。。なんて勝手に受け取っています。


厳しいおじいちゃんでしたが、こうやって100歳になるまでおばあちゃんが生きていくのに十分なお金と友人関係、親族関係を築いて亡くなったのですから、やっぱり尊敬します。


さてさて、おじいちゃん、おばあちゃんはきっと私を見守っていてくれるから、私は張り切って参りたいと思います。

これも私の勝手な解釈ですが、多分、見守っていてくれている。

あるいは、いつも見られている緊張感をもって、仕事、勉強に勤しみたいと思います。ねっ。



そんなおばあちゃんが、買い物に行くときに電車の中で打ち明けてくれた話。


その電車に乗ると必ず思い出すのが、母がお嫁に行くときのことなんだそうです。

母が結婚してすぐに父の仕事の関係で外国に行くことがわかっていたので、毎日その電車に乗って泣いていたんだそうです。


母から聞く祖母は、教育ママで、躾に厳しいお母さんだったとか。

だけど、おばあちゃんは寂しくて仕方なかったんだそうです。




また、父が初めてご挨拶に言った日。

父は左右違う靴下を間違えてはいていったそうです。

「あら、watchパパさん、靴下が違うわよ」と思わず言ったところ、「あ、そうですか」とだけ答えて動じなかったそうです。

それを見て、祖母は一発で父のことが気にいった、と言っていました。これは母には内緒。



またまた、病院に一緒に行ってくれたオバは、母の弟の奥様ですが、その人が初めてご挨拶に来た日のこと。

伊勢海老を出したところ、お着物だったにもかかわらず、両手使って海老にかぶりついたそうです。

これもまた、祖母がその叔母を気にいった理由とか。これは叔母、叔父には内緒。。。笑



そんなおばあちゃんですから、私が居候をしていたときは本当に私を大切に楽しく一緒に過ごしてくれました。



そうそう、おじいちゃんとおばあちゃんのエピソードも。

ある日2人は喧嘩をしていました。おじいさん、おばあさんになっても「離婚するー」なんて言いながら。


2人の言い分とは・・・

おじいちゃん曰く、「おばあちゃんなんて、ちょーっと自分が可愛いと思ってすぐ甘えるんだから」

おばあちゃん曰く、「おじいちゃんは、身なりが格好いいから、外でいい格好ばかりする」


これは孫の私としては笑うしかありませんでした。


おばあちゃんが死んじゃった。


数年前から介護施設で暮らしていたのですが、最後までその施設にいていいと言って頂いた。

そこの病室を祖母は大変気にいっていたし、施設長の先生もとても親しい人であったため、非常に有難いと感じた。

それに弱ってきてから病院へ移動させるのはあまりにも可愛そうだ。


そして、夜親戚皆かけつけた。

これもまた、有難いことに施設で働いている方の大勢もかけつけてくれた。

で、ちょっと遠かった私たちも間に合ったし、もっと遠かった叔父一家も間に合った。

で、、おばあちゃんは、私たちが到着したことも、叔父一家が到着したこともわかってくれた。


やっぱりもう少しがんばって欲しかった。

でも、もうがんばって、と声をかけてはいけないとも思った。むしろ、ありがとうの言葉をかけたかった。


不謹慎だけど、施設のおばあちゃんの部屋は最後まで明るかった。親戚がみな、穏やかに話をしながら、多分おばあちゃんもそれを聞きながら亡くなった。


何か遣り残して悔しいことはあったかな。

一人で死んでいくのは怖いかな。


願わくば、立派な子どもと孫たちと自分の人生に満足していて欲しい。

こんなにたくさんの施設の方々が来て下さったのは、おばあちゃんの人柄のお陰だ、っておばあちゃんもわかっていて欲しい。



そして・・・・そんなこんなで、非常に最近お疲れ気味の私の母を見守っていてほしい。

私の母の悲しみが癒えますように。


おばあちゃんと私の関係はとても深いものです。


大学時代の一時、祖父母の家に居候させてもらった時期があります。

私が帰るのが遅くなると2人で駅まで迎えにきてくれました。毎晩、私の好物を食卓に並べてくれました。

祖母とはよく2人で買い物に行きました。


ある日、祖母の様子がなぜか気になったことがありました。

祖母はその日もまったくいつもと同じ。いつもと同じように話をし、いつもと同じようにご飯をたべ、いつもと同じようにお風呂に入って寝ましたが、何かがいつもと違いました。


祖母がお風呂に入っているとき、わざわざお風呂を覗いて「大丈夫?」と声をかけると「なぁに?大丈夫よー」と応えてくれました。

でもやっぱり何かが違いました。

祖母が寝たあと、グルリと部屋を見回したところ、唯一いつもと違ったのは、お風呂あがりのタオルがいつもと違うところに置いてあったことだけ。


やはり気になって寝ている祖母の様子を見に行ったけど、やっぱりいつもと同じ。


でも次の日の朝には、いつも早起きの祖母が寝坊をしました。声をかけても「もう少し寝る」などと返事をして全然おきてくれない。


近所に住むおばさんと、私の実家に電話をかけて、様子を伝えたところ、おばさんが来てくれて2人で病院に連れて行きました。

「脳内出血」でした。


かなり出血範囲が広かったのだけど、奇跡的な早い発見だったので今回は生命の危険はない、だけどもう治療は殆どできない、回復も難しいだろうとお医者さんに言われました。


私は私なんかがいきなり居候したからおばあちゃんを疲れさせてしまったのではないか?と不安でしたが、親戚の人皆が、watchが一緒に暮らしていてよかった、と言ってくれました。


病院でもおばあちゃんは、watchちゃんじゃないと嫌、とわがままを言ったり、看護婦さん全員をwatchちゃんと呼ぶので私は病院でも有名人になりました。


私たちの決断は、お医者さんの反対を振り切って退院させ、私は祖父と祖母と3人で、家政婦さんに手伝ってもらいながら暮らしました。毎日不安でしたが、おばあちゃんは私の側にいるときに一番おちついていました。毎日おばあちゃんの様子を見ながら暮らした結果、おばあちゃんは次の検査のときは奇跡的に出血部分が消えはじめていたのです!!


それから何年もおばあちゃんは細々とこれまで、生き続けてくれました。

間に祖父が亡くなりました。

間にひ孫が生まれました。

孫たちはいつの間にか、皆、就職をして独立しました。


間におばあちゃんは2度ほど骨折をしました。が、このときも退院を早めてもらって回復してきました。



おばあちゃんが死んじゃいそうです。


食べ物を食べられなくなったら、1週間ぐらいかな、、とお医者さまに、先月言われました。

そして先週ぐらいから、おばあちゃんは食べ物が採れなくなってきました。私たちもとうとう、覚悟しなければいけない時が来たのです。


祖母は、若いころ(とは言っても、私のおばあちゃんなので結構なお年ですが)から、胃が弱かったりして病気を繰り返してきました。

でも私は祖母がいる、存在しているだけで、張り合いがあります。


でもそんなおばあちゃんが、もうすぐ死んじゃう。

今度の水曜日で100歳になります。。。。別に100才まで生きたからどうだ、とかないけど、やっぱりがんばって欲しいの。


祖母はとてもかわいい人で、病院でも一時ケアの看護士さんからもとても好かれている。とても大切に接してもらっている。

いつもキレイな服を着せてもらって、いつも誰かの側にチョコンと座らせてもらって、ひ孫と会うこともできて、孫たちもみな立派で(自画自賛!?)とても幸せなおばあちゃんです。





今日は。。というか最近ちょっとダメ。


先日まで、自分の仕事に多少自信が出てきた、、とか、あんなこと頼まれた、こんなことできた、とか一つ一つがうれしかったのだけど、最近ちょっとダメ。

あんなところ、悪かった。こんなところ、情けない。こんなことも出来ない。。。って出来ないところばかりカウントして落ち込んでいる。


私が作成した議事録、これじゃぁダメなんじゃないか?

出席した委員会、私なんてこの場に適さないのではないか?

参加させてもらったプロジェクト、仕方なしに入れてくれたのかなー。

あの会議、1回も発言しなかった。私、浮いているなぁ。皆にバカにされちゃうなぁ。。


なんて。

周囲を見たって会議でかならずしも適切な発言をしているわけではない。

今日の会議でも、私の先輩は自分の基準が揺らいでしまって、発言が定まっていなかった。個人的にはあのような発言はどうかと思うけど、でも自分こそがやらなければ!というときは変であれ何であれ、やはり相手の考えていることは聞き出さなくてはいけない。やっぱり彼女は彼女なりにえらいのだ。


一方私は、多分彼女よりは話がわかっていたと思うのだけど、口を挟むタイミングを失っていて、一言も発言なし。これはある意味放棄しているのかもしれない。

でも、昔から質問をするのが下手。だからってい許されるわけではないんだけどね。。。これはきっと本気じゃないんだ。


こんな自分をなさけなく思ったり・・・ふぅ。



こんなときは、、、、いやいや、こんなときこそ、しっかり地に足をつけた取り組み方をしないと差がひろがってしまう。


そうだ。こんなときこそ、しっかりしなければ。


次の会議は絶対口を挟もう。


自分の努力だけが自分の自信につながるはず。だよね。。

仕事が一段落したとき、私は色んな悩みが出てくる。

忙しいときは必死に仕事、しているからね。


勉強だって忙しい時は「時間がないーー!!」と集中できるけど、早く帰れた日なんてついダラダラしてしまう。


忙しい時は、恥を恥と思う間もなく次々何かしら別のことをしているけど、暇になると些細なことが気になる。

ちょっとした他人の態度や、自分の発言が気になって仕方ない。

それだけならまだマシですが、私の場合、すぐ他人と比べたりヒガンダリしてしまう。



大好きなブログに藤井佐和子さんのページがあります。

今日もそこを読んでいたら、「仕事に気持ちが乗らないとき」という記事があり、妙に納得しました。


そうか・・こういうとき、そんな些細なことに悩んでいないで、例えばもう一歩、上を目指してみるとか、違う観点で見てみるとか、そうやって仕事を楽しむ方法も身につけなければいけないですね。