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殿のブログ

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自転車に乗らなくなってかなりの年数がたつが、かつて自分が自転車に乗っていたころには気づかなかった多くのことを、歩行者として感じている。まず、昔は自転車の2人乗りは禁止されていた。だが、いつからか、荷台に子供が乗るものをつけた自転車が多くなった。自転車の2人乗りがいけないのは、バランスを保ちにくくなるからだと思う。

歩行者として、自転車が危ないと感じるのは、歩道でのスピードを出した走行。「歩行者優先」と書かれていても、それを守る者はいない。狭い歩道を自転車同士がすれ違う。確かに車道を走るのは危険な面があるが、歩道を自転車がスピードを出して走ったら、歩行者はどこを歩けばよいのか。来年春から自転車の違反に対して反則金が導入されるというが、そんなに見張っていられるほど人員がいないと思う。自転車は便利な乗り物ではあるが、歩行者の安全は守られなければならない。

都会に住んでいても、犬の散歩を時々見かける。犬が他の人に寄って行っても、何とも思わない飼い主。

世の中には、犬が嫌いな人がいることがわかっていない。犬がいること自体、不快に感じる。だいたい、動物を外に連れ出すって、ありえないだろ。エレベーターの中でも犬を抱えないでいる奴。おしっこしたらどうするのだ。

ベビーカーのガキ連れ、そのガキがどこかに用があるはずがないのだから、連れ出すな。やたらに場所を取って邪魔。

買い物にガキを連れてくるな。邪魔でしかない。

犬とガキ、邪魔。

 

老害の一つに、喫煙者がある。長年、毒ガスを撒き散らしてきた喫煙者、早く消えなさい。これくらいどうってことない、と思っているのだろうが、こんな猛毒ガスを撒き散らすって、重罪だ。

ベビーカーを押すガキ連れが、道の真ん中を堂々と進む。電車の中でもたたまずに、他人の邪魔になることを自覚しないで、堂々といる。ガキ連れは、昔は小さくなっていたものだったが、いつからか大きな態度でいるようになった。

ガキって、他人にとっては邪魔でしかない。だから、なるべく隅っこにいるとか、迷惑が掛かりにくいようにしていたものなのに。

私が若いころ、小さな子供がいる同僚は、「うちは子供が小さいから、移動は車だけ」と言っていた。電車などの公共交通機関では、小さなガキ連れは他人に迷惑がかかるから、自家用車だけで移動する、そういう心得のある人がいたのだ。

今は、そういう若者はいない。他人の迷惑になるということがわかっていない。子供だから仕方ない、とか、自分の責任を自覚していないバカ者どもが親になっている。ガキを作るだけで、しつけはしない。こういう奴らに行政はやたらに手厚く、金をばらまく。

だからますます大きな顔をするようになる。

ガキのすることは作った親の責任、他人に迷惑をかけないことが当然、ということを思い知らせる必要がある。

スーパーなどに買い物に行くと、ガキ連れがよくいる。特にベビーカーに乗せた幼児が、キャーキャー奇声を発し、その騒音の原因が連れてきた糞親だということを自覚していない。入店禁止にすべき。だいたい、そのガキは買い物に関係ない。家に置いてこい。迷惑で邪魔でしかない。他人の迷惑になるということがわかっていない糞どもが多すぎる。

子供が小さいうちは、宅配を利用するとか、ほかの人の迷惑にならない手段を考えるべき。

昨日の夕方、バスに乗った。かなり混んでいて、立っている人が多かった。途中の停留所で少し降りて、一番後ろに2人分の席が空いたので、座った。そこへ、その停留所から乗って来た20代くらいの夫婦で、男がガキを抱えた奴がめざとく見つけて、わざわざ一番後ろまで来たので、私は2人分のスペースの真ん中に座って、そいつが座るのを阻止しようとした。にもかかわらず、そいつは隙間にガキを座らせようとしてきたので、ガキが大嫌いな私は仕方なく席を立った。すると、そこに女も座った。こんなところに入ってくるな、と言ってやったが、常識のない馬鹿には通じなかったよう。

そいつらの親よりも年上の人のそばに来て、狭い隙間にガキを座らせようとする若い馬鹿者に呆れた。ガキ連れなんて、座るものではない。昔は若い人は立っていた。特に、年配の方のそばなんて、迷惑がかかるから、近くに行かないのが当たり前。

だいぶ前にソウルの地下鉄では、年配の人が乗ってきたら若い人が何人も席を譲るために立った。クアラルンプルの電車でもそうだった。若者が年配者に席を譲るのが普通で、基本、若者は座らなかった。ガキ連れでも同様。ガキは邪魔だから、人がいないところや出入り口に近いところで小さくなっているのが普通。

いつからか、若者が年配者を敬わなくなった。対等だと思っているようだ。だからだめなのだ。事実、税金控除が多額でろくな額を払っていないガキ連れにはお金をばらまいて、「ガキ連れ様」のように扱って、甘やかし続けているから、大きな顔をするのだ。昔は大変なのが当たり前で、何も文句を言わず、厳しくしつけられるのが当然だった。今の若者は、厳しくしつけられた経験がないから、苦労を知らない。だからダメな奴ばかりになっている。

少子化が進んでいるが、金をばらまけば子供が増えると考える官僚、アホすぎる。この20年くらい、やたらにガキ連れに金をばらまいて、過保護どころではないことがされてきたが、少子化は進んだ。昔と違って、女が家庭にいるよりも、外に出て働いたほうが楽しいとわかってしまったためだ。しかし、働く女は、保育園にガキを預けて、自分では子育てをしない。だから、しつけもしない。税金は控除されて、ろくな額を払っていないくせに、大きな顔をして、生活が苦しいとか、わがままを言う。

街にはベビーカーを押すガキ連れがうじゃうじゃ、邪魔でしかない。ガキは家に置いてこい。

若い奴らは、自分が厳しく叱られたことがないから、子供を厳しくしつけることをしない。幼児に敬語を使うアホ。

親になる資格がない奴らが、子作りをするが、しつけは一切しないで、税金を納めず、金を稼ぐだけ。そいつらに行政は甘く、やたらに金をばらまく。控除されてろくに税金を払っていない若い奴らに、金をばらまく官僚。そいつらを首にすべき。

控除がなく、高額の税金を払っている人たちには何の恩恵もない。怒るべき。

またコロナが流行っているとか、懲りもせずに不安をあおっているテレビ。信じている連中もいるのだろうな。

2020年2月、ダイヤモンドプリンセスから始まり、屋形船、夜の街など、次から次へとでたらめを続けたテレビや政治家。

私は初めから、これはインチキであると見抜いていた。2020年3月から5月まで学校が一斉に休校とされ、デパートなども休業、リモートワークなどが始まった。この頃から、国際線の航空便が欠航になり、海外へ行けなくなった。

さらに狂ったやつらが、県をまたいでの移動を禁止とか、2mのソーシャルディスタンス、不織布マスクをつけろとか言い出し、大多数の職場などではそれを強制した。学校の体育の時間や、スポーツクラブでは、マスクをつけて運動するという、わけのわからない規則が導入された。これらは、どれも意味がない、いや、マイナスでしかない異常なことだった。それをいまだに疑問に思わない連中も少なくない。

2mのソーシャルディスタンス、これを疑問に思わない者は、アホである。もし本当に、2m離れなければ、恐怖のウィルスに感染するのであれば、満員電車は運行できないはずである。しかし、実際には、ギューギュー詰めの満員電車が運行され続けた。さらに、この件についていえば、マスクをして、2m以上離れないと恐怖のウィルスに感染するのであれば、恋人や夫婦は、マスクをしながら行為をしていたのだろうか?これに従ったのであれば、2021年は、全世界で子供が全く生まれなかったはずだ。しかし、そんなことはなかった。若夫婦は、そういう行為をしていたことになる。にもかかわらず、「コロナで死ぬ」ということはなかったのだから、ソーシャルディスタンスは、まったく意味がなかったということになる。

突っ込みどころ満載の、インチキコロナ、それをインチキだとわからないで、信じ続けた者が大半だが、アホである。

私は当初、こんなわかりやすいインチキ、すぐに見抜けるものが大半だろうな、と思ったが、実際はその逆。テレビの宣伝を信じて、コロナ真理教の信者となり、「コロナが収まった」とか、馬鹿なことを言う連中。おさまったも何も、最初から何も流行っていない。流行っていたのはテレビの中だけ。信者どもは、世の中にはコロナという病気しかないと思っていた。だが実際は逆。コロナは実際には存在しない、架空の病気。そんなこと、わかりそうなものだったのだが。

今回ここに、とても分かりやすく説明したが、わからない者には無理だろうな。職場でも、言っても無駄だと思ったので、何も言わなかった。99%がコロナ真理教の信者だった。

しかし、いまだにマスクをし続ける連中、病気である。もう、マスクを外すことはないのだろう。そして、本当に病気になる日が近いのだろうな。それは、仕方ない。

昨夜のこと。知人と夜に会い、10時45分頃、この時間帯では普通の、あまり混んでない電車に乗ってやれやれと思っていたら、水道橋でホームに行列。なんだこれ、と思ってよく見ると、野球のユニホームを着た連中。ロッテ対楽天、なぜ東京ドームでやったのかは知らないが、こんな遅い時間に、場違いな集団のために、いつもならば空いている時間帯なのに、大混雑。大迷惑でしかない。

下車駅で外を歩いていたら、既に11時を過ぎていたのに、ベビーカーのガキ連れが。若い男がユニホームを着ていた。こんな遅い時間、幼児は外出禁止のはず。補導の対象だ。それにしても、そんな遅い時間まで連れ出すとは、今の若い奴は何の常識もないのだな。野球は迷惑だ。こいつらのせいで、空いているはずの電車が異常に混んで、馬鹿なガキ連れまで遅い時間にいる。

迷惑でしかない。

飲み物の自動販売機の前で、若い男がその幼児に向かって、「何がいいですか?」と言った。

こいつ何?「何飲むか?」とか、「~でいいよな?」とかだろう。

親になる資格がない奴らが親になっている。そいつらを子育て支援とかで手厚く甘やかして、ますますダメにする。

今回の参議院選挙で、参政党が躍進した。このことについて、1920年代にドイツで台頭したナチスを想起した。

その当時ドイツは、ワイマール憲法のもとで、第1次大戦で大敗を喫し、既存の政党では立ち行かなくなっていたところに、ナチスがその隙間を縫って入り込んできた。言葉巧みに、その恐ろしさを隠したまま、大衆に訴え、選挙で議席を徐々に増やして、政権を取った。大衆は、何が何だかわからないままに熱狂し、その恐ろしさを理解しないままに投票して、気が付いた時には、手遅れだった。ナチスに反対する政党はすべて解散させられ、反対する人々は投獄されて処刑され、何も言えなくなった。

参政党は、自民党政治が行き詰っているすきを縫って登場し、その方針の恐ろしさをよく考えないままに、大衆が熱狂して投票したために、多くの議席を得た。参政党の新憲法案では、国民主権ではなく、国が主権になっている。憲法とはもともと、国から国民を守るためのものである。国は国民を守らないので、憲法がある。国民主権でなくなったらどうなるのか、それは、戦前の日本と同じ状況になるのだ。国民の権利をことごとく制限して、近隣の専制国家と同じようになるということ。そのことがわかって投票したのか?だから大衆はダメなのだ。面白そうだから、というような理由で投票して、その結果がどうなるのかを考えない。

この国はどんどん悪くなっていく。もちろん、自民党などがよいということではない。どの既存政党もよくはない。

もとはといえば、それを牛耳っている官僚に問題がある。しかし、日本にもあのナチスの時代が近づいている気がしてならない。

投票した連中が悪い。