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殿のブログ

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タバコのマナーとか言う奴がいるが、そんなものはない。タバコを吸うこと自体、異常で、7000以上の猛毒化学物質をまき散らす、公然とした異常行為だ。かつては、職場も禁煙でないところばかりで、異常者が大きな顔をして、毒ガスを常にまき散らしていた。愛煙と嫌煙というと、その語のイメージからして、嫌煙のほうがよくないと思わせるが、これは、タバコ会社が作り出したものだからだ。実際は、喫煙者という猛毒をまき散らす重罪加害者と、被害者という構図だ。吸うか吸わないか、というのは、好きか嫌いか、という程度のことと思わせがちだが、そんなことではない。重大な毒ガスまき散らし行為、異常者集団だ。

渡辺文学氏は、哀煙家、死向品と言っていたが、その程度の生易しい問題ではない。重大な加害行為だ。

来年4月から、自転車の違反に対して罰金を科すということだが、喫煙は次元が違って問題行為だ。

喫煙自体、加害の犯罪行為であり、厳罰に処するべき重罪である。

路上喫煙禁止地区で歩きたばこをする若者を注意した。禁煙の場所が多い今、喫煙者は、ならば、どこで吸えばよいのか?と言ってくるだろう。吸ってよい場所なんて、初めからないのだ。数百にも及ぶ猛毒化学物質を含む猛毒ガスをまき散らす喫煙者、罪を問われて当然なのに、政治家にニコチン中毒が多いから、立法が進まないのだ。殺虫剤を散布したくらいで大騒ぎになるが、タバコはその比ではない。次元が違って悪い行為だ。20年前に健康増進法が施行されて、タバコを吸わないのが当たり前になったのに、まだ吸っている、あるいは、吸い始めたとかいう異常者がいる。こういう異常者を放置することなく、タバコのない社会を作るために、協力していかなければならない。

スポーツクラブを終えて、エレベーターを待っていたら、幼児連れの男がエレベーターから降りてきた。そのとき、その男は幼児に対して、「降りてください。」と言った。唖然とした。自分の子供に「降りて”ください”」だって。

「降りろ」とか「降りなさい」だろう。自分の子供(幼児)に「~してください」と言うのはおかしい。しかし、今の若い親は、親になる資格がない奴がたくさんいるのだな。厳しくしつけられたことがないから、子供のしつけができないのだろう。

だから、子供が何をしても、「子供だから仕方ない」とか、何にもしない馬鹿者ばかりなのだろう。

ビルの解体や建設の現場、その作業員が車の中でタバコを吸うが、窓を開けて吸うので、その近くを通りかかった人に猛毒ガスがかかる。タバコを吸う奴が、窓を閉め切った状態にすべき。猛毒の発生源が、害を被りたくないから、他の人にその害を浴びせてよいことはない。しかし、こういう業種の奴って、喫煙者が多い。この時代にまだタバコを吸う奴は、ごみ以下。

密閉した部屋に閉じ込めて、タバコの煙で窒息させるべき。他の人が害を被るのは許されない。

昨日外出するとき、2つの鍵穴のうちの1つが、鍵を差し込んでも回らなかった。鍵屋を呼ばないといけないかと思ったが、ネットで調べたら、MIWAロック鍵穴用潤滑スプレーが有効とのことだった。さっそく注文したら、今日届いて、スプレーを鍵穴に1吹きして鍵を数回出し入れしたら、鍵は元のようによく回るようになった。スプレーの容器は小さく、値段は高いが、鍵屋を呼ぶ割したら安かったので、ほっとした。ちなみに、ダイソーなどで潤滑油を買うと、必ずしも良くないそうだ。

子育て支援策とか、まだやる気なのか?昔と違って、子連れが大きな顔をして、ベビーカーを道いっぱいに広げている。

人口が少なくなって、良いことばかりだ。税金をガキ連れ層にばらまいて、甘やかし政策をもっとやっていくのは、納税者としては許せない。結婚をしない人が多くなったのは、お金のせいではない。昔は専業主婦が大半だったのに、女性が社会進出しだして、働くこと、それによって自分で収入を得られることに楽しみを見出してしまったことが原因。家に留まって夫の帰りを待っていても、夫に養われているために、いざとなったら従わざるを得なかった。それが、自分も外で働いて収入を得られるようになったら、夫に頼らなくて済むようになり、対等に暮らせるようになった。子供に時間を取られるよりも、自分の時間を大切に考える者が多くなったからだ。人口が減って、コンパクトな国になった方がよいではないか。

政治家も、政治家を目指す奴も、わかっていない。

学校とは、何をするところか。テレビなどで、学校は楽しければよい、などと発言する連中が多い。しかし、そもそも学校とは、友達作りをしたり、楽しく遊ぶための場所ではないことがわかっていない者が多い。

学校とは、勉強をするところである。社会で生きていくために必要な学力をつけるために通うところだ。友達はできなくてよい。楽しくなくても良い。とにかく、しっかりと勉強することが必要だ。

馬鹿親が学校に苦情を言うことの大半は、勉強とは関係のないことについてだ。そんなことはどうでもよいのだ。他の子どもと交わるから、面倒なことになるのだ。それぞれが別々に勉強すべき。教員が、勉強と関係のないことで煩わされているという、おかしなこと。教員は勉強を教えるだけでよい。本来、勉強を教えるための職業なのに、そうではないことに煩わされている。

もう一度言うが、学校とは、勉強をするために行くところである。それがわかっていない者どもが異常に多い。

中級ステップ、先週は初顔だったこともあって、展開が読めず、70%の出来だったが、今日はノーミス、完璧にできた。少し簡単だったのかもしれない。5年以上前にエアロとステップのイベントに出た時、エアロはほぼできたが、ステップはついていかれなかった。それほど複雑なステップのレッスンに出たことがなかったこともあったが、とにかく気持ちが折れた。ステップの初級クラスには、新しいスポーツクラブに移ってから出ているが、中級のステップのクラスに出るのは、4年ぶり。

あまり難しくなくても、完璧にできたことはよかった。新しいスポーツクラブでのレッスンでは、ウォーミングアップなどで、体の姿勢などをきちんと指導される方が多いということ。それはとても大事だと思う。コリオをこなすことよりも、基本をしっかりやることの方がはるかに大事だと思う。かつて所属していたスポーツクラブのインストラクターが、中上級のエアロのクラスに出たら、初級のエアロのクラスにも出なさい、と言っていたことを思い出す。基本の動き、姿勢をきちんとできること、それなしには、コリオを追えても不十分だと思う。今後も、基本をきちんとできることを意識して、スタジオプログラムに出ていきたいと思っている。

私は野球があまり好きではない。子供の頃から嫌いだったかというと、そうではない。その理由は次の通り。

巨人のV9時代のレギュラーメンバーのうち、右投げ左打ちは捕手の森昌彦選手だけ。その頃、左打ちは大部分、左投げだった。

王選手、張本選手、国松選手、福本選手など、みんな左投げだった。打者では、広島の山本浩二選手、衣笠選手、阪神の田淵選手、南海の野村選手、阪急の長池選手、ロッテの有藤選手など、みんな右投げ右打ちだった。

いつからか、右投げ左打ちが多くなった。左打ちにする理由は、1塁ベースが近いからだという。右利きなのに、打つのは左、つまり、作られた左打ちだ。そんな競技、他にはない。右利きならば、右で打つのが普通。こういう不自然なことが、私が野球を嫌いな理由の一つ。

それから、野球で守りは、投手と捕手だけが忙しくて、他の人は打球が来るのを待っている。特に外野は、打球が来なければ、立っているだけ。攻撃も、ランナーでなければ、打者だけが忙しい。他の人はベンチに座っている。つまり、待ち時間が長いのだ。

こういうことを考えるようになってから、私は野球を嫌いになった。

昨夜テレビのBS日テレで、1974年10月14日の長嶋茂雄引退試合を見た。そこで感じたことがいくつかある。

まず、その日はダブルヘッダーだったこと。昔はドーム球場がなかったため、雨天中止が少なくなかった。それで、日程をこなすため、ダブルヘッダーが組まれていた。ドーム球場が増えて、雨天中止が少なくなってから、選手の疲労も考えて、ダブルヘッダーはなくなった。テレビ中継の画面は、今はセンターからホームベースを映しているので、ピッチャーの球筋がよくわかるが、当時はネット裏からセンター方向を映していた。当時は球審がアイロン台のようなものを抱えていたが、今はプロテクターを着ている。

そして、とても落ち着いて見られるな、と思ったら、音はせいぜい手拍子か拍手だけで、静かだったこと。いつからか、どんちゃんうるさい楽器の音や、メガホンをたたく音がとても耳障りになったが、昔は野球を見に来ている人は、1つ1つのプレーを見に来ていたのだということ。今は、何のために球場に来ているのかがわからない人がたくさんいる。というか、そのような人が大多数だ。昔は静かに、とても集中してプレーできたと思うし、集中して見られたと思う。今はどうかわからないが、30年位前、東レパンパシフィックのテニスの試合を見に行った時、プレー中は観客も動いてはいけなかったし、もちろん、静かにしていなければならなかった。昔の野球が懐かしい。うるさくて集中できないから、私は野球を見に行かない。